【同人再録】たぶん人生は上々だ。A-4【R18】

「…見ないで、よ」
「…見るに決まってんだろ」
 こんなオイシイ状況、と、バクラは笑った。濡れて滑る足を抱えなおして、またひとつ深く、ずるりと突き上げられて、悲鳴。
「っう、うう、ぁ、ひッ…!」
 痛みをかき消すために、必死で手を動かす。そのうち痛いのか気持ちいいのか、その境目があやふやになってきた。
 突かれて生まれる痛覚がなりをひそめて、代わりに直接性器に響く快感が勝っていく。混ざり合ってどちらがどうとかが完全に分からなくなる瞬間、それを目指して、自分が好きな場所ばかりを弄る。先端を親指でぐりぐりと小刻みに刺激する間に、大分スムーズになってしまった動きが挟まって、苦しい。苦しくて、そして、
「――きもち、いい」
 ようやっとその言葉が漏れた。
 喉に溜まる熱と共に吐き出した小さなそれを水音の中から拾い上げて、バクラがそうかよ、と言う。満足そうな声で。
 そんな顔をするので問わずには居られなかった。低い声でお前はどうなのと問いかけると、聞くまでもねえだろとぞんざいな言葉が返された。奥まで進めた性器のほうが余程雄弁に、硬さを保って乱暴に動いてくる。
 悦いなら、良い。これだけ苦しい思いをして微妙だとか言われたら本気で蹴り出してやる。獏良は口元に薄い笑みをやっと浮かべて、初めて腰を揺らして、動きに応えて見せた。
「っ…てめ、」
「きもちい、んでしょ?」
 だったらボクのことももっと気持ちよくしてよ。
 言外に乗せた訴えはどうやら届いたようだ。挑発すんじゃねえよ。バクラが唇を舐めて、そうして、角度を変えられた強い衝撃が背骨まで突き抜けた。
「んぅっ…!」
 勢いに、絡めた指が解ける。タイルを打ったそれが再び戻る前に、更に細かい振動が立て続けに襲ってくる。
「ッあ、ぁう、ゃ、は、あ、あッ!」
 挑発に乗って手加減を無くした腰が、獏良の性器の裏側、腹の表面ちかくの前立腺を狙って突き上げ始めた。そうなるともう手淫どころの騒ぎではなく、緩んでしまった入口を再び食い閉めて獏良は声を上げた。その締め付けも、拒絶とは違って柔く食むように収縮してしまうのだからバクラにとっては何の問題もない。
 反射でぬめる手を伸ばすとすぐに肩に辿り着いた。先ほどつけた赤い亀裂にまた、爪をめり込ませることになる。
「んあっ、ぁあ…ッ、あ、っ」
 たまらずもう片手で顔を覆う。
 汚れた指先、先走りとボディソープの混ざったものが唇に入って苦い。苦しくて痛くて気持ちいい。
 ああ交わっている、と今更のように再確認して、獏良は悲鳴まじりの溜息を上げた。ぬちゃぬちゃと勢いのよい粘着音が下半身から間断なく漏れて、間近で響く男の熱い呼吸の音と混ざり合って鼓膜まで犯されている気分だ。身体を重ねているのだという実感を、これ以上もないほどに味わっている。
「バクラ、ぁっ、」
 突き上げの間に挟んで名前を呼ぶと、バクラは酩酊した声でああ、と応えてきた。気持ち悪いくらいぬるいその声に笑いたくなる。どこから出してるのそんな声、と言ってやれる余裕は舌にはないけれど、満更でもない気分なのはお互い様だ。
 勝手に居なくなって勝手に戻ってきて、もとの形に収まった同居人。リアルを伴って、変わったことと変わらないことを両方ぶら下げて、けれど居なくなることは恐らくもう無い。
 期限付きの関係ではなく、これからきっと。死ぬまでずっと。
 そう思うとまた涙腺が緩んでいけない。今泣いたところで生理反応だと判断されるだろうと分かっていても、もう泣くのは嫌だった。バクラがいない三ヶ月間でたっぷり水分を出してやったのだ、こいつの為に泣いてやることはしたくない。そうだお前だって泣いたらいいんだ――ふとそう思って、汚れた手を伸ばして頬に触れてやった。瞼を縦断する傷跡、その上に。
「ッ、」
 ひく、と震えて、バクラは獏良を見た。
 以前この傷に触れた時、バクラは無言の拒絶でもって接触を拒んだ。
 今ならいいのかもしれない。一瞬躊躇う仕草を見せてから、バクラは白い掌を好きなようにさせた。ぬるりと撫でると褐色の肌が汚れて、まるで精を浴びたようでいやらしくていけない。
「っねえ、」
「…んだよ」
