【同人再録】Ripple Lips on the sofa.(盗獏♀・バク獏♀)
発行: 2012/02/12
バク獏♀・盗獏♀のキスアンソロジー「Smxxxch!!」発行の際の西尾分再録です。
何しやがる、と、異口同音。
痛む頬を押える二人のバクラを、了は憤然と睨み付けた。
――回想、数分前。
了の左右から、それぞれ違う体温が迫ってくる。
目の前ににゅっと褐色の腕が伸び、自分を通り越して右側へ。そうすると斜め下から舌打ちが響いて、白い手が褐色を強引に払い落とす。
色濃い牽制。否、色恋、というべきか。
ボーダーラインは了の身体。ソファの隅っこに座って本を読んで頂けなのに、気が付けばこんな状態だ。左は背凭れ越しに背中を屈めた盗賊王、右はソファに寝そべっている体勢のまま上半身を持ち上げたバクラ、それぞれがどういうわけかタイミング良く、了にキスを仕掛けている。或いは片方どちらかが先にその気を起こして、それを阻止するべくまた片方が手を出したという云うべきあなのだろうか。
ああボク愛されてるなあしあわせしあわせ。
などと思えたなら、それこそまこと幸せな話であると了は思った。
実際愛されては、いる。二人の男はどういうわけか了を好いていて、自分もそんな二人が好ましい。どちらか選べと云われたら迷わず両方を選ぶ、それくらいに手放し難いと思っている。昔ならきっと恐ろしくて堪らなかった――失うかもしれない他人に執着すること、かけがえないと抱くことを、彼らになら出来る。突然居なくなってしまう、消えてしまう、そんな妄想じみた恐怖は今も傍にあるけれど、疑う余地もない程に、彼らもまた自分に執着していると了は知っている。
だからといって、この目の前で繰り広げられている第十七次了の唇争奪戦争を「うふふ二人ともバカだなあかわいいなあ」などと思えるほど、了は恋に茹っていないのであった――故に。
ガッ。
おもむろに、了はバクラの頭を掴む。
ガッ。
次いで、盗賊王の後ろ頭を返し手で掴む。
「ン?」
と、訝しがるのは二人とも同時。
その疑問符が消える消えないそれくらいのタイミングで、了は思い切り、バクラと盗賊王の顔をかちあわせたのだった。
――以上、回想終了。
「宿主てめえ何しやがる! 悪ふざけも大概にしやがれ!」
「危ねえなァ、あやうくソイツの唇奪っちまう所だったじゃねえか」
異口同音に二人の男に詰られても、了は不機嫌な姿勢を崩そうとはしなかった。
何故なら二人が悪いからだ。徹頭徹尾、男二人が了に謝るのが正しいのであって怒鳴られる筋合いなど欠片もない――と、彼女本人は思っている。
了は頬を押える二人を見て、ふんとそっぽを向いた。
「残念だったね、キスできなくてさ」
「はァ?」
「仲悪い癖に、そういう時だけ息が合ってるじゃないか。だったら二人でちゅっちゅしてれば?」
そう、了は二人の顔と顔がかち合うようにしてあげただけだった。だのにタイミングよくバクラが右を、盗賊王が左を向いて、結果出会ったのは唇ではなく頬同士。まるでビンタを食らったかのような赤い痕が男前を飾った。オノマトペで表現するならばまさしく「ビターン」が的確である派手な打音は、神回避の証明でもあった。
計画失敗。了は不機嫌に更に口を尖らせる。
「何云ってんだ了」
変なもん食ったか、と、若干ずれたことを云いながら盗賊王が了の頭をわさわさと撫でる。いつもならば気持ちが良いその大きな手のひらは、今は煩わしい。首を振って回避する。
「二人ともさ、いつもそうやってボク挟んでもめるけどさ」
「そりゃそのデクノボウがオレ様の邪魔するからだろうが」
「オレ様の可愛い了に手ェ出す野郎がいやがるからな、仕方ねえだろ」
「ハイハイ云ってることおんなじ。仲良しさん。ボクの身にもなってくれないかな!」
