【同人再録】十六夜月の彼ら(3闇3表♀)

2012.5.3
ウヤムヤ/半田96様 「ボクのカレシとお月様。（3闇3表♀）」にお邪魔させて頂きました。やっぱり野郎がくっちゃべってるだけのギャグです。マンガの後日談なので単体ではわかりづらいかもしれません。
半田さんちの「ボクカノ」シリーズの一番最初のお話はこちら。

　ドリンクバー×３。
　バクラとマリクの二人が一番見晴らしのいい窓際の席をキープし続けて、かれこれ一時間になる。蜜蜂よろしくテーブルと厨房を行き交うウェイトレスは、ドリンクバーしか注文していないシケた男子高校生の存在など既に客として認識していないようだ。
　バクラはアイスコーヒーを、マリクはコーラフロート（一度口をつけてまずいと判断したのか、炭酸は抜けていく一方である）をそれぞれテーブルに並べて顔を突き合わせている。
　以前にも同じファミリーレストランの同じ席で、こんな風に男子会をしたようなしなかったような。
　その時と違うのは、アテムがーー相棒ともめただとか何だとかでミイラの如く憔悴していた彼が遅刻していること、そして、マリクがパフェを食していないことくらいなものだ。バクラは相変わらず普段どおりの不機嫌顔と思いきや、割とご機嫌な表情で飲み物を掻き回している。最後に来た奴がおごるという三人の取り決めから、ドリバ代浮いたぜヒャハハとせせこましく喜んでいる、訳ではない。
「まだ本調子に戻らねえな」
　ぐるんぐるん、と肩を回して、バクラは云う。
「満月だか何だか知ンねえけどよ、翌日の疲れがハンパねえぜ」
「だるいのは肩より腰なんじゃないのかい、バクラ」
　にやにやとしまりのない表情でもって、マリクが笑う。
「そのご様子だと満更でもなかったみたいじゃないか。三〇〇〇年前の肉体はそんなにお盛んなのかい？」
「てめえこそ聞いたぜ。とんでもねえケダモノんなって、あの巨乳女食い散らかしたそうじゃねえか。ご主人様を逆に躾けるってのはどんな気分なんだ？」
　テーブルに肘を付き、手の甲に顎を乗せたバクラもまた笑った。
　端正な顔だちに泥を塗って余りある、二人の笑顔は下品である。なまじ元が良いから余計に酷く、後ろの席からちらちらと彼らを見ている女子高生がぎょっとしたほどだ。
　浮かれもしよう。ニヤつきたくもなるというものだ。
　口では文句を云いつつも、彼らにとって満月の夜は決して不愉快なものではない。翌日に降りかかる妙な疲労と違和感さえ除けば、普段振り回される側の立場を逆転させ、それぞれの女にたっぷりとお礼返しが出来るのだから。
　月に一回。満月の日、過去に舞い戻る夜は彼女らも少しばかり態度を変える。或いは戸惑い、或いは楽しみ。了とバクラは温く甘い空気を良しと思える程度の心境の変化を許せるし、ナムは口でぎゃあぎゃあと云いながらもマリクの前に（性的な意味で）屈服させられる。何より好き放題にセックスできるのが非常によろしいと男達は同意しあった。今日とて集まった理由はそのあたりのお話を男同士楽しく自慢し合う、大変健全な男子会なのであった。
　敢えて会話を抜粋するならば、
「宿主の奴、てめえで挿れてヨガってよ。いつもああならオレ様も楽だってのに」
「主人格はあれで結構Ｍッ気があるからねェ。両手縛りつけてやったらブルブル震えて喜んでたぜ。喜んで頂けて光栄光栄」
「チンコ太ェから腰痛えとか云ってよ、結局てめえで飲み込んでアンアン鳴くんだから世話ねえわ。次はしゃぶらせてみるのも悪かねえな」
「オレがあんまり喋らないモンだから、妙に怖がってなァ。目の玉潤ませて睨んでくるのさ。あれは最高だね、堪らなく苛めたくなる」