「明日から、さ、いろいろ教えて、ね?」
 突き上げられているせいで、言葉が途切れ途切れになるのは仕方が無い。擦れた声で求めると、バクラはやはり少し躊躇って、結局ああと曖昧ながらも了承を返した。
 じんわりと嬉しくなると同時に、込み上げてくる熱いかたまり。胸からも、下半身からも。下半身はとにかく、胸から溢れかえりそうなそいつの正体は獏良には分からない。悪いものではないのは、確か。
 溢れかえるままに喉を開くと、聞くに堪えない甘ったるい声が漏れた。
「ッあ、は、ぁああっ…!」
 そんな嬌声を上げてすぐ、バクラの腰がびくりと跳ねる。く、と喉で詰まった声がまた鼓膜に響いて、は、とバクラが嫌味に笑った。
「声でけえな、相変わらず」
「っ、う……!」
 指摘されて気がつく。そうだここはもう心の部屋ではない。隣には人が住んでいて廊下だって近い。今まですっかり失念していたことを突きつけられて、獏良は咄嗟に口を覆った。防音設備が特別整っているわけではないこのマンションの一室で、以前のような声は上げられない。
 苦い掌を口元に押し付けて耐えると、バクラがその手の甲、筋をがりりと噛んで来た。
「何抑えてんだよ」
 無神経なことをのたまうその顔を、じろりと睨む。
「今までンなことしなかったじゃねえか、抑えんなよ」
「心の部屋じゃないんだから、っボクだってね、一応、近所のこととか、考え…」
「ま、確かに宿主サマのヨガリ声は特別でけえしなァ?」
 しかし近所ねえ、と、バクラはまるでからかうように口にした。緩めてくれない動きのせいでこちらは抑えるのに必死だというのに。
「暫く見ねえうちに随分とまともになったじゃねえか」
 まわりなんてどうでもよかった、自堕落で適当で刹那的だったあの頃を、そんな風に揶揄された。
 確かに昔はそうだったけれど、あれは特異な時間と場所だったのだ。手緩い日常を生きていくのだから、変わるに決まっている。それに、変わったのはこちらだけではないはず。
 片手ではもう足りない。薄笑いを浮かべているバクラを睨みつけたまま、両手で押さえた口元の向こうで獏良はねばつく唇を開いた。
「っお前、だって変わった、よ」
「あん?」
 どこがだよ、とぞんざいな口調で男は返してきた。まずその外見からして違うだろうという突っ込みは、今はするべきではないのでスルーする方向だ。ボクが言ってるのはそんなことじゃない――と、くぐもった声で言う。
「余裕、」
「あ?」
「その、余裕、すごいむかつく…!」
 そうだ、それがいっとう腹が立つ。
 こちらはいっぱいいっぱいだというのにまだ笑っている、その余力。内臓を吐き出しそうなくらい気持ち悪かったり逆にとろけてしまうくらい気持ちが良かったりと振り回されている自分とは裏腹に、バクラは今だってにやにやと笑っている。それがとても腹立たしいのだ、と途切れとぎれに言ってやると、紫の目がふ、と撓って色を変えた。
 なに、と問う前に、身体が倒される。顔が見えない距離で、捻じ込まれた性器がどくんと脈打つ感覚。びくりと震え上がった首筋に犬歯が立てられる。
 そうして顔を隠したバクラが、低く擦れた声で言うのは、
「…余裕なんざ、欠片もねえよ」
 そんな、性欲を剥き出した声音で。
 逃げられないよう腰を固定した手に、ぐっと力がこもる。何がそんなに、いつ地雷を踏んだのか分からないまま、思い切り、根元まで押し込まれた。
「あ、ちょ、――ッ!?」
 その後はもう、何も言わずに容赦の無い突き上げが待っていた。そうなって初めて、彼の限界が近いと、重なった身体で理解した。小刻みな動きが擦り付けるだけのものに変わってくるのは、終わりが近い証拠だ。記憶と同じ動きで、違う形の性器が前立腺に押し付けられる。
 どうやら余裕ははりぼてで、多分に抑え込んでいたらしい。耳元で、低かった呻き声が先ほどよりも余程音量を上げて繰り返されている。
「待っ、まって、ねえ、おねが、」
「…てめえは喋りすぎだ」
 大人しく喘いでろ。