もう面倒くさいったらない。云わなきゃ分からない鈍い男に、了は膝の上の本をばしんと叩いて訴えた。
「毎回毎回そうやって、挟まれて待ってるボクの気持ちはどうなるんだよ! すっごいイライラするんだよ! するならしてよこの際どっちでもいいし! 変わらないよボク的には!」
「あ、それはちっと傷つく」
「両方好きだからどっちでもいいの!」
口を挟む盗賊王を睨んで云うと、彼はまんざらでもないようなでも何か納得いかないような、曖昧な顔をしてぐうと唸った。かわいい、とか思っている暇はない。了は怒っているのだ。
「なのにお前らは今日もまーた同じことして! ボクは緩衝剤か何かなわけ? そこ、バクラも逃げようとしない!」
こっそりソファから退避しようとしていたバクラの襟首をつかみ、了は更に声を上げた。盗み食いがばれた猫の目で振り向くバクラの赤い頬は不機嫌とやべえこの状況、の二つの意味で引きつっている。
了の怒りの恐ろしさをよりよく知っているのはバクラである。盗賊王はまだ余裕を見せて、『悪かったって云やぁ了は許してくれんだろ何せオレ様愛されちゃってるし』のうぬ惚れフェイスを崩していない。それこそが愚かなのである。了の怒りを買って生きてきたバクラだからこそ、怒鳴るほどに怒気を孕んだ了の怖さを理解している。故に逃走を図ろうとしたのだろうが、襟を掴む手はまるで虎鋏。
「大体ね、全然分かってないみたいだから教えてあげるけどさ」
了はにこりと笑う。バクラを見て、盗賊王を見て。
「ずっと二人とも間接キスしてるってこと、分かってる?」
云い放つ。数秒後、先に理解したバクラがウッと呻いて、思わずだろう、口を拳で拭った。
「どっちかがボクにキスして、その後に片方がするでしょう。そしたらそれって間接キスだよね」
「そんな気持ち悪いモン意識してやってねえよ……」
「そうそう、オレ様がキスしてんのは了のやらけえ口であって、ソイツのじゃねえし」
「でも事実そうなの。ボクにキスするってことはそういうことなの。
だからそんなにしたいならボク経由でしなくてもいいように、って、二人の仲を取り持ってあげたんだけど? 何か文句ある?」
唐突な頭部拘束からの接触事故、その理由を説明しきって、了は顔を見合わせる盗賊王とバクラを交互に見やる。
「それが嫌なら、ちょっと反省してよ。ボクは本読んでたんだからね。邪魔していやらしいことしたいなら、この本以上に楽しいことをボクに提供してよ。じゃなきゃどっちともしない」
「ンなクソみてえなシュールな中身の古本、何が面白いのかもわかんねえよ。まずてめえの楽しみどころが理解不明だっつうの」
「バクラ何か云った?」
「いえいえ何も」
ランボーばりに怒る了に、それでもバクラはなけなしの憎まれ口を叩く。頭の中はフル回転しているのだろう、視線が斜め上に固定されたままだ。どうやってこの怒りを解くか。ついでに気持ちの悪い間接キスの事実をなかったことにするか、それで脳内は一杯だ。
一方の盗賊王は、遅まきながら了の不機嫌のレベルが思っている以上に高いことに気が付いたらしい。ぽりぽりと頬を掻いて、そんな怒んなよとお決まりの抱擁を背もたれ越しに仕掛けてくる。
了は女に有るまじき鼻息を鳴らして、ガッと振り向きギッと睨んだ。
「おっきいバクラにも怒ってるんだからね。バクラよりも優しいけど、強引なのは同じだからね」
「そりゃ了が可愛いからよ、つい」
「ボクが可愛いのは知ってるよ。何、可愛いからって我慢しなきゃいけないのかな? 全部許してあげなきゃいけない? それならボク、不細工な女の子に生まれたかったな」
「いや、そうじゃねえけど……」
