【R18】【独普】Sofaの上でDas Jagen.

これの続きです。


 ソファの上で向かい合う。忙しない口付けの合間に引き下ろしたタイの下、行儀良く止められた釦を無理に引くとそれだけで襟が弾けた。
「加減しろよ馬鹿」
 唇を合わせたまま苦笑いで軽く詰られ、あとで縫う、と口約束。
 こんな風に、らしからぬ様子で整然と並んでいる釦が悪いのだ。隠された肌を探りながら、半ば自棄でドイツは一人頷く。
 鼻腔をくすぐるのはParfuemなのかそれともプロイセンの体臭なのか。昔張り付いていた血なまぐささが微かに感じ取れた気がするが、恐らく錯覚だ。もうあの頃とは違うのだから。
 邪魔な思考と一緒に、余った釦を歯で咥えて開く。獣かお前は、と、頭の上で笑われた。
「Wolfみたいだぜ、ヴェスト」
「Kaninchenになる気があるか?」
「骨までしゃぶってくれるなら、な」
 くつくつ、と笑い、すぐに、ん、と小さな声がプロイセンの口から漏れた。
 薄いシャツ越しに、滑らかな象牙色をした歯が乳首を軽く噛んだからだ。ジャケットとシャツの袖を抜いていないせいで、釦を外しはだけさせても、露出する部分は少ない。そういった経緯での布越しの痛い愛撫に、プロイセンは敏感に反応した。
「あ、んま、歯立てるなよ、もげる」
 言われなくても解っている。軋るような絶妙な加減で、ドイツの歯が尖った先を執拗に責めた。ひくひく、と、腰が揺れる。普通ならばAua!と叫ばれる力を顎にかけているが、プロイセンは満足そうに口元を歪めていた。痛みに対する耐性は数百年前から形成されているし、それを快楽に変える術も、ここ数十年でしっかりと培われている。
 ドイツの頭を抱え込んで、プロイセンが熱い息を吐いた。
「ヴェスト、袖、」
「うん?」
「袖、抜きてぇ。動きづらい」
「ああ――」
 それはそうだろう、とドイツは思った。
 スーツは動きを抑制する。特に肩の辺りは布が吊れるので腕を上げづらいのだ。自分自身、私服よりも着る回数が多いのでそれは解っている。
 だが、それを許しては意味が無い。この姿を暴きたいと思っているのに。
「駄目だな」
「くそ、変態め」
 汚したら弁償しろと言うので、それも快諾。
 唾液で濡れたシャツを透かして、硬くなった乳首がいやらしく存在を主張している。もう片方は触れても居ないのに形を変えていた。この格好で貪られることに、興奮しているのはドイツだけではない。
 頭を抱えられて顔が見えないのが残念だが、それは致し方ない。緩んで邪魔なタイを間で引っ張ると、音を立てて滑らかな布が床に落ちた。シュ、と擦れたその音に、プロイセンの喉が動く。
 その喉に噛み付くと、初めて、悲鳴らしい悲鳴が漏れた。
「いッ…!」
 肩を掴まれる。その拳の強さにぞくりとする。痛いのだ。当たり前だ、白い肌に目立つ喉仏をまるごと飲み込むつもりで覆い尽くして噛み付いている。こくんと唾を飲む動きが舌に触れた。そのまま歯形を辿って舐めてやる。そうすると、すぐに甘い悲鳴。
「ぁ、う……」
「捕食されている気分、か?」
 意図せず、声に笑みがこもった。ああ自分はやはりこういう性癖を持っているのだと、ドイツは実感する。興奮を始めた肌の間で空気が湿り出す。息苦しい中鼻先で肌を辿り、あちこちに噛み付いては、舐める。その繰り返し。
 その度にプロイセンの腰が揺れ、明確な前後動に変わるまでに、さほど時間はかからなかった。
「ヴェス、ト、おい、」
 は、は、と短い息をつきながら、プロイセンがドイツを呼ぶ。腰を落とそうとする動きを片手で制すと、不満げな声が漏れた。
「おい、って」
「何だ?」
「何だ、じゃねえよ、いつまで噛んでんだ」
 それじゃあイけない、とあからさまな文句が濡れた唇に乗った。押さえた腰はドイツの膝を目指して降りてこようと躍起になっている。片膝を跨いだ姿で、いっとう簡単な性器への刺激を求めているのはすぐに解った。自分に抱きついて、膝に性器を擦り付けて喘ぐプロイセンの姿は悪くない。それに、彼がその程度の刺激で満足できる身体だとも思えない。