 そんな風にそっけなく言われるついでに耳朶を齧られる。そうはいかないのに、声を抑えたいのに、全く容赦ない動きがまるでバスルーム全体を揺らしているようだった。口を覆った手ごと抱きこまれて、むせ返る湯気と汗の中で獏良は首を振る。口を開いたらとんでもない声が出てしまいそうで、噛み締めた唇が痛い。気持ちいい。声を上げたい。ぐり、といっとう気持ちいい場所を抉られて、ぷつんと唇が切れた。
「ゃ、あッ、ダメ、そこ駄目…ッ!」
「…うるせえっつってんだろ」
「も、ソコ、しちゃ、ァ、声ッ、出、から、ダメ、っ!」
「ならとっとと出せよ…ッ!」
「だめ、ほんとにだめお願い、ッ」
 震えながら訴えた。声も精も出てしまう。こんな時間に声を上げたら近所じゅうに知れ渡るに決まっているのに、どうでもよかったあの頃とはもう違う――何度も繰り返してしたくもない懇願をすると、バクラは今日何度目かの舌打ちをして、ぐいと顔を上げてきた。鼻先で手を退けられ、そのまま勢いよく、血の滲んだ唇に噛みつかれる。ついでに舌も。
「う、んんぅっ!?」
 そうして――極めつけは、中で精が弾ける爆発的な熱量。
「ひぐ…――っ!!」
 強く舌を噛まれて悲鳴を塞がれたまま、強く中に熱を放たれて堪えられるはずもない。
 塞がれた口で声を吸い取られて身体の内側に濃い精を流し込まれ、自分でももうよくわからないまま、獏良はなし崩しに、腹の上に勢いよく精液をぶちまけた。

3.

「最悪」
 目が覚めて一言めがそれだった。
 太陽はすっかり昇りきって下がり始めて、西日になりつつあり、閉じられた窓にかかったカーテンはオレンジ色に色付いている。いつの間にか運ばれたベッドの上、しわくしゃのシーツと毛布に包まって、獏良は意識を取り戻した。
 バスルームでの一戦のあとの記憶があやふやだ。何か言ったような気もするしあの後に何かしたかもしれない。が、今現在は寝て起きたままの整えられていないシーツの上に丸まっている。横にはバクラが、自分自身の太い腕を枕にして目を閉じていた。よかった、腕枕とかされていたら気持ち悪くてぶん殴っていたところだ。
 本当に最悪だった。寝返りをうとうとして走った痛みは尋常ではなく、腰以外に背中も痛い。恐らくタイルで擦っていたのだろう、シーツに当たるだけでぴりぴりした痛みを感じる。もちろん後始末なんてしていないから、下半身は乾いた精液とボディソープで気持ちの悪い違和感だらけ。おまけに、褐色の向こうに見える廊下にはびしょ濡れたクリーム色の布がべちゃりとフローリングに捨てられているのまで見えた。おそらくバクラがここへ自分を運ぶときに、着たままだった寝間着の上着を剥ぎ取って捨てたのだろう。
 耳を澄ませばシャワーがタイルを打つ音まで聞こえてきて――つまりはこの男、シャワーを止めずにベッドまで来てそのまま寝てくれているというわけで、ああ水道代ガス代電気代もったいないと獏良は痛む喉で呻き声を上げることになっているというわけだった。
 心の部屋は本当に便利だった、としみじみ思う。後始末も片付けも光熱費も何も考える必要は無かった。支払うのは自分ではないけれど、決められた金額内でやりくりしていくのが親との約束なのに。今すぐにでも起き上がって処理をしたいけれど、身体はだるくてだるくて重たくて、とてもじゃないが言うことを聞きそうに無い。
 何もかもがやりっぱなし。そんな中で眠っているらしいバクラを、獏良はいまいましげに睨みつけた。
 やりたい放題やった挙句のこの投げっぱなし。さんざ痛めつけて容赦なく中出しした上気持ちよく寝入っている顔を踏んづけてやりたい。――なのに、ああ寝顔を見るなんて初めてじゃないか、なんてことに気がついてしまって、先ほどからずっと凝視している自分がいる。
 まったく腹立たしい。心から腹立たしい。文句のひとつふたつも言いたくなろうものだ。
「後片付けに、掃除に、ご飯と洗濯、それから買い物――うん、買い物以外はお前がやってよね」
 身体、あるんだからさ。
 相手が聞いていなくても関係ない。いま決めた決定事項を付け足して言うと、真一文字に結ばれていたバクラの口が、小さく開いた。
「…夜んなったらな」
「何だ、起きてたの?」
「宿主サマがぶつぶつうるせえからな、目ェ覚めた」
 言って、瞼が持ち上がり紫の目玉がふたつ、こちらを向く。鏡映る自分の顔が妙に満たされているのが何だかむずがゆく、獏良はもぞもぞと毛布の中に鼻先を埋めた。そのまま上目遣いにバクラを見る。
