【悪友バンドパラレル】Kapitulieren!!

俺様CDでフビメタルデスメタル系のお歌を熱唱あそばせてる普を聞いてから「ああ、バンドモノっていいよなあ…」みたいな妄想が掻き立てられた産物です。
きっと俺様CDはこんな面子だったろうという夢見がちなメモです。ちなみに音楽の知識は全くありません音符すら読めません。


 レコーダーの停止ボタンを押した姿勢のまま、ルートヴィヒは溜息もつけずに沈黙した。
  彼だけではない。ソファに足を組んで座っていたフランシスは前傾姿勢で完全に項垂れ、アントーニョはラグの上でクッションに頭を埋めている。狭いフラットに、重苦しい空気が充満していた。
「…………これは…」
  フランシスが両手で額を覆って、呻くように言う。
「…もう一度聞くか?」
「いんや、いい」
「なんか泣きそうになんねん」
  異口同音で手を振って、二人はここでようやく溜息。
  その原因であるギルベルトは、ここにはいない。腹が減ったから何か食ってくる、と、お決まりの自分勝手でさっさと外出してしまったのだ。置き土産はこのデータ一本。
  次の新曲はこれで決まりだ、と、自信満々に残していったディスクには、ギルベルトの歌声が入っていた。というより、歌声しか入っていなかった。GもBもDrもその指示も全くなし。いや、若干前奏間奏に鼻歌が入っていたのでたぶんそれが音だ。あとは、耳鳴りを起こすほどの大音量のアカペラが刻まれていた。
「今までに無い名曲だ!昨日俺が思いついた!神が下りてきたとしかいいようが無いぜー!!」
  と、本人は自信満々で腰に手を当てて言っていた。その余裕っぷりに、今回はまとも――もとい、いいものが出来たのかもしれない。呼び集められたフランシスとアントーニョ、そしてルートヴィヒは、手を振り振り外出する彼を見送ってから、若干の期待を持って再生ボタンを押した。
  ある意味、間違っていなかった。
  確かに神がかっているかもしれない。
  今までに無いというのも、多分正しい。
  なのに何故だろう、こんなに目頭が熱くなるのは。
「…兄貴は、何か病を患っているのだろうか」
  真剣な顔で、ルートヴィヒはぽつりと呟いた。
  普段なら軽口でそんなわけない、ああいう奴だと言える腐れ縁の二人は黙ったままだった。
  昔から友人が少なかった。荒っぽい性格や無神経な所が多く意地っ張りでプライドが高い。それを許容してくれたのはこの二人、フランシスとアントーニョだ。それ以外に親しい友人はあまりいない。あまりというか、いない。知人はいるが、ギルベルトは恐らく彼らのことを友人とは認識していないのだろう。
  だからといって、これは。この歌詞は。
「こう、一言も言うてへんけど、めっちゃ寂しそうな気がすんの、俺だけ?」
「自画自賛してるのに、なんでこんなに涙を誘うんだろうな…」
  撫でてやんぜって、お前。口元を押さえてフランシスが言う。
「兄貴が言うには、これを次のライブでメインに持って来たいそうだ」
『…………へえ』
  ぬるい返事が曖昧に流れた。またしても沈黙。
  開いた窓から夏の日差しが容赦なく差し込んでくる。風は無い。室内に流れ込んでくる町の喧騒。
  それら全てが熱気を持ったものなのに、この部屋に入ると途端に熱をなくす。ひやりとした重たい空気のせいで、彼らの耳に喧騒は届いていない。残っているのは、鼓膜にこびり付いたギルベルトの歌声だけだ。
「…ルートヴィヒは、どうしたいんだ?」
  重たげに顔を上げて、フランシスが問いかけた。
  沈痛な面持ちだったルートヴィヒは、いつものきびきびとした動きとは似つかわしくない、ゆっくりした動作で顔を上げた。しばらく黙り、やがて、意を決したような顔で、口を開く。
「…俺は、兄のしたいようにしてやった方がいいと思っている」
  その答えに、青い瞳と緑の瞳が、苦笑の形に眇められた。
「うん、俺もそう思う」
「せやなー」
「俺らの方で少しはこのかわいそう感も緩和できる気がするしな」
「もともとギルは何て言うてるかわからん曲ばっか作っとるし」
「とりあえず本人には、批判的なコメントは控えておこうと思うんだ。もしかしたら何か発作を起こすかもしれない。かといって褒めすぎてもいけない。いつもどおりがいい」
  ルートヴィヒの言葉に、二人は真面目に頷いた。いつもなら遠慮ない意見――「こらあかん子供の即興レベルやで」「もうちょっと美しくなんないのかねー」など――を吐いているが、今回それをやったら、何か致命的なボタンを押してしまう気がするのだ。具体的にどんなことが起こるのかはわからない。だが、そう、開けてはいけないパンドラの箱を目の前にしている気分だ。最後に希望が入っているかもわからないブラックボックスに。
「とにかく今は兄貴の良いように――」
「うぃーっすてめえら!俺様がお帰りになったぜー!!」
  良いようにしておこう、その言葉をギルベルトの声がさえぎった。
  ばん!とやかましい音を立ててドアが開く。覗くのはギルベルトの満面笑顔。三人の肩が思い切り、それはもう大げさではなくコメディ漫画のように跳ね上がる。
(へ、平常心!普通にだぞ!)
