【同人再録】たぶん人生は上々だ。A-1


発行: 2010/05/03
最終回後、盗賊王の姿でバクラが宿主んとこに帰ってくるよ!な内容。なので一応バク獏として書いてます。甘めでえろい。
AとBで前後編。Aではぬし視点で、ぬしが振り回されます。

・小説:書き下ろし
・表紙:平純久至様


 目覚めたら何もかも無くしていた。
 後生大事に片時も手放さずにいた大切なものは跡形もなく消えうせて、残っているのは無くしていた身体一つと記憶だけだった。
 魂ごと消えうせたはずの自分がこうして思考していることに首を捻るよりも先に、自身の中身の空虚さに驚いて目を見開く。何が起こったのかさっぱり解らず、呆然と立ち尽くした夜のてっぺんにはまん丸い月だけが大口をあけて笑っていて、畜生見てんじゃねえよと吐き捨てたついでに粘つく口の中に溜まっていた唾も地面に吐き出した。
 何も無い。胡乱な頭のなかで、ちかちかと現実だけが光る。
 なにより大事なもの、自分のプライドも生にしがみ付く目的もどす黒くて重たい憎しみもぜんぶぜんぶ何もかもが無い。恐らく、暗くて深い底の底にまとめて全て飲み込まれてしまったのだ。残りかす、そんな言葉を思いつく。
 何か、何かないのか。頭をかきむしって探した。面倒で厄介で持ち歩くのにも不自由しそうな、自分にとって特別重たいもの。
 それがないと立っていられないのに。何かを抱え込んでいないと爪先一歩分進めやしない。空っぽの身体は軽すぎて落ち着かない。

(ああ、)

 ひとつだけ、あった。
 ひとつだけ思い当たる、まさに丁度良いお荷物をまだ残してきていたことを思い出した。
 最後の最後、決着をつける場所にはプライドも目的も憎しみも腹の内側に持ち合わせたありったけの感情全部をつぎ込んで臨んだけれど、たったひとつだけ置いてきたものがある。重たすぎて置いて来た、と言ってもいいくらい面倒臭い代物を遠い場所に残してきた。もともとは軽くて取るに足らない存在だったのだけれど、沢山の嘘をくれてやったらとんでもない重さになって寄りかかってきたのだ。
 いまごろきっと泣いている。悔しいと腹が立つと、取り残されたことに傷ついて、綺麗な顔をぐしゃぐしゃにしてひとり寂しくめそめそぴいぴい煩く泣いているに違いない。
 ならばそれを取りに行くとしよう。嘘つきは嘘をつき続けないとただの道化になってしまうのだ。そんな役どころは御免被る。
 伽藍の身体を引き上げて、砂の上でぼんやりとバクラは思った。
 白くて脆くて訳が分からなくて頼りないあれ(・・)なら、空になった中身を埋めるにはさぞかし具合がいいだろう、と。

1.

