【同人再録】15:30、彼氏の主張。(3闇3表♀)

2011.9.11
ウヤムヤ/半田96様 「ボクのカノジョと下着本(3闇3表♀)」にお邪魔させて頂きました。野郎がくっちゃべってるだけのギャグです。マンガの後日談なので単体ではわかりづらいかもしれません。
半田さんちの「ボクカノ」シリーズの一番最初のお話はこちら


 アイスコーヒー。
 クリームソーダ。
 フルーツパフェ。
 テーブルの上にはそれぞれが注文したメニューが、右からバクラ、アテム、向かいにマリクの順で並んでいる。いい年をした高校生男子がファミリーレストランの片隅を無言で陣取っていると云うだけで既に奇異の視線を集めるというのに、一人は不機嫌にストローを噛み、また一人は気落ちした様子でクリームソーダを眺め、そして一等凶悪な見た目の外国人が無表情にパフェを食べている。
 あまりにも異様過ぎる。オーダーを運んだウェイトレスの表情が怪訝を通り越して引きるのも無理はない。
「……マリクてめえ、さっきから何食ってんだよ」
 最初に口を開いたのはバクラだった。如何にも機嫌が悪いです、と全方向に向けて苛立ちを発散しながらマリクを睨む。言うなれば八つ当たりである。
「見てるこっちが胸やけするっつーの。つかきめえ。野郎がパフェとかマジきめえ」
「そうかぁ? 結構いけるぜえ。主人格サマはあんまりこういうモノを食わせてくれなくてね」
「あの話の後でよくまァ、てめえの女を話題にできるな……」
 はあ、と、深く不快な溜息がアイスコーヒーの水面を揺らす。そうだ、彼らがここに向い合せているのは女子会よろしくキャッキャと楽しい集まりをする為ではない。
 三者三様、結果は同じ。
 先だって非常に納得のいかない思いをした、それぞれの『彼女』への不平不満を吐き出す集まりなのだった。
「確かに、今回の主人格サマはちょっと意味が分からなさすぎたけどなあ」
 こんもり盛られたソフトクリームの牙城を切り崩し、その下に層になっている黄桃と生クリームを攻略しつつマリクは云う。
「脈絡なく殴るのはいつものことだが、オレはちゃんと似合うって云ったってのに」
「宿主の奴だってヒデエぜ。こちとら親切でわざわざ用意してやったのによ、汚物見る目で見やがった」
「お互い苦労するねえバクラ。しかし……」
「あ?」
「遊戯はどうしたんだい、さっきから」
 つい、と、パフェ用のスプーンがバクラの隣を指す。
 アテムは切なげな表情を浮かべ、メロンソーダとバニラアイスが織りなす涼しげな気泡を見つめていた。
「おい王サマ」
「…………………」
 バクラが声を掛けても、険しき視線は気泡から一ミリもずれることがない。そんなに色水が炭酸が抜けて砂糖水に変わってゆく様を見ているのが面白いのか――そんなわけがない。食わないなら寄越しなあと相変わらずのだらしない口調で云ったマリクにバニラアイスを半分盗まれても、アテムは微動だにしなかった。
 否、よく見れば唇が少しだけ動いている。ぶつぶつ、と表現するにふさわしいその動きを聞き取ろうとバクラが耳を寄せると、彼は同じ言葉を何度も繰り返しているようだった。
「オレのフォローは間違っていたのか……? 何が駄目だったんだ相棒……」
 聞かなきゃよかった。
 バクラは盛大に溜息をつく。と、同時に大嫌い極まりない相手と分かっていても、若干の哀れさを感じた。
 方向性と程度は違えど、三人とも納得いかない結末を迎えたのである。全員が善意で行ったことなのに、愛しき彼女らは想定外の反応を返してくれた。遊戯を溺愛するアテムのことだ、精神的なダメージは三人中ダントツのトップだろう。ちなみに肉体的に一番の被害を被っているのは間違いなくマリクである。彼の頬が不自然に膨らんでいるのは、頬袋にめいいっぱいパフェを詰め込んでいるからでは、決してない。
「まあ、何だ。王サマもお疲れ」
 そう云わざるを得なく、バクラは適当な感じでかつての仇敵を労った。だがアテムはゆるり、とバクラを見、そしていきなり遊戯の名を呼びながらテーブルに突っ伏してしまう。
「何がいけなかったんだ、相棒の心を傷つけず下着を貶さず、オレは最善の答えを導いたはずだぜ!」
 そのままテーブルに額を押し付け、深く懊悩しつつ絶叫する。周りの客がぎょっとするがおかまいなしである、ウェイトレスの困り顔すら目に入っていない。ちなみにクリームソーダはその特徴的な髪型の切っ先に粉砕される前に、さっとマリクが奪い取っていた。残りのバニラもきれいさっぱり胃の中だ。
