【同人再録】縛り縛られ、後日談。(3闇3表♀)

2013.12.29
ウヤムヤ/半田96様 「ボクのカレシと緊縛本（3闇3表♀）」にお邪魔させて頂きました。やっぱり野郎がくっちゃべってるだけのギャグです。マンガの後日談なので単体ではわかりづらいかもしれません。
半田さんちの「ボクカノ」シリーズの一番最初のお話はこちら。

　本日は晴天なり。
　じめじめと気持ちが落ち込む梅雨の時期はついに明けた。空の青は濃く白い雲はもくもくと膨れ上がり、今年もまた暑い夏がやってくる。女子が日差しを気にして全身に日焼け止めを塗りたくる、そんな風物詩があちこちで目撃されるようになったある日のこと、太陽光線などものともしない男子が二人、学校の屋上で光合成をしていた。
「今日はバクラ来てないのかい」
　リシド謹製、二段の弁当箱の上段にソース、下段に米という郷土愛コシャリ弁当をもくもくと食べながら、既に日焼けしきったマリクが隣に座ったアテムに問う。
　アテムはコンビニで購入したチーズバーガーを咀嚼しつつ、首を傾げた。
「さあな、またサボりじゃないのか」
「夏になるとサボるなぁ、あいつ」
「汗かくのも暑いのも焼けるのも嫌だとか言ってたぜ」
「やれやれ、女じゃあるまいし」
　大体白い女の肌は興奮しない、と、マリクは眠たそうな目をさらに眇めた。あと乳がでかくて目が鋭くて同郷だったら最高だね、などと嘯く彼は、大本命にして主人格様ことナム以外に興味がないのだから当たり前だ。遠回しなのろけに、しかしアテムは特に突っ込みを入れることなく、そうかとだけ返す。
「何だい遊戯、元気がないね」
「いや、この時期になると相棒が大変でな……」
　と、アテムは深いため息をつき、バーガーの包み紙をくしゃりと丸めた。
「日焼けかい？」
「いや、焼けるのが嫌だとか言うんじゃないんだ。むしろ夏休みになると、日差しも気にせずあちこち出かけたがる分、自然にデートに誘えるしオレにとってはいいんだが」
「いいんだが？」
「相棒の愛らしい二の腕が人目に晒されるのが、な……」
　フウ。
　アテムは芝居がかったと表現しても差し支えない、大袈裟なモーションで溜息をついた。
　屋上のフェンスの淵、一段高くなっているコンクリートの部分に腰かけ、細くしなやかな足を組んで物憂げに遠くを見る。様になりすぎているのが逆に笑いを誘う。バクラが居たら噴き出した後に呆れるという二重のリアクションが見られただろう。残念ながら、ここにはマリクしかいないのだが。
「相棒は恥ずかしがり屋な割に肌を露出する格好が好きだ。暑くなれば尚更だろう。健康的に焼けた相棒の二の腕はそれはもう素晴らしいんだ」
「へえ」
「オレだけが見るならいい。邪な意味なんかない、純粋に愛らしいものを鑑賞する目的で凝視するだけだからな。ただ余所の男は違うだろう。それが堪えられない……　去年はオレの上着を肩からかけてやったんだが、やんわり拒否されてしまったんだ」
「へえ」
「最新の決闘者流行ファッションとして大会雑誌に取り上げられたくらいなんだが、相棒はあれで結構パンクだから、他人と同じ格好が嫌だったのかもしれないな。しかし、そうしたらどうやって二の腕を守ればいいのか……」
「そりゃあ大変だねぇ」
「大問題だぜ……」
　ずるずるずる。二人そろって、パックのジュースを啜る音が響く。
　アテムの若干間違った認識を正す者は此処にいない。パンクではなく単に恥ずかしいだけなのではないか、だとか、肩掛けファッションが流行していること自体がおかしい、だとか、そもそも二の腕への視線はアテムが一番邪だろう、だとか。
　突っ込み不在の空間とは斯様に緩むものなのか。つるんでいるわけでも特別仲良しなわけでもない――むしろいがみ合っている方が多い――のに大体一緒に行動する三人のうち、一人が欠けるとこうである。せめて城之内が居たら多少なりとも場が引き締まるのだけれど。
「夏は危険だな……」
「そうそう、危ない危ない」
　憂鬱な嘆息。
　を、聞き流すマリクはコンクリートの上に寝転がり適当な相槌片手に、アテムが買ってきた雑誌を読み始めていた。
　流れる雲の下、グラウンドでは早々に昼食を終えた生徒が野球に興じている。賑やかな喧噪は遠く、バットがボールを打つ澄んだ金属音はまるで飛行機雲だ。
