【同人再録】廃墟と鏡のメルクルディ-2【R18】
どういう意味、と問うのと、腕を強く引かれたのは全くの同時だった。
強い力で引っ張られるまま、傾いだ身体が開いた扉の内側に吸い込まれる。背中を眺めていたはずのバクラの手が何故か扉の内側にあり、生白い色彩で獏良の腕を掴んでいた。がっちりと、五指が食い込むほど――蔓草のようにしっかりと。
あれ、幽霊って触れるんだ。場違いなことにそう思う。
「な…」
一瞬の浮遊感。瞬間移動の錯覚を受けて入り込んだ室内は、南向きの大きな窓から差し込む強い光で妙に明るい。顔をあげると、逆光で黒く変わったバクラが獏良を見ていた。影になって、表情は見えない。
衝撃は背中に起きた。天地が反転し、息が詰まる。
手のひらがざらついた布に触れた。絨毯と同じ、おそらくはそれ以上に質が良かったのであろう朽ちた天鵞絨の感触。視線の先には汚れた天井、電球をなくした灯りの傘。すぐにバクラの顔がその景色に割り込み、そうして、獏良は己が、ぼろぼろのソファに押し倒されたことを知った。
「な…に、するの?」
息が詰まって声が絡んだ。間近に迫ったバクラが、相変わらずの真意の見えない目でじっと見下ろしてくる。
「バクラ…?」
呼びかけに、答えはなかった。がたがたと風がゆさぶる窓枠の音が、大きく聞こえる。
出会った時と同じように、バクラの髪が揺れた。獏良自身の髪も。
「…宿主」
低い声は風に似て、するりと鼓膜に滑り込んだ。
何故だろう、心臓を冷たい手で掴まれた、そんな感覚がした。不快ではない、むしろ馴染んだ、心地よい温度だった。
何故かわけもなく泣きそうになる。捕えられた腕も、慣れない呼び名も、何もかもが、身震いするほど懐かしい。
腕を掴む手が這って、左の掌を撫でられた。
「此処」
「え?」
言葉と手で示しながら、バクラは尚も手を這わせる。腕を登って二の腕あたりを、そして、制服の上から胸のあたりを。
「此処と、ここ。傷、あんだろ」
たしかにそこには傷があった。何故ついたのかよく覚えていない、きっと幼いころに何かへまをやらかしてつけてしまったのだろう、白茶けた傷跡がこの細い身体にはいくつか残っている。だがどうしてバクラがそれを知っているのか――いぶかしく思うと、向かい合った彼の掌にも、同じ痕があった。
「それ… ボクと、おなじ…」
「ああ」
オレ様がつけたのさ。
僅かに自虐を含んだ声で、バクラは言った。
「おまえが、誰に…?」
「オレ様が、てめえに」
「ボクの傷は誰かにつけられたものじゃないよ」
「誰かじゃねえ。てめえで、オレ様さ」
「わからないよ、どういうこと?」
質問に、バクラは答えなかった。ただでさえ間近に迫っていた顔がさらに近くなる。再度、今度はもっと強い口調で問い詰めようとしたその口が――噛みつかれて、塞がれた。
「ん……ぅ!?」
何が起きたのか分からなかった。問いかけるつもりで開いていた唇を柔らかく食まれ、歯列の隙間を生ぬるい感触がすり抜けていく。
食んでいるのが唇で、滑り込んだものが舌先だということに気が付いて初めて、獏良は猛烈に抵抗を始めた。だががっちりと掴まれた肩は動かせず、首を振ろうとしてもどういう力の作用なのか、わずかに左右に振れるだけ。唯一自由な足をばたつかせてみたものの、逆に膝で押し切られ、片足を跨がれた状態で完全に拘束されてしまった。
「ふ、く、ぅ…ッ」
もがいている間にも、舌は恐ろしく柔軟な動きで口内を探りまわっている。尖らせた舌の先がくすぐる動きで上顎を撫ぜた時、尾骨のあたりにぞくりと、寒気に似た感覚が走った。
それが何かもわからないまま、獏良はひたすらもがいては震え――生まれて初めて体験する接吻というものを、強引に与えられ続けた。
「ん、ん……、」
さんざん暴れて、押さえつけられて。
抵抗する気力が萎えていく。掴まれた肩は痛みを通り越して痺れ、肩からつながる腕も指からも感覚が遠のいてゆく。
もともと忍耐力のない獏良である。同性との、それも人外と思われる存在に唇を奪われる嫌悪感よりも、尾骨に走った電流の方へ、次第に意識を奪われていった。
「っ…、ぅ」
凝り固まっていた顎から力が抜ける。タイミングを待っていたのか、口の奥に縮こまっていた舌を、バクラの舌の先が突いてきた。