困り果てた盗賊王が、抱きしめようとして弾かれた手を握り開き握きする。紫の瞳が困惑に満ち、きゅっと寄った眉は下がり気味。さしもの了もうっかりと、あ、かかわいい(二回目)と思ってしまった。いけないいけない今は怒っているのだ、全くバクラはともかく盗賊王は難しい。感情表現が豊かすぎてつい甘やかしてしまいそうになる。
或いはその甘やかしが、毎度の争奪戦を生む一端を担っていたのかもしれない。ようしこれからは厳しくするぞ――了がそう決め、険しい表情を崩さずにいると、
「でも不細工だったらオレ様、了に惚れてたかどうかわかんねえぜ」
「バカてめえ余計なこと云うんじゃねえ!」
聞きたくないことを聞いてしまった。
燃え上がる怒りが沸点を越えた。例えるならば明々と燃える真っ赤な炎ではなく、青白い幽鬼の炎に変わったというところか。
自分でも分かるほどにはっきりと、了の顔から表情が消える。こちらを見るバクラの顔がやべえの文字で埋め尽くされてゆくのが見えた。分かっていない盗賊王はだってそうだろ、と尚も云う。
「そりゃ不細工より別嬪のがいいに決まってんじゃねえか。オレ様は最初、了の見た目に惚れたんだからよ。そんで中身がおもしれえからって余計好きンなった。てめえだってそうじゃねえの?」
「云っていいことと悪いことがあんだよバカ野郎! そりゃオレ様だって不細工な宿主なんざ御免だぜ? こいつの電波は見た目がいいからどうにかバランスとれてんだからよ」
「正しいじゃねえか。何でてめえまで怒ってんだ?」
「だから云うなっつってんだよ! 宿主をこれ以上怒らせンな!」
「てめえだって云ってんじゃねえか!」
「うるさい! まずごめんなさいは!?」
遂に本が投げつけられた。おどろおどろしい装丁のブラックユーモアあふれるハードカバー、その表紙が顔を突き合わせていた二人の顔に綺麗に衝突する。いてえと呻いた盗賊王がそれでもその本をキャッチし、改めて見たその表紙のえげつなさに少々引いていた。
「口げんかする前に、ボクにごめんって云えないの!?」
目を三角にして了が怒鳴る。なおも納得のいかなさそうな盗賊王が文句を口にしようとしたが、バクラに頭をひっぱたかれて沈黙した。
そのバクラは再び斜め上を見て思考し――そうして何かを思いついたのだろう。不意にくつりと笑った。
意地悪い青色がすうっと細められ、何事か頷きながら、すぐそばの盗賊王に耳打ちをした。聞いた途端、盗賊王はにやりと笑って指でOKを示す。
「何こそこそしてるの、ボクは――」
「分かった、悪かった、宿主」
「おう、ごめんな了」
「え……」
しおらしい態度に、此度は了の方が困惑した。
すぐに、ああこれは何か企んでいると気が付いて眉間に力を入れる。さっきのひそひそ話で二人は共謀したに違いない。どうせ適当なことを云ってご機嫌をとって誤魔化すつもりなんだ、そうはいかない――了は唇を噛んで、
「騙されないよ」
先手を打った。
「口先だけでいいから謝っておこうとかそういうことでしょう。分かってるんだからね」
「いいや違うぜ。てめえの云ったことが誠心誠意伝わって、ついでに解決策も見つけましたって、このデクノボウにも教えてやったのさ」
対するバクラはにやにやと笑いながら、なあ、と盗賊王を見やる。
「そうそう。本気でごめんなって云ったんだぜ」
隣の盗賊王も、したり顔で頷いて見せる。
いますごく嫌な予感がした。長年の付き合いから察知した空気の変化に了は戸惑い、咄嗟にその場を引こうとする。しかしソファに座り、左上に盗賊王、右側面にバクラである。まず盗賊王の腕が了の肩に絡み、立ち上がることを抑えられた。次いでバクラが腰を引き寄せ、完全に動きを封じてくる。
「……なんなの」
「いや、宿主サマがまさかそんな風に思ってたとはな」
「了は寂しがりだもんなァ。拗ねちまったんだな」
「ちょ、意味わかんない! いきなり何云ってるの!」
「だから」