 一人寝の夜に慣れることができない。
 落ち着かなくて苦しくて辛い。よりどころを求めて、獏良の意識は自然と依存相手を探して闇をさまよった。けれど獏良は、心の部屋に降りるやり方をぽっかりと忘れてしまっていた。恐らく千年リングを手放した時に、その方法も一緒に無くしてしまったのだ。溜め込んだどす黒い感情をそのまま映したかのような、真っ黒な心の扉を見つけようと手探りでもがいても、閉じた瞼の内側以外の闇を見つけられない。足掻いてもあがいても、心はただ軋むばかりだ。
 毎日毎日、むきになって探し続けては、明け方近くまで粘り続ける。精神より先に身体が音を上げて、そこで漸く眠りにつけた。だがその眠りこそが悪夢そのもので、眠った先で見る夢で、眠る直前まで求めた相手であるバクラその人がいつもの嫌味な顔をして笑っているのだ。ひでえツラだな宿主サマ、そんなにオレ様が恋しかったかい、などと言って冷たい腕を伸ばしてくる。獏良はそれに縋って泣いて、今までどこにいってたんだと思いつく限りの罵詈雑言を撒き散らした後にもう一度泣いて、もうどこにも行かないでよ行ったらボクは死んでやるこの身体がなくなるんだよ困るでしょうだから行かないで、とわめき散らして抱きついた。そんな獏良にバクラは苦笑いをして、どこにも行きやしねえよ安心しな、そう言って髪を撫でて獏良は安心して頷いて、そして目を覚ます。そんな残酷な夢を毎回見る。
 目覚めた先にバクラは居ない。白み始めた空で鳥が鳴く声しか聞こえない世界で、獏良は現実でも少し泣いた。
 換気のためにいつも開け放したままの窓から明け方に吹く少し冷たい風が流れ込んで、ベッドの中で毛布にくるまっていてもちっとも温まらない肩や首筋をいじわるく撫でていく。
 その冷たさに、かつては毎晩触れて夢の中でもしがみ付いていた冷たい掌を思い出しては心臓のあたりがずきずき傷んだ。悲しいんじゃない怒っているんだ、とくちびるを噛み締めて、当たりどころのないどろどろと濁った感情を枕にぶつけて、三度目、泣く。
 そう、嘘つきは何の挨拶もなしにいなくなってしまった。
 バクラのやることをただ黙って眺めていた時には同じ視界を共有していたけれど、最後に身体を占有された時は獏良の意識は完全に遮断されていて、全てをのっとられていたことさえ知らなかった。何もかもが終わった後に友人たちが経緯を説明してくれて、それでようやく、獏良は今までの長く奇妙な同居生活に一方的な終止符が打たれていたことを知った。
 獏良とバクラの間にあったゆるやかな共犯関係など考えもしないであろう友人たちは、もう終わったんだよ、もう何も心配することはないんだよと笑って獏良を励ました。その言葉に何をどう安心していいのか解らず、一ヶ月かけて少しずつ、ああそういうことなんだ、つまりボクは置いてけぼりをくらったわけで、繰り返し言われた「一人にしない」という真実のふりをしていた嘘はついにほんとうの嘘になったわけで、最終的にボクはまた一人になったんだな、と納得した。
 少なくともその時は、納得できたと思っていた。
 思っていたより抵抗もなく千年リングを手放して、流されるままエジプトでアテムを見送った。亀裂の中に消えていく金色の環に手を伸ばすこともなく、何もかもがさっぱりした。そうしてなくしていた日常を久しく取り戻してからだったのだ、未曾有の空虚が押し寄せてきたのは。
 どこを探してもバクラはいない。ものぐさにまかせてキッチンにつくねたままの皿に文句を言われることもないし、ソファで寝ていても起こされないしテレビのチャンネル争いをすることもない。冷たい両手に引きずり込まれて、バクラに心地よいと褒められた真っ黒な心の部屋でもつれあって身体を交えることもなくなった。恐ろしいほど味気の無い生活がいやおうなく口を開いて獏良を出迎えていた。
 日常に逆らうだけの目的も無い獏良はただ漫然と、普通の生活を送る。