何かを促す動きに、緩んだ身体が勝手に応じる。息を吐くような感覚で、獏良は震える舌を贄のように差し出した。
「んー… っ、ふ、ぁ、」
差し出した舌先へ、バクラのそれが嬉々として絡みついた。先と先をこすり合わせる動きで、またあの電流が流れる。尖らせて突きあうと、連続してびくびく、と、腰自体が跳ねた。
にや、と、目の前の目が笑う。
「…コレ好きだもんなァ、宿主サマは」
唇をつけたまま、くぐもった声でバクラが言った。
「な、ぁに…?」
「好きだろ、舌、こうすんの」
短い言葉の後に、また舌が忍び込む。蔦のように絡んでくるそれに、今度は最初から抗えない。
いいように口の中を遊ばれて、とろんとした頭の中で獏良は考えた。
何を言っているのだろう、彼は一体何者なのだろう。
同じ場所に傷がある、つけたのは彼であり自分であるという。幽霊なのかという問いには答えてくれない。けれど影はない、人間ではない。そして、獏良を気持ちよくさせる術を知っている――ああ、そうだ。この腰をざわつかせる感覚は、快感と呼ばれるものに間違いない。
「っ…は」
呼吸が苦しくなる頃、バクラはようやく、一方的な口接を止めた。名残惜しげに離れるが、唾液の糸はまだ細く繋がっている。嫌な笑い声で、ぷつんと切れ――顎まで垂れた透明なそれを、今まで獏良をさんざん弄んだ舌が舐め辿った。
「どこが良くて、何がスキか」
「ばく、ら…?」
「てめえのことは、全部、知ってる」
重ねて呟く、声に抑揚はなかった。
ひどく強い何かを押し殺し、その上に皮肉を張り付けた顔は、形だけなら笑っている。獏良にはそれが、悔しげに、悲しげに歪んでいるように見えた。なぜかはわからないけれど、そう見えた。
「おまえ、は、だれなの…?」
どうしてそんなに、悔しそうなの。
問わずにはいられなかった。首筋に喰らいついてくる唇の感触はしっくりと肌に馴染んで、抗う理由を与えてくれない。強く歯列を立てられた時さえ、痛み以外の快感を、脳はきちんと感じていた。
「ボクを知ってるの? ボクは、おまえを知らない…」
「知らなくはねえさ」
くち、と、強く皮膚を吸い上げられる感覚がした。思わず喉が反る。浮き出た喉仏にも、舌の洗礼を受ける。
知らないわけがない。バクラは繰り返し、言った。
「忘れてるだけだ」
うわごとの音色は、言い聞かせるように頭の中に響く。
何を忘れている? それすら、獏良には分からないのに。
頭の中にもやがかかったような、ひどく曖昧な気分だった。彼の言うとおり、何か自分は忘れている。どこか欠けている。生きてきた人生のなかでいくつか、剥がれ落ちてなくしている部分がある。傷痕だけではない、記憶自体の欠落が。
たとえばそれは覚えのない外出だったり、理由のわからない出費だったり。知らないうちに移動していた、帰宅途中で意識が途切れて気づいたら自宅のベッドの上にいた、そんなことがよく起きた。一定期間の後にそういったことはなくなったが、獏良はそれを疑問に思うことさえ無かった。今思えば、不思議だと思う神経がまるごと無くなっているような気がする。
剥落した記憶。その不明瞭な部分が、バクラに触れられる度にほんの一瞬だけ、鮮明になる。秒にも満たない速さでいっぺんに流れ込んでくるため、把握しきる前に消えてしまう――繰り返し、繰り返し。
「ぁ、」
甘くけだるい快感を、走馬灯のように過ぎる欠落を、取り落とさないよう集中しているうちに、バクラの手は冗談では済まされない箇所にまで伸びていた。
おざなりに止めていた学ランの釦はすべて外され、シャツも同様に開かれている。外気にさらされた胸に丸い傷痕が五つ、首筋から辿り下りた舌と指が、その上を、丹念に撫でた。
「ゃ、だ、ねえ、何」
「やだじゃねえだろ、今更」
「だってボク、男だよ?」
「関係ねえ」
「関係、なく、な、あッ」
ひくん。喉から顎にかけて、竦んだ。指がきつく乳首を抓んだからだ。
「っや、そこ、や、ゃだ!」
走った痺れは接吻けの比ではなかった。むず痒さを伴ったたまらない感覚に、上げたこともない声が勝手に喉からあふれ出る。一度出たら、止まらない――指に、舌に、左右の乳首をぐりぐりと弄られて。