「じゃあ話が早いや。ご飯はね、炒飯がいい。えび入れて」
「材料あんのかよ」
「この家、ねぎとみそとお米しかないよ」
「じゃあ作れねえ」
「何でもいいから何か作って」
 適当な言葉の結びに、お前のつくったご飯が食べたいなあと、意識して猫なで声の演技をしてみた。
 何を思ったのか、しばしの沈黙。
 やがて、やけに不機嫌そうな顔をしたバクラが何でもいいが一番面倒くせえんだよ、とまるでお母さんのような言葉を吐いたので思わず笑ってしまった。
 他愛の無い会話だけで、先ほどの苛立ちも氷解する。本当にずるい男だ。
「全部やってくれたら、お前にご褒美あげる」
「もう二、三発ヤらしてくれんのか?」
「もし痔になったりしたら、お前を殺してボクは生きる」
「生きるのかよ…」
 そこは普通一緒に死ぬだろ。と、疲れた声でぐったりとした突っ込み。これもまた、懐かしい応酬。
 そうじゃなくて、と唇に乗せると、昔よりも表情豊かな目が何だよと言いたげにすっと眇められた。
「服。あれ着て街中歩けないでしょ」
「一張羅なんだよ」
「あんなの着た人と一緒に歩きたくない。だからさ、服、買ったげるから。サイズLじゃ入らないよね。XLとかならその無駄にムキムキした体でも着られると思うんだけど」
 言いながら、伸ばした指でつん、と、発達した胸板を突付いてみた。中身が詰まったまさに肉体、というそれに先ほどまで抱え込まれていたと思うと変な気分だ。爪を立てたときに感じた弾力も新鮮だった。
 ほんの数ヶ月前まで己と全く同じ姿をしていて、今はもう全く違う身体を持ったこの男とこれから生きていく。そう再確認してみる。
 何だか面倒臭そうなことが山積みになりそうだ。明らかに外国人だし無駄にでかいし目立つしそのくせ日本語は達者だし、何より、この家には一人暮らし用のものしかない。財布の中身は足りるかどうか微妙だ。父親にもどう説明したものか――まああの人なら、エジプト人の友人が行くところ無くて困ってるとかなんとか言えばふたつ返事で了承してくれるような気もするのだけど。
 今思いつく有象無象に加えて、きっと生活していくたびに生まれてくるさまざまな問題を考えると溜息が出てくる。
 それでも、やっぱり――どうにかしようと何の抵抗もなく思うのだから、ずっと一緒にいたいのだ、と、思う。
「…黙り込んで、どうしたよ」
 胸板をぐじぐじといじくりながら押し黙った獏良へ、バクラは眇めた目のまま問いかけてきた。
 なんでもないよ、と返す。まだ不思議そうな顔をしている彼の、いじくっていたその胸板に、額を押し付けてみた。
 思いがけない甘ったれた仕草に驚いたのか、バクラはまともにうろたえて変な声を上げた。くすりと笑う口元は、見られていないはずだ。
「服買ったげる。そしたらそれ着て、出かけようよ」
 一緒に。
 たとえばそれは買い物であったり、休日に適当にぶらつくのでもいい。お一人様一点のみとかのスーパーのセールに走ってみてもいいし、自炊が面倒になって近所のファミレスに行くのだって構わない。
 普通のことをしてみたい。便利で不便だったあの頃に、ほんの少しだけ夢見ていたことを、沢山。そうして、ただ退屈な日常を、一緒にやり過ごしてみたい。いつか本当にどちらかの魂がなくなってしまうまで、顔を見るのも飽きるくらいながい時間を、一緒に。
「宿主?」
 訝しげな声が旋毛にぶつかる。
 今は顔を上げたくない。胸にじんわりと広がる気持ちの悪い温い温度が、勝手に顔を笑顔にさせているのだ。こんな表情を向けているだなんて、絶対に教えてあげない。
 代わりに、表情そのままの温まった声で、もう一言だけ付け足してやることにした。
「今まで出来なかったこと、全部させてもらうからね」

 覚悟してよ?

 と、全力で振り回すつもりを込めて、意地悪な声で囁いてみる。
 起き上がれるようになったら、まず服を買いに行こう。きっとこいつは真っ赤なパーカーとが似合う。
 それを着せて、二人暮しを始めよう。きっとめんどくさくて楽しい毎日になる。
 底知れない愉快な予感に、獏良はもう一度、声を立てて笑った。