 忘れないといけない。戻らないといけない。そう言い聞かせて、もう何ヶ月が経過しただろう。頭は勝手にバクラのことを考えて、目は勝手にバクラのことを探して、眠る前に心の部屋に降りる癖は実行もできないのに直らない。毎日毎日、瞼の裏側を睨みつけて力尽きて夢を見て目が覚めて絶望して、億劫な気分で学校へ向かい、呆然と勉強して漫然と笑って、一人きりの部屋に帰って泣いた。大好物のシュークリームもちっとも美味しくない。
 あれもこれも全部あいつのせいだ、と、獏良は枕を壁に投げベッドにばたんと激しく頭を打ち付けた。
 全部投げっぱなしにしていなくなった。せめて最後にお別れくらい言ってくれれば、もっとうまく吹っ切れたはずなのに。自分達の間にあったものは決して愛や恋ではなかったけれど、そんな綺麗なものとは正反対の、どどめ色をした執着と依存だったけれど、だからこそ、こうして終わってしまうならきちんと断ち切りたかった。
 尤も、バクラには最後の戦いに負ける気なんて欠片もなかったんだろう。もしかしたら帰ってくる気でいたのかもしれない。そしていつもどおりの生活をするつもりだったから、何も言わなかったのかもしれない。だったら仕方ないのかな、いやまて何でボクがあいつのフォローをしてやらなきゃならないんだ――一通り苛立つ、この思考も毎日のルーチンワークと化している。
 サイドボードに放り出した携帯のサブ画面表示は午前五時を示していた。早起きなのではなく夜更かし、悪夢を見る以上、結局徹夜しているようなものだ。身体はどんどん弱ってきている。最近は身体だけではなく精神も腐ってきているようにすら思えてくるから問題だ。現に本日、学校へ行く気がまったく起きない。今月で何回目の仮病を使うことになるのだろう、次のテストの範囲も獏良には解らない。
(いいや、もう今日はこのままこうしてよう)
 日が昇れば、身体が疲労に耐え切れず、精神を無視して睡眠欲に屈服する。二度寝しても三度寝しても夢は見るのだけど、身体だけでも休めないといけない。いや、本当はどうでもいいのだけど。こうして丸まっていたら結局眠ってしまうだろうから何をしたって同じだ、と、毛布を掴んで引き寄せることにした。投げた枕を拾いに行く元気はない。毛布にくるまって蓑虫のようになって、吹き込んでくる風が身体に触れないように天岩戸を作り上げた獏良はやるせなく目を閉じた。
 とろとろと眠気が込み上げてくる。ああ、もうすぐまたあいつが現れる。そうだ、今日は文句を言ってやろう、そんなことを考えた。もう夢に出てこないでと吐き捨てていやな顔をしてやろう。それでも夢の中のバクラは決して獏良を見捨てたりはせず、拗ねてんじゃねえよこっち向けよ宿主サマ、と、獏良のいっとう望む言葉を吐くに決まっているのだから。
 不意に、しゃらしゃらとカーテンが揺れて、強い風が吹き込む気配がした。天気予報はなんて言っていたかとぼんやり思い出してみるが、そもそも最近テレビ自体つけていないので予報も何もあったものではなかった。もしかしたら台風でも近づいているのかもしれない、窓枠ががたがたと揺れている。この分だと棚の上のフィギュアが倒れるだろうな。でもいいや、別にどうでも。覇気の無い蓑虫はよりいっそう丸まって、こんもりした山がベッドの上に出来上がった。
 かつん、がつり、ばたん。窓枠が煩く鳴く。獏良は眉を顰めた。この音が聞こえている間はまだ自分は眠っていないのだ。最近は境界があやふや過ぎてよくわからないけれどそれにしてもやかましい。
 苛々と耳を塞いでいると、ばたん! 一際大きな音がして、部屋が少し揺れたような感覚に襲われた。同時に音が無くなる。
「…チェーンなんか掛けてんじゃねえよ。玄関から入れねえだろうが」
 毛布越しでぼんやりと耳に届いた声は低くて、獏良には何と言ったのかうっすらとしか聞こえなかった。
 他人の気配に身体が震える。心なしか少し低い気がするけれど、耳に慣れた口調と響き。夢の中で聞き続けたあの声だ。
(きた)