「は、ぅあ…!」
「宿主サマはこうやって、両方こねくり回されンのがいいんだよなァ」
「し、知らな、しらない、」
そうだ、知らない。こんな甘い痺れは今まで体験したことなんかない。そのはずだ。
なのに身体は、まるで喜ぶように従順な反応を示した。親指で捏ねられ甘噛みされることで、胸の奥の方に熱い塊がこみあげてくる。それを吐き出したくて開いた口から、高い声。
「ぁ、や、ん、んん、」
「…これはこれで、新鮮かもな」
またぞろバクラが、訳のわからない科白を口にした。硬く芯をもった乳首のすぐ脇に、同じくらいの色の鬱血を作って、皮肉るような感慨深がるような、不可思議な風に肌を詰る。
「大人しい宿主サマってのも、悪くねえな」
「なにを… わかんないよ…」
「オレ様がわかってりゃ、それでいい」
足開けよ、と、バクラが言った。なぜか従うのが正しいと思って、言われるままに、そうした。
だらしなく開いた下肢に、バクラの下肢が擦り寄ってくる。腿の付け根あたりに押し付けられた熱はあからさまに性的で、こちらが狼狽するほど露骨だった。ぎょっとするだけの意識はまだ残っていたが、その後すぐに、自分もまた同じような状態になっていることに気づく。
感覚が遠のいた指先が少しだけ動いて、青い張地のざらざらした天鵞絨を指の腹で撫ぜた。そういえばここは廃墟だと、今更ながらに思い出した。
眠いような胡乱な視界を巡らせて、天井から窓の方へと青い目を向ける。二階は一階ほど緑の蹂躙を許していないけれど、床から天井近くまで伸びた長い窓の隙間からは、枝が頭を突っ込んでいるのが見えた。曇った硝子、割れた破片、樹木の茶色、目を焼く新緑。差し込んでくる光がつくる葉の形の影。そして――窓の近くに倒れている、ひび割れた大きな姿見に、自分の姿が映りこんでいた。
部屋の暗がりに置かれた、西洋風のカウチソファの上に横たわっている細い身体は獏良自身のものだ。胸元を乱して、長い髪を座面に散らばせて、みっともなく足を開いている。そうさせている人物の姿は、そこにはなかった。ただ自分だけが、そこにいた。
どうして?
ぎゅっと胸が痛い。苦しい。
嫌だ――咄嗟に強く思って、目をそらした。
「…バクラ?」
「あン?」
「そこに、いるよね」
「ああ」
「…そうだよね」
即答されて、嬉しかった。どうしてか鼻の奥がつんと痛んだ。
ベルトががちゃがちゃと外れる音がして、人肌と呼ぶには些か冷たすぎる手のひらが、へそから先へと滑り込んでくる。
ああ流されている、なんでこんなことに。そう思っていても意味のある言葉を吐き出すには濡れた唇は重たすぎた。性器の付け根あたりにまで進んだ指で柔らかい毛をくすぐられて、さすがに恥ずかしくて首を振った。
「それ、やだ…」
「知ってる」
知ってるから、やってる。
意地の悪い声で耳朶を弄う、バクラの声は楽しげだ。くすぐる動きを含みながら指は奥へと潜り込み、膨らみ始めた熱まで辿り着く。
「…は、すげえな」
嘲笑と興奮を半分ずつ混ぜた笑い声が響いた。ぬるぬると遊ばせた指の腹が、服の中にこもった熱と先走りの精液を混ぜて踊る。
「あ、ぅ」
普段から弄る回数が極端に少ないそこを、他人に触れられているのは奇妙な感覚だった。もっといたたまれない気分になって然るべきである精神は、拒絶よりも安堵を感じてすっかり緩んでいる――短い爪の先で先端を引っかかれて、その安堵の上に快感が色濃く重なった。
「ひゃ!?」
裏返った悲鳴に、ますますバクラの顔が笑う。
「どこもかしこも、先がスキだよななァ、てめえは」
「さ、さき?」
「ここも、こっちも」
悦がるじゃねえか、と、言葉と一緒に唇を割られて舌先を、硬くなった乳首を、そして最後に手を突っ込んだ性器の先を、順番に撫でられた。それぞれに甲高い声を上げて獏良は身をよじる。そんな風に示されても全く自覚がないのだ、翻弄されるしかない。
「や、め、やめて、やめて、ねえ」
「きっちり腰摺り寄せといて、ヤメテはねえだろ。月並みだがな、身体はきっちり覚えてんだぜ」
「覚えて、」