　――と、こういうことである。
　真昼の太陽も人々の喧騒も、彼らの猥談の妨げにはならない。アイスコーヒーが氷で薄まっても、男達の自慢話は続いていく。
「ところで王サマどうしたよ。遅くね」
　三回目のドリンクバーから帰ってきたバクラが云うと、マリクはつい、と、バクラの背後を指さした。
「そこ」
「あァ？」
　振り向いた先には、消沈したアテムが幽鬼の如く立っていた。
「ッ……驚かすんじゃねえよ。どーした王サマ、ひょっとしてお腰がだるくてお疲れですかぁ？」
「………」
　アテムは答えず、重たい足取りでもって窓際の席へと向かって行く。軽い身体がソファへと腰かけた時、絶妙なタイミングでもって空が曇った。今まで暑いくらいに照っていた太陽が雲に隠れ、反射で眩しささえ覚えたテーブルに灰色を乗算する。まるでアテムが来た途端、辺りの空気が一気に寒色に染まったかのようだ。
　特徴的な髪型の先端も、今日は心なしかしぼんで見える。普段は勇ましくカードを繰る手指には力が無く、凛々しいはずの瞳に輝きは失われている。あの決戦の日、このくらいグロッキーになってくれていたら勝てたかもしれないのに。とバクラとマリクは思った。
「どうしたんだ、遊戯の奴」
「さあな。ま、大方予想はつくよな」
　アテムの隣に座りたくないが為に、マリク側のソファに戻ったバクラはふんと息を吐く。
　そのひそひそ会話の間にぽつり、と零れた言葉が、
「……相棒……」
　なんていうか、やっぱりデジャヴであった。
　うわあ聞きたくねえ、と思いながらも、多分吐き出すまでずっとアテムはこうなのだろう。そう理解してしまうのが海馬とは違った意味での元宿敵が故である。バクラは新しく注ぎ足したアイスコーヒーを啜りながら、何なんだよ、と問いかけた。
「今回は何やらかしたんだ？　まぁた器の遊戯に余計なこと云って引かれたか？」
「ひょっとして遊戯も満月の時に好き放題しちまったクチかい？　それでビンタでも食らったとか」
「相棒がそんなことをするはずがないだろう！」
　だん！　とテーブルを叩くと共に、鬼のような形相のアテムの顔がこちらを向いた。眉間に寄った怒りの皺は深いが目は死んでいる。そこに王の威厳は欠片も無かった。オレらこんなんに負けたんか。云いたいが、云ってどうなることでもあるまい。
「じゃあ何だよ？　てめえは満月の影響、受けてねえのか」
「いや、そんなことはない。昨日のオレは過去の姿だった……」
「ならいいじゃねえか。丁度マリクの野郎と話してたとこだ。うまいことコマせたんだろ？」
「だからそういう話じゃないと云っている！」
「まあ落ち着きなよ。オレのコーラやるから」
　関わりたくないながらも嫌々質問をするバクラと、激昂したり落ち込んだりが激しいアテム。そして炭酸の抜けた飲みかけのコーラをアテムに押し付けるマリクーー状況はまさにカオスである。
「しょうがねえから聞いてやるよ、ほれ、ゲロっちまいな」
　ぐたぐだの状況を打破すべくバクラが云うと、アテムはぐっと奥歯を噛み締め、再び俯いた。やっと大人しくなったとバクラは溜息だ。まったく世話の焼ける王サマだこと。と、済ませられる程度には、現在の彼らは仲良しなのだった。
「……満月の夜は過去の姿になる」
　マリクから差し出されたコーラをつる、と吸い上げ、アテムは呟く。
「オレ達はそういう存在なんだろう。そうあることが今この世界に居られる為に必要なのだとしたら受け入れる。それだけのことだ」
「ひゅう。格好いいねぇ」
「だが一つだけ、どうしても納得いかないんだ……　相棒が、相棒が」
「器の遊戯がどうしたよ」
