【同人再録】再殺ピリオド-3

 『一緒にいこう』と。
 そう、云って欲しかった。
 たった一人愛した、生まれて初めていとしいと思った存在だったから。復讐の為に生きた自分が、その復讐を捨ててもいいと思ったくらいに、天秤にかけて延々と揺らし続けるほどに、大切な存在だったから。
 お前が居るだけで幸せだと、そんなみっともない台詞を口に出せる盗賊ではなかったけれど、本気でそう思っていた。孤独な魂の隣で静かに笑っていてもいい、邪魔にならない存在を、盗賊はかけがえなく思っていた。
 どうして待つしかないと決めつけてしまったのだ。
 役に立たないと、置いて行かれると、何故自分で終止符を打ったのだ。
 そんな風に思ったことなど一度もなかった。
 お前が望むなら、どこまでも。
 この手で殺めたりせずに、共に狂気の風となり、そうしてたとえ、志半ばで朽ち果てたとしても――一緒だったら。
 盗賊は、悔しかったのだ。
 リョウが全てを諦め、死を望んだことが。
 一緒に足掻いてくれなかったことが。
 そして、無理やりにでも攫って行けなかった、自分の弱さが。
 その悔しさが、首を絞める最初の力となった。
 リョウの献身が、健気さが、憎たらしかった。我儘で居て欲しかった。それでいて、愛しくていとしくて堪らなかった。
 愛情が、滴るほどの悔恨を生んで重たく塊になる。歴史の海の中にあってさえ、流されずに残っていた。
 そんな想いを三千年間、ずっと未練がましく抱えていたのだ。
(想いは、叶った)
 バクラの中で荒れ狂っていた盗賊が、静かに砂となる。
 消えるのではなく、溶けて行った。
 心の部屋で獏良の身を模すバクラという存在。盗賊の未来であり、全く別人である、矛盾を孕んだ同一人物。その中へ、奥へ、染みていく。
 紫の瞳が色を無くし、青く戻る。頬の傷は滑らかな白い肌に吸い込まれて消え、褐色だった手は波が引くように元通りに。
 バクラはとうとう、過去の自分を殺せなかった。
 一つに――成ったのだ。
「バクラ?」
 訝しげに、獏良が声をかけてくる。面差しはリョウと同じ、因果の皮肉に絡め取られたたったひとりの宿主だ。
 愛しくは、ない。
 恋しくも、ない。
 それでも、名前のつかない感情が確かに、バクラの中に生まれていた。
「……クソったれ」
 吐き出す罵声も負け惜しみにしか聞こえない。バクラは苛立つままに、獏良の身体を引き寄せた。
 いわゆる抱擁、の形をとったのは、これが初めてだった。
「ちょ、何、きもちわる」
 思いがけない行動に、獏良の方が慌て出す。それはそうだ、やっているバクラ自身も気色悪いと思っている。
 それでもしたいと思ったことは真実であり、覆しようもない。
「そうやってわけわかんないことやって、誤魔化そうったって駄目だよ。殺すとかそういうのもうやめてよ」
「あーあーうるせえ、分かった、もう殺さねえよ」
 口調は平素と変わりない。暴れるなと命じると、獏良は不服そうに抗うのを止めた。
 腕の中で大人しくしている。これもやはり気持ちが悪い。
 嘘も手管も関係のない接触行為だなんて、そんな意味のないことをしている自分がおかしかった。
「あともう一つも約束してよ」
 バクラの肩に顎を乗せ、獏良は続きける。
「もう一つだァ?」
「ボクは一緒に連れてってっていったんだからね。置いて行ったら許さないよ、責任とって」
「何だよ責任って」
「ボクをこんな性格にしたのはお前じゃないか。最後まで責任とって、ボクを不安にさせたりしないでよ」
「すげえ我儘じゃねえか……」
「うるさい。おいて行かないって云って。いいから云え」
 既にゴリ押しに近い。抱かれながら獏良はふてくされているようだ。つい先ほどまで絞殺され掛かっていた癖に、なんと神経が太いのか。
 否、太くなどない。本当はずっとずっと細い。
 不安で不安で仕方ない。孤独が怖く、一人が嫌で、閉じた世界を好む己が宿主。ここでバクラが約束をしなれば、連れて行くと云わなければ、きっと折れてしまう。
 嘘でもいいのだ。騙されたと気づくまでは真実にしておける。
 ――そう、嘘でも。
「ほら、云って。早く」
 急かす獏良は何も知らない。
 こんなに望んでいても、駄目なのだ。
 最後まで連れて行くことはできない。
 獏良了は、最後のゲームには参加出来ない。
『一緒に、連れて行って』
 三千年を超えて果たされた想いがここにあるのに、応えることは叶わない。遊戯と対峙する時、獏良の意識は心の部屋の深層へ閉じ込めておくと決めている。肉体が必要だからだ。それは絶対にはずすことのできない要素であり、いくら遮二無二望まれても、叶えることは出来ない。
 結局――一緒には、行けない。
「ああ、約束してやるよ」
 バクラは嘘を云った。
 自分には似合わない、優しい嘘だった。
 ここで突き放そうが放置しようが、計画に何の影響もない。獏良の心の安定が保たれるかどうかというだけの、どうでもいい虚言。
 なのに、
「うん、よろしい」
 獏良はそう云って、満足そうに笑ったようだった。
 預けていた顎を持ち上げ、向かい合う形になる。作為も愉悦もなしに交し合う近距離の視線は、お互いに青かった。
 だからだろうか。
 獏良はそっと、右頬を指先で撫ぜた。
「……何だよ」
「泣いてるのかと思った」
「何云ってんだ、どこに泣く理由があんだよ」
「分かんないけど、なんかそういう風に思ったんだよ」
 手指は右頬を、瞳の縁をなぞってゆく。
 無論、泣いたりなどしていなかった。盗賊はもうおらず、バクラもまた、泣き方すら覚えていない。そういうものはヒトだけが持ち得るものだ。人に非ぬバクラには、演技以外で涙を流す理由も方法も無い。
 それでもなお、獏良はじっと左目を見つめていた。
「別に、なんでもないんだけど」
 その目の奥には、本人すら意識していない感傷。
 云ってもいいかなあ。と、目の前にある唇は問うた。
 視線はなおも右目に注がれている。何のことか分からないバクラではない。
 どうぞと促すと、獏良は小さく笑って、云った。
「ボクね」

 

「紫色も、綺麗だと思ってたんだよ」

 

 ――その白い頸に、あの日の名残はもう無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

幾千越えて 君と出会って やりなおしができるなら
全て終わった後に 全部いちからはじめよう
紫の瞳がもう一度開くのは きっとその時だろうから

(Re;loved Period)