12 アカンプリスの明けない夜【R18】
どれだけぎらついた表情を浮かべているのか、彼は鏡映る眼の中で確認しただろうか。
上機嫌で自分の上へ押しかかる顔は、まるで子供のようだった。欲しかった玩具をようやっと手に入れた時の子供の顔。それに凶悪さを足した分、強烈な。
その視線を浴びるだけで、獏良の背筋に震えが走る。正しくけだものだ。飢えて、欲して、内に秘めた凶暴性を隠そうともしない。本当は最初からずっとこうしてしまいたかったのだと雄弁に物語る眼と動きに優しさは無かった。我慢の分だけ、解き放たれた瞬間の暴力は半端じゃない。
鬱血ではなく傷跡を、首に胸にいくつも刻まれた。赤い亀裂に舌をねじ込んで熱い血潮を啜って、上がる悲鳴をバクラは楽しんでいる。痛くていたくて仕方がなくて口を開くけれど、同時に快感もきちんと覚えていた。平たい胸に目立つ色の薄い乳首が触れても居ないのに硬く強張っているのが分かる。
「まだ歯型くれてやっただけだぜ? 興奮してんじゃねえよ」
意地の悪い唇でそう言いながら、バクラの親指と中指が小さな芽を摘む。そこを転がされると喜ぶのを知っている分、愛撫はねちこく、念入りだった。喉を反らせて獏良は鳴く。その喉にも牙が立てられる。
「痛、いたい、っ」
「好きだろうが、乳首こねくり回されて、齧られんの」
からかう声音でそう言われ、持ち合わせてなど居ないと思っていた羞恥心が今更込み上げた。
首の後ろが熱い。そうだ、嫌いじゃない。摘み上げた先をきつく捻って、その後舌で更に虐められるのも、尖りきって芯を持ったそれに軽く歯を立てて引かれるのも。痛いくらいが丁度いいのだ。そうなるように、躾けられたのだから。
互い違いに噛ませた膝の間、密着した獏良の腰がひくりと跳ね、ぎこちなく前後に揺れだした。意識してやっていない、身体が勝手にそう動いているのを証立てるように不規則な痙攣を、バクラは見逃さない。
胸から腹へ、腹から下肢へ、じわじわと焦らす動きで手が降りる。ジーンズのジッパーを下げられる音がいやに大きく獏良の耳孔を擽った。
膨らんだ熱に、指先が当たる。ひゃは、と、嘲り笑いが闇に響いた。
「乳首弄られただけでこれかよ。女じゃあるめえし」
「うるさい、よ、喋りすぎ」
今まで言われたことも無い、意地の悪い揶揄はまだ耳に馴染まない。優しい手管なら身体が覚えているけれど、手荒な愛撫と羞恥心を掻き立てる言葉はざわざわと腰辺りに溜まってしまう。邪魔だなと小さな呟きと一緒にジーンズも何もかもいっしょくたに取りさらわれた後、剥き出しの下半身に視線を感じた。
腿を辿る掌がいつもより冷たく感じたのは、自分自身の体温が高いからだ――臍の近くに吐息が触れるせいで、余計熱い。あからさまな部分へ、顔が近い。
見ないでよ、と言う前に、きつく握り込まれた。
「ひ、ゃ、」
「やじゃねえよ。説得力ねえ」
「だって顔、顔ちかい、いやだ」
「今更何言ってんだ。舐めてやったことあんだろうが」
その言葉のとおり、ぬるりとした舌の先が性器の裏側を辿った。一瞬、両足が攣りそうなほど下半身が震え上がる。
「痛えとか言いながらこれかよ。素質あるんじゃねえの、宿主サマ?」
そのままぬるぬると、舌と指で勃ちあがった性器を辿られる。痛いほどの視線を意識したくなくて、獏良は両腕で顔を覆った。
恥ずかしくて堪らない。それこそ今更で、今までに何度もそこに口をつけられたこともあれば痴態を見下ろされたこともある。だが揶揄をされたことは殆ど無かった。だから意識していなかったのだ、自分がどんな格好で、どんな風に乱れていたかなど。ただ気持ちよさの中に浸っているだけでよかった生ぬるいセックスでは得られなかった感覚が、初めて身体を繋いだ時よりも一層濃い戸惑いを植えつける。