同時にずい、と二人の顔が迫ってくる。頬に当たる気配の温度はそぞれ違く、耳孔を擽る細い吐息がわけもなく背中をぞくりとさせた。
「『間接キスなんかしてないで』」
「『ちゃんとココにして』」
ってことだろ――と、唇をとんとん。
男二人は仲良く、台詞を二つに分けて囁いた。
「ば――ばかじゃないの!?」
了は裏返った声で云う。曲解も曲解、大回転のとんでも解釈をした二人は、了をサンドウィッチにしてにやにやと笑っていた。
「そういう意味で云ってるんじゃない! ボクはただ二人が、ボクのことないがしろにしてもめたりするから怒ってるだけだってば!」
「またまた、照れ隠ししなくていいんだぜ、了」
「さっき云ってたもんなあ、『両方好きだ』ってよ」
「両方からそれぞれキスして欲しいって、素直に云えばしてやんのに」
「間接キスになんねえように、ちゃあんとてめえに、別々によ」
あっちといえばこっち、左右からの言葉の攻めはきりがない。返す言葉を投げようとすると、すかさず片側から言葉を奪われる。本当、こういう時だけえらく連携が良い。しかもそのにやにや笑いが、了をからかっている、丸めこむ算段で得意に笑っているのがばればれだ。バクラの入れ知恵に盗賊王が悪乗りして、状況は転覆、ひっくりかえって捕えられた。先程の怒りの波が引いて、代わりに危機的状況のビッグウェーブが迫りくる。
「二人ともいい加減にっ……」
して、と。
なけなしの勢いで叫ぼうとした、声は最後まで響かなかった。
右の首筋に冷たい唇が押し当たり、舌の先でべろりと舐められる。明らかにキス以上のものを狙った、いやらしさ滴る舌先に肌を探られ、思わず了はぎゅっと目を瞑った。
「ば、くら、ちょっと、」
やめさせようと上げた腕を、後ろから盗賊王が掴む。強引に捻り上げられたわけでもないのに、その体温が抵抗を奪った。すかさず左の耳朶にキス。熱い息が耳孔を擽る。
「あ、ぅ」
「ほら、これで間接キスにはなんねえだろ」
意地の悪い、バクラの声が響く。唇に交互にキスをしたら間接キスだけれど、身体のどこか、別々の場所ならそうならない。
なんて詭弁! そう訴えたくても、とめどないキスの雨が了の思考をじわじわと奪う。
「そ、んなつもりじゃ、ないのにっ」
ならどんなつもりだったのか。あんなに怒っていたことを、もう忘れた。
まるで本当に、バクラと盗賊王のいうとおり、拗ねていたような錯覚に陥る。そんなこと思っていないのに、そうだったかもしれない、ちゃんとボクにしてって望んでいたのかもしれない――あっけなく絆され誤魔化され、流されるままに火照る身体を止められない。
こんな風に快楽に弱くなってしまったのは、この二人の所為だ。二人掛かりで気持ちいことをたくさん教えるから、すっかり単純になってしまった。もうどうでもいいと思考を投げ捨てるのが、我ながら早すぎる。これではどちらがばかなのか分からない。
「馬鹿な方が可愛いぜ」
思考が唇から洩れていたのか、慣れた動きで了のシャツを脱がせていた盗賊王が応える。
「女なんてのは、顔が良くて、やらしくて、ちィと馬鹿なのが一番いいのさ」
「そのまんまじゃねえか、良かったな、宿主サマ?」
あっという間に剥かれた裸の胸に鬱血を残して、バクラが笑った。
「てめえのそういう都合のいい所、オレ様の好みだぜ」
たっぷりした揶揄。裏腹に甘い唇。それこそばかみたいに、嬉しいと感じてしまう。なんて酷い男――否、ひどい男達。
取り合いをしていた癖に。あんなに牽制し合っていた癖に。都合が悪くなると結託して二人掛かりで丸め込むなんて、本当にどうしようもない連中だ。
(ああ、でも)
――きもちいいから、それでもう、いっか。
胡乱な思考で、息が止まりそうなキスの海で、了はとろんと目を閉じる。
(あれ、これって結局、ボクって恋に茹ってる?)