 幾度か腰を撫で、じらすように数回肌に触れる。舌打ちが出る前に、ドイツは膝を強く持ち上げた。
「ひッ!」
 大きく、プロイセンの喉が反った。膝頭にごり、と感触を残すほどの力で押し上げたのだ、これも痛いだろう。性感の前に急所を突かれた痛みで半裸の細い身体がしなる。ああ、たまらない。
「ばかヴェスト、っざけんな…!」
「欲しがったのはお前だろう?」
 だからくれてやっている。そう囁く自分の声は随分と楽しそうだ。軽く二回ゆすり上げると、目の前の怒りがすぐに萎えていくのが解る。代わりに、膝に擦れた性器が緩く育った。
「くそ、変態、ドSッ…あ!」
 罵声の返事は口ではなく身体で。押さえていた手で尻を強く掴んでやると、語尾が甘く撓った。
 それを皮切りに、戒めを失った腰が前後に動き出す。最初は少しばかり控えめに、段々と、大胆に。
「あ、あ、あッ、そこ、ッ」
「どこだ?手で触れていない俺にはさっぱり解らないな」
「だ、から、ここ、ぁ、ここだって、」
「オスト、その口は飾り物か?俺の兄は雄弁な男だったと記憶しているぞ?」
 軽い詰りにプロイセンはこのやろう、と、陥落しきっていない言葉を吐いた。彼の言うそこ、がどこなのか、ドイツにはよく解っている。手で触れた時、舌で苛めた時、どこで一等あられもない悲鳴を上げたのか、忘れる筈がない。
 故意にからかわれていることに気づいたプロイセンが、口を閉ざす。そういった態度をとるならと、ドイツは曲げた膝を伸ばして身体を離した。
「あ…」
「どうした」
「こ、のやろ、いきなり離すな」
 もぞもぞと下肢をくねらせて、プロイセンは離れた膝を追い更に腰を落とす。だがドイツに尻を強く掴まれ、膝まではたどり着けなかった。もどかしさで狂いそうな腰は、強引に前後へ揺れる。それすらも、大きな掌は許さない。
「ヴェスト、手、はな、」
「何処が悦いのか、まだ聞いていない」
 触って欲しくないのか?と問うと、プロイセンは頷きかけ、慌てて首を振った。お前がしないなら自分でするからいい、と言う。互いの顔は見えないのに、その時のプロイセンがどんな顔をしているのか想像がついて、ドイツは喉を鳴らして笑った。
「本当にいいのか?手で擦られるのが一番好きだと言われたことがあると、俺は記憶しているが」
「うるせ、ぇ馬鹿、しろっつってしたことなんかねえだろうが」
「心外だ。何度かはあるぞ。で、いいのか?いいならしばらくこの状態を堪能させてもらう」
 意地の悪い言葉が勝手に口を突いて出くるのを、ドイツは止められない。昼と夜でプロイセンは違う顔を見せるが、それは自分も同じだな、とふと思った。眉間に寄せた皺はきっとないだろう。楽しいのと、いとおしいので、顔はきっと緩んでいる。
 気づかれないよう身体を少し動かすと、プロイセンの手が緩んだ。顔までは見えないが、赤痣だらけの首と胸、釦の弾けたシャツを纏わりつかせた兄が息を荒げているのが確認出来る。剥き出した腹が苦しげな呼吸を繰り返し、ベルトすら寛げていない下肢を張らせている。しわだらけのスラックス越しでも、膨らんだ性器の存在が解る程に。
 促してやらないと、プロイセンは言葉を吐けない。掴んだ尻をもう一度にじらせると、小指の先が後孔あたりをくすぐったらしく、震え上がってプロイセンが口を開いた。
「っ、も、言う、言ってやるからこのクソ弟ッ」
「それは助かるな、『兄さん』」
 揶揄を口にすると、その呼び方に反応して腰がまた揺れた。兄と、弟。背徳感を刺激する呼び方。変態なのはどちらの方だろう。
 短く息をつきながら、プロイセンが、うらがわ、と呟いた。
「裏側?ああ、裏筋のことだな」
「確認すんな、この、ッあ解った言う、言うから尻揉むな!当たるッ」
「では続けてもらおう」
「う、裏から、先まで、ぐ、って、あ、ヴェスト、早く、ッ」
 言いながら興奮してきたのだろう、声が完全に上ずっていた。喉を反らせて息を吐きながら、腰どころか膝までかくかくと震え出す。痛みに耐性はあるが快楽への耐性が全くないのがプロイセンだ。こんな危険な身体は、危なっかしくてとても夜遊びさせられない。
