【独普】Sofaの上のにせもの紳士
白い額に、白い髪。
「どうよコレ?」
と、プロイセンは自分の額を指差してドイツに笑みを見せた。
狭い額をさっぱりと見せるようにして、短い前髪が後ろに撫で付けられている。広げていた新聞をばさりと揺らしてから、ドイツは軽く首をかしげた。
「どう、とは?」
「反応薄すぎ!よく見ろよお兄様の姿を!」
「ああ、髪を上げているな」
「そんだけかよ!」
分かりやすくがっかりとした様子で、プロイセンは肩を落とした。そうして頭をがりがりと掻いて、赤紫の瞳でうらめしげにドイツを睨み付ける。
「もっと素晴らしいコメントを寄越せ。男前とか惚れ直すとか」
そう言って、ソファに座るドイツの背後から覗かせていた顔をいったん引っ込める。背後から横へと移動したプロイセンは、ぐいと胸を張って見せた。
胸元には、いつものKreuzが燦然と輝いている。常と同じなのは銀縁のそれと不遜な態度だけで、よく見れば服装も違っていた。撫で付けた銀髪、と、真っ白いシャツに細身の黒いタイ、身体を覆う漆黒に細い銀のストライプが入ったスーツを着たプロイセンは、何時もの姿――ドイツの前では大抵、ジーンズにTシャツである――と百八十度逆の正装を身につけていた。
そんな格好をする理由が見当たらなく、ドイツは傾げた首を戻せないまま問いかけた。
「どこかに出かけるのか?」
「いや別に」
「では何故そのような格好をしている」
「格好いいだろ?」
ふふん、と笑って、プロイセンが口元を持ち上げる。一方のドイツはというと、仕事もなく自宅でくつろいでいる時間帯なので、ジーンズに襟のざっくりとしたセーターを着ているだけの姿だ。それでも、シャワーを浴びてベッドに入るまでは、きちんと櫛を通した前髪を固めて持ち上げた、馴染みのヘアスタイルのままなのだが。
意味不明の行動に何も答えずにいると、プロイセンは大股にドイツに近寄ってきた。ソファを迂回し、テーブルと、ドイツの足の間のスペース――つまりドイツの目の前に仁王立ちし、ふん、と鼻を鳴らす。自尊心の塊のような顔で。
「同じ髪型に同じ格好をすると分かるな。俺のほうがお前より数段男前だと!」
そう宣言されて、ああ、と、ドイツはようやく意図を理解した。つまり理由は特にないのだ。
大方、洗面所にあった整髪料を見て思いついただけだろう。昨日、仕事帰りにスーツ姿のままでプロイセンと合流し、私服と正装という格好で夕食を食べに行ったのが一端を担っているのかもしれない。
改めて、プロイセンの姿を見上げてみる。狭い額。乱れなく持ち上げられた前髪に、細い身体を強調するすらりとしたラインのスーツ。第一釦まで留められた襟元に、戒めるようなタイ。
…いかん、と内心つぶやいて、ドイツは視線を泳がせた。
「…あまり似合っていないな」
「何ぃ!?」
「もともとお前は正装が嫌いだったろう、息が詰まると言って」
いつものラフな格好の方が似合っている、と告げて、ドイツは再び新聞に目を落とした。
正直、目のやり場に困ると思った。
正装はいけない。要らない欲を刺激される。
普段のだらしのない格好――首や胸元や、時には臍が出ている格好は、確かにもろ肌が見えているけれど、見慣れてしまったせいか特に何かを感じることはない。しかし今の姿は。
自分の性癖を、ドイツは熟知している。たびたびサディストだと言われるが否定もしない。その部分を、正装したプロイセンの姿が丹念に刺激するのだ。あの固められた前髪を乱したいだとか、隠された首元を暴きたいだとか、そうしてむき出した首筋に歯を立てたいだとか。髪を上げているだけなら何も感じはしない。このスーツ姿と相俟って、初めて効果を発揮する。衣装倒錯の気はないと思っていたが、これは問題だった。
本当は、似合わないなどと思っていない。むしろ似合っている。
ああ、いつもいやというほど見ている肌が隠れているだけで、こんなにも妙な気分をそそられるとは!
そういった内心の諸々を隠すために、ドイツは視線を落としたのだ。
「…ふうん?」
だが、いくら単純とはいえプロイセンはドイツの兄貴分だった。あからさまな視線の外れ方に、頬肉を持ち上げるようにして彼は笑う。
たんたん、と革靴で床を二度踏み鳴らして、彼はさっ、と、ドイツの手の中の新聞を奪い取った。
「…っ!」
「なーあ、ヴェスト。もっとちゃんと見ろよ」
ずいと近づく顔。ドイツの目の前には白い首筋を強調する漆黒のタイ。
ご丁寧に、服装に似合うParfuemをつけているらしく、甘すぎない香りがふわりと漂った。目眩、がする。
腰に当てていた手を上げて、プロイセンはドイツの肩に手を置いた。
「似合ってるだろ?なあ」
「わ、わかった、撤回する。よく、似合っている」
「見もしないで言うなよ。このスーツ結構高いんだぜ?手触りだって最高級だ――ほら」
と、肩においていた手がドイツの手首を掴む。有無を言わさず、手のひらがジャケットの胸に触れた。滑らかなそれは確かに良い仕立てだ。だがそれよりも、目の前の、襟から覗く喉に目が行く。ごくりと鳴った喉の音は、恐らく聞かれてしまっただろう。
くつくつ、と、その喉を鳴らしてプロイセンが笑った。お前分かりやす過ぎ。そんな言葉まで。
ドイツは一度、上目にプロイセンを見上げ――そして、手のひらを、肩へ向けて滑らせた。
「…煽ったのはそちらだぞ」
「おう上等」
苦い、しかし熱のこもった声で吐き捨てると、そんな快諾が帰ってきた。
「まさかこんなことをする為に、わざわざ着替えてきたんじゃないだろうな」
「んん? いや、まさかかわいい弟分がスーツフェチだとは思ってなかったぜ?」
「…そんな趣味はない、と思いたい」
悔し紛れの言葉になってしまった。ははは、と、今度は声を出してプロイセンは笑う。そして、両手でドイツの頭を掴み、ぐしゃぐしゃとかき回して――固められた前髪を、ばっさりと下ろしてしまった。
「お前も、こっちの方が色気があっていいぜ」
そんなことを囁いて、瞳が笑う。
そこに映る自分の顔は見たくない。情けない顔をしているに決まっている。目を逸らすよりも効果的に、ドイツは白い喉へ、タイ越しに唇を押し付けた。