【独普】Bibelはベッドの下　ver普

「一人楽しすぎるぜー」
「またそれか、お前は」
　半分以上を占領したベッドの上、仰向けに寝そべりさかさまにドイツを見る形で、プロイセンはにいと笑った。
「強がりも大概にしろ。誰もお前のその言葉を額面通りに受け取っていないぞ」
「理解力のねえ連中に説明する気はねえよ。本当のことは俺だけ知ってれば十分だ」
　理解されたいなんて思っちゃいねえ――と、まだ濡れた唇で言う。
　どこかと問われればそこはドイツの寝室であり、ドイツのベッドの上。テーブルに置かれた水差しを取りに起き上がった愛すべき弟分を天地逆に眺めながら、汗ばんだ身体を冷やしている。
　体力では勝れない。三戦終えた後に無理だ死ぬと口にするとドイツはあっさりと身を引き、プロイセンは胸を上下にせわしなく上下させながら呼吸を整えている。白旗ではない、戦略的撤退だ。第二ラウンドの為の。
「大体、一人が楽しいと言うなら俺としているこれは何だ」
「ぼかすなよ、セックスってはっきり言え」
「お前に煽られるような羞恥心は持ち合わせていないな」
「ああ、お前は煽る方が好きだよな。全く、いつの間にかドSに育ちやがって」
　軽口の応酬は月明かりの中で淡々と。
　硝子の水差しからグラスへと注がれるミネラルウォーターを、紫の瞳が眺めていた。透明な水に水泡が絡まり消えていく。ドイツが振り返り、先程の一戦目で悔し紛れにプロイセンが引っ掻き回した所為で散らばった前髪をかき上げた。男前なのに腹が立つ。自分ほどではないが。
「答えになっていないぞ」
「何が」
「先程の質問だ。俺としていることは何なんだ、と」
冷えた床を滑る足音。さかさまのプロイセンの目の前にグラスが差し出される。硝子越しに見えるドイツの表情は歪んで見えない。
　そうだ喉が渇いていたのだ。言わなくてもどうせ寄越すだろうと思っていたが、大当たりだった。だが、受け取るにはまだ早い。差し出されたそれを手に取らず、プロイセンはああ、と、嘆息するような声を吐き出した。
「そりゃあ、あれだ。Onanieだな」
「…互いに対等な性交をしているつもりだが」
「そういう意味じゃねえ。俺たちは二人でひとつだろ」
　グラスはまだ手に取らない。表情が見えないくらいがちょうどいい。どうせ見えなくても、ドイツがどんな顔をしているかくらい予想がつく。苦虫を噛み潰したような、困惑の混じる表情に決まっている。
「俺はもう国じゃない。物理的にお前と統合された存在だ。だからお前にとっても同じことが言える」
「…複雑な気分だ」
「まあ、主はお許しにならないだろうな。難儀だぜ俺たち」
　だから”一人”でいいんだと、プロイセンは言った。
「気楽でいい。俺がお前でお前が俺だ。自分なんだから縛られねえ、気を使うこともねえ。相手にオルガズムを与えようと必死になる必要はねえのさ。そんなことをしなくても俺たちの肉はよくなじむ」
「自慰だから、か」
「そうだ。だから仲良くやろうぜ、兄弟」
　そう言って起き上がり、プロイセンはようやくグラスを受け取った。浮いた水滴が熱い手のひらを冷やして心地良い。
　紫の目で視認したドイツの表情は、思ったとおりの仏頂面だった。思わず喉の奥でくつくつくつ、と笑ってしまう。
　喋った所為で喉が渇いた。グラスの中身を一気に干す。体力回復。俺様復活。
「じゃ、理解してもらったところで第二ラウンドといくか」
　特別に上に乗ってやろう、とプロイセンは手招きをした。しかし、ドイツはベッドからちょうど二歩分離れた場所で、難しい顔をしてプロイセンを見ている。テーブルに置いた水差しが立てた、ごとり、という音のような重い顔だ。
「主はいつも俺たちのことを見ておられるのだぞ。気が乗らん」
「いいじゃねえか、上等だ。神サマがドン引きするくらい激しいOnanieってやつを見せ付けてやろうぜ」
　そう言い放ってやる。と、あきれ返ったドイツの視線が――若干の冷視線を含んで寄越された。
　それに背筋がぞくりとしてしまう。しまった、最近こいつとやりすぎてMっ気が根付いてきたに違いない。まあ行き過ぎたMはSをも混同させるというし、それはそれでいいかもしれない。などと思うが口にはしなかった。
　渋るドイツにプロイセンの手が伸びる。生意気にまだ着たままのシャツを思い切り掴んで引き寄せてやる。迷惑そうなドイツの顔にプロイセンの笑みが対照的だ。
　もつれ合いながら背中からシーツへ溺れてみせる。引き倒したらすかさずマウントポジション。
　省みる必要は無い。どんなに渋ろうとも彼が断るわけが無いことを知っているから。
　思いやる必要はない。どんなに文句を言われようとも、互いに死ぬほど満足できるから。
　だって、自分たちはひとつの統合された存在なのだから。
　だから他のものなんて別に必要ない。自分とドイツという”一人”さえあれば生きていける。
　やわらかくない唇にがぶりと噛み付いて、プロイセンはもう一度、一人楽しすぎるぜ、と笑った。