ああもうわけがわかない。バクラの言葉はあちこち途切れてつながって、迷路のようで全く取り付く島がない。彼の言っていることは何一つとして、獏良が理解できる範疇に存在していない。全部説明してくれたらいいのに、言いたいことだけいってこちらの質問には答えようとしない――ずるい、と、獏良は掠れた声で呟いていた。
「何だ?」
「ずる、い、ボク、何にもわかんないのに」
どうしてこんなことになっているのかも、おまえが誰なのかも分からないのに。そのくせ分からなくていいやって思わせるような手の動きも声も全部がずるい。獏良は途切れ途切れに訴えた。
バクラは眇めた目で、同じ色をした獏良の目を睨んだ。
確認するような見定めるような、鋭い視線だ。逃れられずに正面から受け止めることになり、息が止まりそうになる。
分からなくていいんだよ。
唇が、形だけでそう言った。
「思い出してもらいたくなんか、ねえよ」
嘘だ――それは嘘だ。とっさにそう、思った。
言ってやろうとした瞬間に、下肢に絡まっていた衣類の類が強引に引き剥がされて言葉を封じられる。がちゃりと音がしたのは、ベルトの絡まったズボンが床に投げ捨てられたからだ。
引き抜くときに引っかかった片方の靴までが、土埃と砕けた硝子が散る床に放られている。ここに来るまでに大分泥をつけてはいたが、今の一撃で見る影もなく汚れきっただろう。そんなことより、むき出しにされた足を担ぎ上げられた姿勢に眩暈を起こした。ポルノ映画もかくやというとんでもない姿勢だ。
「ちょ、バクラ!?」
「よく喋るな、てめえは」
「な――」
「セックスすんのに問答はいらねえんだよ。気持ちよくしてほしけりゃ、黙ってろ」
「何それ、そんな、ボクはしたいなんて言ってない、ボクが聞いてるのはおまえの」
「ココおっ勃たててしたくねえとか、説得力ねえな」
此処、と言って笑った吐息が、性器にかかる。片足の腿の裏側を掴まれて膝を胸に寄せた、秘匿すべき個所がすべて見えてしまう格好を強いられて、羞恥心を感じない人間などいない。普段から感覚が疎い獏良でさえ頬を赤くするほどの姿――それが序の口だったと、すぐに知ることになった。
息を吹きかけられた性器に指が絡まる。ゆるく擦りあげられてのけぞったところへ、舌の先が触れた。性器にではなく、そのもっと奥――排泄器官に。
「やめ、え、やッ…!」
手を伸ばしても、せいぜいが頭頂部、髪のひと房くらいまでしか届かない。それでも掴んで引っ張るが、バクラは全く容赦がなかった。刺激を与えすぎないように甘い動きで親指を動かしながら、もう片手で肉の薄い尻を押し広げて、窄まった入口をこじ開けてくる。人体でいっとう汚い場所に顔を近づけて、しかも舌を差し込んでくるなんて、どうかしている。獏良は抗ったが、少し強く性器を握られるだけで抵抗の糸は緩んでしまった。
「ゃ、きたな、汚い、やめて、きもちわるい…!」
言葉での訴えも、効果がない。濡れた音を拾う耳を塞ぎたい。
尖らせた舌先が柔らかい縁に触れ、内側に潜り込んだ時、ぞくりと身体中が震えあがった。
「ひ、ぅあ、――…っ!」
強烈な快感ではない、近い感覚としては、期待だった。
驚愕に背中を押される形で、身体じゅうをさらった波が下肢に集中する。全く無意識のまま、獏良は己の腹の上へ精を吐き出していた。
「ぁ……」
余韻に浸る暇もない。信じられない――がばりと上半身だけでも起き上がると、吐き出したばかりで余熱を持て余した性器のすぐ近くで、バクラが笑っていた。身体を折り曲げられていた為に彼の顔にかけてしまうことは免れたが、弄っていた手指はどろりと汚れている。
その垂れた精液を、指の先が掬う。ぴたぴたと指で遊んで、濃い精液を見せつけられて、気絶したい気分になった。
「ちっと広げてやっただけでイくたぁな、どんだけ溜めてんだよ」
「っ……!」
「中に欲しくて出ちまったってなら、オレ様の調教も捨てたもんじゃなかったってことだな」
まあ期待は裏切らないでおいてやるよ――頭の中が真っ白になっている獏良を置いてけぼりにして、バクラは掬い取った粘りが絡む指を入口に押し付けた。唾液で温み、射精したことで緊張感の緩んだそこは、くぷりと潤んだ音を立てて指を飲み込んでしまう。