「昔のオレと居る時の方が、可愛いんだ……ッ！」
　ピシャンと稲妻を背景に背負うが如く、遊戯は高らかに言い放った。
「…………………」
「…………………」
　宣誓するアテム。そしてこの沈黙。
　二度目だ。二度目だが――デジャヴ過ぎる。
（すっげえくだらねえ）
　とバクラが云うより先に、遊戯は暴走を始めた。ダウンしていた分を取り戻すかのように、コーラの入ったグラスを握りしめながら無駄にいい声で男らしく云うのである。あいぼうあいぼうあいぼうと。
「オレ自身そんなつもりはないが、どうやら過去のオレはいつもよりも饒舌になるらしい……相棒に思うがままを伝えているだけなんだが、相棒はいつも以上に愛らしい姿で恥じらうんだ！　しかし！　普段のオレがそういうことを云ってもいつも通りであって、否、別にいつもどおりの相棒に不満があるわけじゃないぜ！　むしろ自然体でいてくれている普段のオレの方が相棒にとって心休まる相手の筈だ！　だが過去のオレの言葉を受けてほの赤く目元を染め戸惑いがちに視線を落とし照れる相棒の愛らしさといったら……！　くっ、何故あの表情をいつものオレに見せてくれないんだ相棒、あの愛くるしさ、オレでは引き出せないというのか……！」
「つまり遊戯は昔の自分と今の自分を別モノとして考えてるわけだ。それで過去の自分に嫉妬してると」
「お前よく冷静に理解できんな……」
　引きもせずノリもせず淡々と云うマリクに、バクラは驚愕を禁じ得ない。あんまり下らないので聞き流していたというのに。
　だが遊戯は止まらない。相棒の洪水が窓際二十八番禁煙席を中心に、ファミリーレストランを埋め尽くす。
「王サマよ、遅刻してきたのもひょっとしてソレがらみか」
「ああ、相棒にそれとなく質問してみたんだが曖昧にされてしまった……ひょっとして相棒は昔のオレの方が……」
　多分それは決して「それとなく」のレベルではなかったのだろう。何だか遊戯がかわいそうになるバクラである。きっとしつこくねちこく暑苦しく問い詰められたに違いない。
　遊戯は息継ぎ代わりなのか、小さな声であいぼう、と呟き深い溜息を吐いた。
　――今しかない。
「ま、それはともかくだ。吐き出してすっきりしたかよ？」
　放っておくとまだ続きそうな語りを、バクラは不自然ではないタイミングでぴしゃんと一段落つけた。こういうことはマリクよりもバクラの方が上手である。アテムも荒げた息を落ち着かせ、溜め込むよりはいいが、と、一息ついた様子を見せる。
　その隙に、バクラはマリクと目配せをし、互いにこっそりと荷物を手に取った。
　そこへアテムの不吉な台詞が重なる。
「良ければ同じ立場のお前らにも意見を聞きた」
「あーすっきりしたならそりゃ重畳。じゃあ今日はお開きな」
「そうそう、全員お疲れのようだしねぇ。また今後ってことで」
「な、おいお前ら！　まだ話は終わってないぞ！」
　追いすがる間もあればこそ。二人はそれぞれ実に爽やかな作り笑い（ありったけの嫌味）を浮かべると、まさに脱兎の様子でもってその場を逃げ出した。
「バクラ！マリク！　逃げる気か！」
「ったりめーだろ！　てめえの愚痴だかノロケだかに付き合ってたら日が暮れちまうっての！」
　そうつまり、三度目のデジャヴは御免被る、ということである。
　重たい腰を叱咤しつつ、おいしい思いをした二人はまんまとアテムから勝ち逃げた。帰る先にはいとしの彼女。一か月後の満月を楽しみに、また平和な日常を送るのである。

　そして、ぽつんと一人取り残されたアテムの目の前には、良心的な数字が印字された伝票とグラスが三つ。
　――決闘王の懊悩は、ぬるいコーラフロートの味であった。