 滝のように溢れ出るあいぼうあいぼうあいぼう。もうお腹いっぱいである。聞いている方の身にもなって頂きたい。全く溺愛とは恐ろしいものだこうはなるまい――バクラは反面教師を見る気持ちで、錯乱したアテムを眺めていた。
 とはいえ無視するのも何なので、再びストローを噛みながらもうしばし、適当な相槌を打つってやることにする。
「ハイハイ完璧。ソウデスネー」
「そうだろう、だったら何で相棒はオレをあんな、あんな目で……!」
「そりゃ器の遊戯が悪いんじゃね」
「バクラ、相棒を馬鹿にするのは許さないぜ!」
「愚痴りてえのかノロケてえのかどっちなんだよてめえは!」
 相槌を打ったことを後悔した。三〇秒前の己に無視を貫けと忠告してやりたい。バクラは手におえないアテムから距離を取り、頭をがしがしと掻いた。
「ったく……ソレもコレも全部宿主が悪ィ」
「バクラ、オレの仲間を馬鹿にす」
「うるせえ黙って悩んでろもしくは冥府に帰れスットコ王」
「バクラの言い分はなんとなく理解できるねえ」
 一人我関せず、のマリクがここで漸く顔を上げた。何故かと云うと言うまでもない、パフェを完食したからである。食べるのが何かと汚いせいでグラスの周りは溶けたクリームやフルーツの皮でベタベタだ。どうにもイラっと気になって片づけてしまう悲しき性分が、バクラの手を紙ナプキンへ伸ばさせる。
 舌打ち交じりにテーブルを拭いていると、マリクはにやにやと笑い口元を拭った。
「バクラの宿主は女らしさとは無縁のようだしな。もともと色気が無いんだから仕方ないって思えばいいんじゃないのかい」
「今何つった」
 聞き捨てならない台詞にバクラが片眉を跳ね上げる。隣ではまだアテムが何か云っていたが、既に彼の耳には入っていなかった。
「ウチの宿主のどこに色気がねえって? このオレ様が選んだ女にケチつけんのかてめえ」
「ケチも何も、バクラが自分で文句云ったんだぜえ?」
「夜の宿主を知らねえで知ったような口聞くんじゃねえよ。てめえんとこの男女よりよっぽど色気があるっつうの」
 此度はマリクの方が反応する。へえ、と試すように吐き出した声には先程のだらしなさなど微塵もない。表情は弛緩していながら、目が欠片も笑っておらず、それが返って底知れなさを生んでいた。手にしたスプーンが握力でぐにゃりと曲がったのも、明らかに怒りによるものだろう。
 ばちばちばち、と、非常に古典的な不可視の火花が二人の間で爆ぜて散る。自分が自分の女の文句を云うのはいいのだ。だが他人にそうされることは許せない。女を貶されることそれ即ち男の見る目への侮辱、である。いい女を連れている男は、自然、他の男よりも勝っているのだ。そして彼らは、己が他者より劣ることを全く以て認めない。
 暫しの睨み合い。
 舌剣を振りかざしたのはマリクが先だった。
「バクラこそ、主人格のことを何も分かっちゃいないね。あのお綺麗な顔が羞恥と八つ当たりで歪むのがどれだけたまらないか、知らないだなんて可哀想な奴だ」
「知りたくもねえよ。第一ピンクのレースだァ? どう考えても似合うわけねえだろ。これだから勘違い女は困る、てめえの似合うモンを全く理解してねえんだからよ」
「宿主だって男の気持ちが全く理解できてないじゃないか。それじゃあいい女とは言えないねえ。まあ身体も貧相だしなァ」
「胸に尻乗っけてるような下品な巨乳に興味ねえよ。宿主の乳は形がいいんだ。オレ様が選んでやったヤツ着りゃあそれこそ完璧だ」
「寄せてあげないと形を維持できないとは哀れだね。それで満足してるお前の程度も知れてるってもんだ」
「その台詞そっくりかえすぜ。ヒス女の介護で一生終えてろ」
「お前こそ、電波なご主人サマに振り回されて愚痴ってるのがお似合いさ」
「うるせえゴリラ女」
「黙りな貧弱小娘」
「いい加減にしろ、二人とも!」
 既に互いの女の貶しあいである。聞くにも堪えないそれらを遮ったのは、アテムの鋭い叱責だった。ばん、と鋭い音が響き、バクラとマリクの舌戦が一時中断される。
 小柄な体躯に似合わぬ力で叩いた四人掛けのテーブルはがたがたと震え、パフェグラスから散ったクリームが天板に散る。折角バクラが綺麗に片づけたというのに――無論、再度拭き取られることはなかったが。
「罵り合ってばかりじゃ何も解決しないぜ!」
 ぐ、と力強く拳を握り、凛々しくアテムは宣言する。とても先程まで、突っ伏した挙句相棒の滝を作っていた男の発言とは思えない。