「ゃあ、あ、いやだ、バクラ、やめ、っ」
上ずった声が余計恥ずかしい。この声も聞かれている。くくくと喉で笑う声が聞こえ、尖らせた先が裏筋から先端へ、ゆっくりと這い上がって行った。
激しく扱き上げられたなら、快感に翻弄されて意識を手放すこともできるのに。どこまでも焦らす動きで舌は上下して指先はその向こうの膨らみをやわやわと揉んで苛めている。ときたま当たる吐息と内腿を撫でる髪と、全てがじれったくて死にそうだ。自分自身がどれだけ硬く猛っているか、見なくても分かる。言われなくても分かるのに、バクラは弄びながら口を開くのだ。
「すげえな、もう軽くイってんじゃねえの?」
ぬめりを掬い上げて、指先で遊びながら彼は言う。その様子を腕と腕の間から見てしまって、獏良は慌てて顔を背けた。何だこれは、何でこんなことに。こんなセックスは知らない――知らなすぎて、どうしたらいいのかわからない。早く飛んでしまいたいのに。
「ちょっと弄ってやっただけだってのに、涎垂らしてんじゃねえよ。みっともねえな」
「っ、煩い、って言ってるだろ、三日、してないんだから、当たり前…」
「へえ、三日でこんなに溜まっちまうのかい。それはまた随分と欲深いな」
「お前だって、したいくせに…!」
かっとなって、つい言った。本当は足で股間を押してやりたかったけれど、密着しすぎた身体では叶わないことだった。ずり下がったバクラの身体は頭が股間のすぐ近くにあって、足をばたつかせても届かない。けれど、触れなくたってそれくらいは分かる。楽しげな声の中の興奮は、獏良と同じくらいあからさまだ。
吐かれた言葉に、バクラはしばし黙った後に、は、と熱い吐息を吐き出した。
「よく分かってんじゃねえか。なら話は早ぇ」
言いざま、立てた膝の裏側に掌が差し込まれた。ぐいと片方の足が持ち上がり、胸に付くほど押し上げられる。二度目のジッパーが下がる音は、自分ではなくバクラのものだと気がつくのに少し時間が掛かった。
衣擦れの音など今まで聞いたことが無かった。そんなものを耳にする余裕も無く、貫かれていたから――ひょっとしてこれからずっと、こんな風に逐一こまごまと、セックスすることを意識しながら身体を重ねていくことになるのだろうか。
早くして、と、聞きようによってはとんでもない台詞を吐き出しそうになった。指が入口を押し開く、そのおかげで言葉ごと飲み込むことができて口には出ない。出ないが、指先がぐぬりと一本分押し込められて、違う声が漏れてしまった。
「ぅあ…!」
この瞬間はいつまで経っても慣れることができない。獏良は大きく喉を反らせて、悲鳴を吐いた。
ぬめりを掬い取った指の先が、ゆっくりと、明らかに内部を広げる目的で動いている。狭い道を開くために、鉤型にした指はぐねぐねと進入してくる。
もう大分慣れてしまっているこの精神の肉体は、望めばすぐに柔らかく開いた。欠片の抵抗すら残していないせいで、探るまでもなく腹の裏側まで届く。
「ぅあ…ッ!」
反った喉が、更に跳ねた。同時に性器が更に漲ってしまう。覆い隠した腕は崩れて、獏良はぐしゃぐしゃと自分の前髪ごと顔を覆う。気持ちいい。一番気持ちいい箇所を刺激されて、もう持たない。
バクラ、と、蚊の鳴くような声で訴えた。出てしまう、訴えを呼ぶ声に乗せて伝える限界の意は聞くに堪えないほど情けなかった。鼻にかかって、語尾は震えて、ついでに言えば惜しげもなく開いた足の爪先までがびくついている。一部始終を見られていることも含めて、身体中が爆発しそうだった。
覆い隠した手指の隙間から見たバクラの目は、じっとこちらを凝視していた。こくり、喉が鳴るのが見て取れる。