　眠気を誘う、緩やかな時間が過ぎる。
　このまま永遠に五時間目が来なければいい。微睡み始めた二人――主に寝転がったマリクの上へ、不意に影が落ちた。
「だらしねえ面並べてんじゃねえよ」
　空を背景に、逆光を背負ったバクラがマリクの顔を覗き込んでいた。
「おや、重役出勤じゃないか」
　いつの間に屋上の扉を開けていたのだろう。音もなく滑り込んでいたバクラは、日差し避けに雑誌を掲げている。アテムが買ってきたものと同じタイトルだった。
「昼から登校しても、あと一時間しか授業はないぜ」
　呆れた様子でアテムが言う。空になったジュースのパックを丁寧に折りたたんでビニール袋に入れるあたり、妙なところで几帳面である。
　そのビニール袋の中身、チーズバーガー一個分の包みを視認したバクラはふ、と、哀れむような嫌な笑みを浮かべた。
「相変わらず乏しい昼飯だな。そんなだからチビのまんまなんだよ」
「何だと！」
「おっと、お怒りは鎮めておけよ。そんなてめえらに施しをくれてやろうってんだからな」
　言って、バクラは片手に下げていたビニール袋を掲げて見せる。水滴がついているあたり、アイスだろうと二人は予測。
「どうせまたパピコだろぉ？」
「チョココーヒー味はもう飽きたぜ」
「てめえら頂く立場で文句言うんじゃねえ。……ま、今日も仲良く半分コにしてえってんなら、それでもいいけどよ。こいつを見てもまだ同じことが言えるか？」
　そう煽るバクラの顔は、哀れみにプラスして優越感までも表現しきった、非常に嫌味なそれであった。
　眉間にしわを寄せる二人に、バクラはビニール袋をぽいと投げる。キャッチしたマリクの隣にアテムがしゃがみ込み、中身を覗う。
　高級感のある臙脂色をしたカバーに、小ぶりなカップ。
　ハーゲンダッツのマカデミアナッツとバニラが、夏の日差しを浴びて燦然と輝いていた。
「ハーゲンダッツ……だと……！？」
「驚いた。太っ腹じゃないか」
　狭い小遣いで苦悩する男子高校生（月末）に、ハーゲンダッツは高嶺の花だ。熱気避けに訪れるコンビニでそのまろやかな味わいと舌触りを楽しみたいと望んでも、乏しい財布の中身の都合で泣く泣くパピコや一〇〇円アイス、酷い時はホームランバーを選ぶのが常である。そこへ現れた高級アイスに、二人の瞳は輝いた。
　バクラはふふんと鼻を鳴らし、先ほどまでアテムが座っていたコンクリート席に腰を下ろした。
「哀れなてめえらに差し入れだ。宿主に感謝するといい」
「獏良くんがどうかしたのか。まさかこれらの代金は、獏良くんの財布から……？」
「違ぇよ、そういう意味じゃねえ」
「ご機嫌の原因が、お前のヤドヌシサマってことか」
「まさか。ご機嫌なんかじゃねえよ。宿主に頼まれた買い物ついでさ」
「豪華すぎて気持ち悪いねぇ、何があったんだか」
　マリクは早速マカデミアナッツのカバーをひん剥き、その裏側をべろんと舐めて問うた。
　紫の瞳、その視線が油断なくバクラを観察する。爪先から、いつものスニーカーと制服、半袖のシャツに白い髪――
　に、隠れて、首筋に赤い痕があった。
「おやバクラ、首に随分と小洒落たアクセサリーをしてるじゃないか」
「目ざといな。まァ知りたいってんなら教えてやらなくもねえ」
「別に聞いてないぜ……」
　残ったバニラにスプーンを差し込みつつ、アテムが小さな声で言う。バクラは聞こえなかったのか聞こえなかったふりなのか、さも億劫、という素振りで肩を竦めた。
「何てこたねえ。ウチの宿主サマは手が掛かるって話さ」
「何だ、いつも通りじゃないか」
「ところがだ、あれはあれでなかなか良い女に仕上がってきてなァ…オレ様の教育の賜物なわけだけどよ」
「バクラ、また獏良くんにひどいことをしたのか。いい加減許されないぜ」
「ダッツ食いながら凄んでも怖くねえよ。結局宿主にとっても楽しい時間が過ごせたんだ、文句を言われる筋合いはねえ」
　言って、昼飯替わりのゼリー飲料を口にくわえるバクラである。
「要は昨夜お楽しみだったってわけかい？」
「まァな。おかげさまで腰が痛ぇったらねえ……ったく、ベッドでの躾けるのも考えモンだぜ。てめえらもよく覚えときな、じゃねえとオレ様みたいに苦労することになる」