 望まれるままに、尻を支える手と反対、左手を股間に差し入れていく。布地を押し上げて反ったそこへ、希望通りにドイツは指を滑らせた。
「ぁ、ぁあッ!」
 待ち望んだ快感に、高い悲鳴が上がった。その声に、ドイツの背中にぞくぞくとした興奮が駆け上がる。
 言われたとおりに、張った筋を辿り上げて、先端へ。スラックスと下着の二枚の布に阻まれて触れづらいことは確かだが、手が覚えている。惰性で根元のさらに向こう、二つの膨らみも軽く揉んでやる。甘い声と共に震えていた膝が崩れ、掌に性器が強く押し付けられた。
「は、ぅあ、あ、ん、ん、ッ」
 尻を掴んでいた手と手淫する手を両方巻き込み、プロイセンは幾度も、ドイツの掌にそそり立った性器を擦り付けて喘いだ。
 あいも変わらず、顔を見れないのが残念でならなかった。きっとものすごい顔をしているに違いないのに、性交の最中の表情を見せることを、プロイセンは極端に嫌がる。趣向の一環として嫌がって見せるのではなく、本当に嫌がるのだ。一度無理やり覗こうとした際に本気で顎を殴られたことを、ドイツは忘れていない。その後のケアが大変手間だったことも。
「ヴェスト、っ、布、いやだ、直に」
「直に、なんだ」
「直接、やれ、あ、指、お前の指がい、いいっ」
 他人へ何かを求める抵抗が薄れているのは良いことだ。昼間の仮面がどろどろと溶けて剥がれてゆく。この上で更に焦らすととんでもない声を聞けるのだが、ドイツにも余裕はなくなっていた。布越しでも解る互いの肌の下、体温は上昇し続けている。
 軽く腰を押し付けて無言の主張をすると、気づいたのか、プロイセンは鼻に掛かったため息のような声を上げた。
 震える膝を叱咤し、ドイツのセーターを掴み腰を引き上げる。その間に、ドイツが手早くプロイセンのベルトを外しスラックスを下着ごと引き摺り下ろした。続いて自身のジーンズも寛げ、性器を引き出す。赤黒い怒張とそれより少し色の薄い肉が、裏側を合わせる形でぴたりと密着する。
 その上にドイツの固い掌が重なり、下ろされたプロイセンの冷たい掌が、更に重なった。
「あ…」
 興奮しきった声を鼻から漏らして、プロイセンが笑った。肉を合わせる為に腰を引いているせいで、ドイツにその口元だけが見える。だらしなく開いた唇、口角が淫靡に持ち上がっている。
 漆黒のスーツをひどく着崩し、スラックスを腿まで引き下ろした兄がそこにいた。そうして、互いの手を重ねて性器を合わせている姿――同じ場所で、同じ体位で交わったとしても、この倒錯的な昂ぶりは得られない。視覚がそのまま性感に繋がる。
 ドイツが腰を揺らすと、数秒だけ緩和していた空気が再び張り詰めた。同時に始まる、獣のような律動。
「あ、あ、あ、あ、ッ」
 手が腰が、前後するタイミングにあわせて声が上がった。性器を合わせて行う手淫は、通常より少しもどかしい。けれど、相手の興奮が何よりダイレクトに伝わることが精神を満足させていく。少なくともドイツはそう思う。自分のものより一回り大人しい大きさの性器の、丁度先端に指が当たるように細工してやると、プロイセンの悲鳴が更に震えた。もともと近かった絶頂が更に近づいたとすぐに解る。
「ヴェ、スト、ヴェストっ、いい、めちゃくちゃ気持ちい、ぃ…!」
「ああ、そう、だな、ッ」
 答える自分の声も、汗を含んでいる。触覚と視覚。目の前の濡れた肌と湿ったシャツ、スーツ。先走りで汚れたスラックス。透明な雫がぱたぱたと布地に落ちてしみる。確かにこれは弁償ものだ。
 けれど今、そんなことに気を使っている余裕は一ミリグラムたりとも存在しない。目の前のプロイセンのこと、性感、それだけだ。
「ぁ、――で、」
 不意にプロイセンが、喉を詰まらせて言った。
「で、る」
 二度目にそう言い、片手がドイツの肩口、セーターの布地をきつく掴む。ああ、とドイツは唸るように答えた。
「構わん、出せ」
「や、やばい、汚す」
「新しい物を買ってやる。気にするな」
「ばかお前、これ結構高――」