(わかっとる!ルートヴィヒ顔ひきつってるやん!)
(笑顔!普通に!!)
  テーブルの下ですばやく足を突付きあいながら、早口の宥め合いを展開する三人。やがて促されたルートヴィヒが、ぎりぎりぎりと軋んだ音を立てて振り向き(本人は平常のつもりの顔で)、兄を迎えることとなった。
「は、早かったじゃないか、外で食べてくるのかと」
「いやー下のDELIで新しいポテトサラダが出てたからよ、買ってきた」
  言いながら、ギルベルトは手の中の袋をがさがさと漁って中身を見せた。一人分にしては多すぎる、大量のポテトサラダの他、ロックスやクニッシュが買い込んである。
「そんなに沢山食べられるのか?」
「ん!?あ、いや、えーと…あれだ!お前らがどうしてもって言うなら、分けてやってもいいぜ!」
  その口ぶりからすると、どうやら皆で食べるつもりで買ってきたらしい。それが素直にいえない兄をルートヴィヒは愛しいと思うが、先ほどの歌を聴いた後だと悲しみの方がこみ上げてくる。一緒に食おうといえないその孤独さに涙がこぼれそうだ。
  うっ、と唸って顔を背けたルートヴィヒをフォローして、フランシスがやけに大声で言った。
「き、気がきくなーお前!丁度腹が減ってたんだよ!な?」
「せや!もう腹と背中がくっつきそうやったんや!食いたいなあ!」
「何だよ、やけに素直じゃねえか。いつもは何か文句言うくせによー…」
  身振り手振りをそえながら腹が減ったという二人に、ギルベルトは訝しそうに口を尖らせる。だがすぐに袋をテーブルにおいて、ルートヴィヒに用意を促した。まだ涙目の弟は決して顔を見られないようにうつむきがちになりながら、袋から中身を取り出していった。食器と飲み物を取りに立ち上がり、入れ替わりにギルベルトがラグに座る。
  手を伸ばした先には、再生ボタン。
「じゃ、俺様のイカした歌声を聞きながら飯にしようぜー!」
  ギルベルトを覗く全員の頭上に、エクスクラメーションマークとクエスチョンマークが浮かんだ。
  あれを?本人の前で?もう一回聞く?
  爆笑を通り越して何だか可哀想になって、加えて頭の中が心配になってしまうような、アレを?
  フランシスの作り笑いがさあっと青ざめ、アントーニョがふるふる首を振った。キッチンで、フォークが床に落ちる音。
  無理。それ無理。今は無理。多分泣いちゃう。
「ギギギギギルベルト!!やっぱ外に食いに行こう!な!」
  ソファが後方に倒れそうな勢いで、フランシスが突然立ち上がった。そしてがっし、と、ギルベルトの腕を掴んで引き上げる。アントーニョもばたばたと立ち上がって、反対側の腕を取った。
  驚いた紫の瞳に映っているのは、(表面上)いつもの笑顔のフランシスとアントーニョ。そのまま玄関口まで引き摺っていかれるギルベルト。はっとしたルートヴィヒがそれに加わった。
「あ!? 何だよ折角買ってきたのに!」
「美味いもんはあとでゆっくり食おうや!もったいないやんか!!」
「そうそう、今日はお兄さんが奢ったげるから!飲みに行こう!なあルートヴィヒ!」
「あ、ああ、そうだな、たまにはいいだろう、なあ兄貴?」
「…まあ、ルッツがそうしたいならいいけどよ。ちゃんと食えよ、俺が買ってきてやったんだからな」
  結局、ぶつぶつと言いながらギルベルトが頷く。その頃にはもう、ずるずると引き摺られて玄関を出、扉に鍵がかけられた後だった。
  最悪の状況は回避された。後は時間をかけてあの歌に慣れ、アレンジを加えて、涙を誘わないようにしなければならない。時間もないのでそれぞれが努力せねばなるまい。
  自然に漏れる溜息。前途は多難。
  だが、例の鼻歌を歌いながら先頭を切って歩くギルベルトはえらくご機嫌の様子だった。