 ということは、自分はもう眠りの中に落ちたのだな。本当に境界が分からないやと獏良は自嘲的に笑って溜息をついた。目を開く気にもならない、どうせ開けたら妄想で作られたなじみの心の部屋なのだ。そしてそこにいるのはバクラなのだから、わざわざ目を開く必要も無い。
 バクラは何かぶつぶつとよく聞こえないことを呟くと、大股の足音を立ててこちらに近づいてきた。
「おい宿主、起きな」
 随分と横柄な態度だ。今朝の夢では気持ち悪いほど甘ったるいお得意の嘘をついていたのに、同じ口とは思えない。ふんと鼻を鳴らして、獏良はいやだよ、と吐き捨てた。
「いやだよ、お前の顔なんか見たくない」
「あァ?」
「見たくないって言ってるの」
 口に出しながら、唇が震えているのが自分でも解った。本当は飛びつきたい。でも見たくないのも本当。夢の中で幸せな分だけ目が覚めると辛いのだから。
 せっかくだから、これを機に夢を見るたびに拒絶しよう、そう思った。現実に酷い目にあわされたのはこちらなのだから、それくらいしたってばちは当たらない、筈。
 そうと決めてしまえば、冷たい言葉はいくらでも思いついた。
「お前さ、こういうの、もう本当やめてくれない?」
「ボクはね、もうお前のことなんか忘れたいんだ」
「いつまでもしつこく出てこないで」
「どうせ目が覚めたら消えちゃうんだから、優しくするのももうやめて。ボクはこれから普通に生きていかなきゃならないんだ」
「お前に泣かされるのはこりごりだ」
「…何言ってんだ?」
 つらつら連ねた、我ながらじっとりとしたいやな声は闇の中にさぞかし重たく響いていることだろう。困惑したバクラの顔を想像する。いい気味だ。そう思うのにやっぱり抱きつきたい気持ちは消えない。いまいましいことに根っこまでいかれてしまっている、自分――認識して腹が立つ。その分も、言葉に乗せる。
「もう何回繰り返したと思ってるの。これ以上目の下に隈増やさせないで」
「ンな丸まってちゃあ隈がどうとか言われても見えねえだろうが」
「あのね、お前がこういうややこしいことするせいで、ボクはずっと眠れてないんだ。もう嫌だって言ってるの。消えてよ、お願いだから」
「…久々に面ァ合わせたってのに、随分とご挨拶じゃねえか」
 返される言葉に、ぎらりと剣呑なものが光った。獏良はびくんと肩を震わせて、閉じた世界でぎゅっと拳を握る。久々?どの口がそんなことを言うのだ!
「何言ってるの、さっき会ったばかりじゃないか。夢じゃないっていつも同じこと言って、ボクを騙してそうして目が覚めたら居なくなった。三十分くらい前のことなのにしらばっくれるつもり?」
「………」
 つんつんした口調で切り返すと、バクラは不意に押し黙った。
 これだけ強く言ったのだから、流石に何か思うことがあったのだろうか。いやそもそも夢の中の存在が思考などするのか。分からない。分からないけど、何も言わずには居られない。ふつふつと込み上げるのは怒りだと言い聞かせても、涙が出てきそうで本当に腹立たしい。
 ふう、と、頭のすぐ近くで溜息の気配がした。ばりばりという小さな音もする。多分頭を掻いたのだろう。ばつの悪い顔を思って、泣きそうなのに笑う。今の自分はどれだけ歪んだ顔をしているのだろう。
「ワケ分かんねえ、と言いたいところだが、なんとなく理解したぜ」
「何が。お前に何がわかるんだよ」
「今の宿主サマの状況が、だ」
「そう、お前のせいで寝不足で死にそうだってこと、ようやく分かってくれた? なら――」
「そうじゃねえ。とりあえずその毛布から出てきて、オレ様の顔を見やがれ」
 話はそれからだ。バクラはそう横柄に言って、獏良の被った毛布を掴んだ。そのままぐい、と思いがけないほど強い力で引っ張られ、獏良は闇の中に放り出された。
 何するんだ、と怒鳴ろうとして、開いた視界は白々した朝日が差し込む自分の部屋だった。見慣れた闇はどこにもなく、ベッドの上で、寝間着の姿で、窓がいつの間にか閉じられていて、目の前に――知らない男が、立っていた。