　文句を言う口ぶりとは真逆に、バクラの表情はご機嫌そのものだ。自覚的ではあるのだろう、さも不満という口調で語ることによって、アテムとマリクに遠回しな自慢をしているのである。
　過去何回か、彼らのいわゆる彼女である少女たちについて愉快な出来事が起きている。その度に『自分のカノジョが一番いい女だ』という口論を繰り返してきた三人だ。バクラと了の間で起きた昨夜の出来事は、そんな彼らを出し抜く恰好のトピックスであった。
　マリクとアテムは顔を見合わせ、反論する――と思いきや、意外にも神妙な表情で、それからどうしたと問うてきた。
「おいおい、根掘り葉掘り聞くんじゃねえよ。気をつけろよっつってんのに」
「いや、ちょっと解らなくてだな、バクラ……」
「勘弁してくれよ王サマ、プライバシーって奴があんだろ？　オレ様としては昨日のアレコレを全部話したってかまわねえけどよ、宿主サマがお可哀そうじゃねえか」
　そこんとこはご想像におまかせするぜ。
　両手を広げるバクラの表情は、見たこともない上機嫌だ。無理もない、気分もよかろう――緊縛プレイののち、仕返しに縛り上げての仕返しはさぞかし気持ちがよかったはずだ。快感と共に、『お仕置き』のお礼の爽快感つきである。はじめに縛られたのは屈辱だったが、キャッシュバックを考えるとおつりがくる。
　最近お疲れ気味の了は、寝る前の一度の交わりで落ちてしまうことが殆どで、ねちこいセックスをする機会がなかった。そこへ訪れた最高の機会を逃すバクラではない。後ろ手に縛った了を、それはもうしつこくしつこく濃厚に、おいしく頂いた。最初は抗っていた了も、途中からは完全にとろけてなすがままだった。これまで口にされることもなかったとんでもない淫語を惜しげもなく垂れ流し、したことのない行為――咥え舐め合う程度のものではない、もっとすごいことまでしたのだ。
　了の仕上がりは上々。これはどう考えてもウチの宿主サマが一番イイ――
　と、鼻の穴を広げたくなるのもさもあらん、というわけだった。
　だが、そんな事情を知らないアテムとマリクは、何とも理解できていない顔でもって首を傾げた。訝しげに、その首筋の痕を眺めて。
「要はお前のヤドヌシサマが、お前を気持ちよくさせまくったってことでいいのかい」
「ああ、もう腹いっぱいに頂きましたってな。当分ヤらなくてもいいぜ、うんざりだ――全くてめえらが羨ましいぜ、どうせご無沙汰なんだろ？」
「確かに主人格は今アレ中だからなぁ、ヤっちゃいないが」
「そりゃあいい、代わって欲しいくらいだ。あー痛ぇ、首も背中も痛くてたまんねえわ」
　優越感。その三文字がバクラの顔にべったりと張り付いている。ちらりと二人を覗う青い瞳に憐憫。難しい顔をしている彼らは反論もできない、そう見えて、ますますバクラを増長させる。
　と、さらに続きそうな自慢を、予鈴の鐘が遮った。
「おっと、もうこんな時間かよ。オレ様帰るわ」
「な、何しに来たんだ、お前は！」
「決まってるぜぇ、自慢の為だけだろお」
　苦笑である。マリクは空になったハーゲンダッツのカップを指先でくるくると回していた。その横をバクラが通り過ぎる。大袈裟なしぐさで腰をトントンと叩きながら。
「五時間目体育だろ、こんな身体で持久走とかバカがやるこった。宿主サマにも早く帰ってこいってご命令を頂いてるしな」
　そういうわけで、お先に失礼。
　ひらひらと手を振って、滞在時間一五分、バクラは下校していった。
「………」
「………」
　再び二人きりになった、アテムとマリクは無言で視線を交わす。
「……見たか？」
「ああ、しっかり見たぜぇ」
　手首に派手な痕が――あったな、と。
　バクラは首ばかりを気にしていたようだが、それよりももっと目立っていたのが手首の痕だ。赤黒いそれは明らかに、縛った形跡である。
「縛られるような行為をして、それでご機嫌ってことか……」
　アテムは深刻な顔で腕を組む。つまりそれは、バクラが新しい性癖に目覚めたとうことに他ならない――マリクもまた頷く。
「ドＳ野郎だと思っていたが、まさかあのバクラがねぇ」
「あちこち痛がっていたし、随分とハードなプレイを嗜んでいるみたいだぜ……」
「ああ、しかもそのドＭっぷりを自慢するときた。こいつは生半可なレベルじゃなさそうだ」
「しかも、明らかにそんな性癖がなさそうな獏良くんに、その、Ｓ嬢のようなことをさせてるってことだな？」