欲情するまなざし。何に?自分に――自問自答の末の結論に堪らない気分になる。求められている実感を得るにはいっとう分かりやすいぎらついた欲望は隠しようも無く晒されて獏良の目の前に、視線となって表れている。
欲情して、欲情されて。なぜか口元が持ち上がってしまう。
「…言う割に、余裕かよ」
その笑みを間違ってとらえられて、バクラが途端に意地悪な顔つきを取り戻した。膝裏を押さえつけていた手が緩み、片足が肩に担ぎ上げられる。空いた手は硬く勃ちあがった獏良の根元を、くるりと意味ありげに撫で上げた。
中をうごめく指が抜け、代わりに入口を押し開く。嫌な予感。
「ちょ、待っ」
「待たねえよ」
途端、熱く濡れた先端が入口をこじ開ける。嫌な予感はそのまま的中してしまった――気を許しているとはいえ、ろくに慣らしもしないまだ狭い内部を強引に突き抜ける熱の塊に、獏良は短い声を上げて仰け反った。
「い、ッ、いたい、ひどっ」
「酷ぇのはてめえのツラの方だろうが、」
たまんねえ、という呻き声に、ぞくり。同時に痛みが身体の真ん中を突き抜ける。太い箇所を抜けてしまえば後は惰性で入り込む同じ形の性器は、獏良と同じかそれ以上に滾っていた。そのことがやけに喜ばしくて、また腰が揺れてしまう。すると、もう射精してしまいそうなその部分を、バクラの指がきゅうと締め付けた。
何するんだ、と、気持ちいい寸前で止められて思わず睨みつける。熱い溜息を吐いたバクラが、唇を三日月の形に吊り上げた。
「馬鹿の一つ覚えみてえに出したい放題出してんじゃねえよ」
「え、どういう、」
「ちったぁ他の楽しみ方も覚えな、ってことだ」
言葉と一緒に、更に指の輪が締め付けられた。つまりはそういうことだと理解するのに五秒かかる。
射精を押し留めた状態のまま、バクラは一際強く、腰を押し進めた。
「ひゃ、あ、ッ!?」
衝撃でそのまま出してしまいそうな勢いも、抑えられてはままならない。思い切り背中を反らして震え上がった身体は腰で押さえつけられ、不恰好にのたうつだけだった。
跳ねる獏良に構わず、バクラは暴君の動きで腰を進めた。腹の裏側、いっとう気持ちのよい箇所を狙って的確に突いて来る。届くと同時に、口がどうしても開いてしまう。
「ッあ、ぁう、ゃ、は、あ、あッ!」
みっともない悲鳴を上げながら、切っ先が内臓を抉る度にびくん、と下肢全体が震えた。気持ちいい、気持ちよくてたまらない、早く出してしまいたい、なのに指がそれを許さない。ぎちぎちと内蔵を締め付けて訴えても、バクラは酩酊したかのような息を吐き出して笑った。いい締め付けだとご満悦だ。
「はな、放して、いやだ、バクラ、っ」
「だから、他の楽しみ方を覚えろっつってんだよ。…我慢してみな、長く楽しめるぜ」
「ゃだよ、出したい、ねぇ、ッ出したい…!」
「は、そんな頭悪いおねだりなんざどこで覚えた?」
オレ様は教えちゃいねえよなァ、と、更に腰が進んでくる。一度深く貫いてからは浅く突いていた動きが緩くなって、バクラが乾いた唇を舐めた。
もう耐えられないと言っているのに、ひどい仕打ちは止まらない。下半身に添えられていた手が伸び、獏良の交差した片腕を強く捉えて引き寄せる。そうして開かせた五指を巧みに導いて、獏良自身の性器を握らせた。
「自分で抑えな」
「で、きな」
「やれよ」
熱く上ずった声で命令される。素直に従うのなんかまっぴらだと思っていたのに、身体は勝手に動いてしまった。導かれたのは左手、もう右手も添えて、獏良はぎゅっと自分自身を戒める。本当はそのまま扱き上げてしまいたいのを堪えると、くくく。嫌な笑い声に褒められた。
「いい子だぜ、宿主サマ?」
そんなことで褒められても嬉しくない。言う前に、両手でしっかりと腰を掴まれた。