喉で上げた悲鳴とは裏腹に、身体は開ききっていた。頭は激しい異物感を訴えているのに、中指を根元まで飲み込んでいる。慣れた動きで収縮する内部。唾液と精液でぬるぬると動くそれが、バクラの笑いと似た動きで、細かく動いた。
「あ、ゃ…ッう、ん、んっ」
うそだうそだ、こんなのおかしい。言葉にして叫べたかわからない悲鳴をぱくぱくする口から吐き出して、獏良は悶えた。
痛くないなんてあるわけがない、そんなところ、自分で触ったこともなければ他人に触らせた覚えもない。なのに、細く長い指が奥の方をぐっと押し上げる度に、のけぞらずにはいれられない強烈な快感が爪先まで届く。
腰が揺れる。強請るように、びくびくと。
抵抗の為に振り上げた手がバクラの肩を掴み、薄い生地をぎゅっと握った。止めたいはずなのに縋っている。手繰り寄せてしまう、突き飛ばさなければならないのに。
引っ張られたバクラはふっと己の肩に目をやると、軽い笑いをひっかけながら仰せのままに、とおどけて言った。かがめていた背を伸ばして、手指はそのままに胸を胸に重ねてくる。片足は跨がれたまま、持ち上げられたもう片方にも既に拘束は必要ない。泳ぐ足が背中にあたってそのまま絡んで、手繰り寄せた肩に爪を立てて、身体中でしがみつく。
「バクラ、バクラ、っ」
名前を呼ぶと、バクラは応える代わりに埋めた指を動かした。いつの間に増えていたのだろう、指は二本になっている。それでも痛みはない。
ふと思い出した――幽霊との性交渉の体験談。
人外と交わるのは途方もないほど気持ちいいと、何かの本で読んだことがある。理由はいろいろと小難しい理屈が並んでいた、身体ではなく魂が触れているからだとか、彼らから快楽を促進させる成分が発生しているだとか、そんな内容だった。
理由はどうでもいい。そういった事例があるなら、こんな風になってしまうのは仕方がないと言い訳ができることが何より大事だ。排泄器官に指を押し込まれて内臓を弄われて、射精したばかりの性器を熱くしているのは詮無きことなのだと、獏良が獏良自身を、納得させられればそれでいい。
そうでもしないと耐えきれない、こんな――倒錯的な気持ちよさに。
「気持ちいいかい、宿主サマ」
耳孔に音が滑り込む。肯定は吐息で応えた。
もう、どうでもいい――何もかもどうでもいい。言葉が伝わったのか、バクラはそうかよ、と笑いを含んだ声で言った。
がちゃがちゃとベルトを外す音が聞こえる。自分の衣類はもう床で丸まっているのだからこれはバクラのものだろう。ああそうか、セックスなんだからそうだよね、などと緩みきった思考が浮かんで、すぐ消えた。ごそごそと準備の気配がし、そうして指が引き抜かれる。温んだ音を立てて、今まで中を蹂躙していた指が入口を押し広げた。
そうするのが正しいと身体が判断して、息を吐く。
緩んだ瞬間に、当てられた硬い熱が、内部に潜り込んだ。
「ひッ……!」
裏返った悲鳴が漏れた。
反った喉に触れた唇の感触で、竦む身体を宥められる。指とは比べ物にならない質量が、狭い肉の道を無理やりに開拓して進んできた。開いた目には天井は映っておらず、気分はまるで掘削される岩かトンネルだ。ああ砕けてしまう、突き抜けてしまう、妙な危惧が赤いアラートを点滅させる。痛みを感じないことがよりいっそうの恐怖を引き立てた。
「ッ……」
バクラが息を詰める音が、開きっぱなしの五感に飛び込んできた。しがみついている所為で表情を窺うことができないが、きつく眉を寄せて青い目に疼痛の快感を浮かべた彼の顔が脳裏に浮かぶ。いとおしいような、指をさして笑いたいような気持ちになった。
「やど、ぬし」
かすれた声で呼ばれて、安堵が広がる。息を吐くと、太い部分がさらに奥の肉を裂いた。
他人の性器が、根元まで埋まっている。怖いのに、恐ろしいのに、とんでもなく気持ちがいい。
「あ、ァ、や、っあ、あ――」
イデオットの嬌声を上げて、獏良は再びびくびくと震え上がった。重なった腹にじわりと、まるで粗相をしてしまったかのような熱が僅かに広がる。
軽くではあるが二度目の射精を、恥じ入る余裕などもうどこにもない。濡れた温度にバクラは少し首を傾げ、そうしてくつくつ、と嫌な喉笑をした。みっともねえな、といじわるなことを囁いてくる。
「まだ埋めてやっただけだぜ」
「あ、ぅあ、」