「それにもっと重要なことがあるだろう!」
 彼は王の威厳をあらん限りに溢れさせ、真摯一直線の様子でもってまだ罵り足りない二人を見下ろした。
「ンだよ、重要なことって」
「決まってるぜ、そんなこと。
 ――オレのフォローが間違っていたのか否か、それが問題だ!」
 しん、と。
 彼らのテーブルだけではなく、店舗全体が静まり返った。
「…………………」
「…………………」
「もし間違っていたのなら、オレは相棒に謝罪すべきだ。傷つけてすまなかったと告げるべきだぜ。しかしもし、相棒が! 万が一! 間違っていたとしたら――オレは相棒の相棒として、間違いを正さねばならない、そうだろう! だからお前たちの意見が聞きたい、答えてくれバクラ! マリク! オレは間違っていたのか!?」
「…………………」
「…………………」
「……まあアレだ、お前ンとこの男女もちっとは可愛い所があったってことでひとつ」
「そうだねえ、オレも云い過ぎたよ。宿主にもいいところはあるだろうし」
「何故無視を!?」
 華麗にスルーされた遊戯が愕然と声を上げたところで、レストラン内の空気の凍結がようやっと解除された。
 取り戻される人々のざわめき。そして、もう彼らには触れない方が良いという一般人の当たり前極まりない空気が、窓際二十八番禁煙席を更に孤立させてゆく。
 ともあれ、アテムのKY宣言の効果発動によってバクラ・マリク間の罵り合いは幕を閉じた。後に残るのは、集まる前よりも重たく肩にのしかかる疲労感、である。
「女って、わけわかんねえよな……」
「同感だね」
「女心と秋の空、って城之内君も云ってたぜ」
「あの凡骨犬意味分かって云ってんのか」
 そうして、はあ、と、溜息。
 外を見れば、もう黄昏の裾はビルのてっぺんを染めていた。とめどなく語っていただけだというのに、随分時間が過ぎている。三人には帰るべき場所があり、それはヒトの身を持って現世に足を着けている今、有り難いものでもあった。
 それなのにどうも腰が持ち上がらないのは、帰宅先にそれぞれの頭を悩ませる原因が存在しているからだろう。あー帰るのめんどくせえ。バクラがぼやき、一晩なら泊めてやってもいいとマリクが緩い笑いを浮かべる。
「ついでにさっきの続きといこうか。主人格サマの魅力って奴をじかに見せてやれるしねえ」
「他人のセックス見て何が楽しいんだよ。そんなら宿主も連れてって4Pとしゃれ込む方が楽しいっての」
「ああ、悪くないね。何なら遊戯も」
「そんなふしだらな真似、相棒にさせやしないぜ!」
「やれやれ頭が硬い。そんなだから――おっと」
 愚痴から発展した猥談、に方向転換しようとしたその時、マリクがぱっと尻に手をやった。ズボンのポケットから、彼の主人格が持たせたという携帯電話が引きずり出される。ろくに使いもしない癖に最新機種なのが何とも腹立たしい。
 マリクはぱちんと二つ折りの携帯電話を開き、ボタンを操作している。そしてやおら、にやあ――と表現せざるを得ない、何とも云えない嫌な感じの笑みを浮かべて見せた。
「どうしたんだ、マリク」
「いや、ねぇ…… 悪いがオレは一足お先に帰らせてもらうぜ」
 云って、マリクは二人に向けて携帯電話の液晶画面を向けて見せた。
 そこに表示されていたのは短いメールの本文だった。差出人に主人格、と書かれ、本文はこうである。
『うろうろしてないで帰ってこいバカ』
「……これの何が、てめえのニヤケ面と関係あんだよ」
「スクロールしてみな」
 依然勝ち誇った表情のマリクが鼻を鳴らす。バクラが下キーを押すと、メール本文は長い改行が連なり、そして、おしまいに一文が添えられていた。

『この前買ったの、また着てるからはやくしろ』

「デレやがった……!」
 驚愕の表情を浮かべるバクラ。マリクはうへぁと気持ちの悪い笑い声を上げ、明らかにご機嫌な様子でもって席を立った。彼特有の、ゆらゆら危なっかしい千鳥足染みた足取りで、二人を残して出口へと向かって行く。
「マリクてめえ、おい!」
「悪いなあバクラ、やっぱり主人格サマはかわいげがあったぜぇ」
 最悪の捨て台詞だった。ひらひらと手を振り、マリクの背中は扉の向こうへ消えて行った。
 バクラは中腰のまま、何とも云えない不愉快な気分でそれを見送るしかない。何だか負けた気がする。ものすごく不本意な気分だった。