 衣類を着に止めていなかったのは、どうやらドイツだけだったらしい。ほんの少し憤慨して、ドイツは息を吐いた。確かに手触りも良い仕立ての良いスーツではあるが、もう一着用意できないほど、経済状況は逼迫していない。汚したら弁償しろと言ったのはそちらの方なのに、妙なところで細かい兄だ。
「気にするな」
 もう一度、今度は強めに言うと、プロイセンがびくりと肩を跳ねさせた。
「お前が気に入るようなものを贈る。このスーツに引けを取らないようなものを」
「言、ったな?すげえ高い、の、っ、リクエスト、すんぜ?」
「望むところだ。贈って――また、こうしてやる」
 服を贈るというのはそれを脱がすことまで含む。贈り物はそんな意味を持つ。
 たっぷり汚してやる、重ねてそう囁く声に雄の欲が篭った。同じ性を持ちながら、今はKaninchenとなったプロイセンが酷く震え上がる。
 その瞬間を逃さずに、先を強く指で詰ると、限界を超えた悲鳴が高く高く、ソファの上に響いた。
「ひ、ぁ…――ッ!」
「ッ…!」
 射精と同時に強く握られ、ドイツもまた、今まででいっとう押し殺した声で呻く。
 手の中で二人分の精が勢い良く弾ける感触。陰茎を伝わり外気に放出される、眩暈すら起こす絶頂が二人の背中を叩く。余韻を感じるまで時間が掛かるほどの、一層悪質、と言えるほどの濃い快感。上がった息は収まるそぶりを見せなかった。
 数秒なのか数分なのか、時間を忘れてただ呼吸する。
「は…は…っ」
 呼吸なのか笑い声なのか、解らない音を口の端からこぼす。プロイセンがぐったりと、ドイツの肩に顎を落とした。ドイツもまた、目の前の黒い布地へ顎を乗せて、長く息を吐いた。
「…ドSめ」
「…そこまで言われることはしていない」
 むしろ温い方だ、とドイツは返す。自分の我慢が聞いていたら、あと三十分は射精させないでいるところだというのに。そこまで言うと売り言葉に買い言葉になりそうだ。それも――いいかも、しれないが。
 そんな内心も知らず、プロイセンが、あー、と、間の抜けた声で言った。
「何だ」
「すげえ気持ちよかった」
「…そうか」
「またやってくれんだろ?兄弟?」
 新しいの買って、また汚すって――二言はないよな。
 そう言って初めて、プロイセンはドイツに顔を見せた。快楽の名残は濃いが、いつもの皮肉な笑みだ。残念だがこればかりは仕方がない。
 軽く首肯して肯定すると、その笑みが更に深くなった。
「よし、明日イタリアちゃんとこ行こうぜ。Brioni かKitonだな。やっぱ本場で直に見ないとな」
「おい待てオスト、お前少しは遠慮を」
「何ならまとめて五着くらいオーダーしとくか?何回も行くの面倒だろ。ああでもその度にイタリアちゃんとこでうまいもん奢ってもらえんなら別に良いか。あー楽しみだぜー」
 とどめに悪魔のような笑い方をして、プロイセンは身体を起こした。
 待てなんだこの展開は、と、ドイツの頭が急激に冷静になる。確かに買うと言ったしけちな真似をするつもりはない。が、何故そこで、今しがた駄目にしたスーツの倍以上する価格を有するブランドが二つ出てくるのか。買えない訳では全くない。しかし倹約は美徳であり、オーストリアには負けるが無駄遣いは好ましくないのがドイツの信条だ。
 思わず肩を捕まえようとするドイツをひらりと交わし、プロイセンはソファの上へと移動した。
「おい、オスト!」
 なおも伸ばした手は、取られて軽く噛み付かれた。驚くドイツに、けけけ、といやな音を立てて喉を鳴らす兄。
 座面へ濡れた尻を落とし、そうしてとことん邪悪な顔のまま、彼は足に絡まったスラックスを靴と靴下ごと床に落とした。
 そして、意地悪の仕返しか、Ein Prostituierteのような格好で、呆然とした弟を鼻で笑い、
「さ、たっぷり汚してもらおうじゃねえか。カードの限度額確認しとけよ、俺のかわいいWolfちゃん?」
 そう言って、つま先で目の前の膝を軽く蹴る。
 額を押さえて項垂れたドイツに、プロイセンはもう一度、いっそう声を上げて楽しそうに笑った。