 真っ赤なコートに褐色の肌、白い髪は肩ほどの長さで、見るからにばさばさに傷んで乱れてフードの奥で散らかっている。頬は少しこけて痩せていて、身体は長身であちこち汚れだらけ。襤褸みたいな服の下には発達した筋肉がついているのが分かる。そして、目が。
 見忘れることもできない、凶悪でぎらぎら輝く二つの瞳がこちらを見下ろしていた。
「期待を裏切って悪ィけどな、オレ様は本物だぜ」
 人を食って骨までしゃぶりつくしたかのような、性根の悪い口調で彼は言う。
 獏良は瞬いた。いち、に、三回ほど、長い睫をぱさぱさと揺らせて、今目にしている光景をどうにか理解しようと躍起になる。
 ぽかり開いた口から、勝手に言葉が洩れた。
「…………誰?」
「ひでえなおい、今まで誰と喋ってるつもりだったんだ?」
 あんまりじゃねえの宿主サマ。からからと笑って、男はばさりと頭のフードを背後へと流して見せた。
 そうするといっそう際立って見える、見間違えようのない毒々しい瞳が獏良をまっすぐに見下ろしている。この目誰の目、と自問自答して、呟く名前は一つしか思い浮かばない。
「バクラ…?」
「他に夜這いされる相手がいねえなら、オレ様さ」
 おっともう朝か、としゃあしゃあとした口調で持って男――バクラは言い、土足の爪先でもってもう一歩獏良に歩み寄った。窓から差し込む朝日のせいで、長身がつくる影がすっぽりと獏良を覆い尽くしてしまう。驚愕やいろいろなものを通り越してただただ呆然とするしかない獏良は、口をあけたまま、自分より頭一つ分は高いであろう身長差の相手の顔を見上げた。
 手を持ち上げて頬をつねってみた。案の定、痛い。
 ということは、夢じゃない。それに夢なら、こんな姿はしていないはず。毎夜逢瀬したバクラは、夢見たバクラは、自分と同じ姿形で瞳だけを凶悪にして、ついでに髪の毛の一部分を尖らせていたのだから。こんなごつくて男らしくてでかい姿なんか、想像できるはずがない。
「…なんで?」
 擦れた声で、呟き。
「だってお前は、千年リングはもう、エジプトに」
「それにその格好、肌だって、髪も」
「どういうこと? え、ほんとにお前なの? 夢じゃないのは分かったけど、でも、ほんとにお前? 違う人がお前のふりしてるんじゃなくて?」
 疑問は波になって、あとからあとから押し寄せてきた。矢継ぎ早に次から次へと問う、獏良の声は動揺のぶんだけ小刻みに震えていた。身体まで震えてくるので、両手で肩を押さえる。
 そんな獏良に、バクラは実に呆れた顔をして二度目の溜息を吐いた。面倒だったりばつが悪かったりすると、彼はよく頭を掻く。記憶そのままの動きで後ろ頭をばりばりやると、「相変わらずぴいぴいうるせえな」と心底かったるそうな声で言った。
 それから、よく鍛えられた足を屈め、ぐっと顔を近づけてくる。
「エジプトくんだりからわざわざ此処まで帰ってきてやったのは、一体何の為だと思ってやがんだ」
 近づいた、鼻と鼻の距離は約五センチ。
 そこまで近づいて漸く、獏良はバクラの目の中を覗き込むことができた。
 懐かしい瞳、その中に、以前と全く変わらない執着と依存の色が渦を巻いていた。熱っぽくうねって、獏良だけを睨みつけるようにして見つめてくる。
 息が出来ない。苦しさも忘れてしまう。
 か細く洩れた吐息は多分バクラの呼吸に吸い込まれた。ああ息をしている、息をしているバクラがここにいる。それだけでもうわけがわからなくなる。
「オレ様は完璧主義者だからよォ」
 そう言って、くく、と笑う、音色は記憶より低い。当たり前だ、違う身体なのだから。
 声の低さに甘さが潜んでいることに漸く気が付いた。口元に浮かべた笑みも、目の色も、どこもかしこも刺すように獏良を求めているのが分かる。分かってしまうくらいあからさまな濃い熱がこもっている。
 その熱く低い声でもって、バクラはゆっくりと、言葉の先をうたってみせた。
「てめえに言った嘘のつづき、続行しに来てやったんだぜ?」

 ――一人にしねえよ、宿主サマ。