 きっとアテムも同じだろう、とちらり左隣を伺うと――アテムは既に携帯を手に、出口付近のドリンクバーの前まで進んでいた。
「王サマ、まさか」
 ぱっ、と振り向いたアテムの表情は、輝かんばかりに晴れやかだった。
「すまないな、バクラ」
 云って、携帯電話を指さすアテム。
「相棒がこの前のお詫びにハンバーガーをおごってくれるらしい。待たせるわけにはいかないからな、オレも先に帰ることにするぜ!」
「ちょ待ってめえ抜け駆けかよ!」
「バクラも早く獏良君と仲直りした方が良いぜ!」
 かつての仇敵は全く人の話を聞かなかった。前時代的な爽やかさでもって挨拶をしたアテムは、あっという間にレジを抜け、そしてマリク同様、扉の向こうへと消えていった。
 残されたのはバクラと、ドリンクバー×2、季節の彩りフルーツパフェ×1と印字がされた伝票のみ。
「クソがァ……!」
 圧倒的かつ絶対的な敗北感に、バクラは拳でテーブルを叩いた。
 何だ、連中のあの浮ついた顔といったらみっともない。何を愚痴ろうが結局は女の尻に敷かれている。呼ばれていそいそと帰り支度をするその後ろ姿を、いっそ写メって知り合い全員に送りつけてやろうかと画策するほどだ。
 所詮、奴らはその程度――バクラはそう思うことにした。オレ様の敵じゃねえ。なのに何故だろうか。どうにも腑に落ちない。
 ちらと空白のソファに視線を下ろすと、脱ぎすてたままの学ランのポケットから携帯電話が頭を覗かせていた。引っ張り出して確認。メール受信。ゼロ件。空しい。
(あンのくそ宿主、空気読みやがれ……!)
 空気も何も、了はこの集まりさえ知らないのだからやりようがない。分かっているのだそんなことは。分かっていてもこの不愉快な苛立ちをどこかに発散したい。そしてぶつけるべき相手は二人とも、尻尾を振って女の元へ。
 いよいよ本格的に帰宅する気を無くし、バクラは氷で薄くなったアイスコーヒーの残骸に口をつけた。ずるずる、と行儀悪く啜り上げたところで――なんという奇跡か。
 携帯電話が震え出し、サブウィンドウに了の名前が表示された。
「っお……」
 タイミングが良すぎる了の着信。
 それに思わず飛びついてしまい、しかしバクラは一度息をついた。着信即通話だなんて女々しい真似はしないのである。自分はあのバカ二人とは違う。そのコールの間に、何だ宿主もわかってんじゃねえかそうだよなあオレ様が選んだ女だぜ? と、ふんぞり返る相手もいないのでとりあえず胸の内で吐き出しておいた。
 たっぷり五回のコールを待ってから、バクラはいつも通りのテンション低い雰囲気でもって通話ボタンを押した。
「ンだよ、何か用か」
『何か用、じゃないよ。今どこにいるの?』
 電話の向こうから届く、電波に乗った了の声が鼓膜へ響く。平素と何ら変わりない声だったが、何故か特別良いものに感じられた。思わず緩みそうになる口元を叱咤し、獏良もまたいつもどおりの口調でもって言う。
「どこでもいいだろうが。何の用だっつってんだよ」
『よくないよ、早く帰ってきて』
「おやおや、一人は寂しいですってか? 宿主サマも可愛いとこあるじゃねえの」
 そう、そうなのだ。電波で不思議で行動が読めず下着の上下が違くても全く無頓着で三食シュークリームをバクラにも強いてくるほどのどうしようもない宿主でも、了はマリクにも遊戯にも負けぬ、それどころか圧倒的に上等な女なのだ。そしてその女を選んだ自身こそが最も優れているのである――バクラは不機嫌を装う上機嫌で、もう一言からかってやろうと口を開いた。
 そこへ、
『何云ってんの。さっさと帰ってご飯作ってよ』
 ――天国から地獄、だった。
 マリク。トラブルの原因となった下着を着て女が待っている。
 アテム。先日の詫びだと外食デートに誘われる。
 そしてバクラは――ノータッチどころか、夕食の催促をされた。
 極限まで高くなっていた天狗の鼻が根元でぽっきり折られた挙句に十トントラックに粉砕玉砕大喝采された気分だった。

 あ、ダメだわオレ様今完全に負けた。

 何て云うか、そう、いわば精神的にサレンダー。
 認めざるを得ない。バクラはマリクでもアテムでもなく、他ならない了に負けたのだった。
 そうして敗者が返せる言葉など、もうこれしか残っていない。
 抗う気力の欠片も見つからず、屈辱的なほど従順に。
 そう、宿主サマの仰せの通りに。
「…………………ハイ」
 そんなバクラを嘲笑うように、テーブル上の伝票が空調の風でかさかさと揺れていた。