ああ逃げられない、そう思う。汗ばんだ掌は肌と肌の境界をなくして一体化してしまいそうなほどの同一。その熱が腰骨を折りそうな強さで皮膚に食い込み、そして、ぎりぎりまで引いた性器が一気に根元まで叩き付けられた。
「ひぁうッ!」
先ほどとも、今までとも比較にならない。強引さで打ち付けられた熱に、今まで口にしたこともない悲鳴が重なった。
汗で濡れた腿と尻とがぶつかる音が、間断なく闇を揺らす。跳ね上がりたがる獏良の動きの一切を押さえつけ、自分勝手に穿つバクラの動きは殆ど暴力だ。だが、されるだけたまらない気分になる。抑えつけた性器が先走りと呼ぶには濃すぎる精液を溢して、その所為で戒めがぬめって緩みそうになるのを獏良は必死になって耐えた。擦り上げてしまいたい、突き上げられて擦り上げて絶頂を越えてしまいたい。それと同じくらいまだこのままでいたいとも思うのがおかしかった。
他の楽しみ方というのはこういうことなのか――ただいたずらに身体を重ねるだけではない、耐えさせたりからかったり恥ずかしがらせたり、そう、きっともっと他の事もこれから教えられる。どうなってしまうのかという不安よりも楽しみだと反射的に感じてしまったのだから、もう駄目だ。そう思った。
駄目ならば仕方が無い。戒めて耐えている部分の代わりに、獏良は口を開いた。
「き、もち、いい、っ」
殆ど悲鳴と同じ高さで叫ぶと、バクラが唸るように応える。
「…知ってる」
見りゃあ分かる、と、こちらも熱っぽい声で言う。
もうお互いに、呼吸と一緒に擦れた音を零し始めている。閉じることを放棄した獏良の口から何度も気持ちいいと絶叫が溢れ、応じるバクラの吐息も熱い。
ずっとこのまま絶え続けていたら永遠に気持ちいいままなのに。望んでいても、段々とバクラの方が限界に近づいている。深く引いて深く突き上げる動きが狭まり、押し込んだ内部で細かく先端を擦り付けるようになるのは射精が近い証拠だ。短い呼吸と同じくらいの速さで小刻みに前立腺を苛められて、獏良はもっとたまらなくなる。もともと突かれるよりも内部の一点を擦られる方が感じるのだから、たまったものではなかった。
もう駄目、もう出る、繰り返し叫んで首を振る。バクラの表情が眼に飛び込んでくる。眉間を寄せて眼を細めて、半開きの唇から短い息を吐いて汗を垂らして、そして、たぶん自分も同じ顔をしている。鏡面体の交わりはそのまま自分自身を映すからたちが悪い。こんな顔をしているのかと思うと、恥ずかしくてもっと気持ちよくなってしまう。
「も、だめ」
限界、と、最終的には泣いて訴えた。
「ッ、…仕方ねえ、奴」
それが許しの言葉だったのかは分からない。ただ腰を引っ掴む手の内の片方が獏良の性器に重なったと思うと、爪の先が先端に引っ掛けられた。ひいと情けなく鳴いて、指が緩む。緩んだらもう、それこそ駄目だった。
「ぁ、ああぁ、――ッ!」
びゅる、と、生々しい感覚と共に熱い塊が漏れるのが分かった。抑えた手が射精と同時に意味を違えて、自動的に擦り上げる動きに代わる。堪え過ぎて半固体になりそうな濃い精液がバクラの腹にまで届き、幾度かに分けられて吐き出され、そして、その間も突く動きは収まらない。収まらないまま、バクラもまた中に吐き出してゆく。
「ぃあッ、やっダメ、何ッ、駄目、駄目ッ、あっ、ぁあ!!」
「駄目じゃ、ねえよ…ッ、おら、出してえんだろ」
いくらでも出せよ、と喉で笑いながらバクラが言う。その間も注挿は緩まらない。射精しながら中で放たれなおかつそのまま抜き刺され、もう頭は真っ白に焼けてしまう。出しているのに内側から溢れて、もうどちらの精液かも分からない。白濁の海に沈む強烈な絶頂に、舌の先まで震える。
丸まった爪先がぶるぶると震え、気狂いのような表情で獏良はもうひと熱、連続して吐き出した。