「そういう単語は知ってるんだなァ、遊戯も。
　ともかくそういうことだろうよ。躾ってのは、Ｓに仕上げるための行為だったってわけだ」
「何てことだ……」
　アテムは掌で額を覆い、ふるふると首を振る。滲む汗は初夏の熱気の所為ではない。あまりにも平然と行われた非常識な行為に、冷や汗が出ているのだ。
「酷すぎるぜ！　自分の性癖を押し付け、無理やりＳＭプレイをさせるなんて！」
　憤るアテムの肩を、慰みの意味かマリクがぽんと叩く。食べ方が汚いせいで指はマカデミアナッツ味にべたついていた。ついでにその肩になすりつけてごしごしと汚れを拭っている。アテムはまったく気が付いていなかった。
「もうすっかり牙が抜けたかと思っていたが、そこは元邪神、そうそう根っこが真っ直ぐになるわけがないぜぇ」
「オレはどうしたらいいんだ。獏良くんを救う為に、何ができる」
「とは言っても、オレたちにできることは少ないぜぇ？　何せご当人たちがそれを楽しんでるんだ、口を挟むのは野暮なこった」
「しかし！」
「解ってやりなよ、遊戯」
　いつになく真摯な声で、マリクは言った。
「マリク……」
「さっきも言ったが、オレたちにできることは僅かさ。そしてそいつはバクラのヤドヌシサマを助けることでも、バクラの性癖をまっとうな筋に正してやることでもねえ」
　真剣な瞳。マリクの視線には確かなものがあった。
　その紫色の中に宿る意図を、はじめは理解できなかったアテムは戸惑うまま見据えていたが――やがて、はっ、と目を見開いた。
　察したのだ。その意味を。
　アテムは知らず、強く握っていた拳を静かに緩めた。
「解ったみたいだねぇ、オレが言おうとしていることが」
「ああ、もうそれしかないだろう――」
　こくり。
　互いに互いの意図を悟りあった二人は頷き合い、そして同時に、携帯電話を取り出した。
　そう、二人が出来ることは、ただ一つ――
「バクラがドＭに目覚めたって、緊急連絡網を回すしかないってことだな……！」
　それはもう、ものすごくいい笑顔で、アテムは言った。
「バクラだって喜ぶだろうよ、何せわざわざ登校してきて、自慢するくらいなんだからなぁ」
　マリクもまた、見たこともないくらいの晴れやかな――それこそ、過去に敵としてアテム達の輪に潜り込んできた時のナムばりの爽やかな好青年っぷりである――笑顔を浮かべ、サムズアップまでしている。
　嗚呼――バクラが説明をきちんとしていたら、このような誤解は生まれなかった。
　すっかりご機嫌だったバクラの失敗は深い。匂わせ程度の自慢話が仇となり、一八〇度どころか二〇〇度くらいにひっくり返り、なおかつＸ軸までしっかり捩れた解釈をされてしまった。詰めが甘いのは昔からだ、全く成長していない。
「別にこれは悪意じゃないぜ！　そう、親切だ！」
　そう高らかに宣言するアテムの額には、懐かしいウジャトが裁きの光のように浮かび上がっていた。顔つきも心なしか、王として目覚める前の闇の仕置き人のソレになりつつある。携帯でメールを打つ指の動きがまさに高速だ。
　マリクもまた、ゆるくだらしない口調とは裏腹の見事な操作で、的確な文章を打ち込んでいる。
　驚くなかれ、これが男子の友情である。そしてもともとは敵同士だった彼らにとって、これは当然の交流なのだ。
「まずは城之内くんに連絡するぜ！　きっと放課後までにしっかり噂を広めてくれるはずだ！」
「そうだねぇ、いい感じに尾ひれ背びれを付けて、立派に放流してくれるだろうさ。オレは主人格へ連絡しておくよ」
「頼もしいぜ。フフ…バクラ、普段から獏良くんを苛めたり、相棒をからかったりするからこういうことになるんだぜ……」
「主人格の乳を貶したこともあったしねえ……　おっと、それとこれとは関係ないぜぇ？　善意善意。バクラのためさ」
「そうさ！　仲間だからな！」
　かちかちかちかちかち。メールを打つ音は止まない。
　最早この一帯だけが闇の世界である。ゾーク・ネクロファデスも裸足で逃げ出すくろぐろとした悪意――否、友情と善意という名の愉快犯が二人、ウジャトを光らせ情報を作成。
　そして、発信。
　メール送信完了のメッセージが、本鈴と重なり学校中に響き渡る。
　何も知らないバクラは一人、ご機嫌な表情のまま足取り軽く、校門を抜けていった。