「は…、……っ」
射精の後の一種の爽快感すらなかった。ただ身体中が引き連れて一気に緩んだ、その差に痙攣するしかない。放り出した両手にはべったりとした飛沫。汗と混じった卑猥な液体が白い掌を汚している。
バクラもまた全てを吐き出し終えて、似たような表情で暫くぐったりと身体を折っていた。嵐のような呼吸、折り重なったふたつの身体の間で滴りがぬるぬると溢れ闇に垂れてゆく。
「なか、熱…」
うわごとのように呟いた声に、バクラがそうかよ、と低く呻いた。
隙間などないと思っていた、食い締める入口からこぷりと溢れる感触がつたう。ゆっくりと腰を引くと逆流した精液が更に闇を汚して溜まりを作り上げた。
バクラの眼にそれがどう映っているのか、考えると羞恥心がまた燃える。立てた膝の間の震える性器を晒し、生理的な涙と開け放した口の端から涎を垂らしたみっともない顔で放心する姿を余すことなく見られている。恥ずかしさが快感に繋がることを知ってしまった身体は、被虐趣味もないのに最奥を疼かせた。
「…すげえ眺め」
乾いた喉で笑って、バクラがのろのろと身体を倒してくる。口付けではなく舌を寄せて、顎まで伝う唾液を舐め取っていく。辿り着いた唇には、噛み付いて血を啜る。
開いてはいるけれど機能していなかった両目を瞬きさせて、獏良はバクラを見た。
同じ形で違う表情の双眸には、気だるい情事の痕跡と同席して、まだ収まっていない熱が伺える。うそ、と思わず呟くと、意を察した唇がうそじゃねえよ、と言った。
「まだ終わりじゃねえんだ、あんまイイ顔して煽りすぎてくれるなよ?」
「むり、もたない、身体もたない」
「安心しな。身体に影響はねえよ。ちいっとばかり寝不足になる程度だ」
どうしてもキツいってんなら、学校なんざ休んじまえばいい。
あくどい目つきをしてそう言う、裏側の意味を今度は獏良が察した。
(そうだ、もう、いいんだ)
気を使うことはない。切り捨てた友人の顔を一瞬思い出して、すぐに緩く首を振った。
心配してくれる彼らのために、無理をしてでも登校した。気遣いに報いたかったのか意地だったのか、今となってはどうでもいいのだけれどそんなようなことを思っていたから、どんなにだるくても我慢した。
その我慢はもうするなとバクラの眼が言っている。他のモンに気なんぞ配るな、そんな我侭が聞えてくるようで、此度はこちらの喉が鳴ってしまう。
執着が気持ちいい。依存が心地よい。重ねても重ねても満足しない身体と身体が喜ばしい。
持ち上げるのも億劫な両腕をなんとか動かして、獏良は汚れた掌のまま、バクラの背中を引き寄せた。
「…そう、だね、休んじゃえば、いいや」
笑んで応えると、バクラもまた、笑う。
もうお互いのこと以上に重要なことなど一切ない。自分のために必要とする相手のほかに優先することなどきっと何もない。
胸の傷と傷とぴったり重ね合わせて、獏良は押しかかるバクラの唇に噛み付き返した。
「もっと、しようよ」
それは、今まで唇も身体も重ね続けてきたけれど、一度も口には出せなかった言葉。態度で示してバクラが察した、そういう関係だったのはもう過去の話だ。
初めて明確に示した欲情に、バクラが満足げに口元を歪めて言った。
「…上等」
そう囁く声には、官能の毒が込められているのが分かる。
くすくすと擦れた声で笑って獏良は眼を閉じることにした。
夜の帳などない闇の中では夜明けもまた、訪れない。その気になればいつまでも終わらせなくてもいい執着の海の中に、どっぷりと浸かることが可能な世界を手に入れられたことを、どこかの神様にでもてきとうに感謝したい。
そんな気分で受ける口付けは、胸焼けがするほど甘くて――くらりときた眩暈にすら、心地よい溜息が漏れた。