【同人再録】 その後のボクらの関係途上-1


発行: 2012/05/03
原作最終回後、バクラを失った宿主♀の元へ現代の知識皆無の古代盗賊王が居候。盗賊王は素敵だけど、バクラのことも忘れられない…ああ、二人のバクラの間で揺れる乙女心…(笑い所)という話です。前半ほのぼの、後半ちょっと切なめ。

・小説:書き下ろし
・表紙:半田96様


おかえりなさい(はじめまして)の話

 

 ある夜、夢を見た。

 ボクをおいてけぼりにした憎いあいつが居なくなって、しばらくしてからのことだった。
 その頃のボクは少々心が参っていて、所謂情緒不安定という状態に陥っていた。誰にも吐き出せない気持ちを信じてもいない神様にぶつけて、恨み言を呟いて。あいつが居ないって泣けないことが悲しくて、昔のことばかり思い出していた。
 あいつが居た頃は心の部屋に居座ってばかりだったボクだけれど、一人になってからはその場所への行き方もすっかり忘れてしまった。寝そべるベッドはまるで他人の腕の中みたいで、落ち着かない。だからどうにも寝不足で、クラスメイトに心配されるくらいに機嫌も体調も悪かった。
 女の子として有るまじき自堕落な生活をしても、呆れ顔で注意してくれる相手はもういない。面倒くさくてつくねた夕飯の食器をジト目で見て、溜息を吐く音も聞こえない。ないないない尽くしが爪の先からしみ込んで、身動きが取れない。長湯をした後のようなぼんやりとした頭の中で揺れる漠然とした不安感を抱えて、終わりの続きみたいな気持ちで生きていた。
 あいつと出会う前は、一人でいるのが当たり前だったのに。
 厄介な奴がいなくなって、やっと取り戻した平穏だったけど――ちっとも嬉しく感じられなかった。
 一人寝の夜は寂しい。
 その日も(ああ眠りたくないな)と眉間に皺を寄せて、明日の授業の為に仕方なく、ボクはベッドに潜った。
(さみしいな)
 頭まで掛布団に潜り込み、前よりも痩せた胸に膝を抱え込んで、目を閉じる。
 『恋しい』じゃなく、『寂しい』なところが、いかにもボクらしくて少し笑えた。
 結局ボクはあいつじゃなくちゃ駄目だとかそういうことじゃなかったんだ、と思う。あいつが――バクラが偶にボクをいじめて云ったように、ボクはボクのからっぽの部分を埋めてくれる相手だったら、バクラじゃなくてもよかったのかもしれない。
 優しくしてくれるなら。
 甘やかしてくれるなら。
 たとえそれが嘘でも、本当みたいにしてくれるなら。
 そんな相手がたまたまバクラしかいなかったって、ただそれだけのことなんだろう。
 それを気づかせていなくなるなんて、本当にあいつは残酷だ。
(居なくなるなら、いっそ)
 いっそ――その先を、ボクは口に出せない。
 代わりに恨み言を三回呟いて、ボクは瞼の裏側へと落ちて行った。
 夢は、現実と地続きの昏い世界だった。
 心の部屋と似ている。ボクの部屋はいつも真っ暗で、バクラは居心地がいいと笑っていた。つまり、とてもじゃないけど綺麗な心じゃなかったってことだ。
 そんな世界で、目を凝らすと身近なものが浮かんで消える。紙芝居みたいにぱらぱらと切り替わって脈絡ない。教室、近所のコンビニ、TRPGのフィールド、シュークリーム、宿題のノート、皆の顔――千年リング。
 あれ、と思った。
 もうボクの手の届かないところに行ってしまった、あいつそのもの。金色の輪に円錐が並ぶあのリングが、ボクの視界を掠めて行った。
 誰かの首に掛かっていて。
 それを見たボクはむっとして、その人を呼びとめた。
 まってよと云ったら、その人は闇の中で立ち止まってこちらを見た。顔が良く分からない。リングだけが目立って、人間の形は黒い影にしかなっていなかった。何だか所在なさげで、どうしていいかわからないみたいな、戸惑った様子だった。
 その胸できらきら光っている、千年リング。
(かえしてよ)
 それはボクのものだ。
 例えもうバクラがいなくなっても、手放した後だとしても、千年リングはボクのものだ。ボクは最後の所有者だ。
 そんな風に強く訴えるだけの意識の力が、自分に残っていたことに驚きだった。
 ひょっとしたらボクは思っていたよりもバクラに執着していたのかもしれない。誰かの首にリングが掛かっているのはとても不愉快に感じられた。重たくて鬱陶しくて危ないそれは、ボクだけの首にかかっていて良いものだと強く思った。
(かえして)
 手を差し出して、云った。
 人影は困ったように首を傾げた(ように見えた)。
 苛々したボクは更に手を付き出す。さっきよりもきつい口調で。
(バクラをかえして。ボクのなんだから)
 そうしたら、人影は云った。言葉じゃなく、何かテレパシーのようなものだった。

 ――そうか、かえる場所はそこか。

 何か納得したみたいな様子で頷いた、その人。
 影でも分かるくらい大股でボクに近づいてきて、ぬっと腕を伸ばしてきた。
 肩に触れられる。
 ぱちんとシャボン玉が弾けるみたいに、ボクは夢の世界からはじき出された。
 見慣れた部屋の見慣れたベッドで目を覚ました、ボク。
 その隣に立っていたのは、知らない人。
 見たことの無い褐色の肌をした外国人が、訝しがる表情でボクのことを見下ろしていた。
「助かったぜ」
 目を覚ましてすぐ、呆気にとられるボクの目の前で、その知らない人――男の人は、いかにもがさつそうな様子でにやあと笑った。
「だ、誰」
「誰って、オレ様は盗賊王サマよ」
「い――意味、わかんな、え、」
 からからに乾いた喉を抑えて、ボクは呻いた。
 すると男の人は心外そうな顔付きになって肩を竦めた――バクラに良く似た、やり方で。
「てめえんとこにかえれって、云ったのはソッチだぜ」
 そんなこと、云った覚えは欠片もない。
 一体何が起きたのか、さっぱり理解不能だった。不審者が侵入してきた? 見るからに外国人で、服装もおかしい。あちこちじゃらじゃら金色のアクセサリーをぶらさげていて、真っ赤なコートにぼろぼろの腰巻みたいなのを巻いている。その上土足で、何だか臭い。砂っぽいにおいがする。
(警察、)
 を、呼ぼうとしたボクの耳に、不意に鋭い音が突き刺さった。
 開けっ放しになっていた窓の向こうからのクラクションだ。下の道路を通ったトラックのものだろう。朝から迷惑なことだけれど、そう珍しくもない。
 なのにその男の人は派手に身を竦ませて、何故かベッドより低い位置に身体を伏せた。表情は――警戒、だろうか。
 わけがわからず黙るボクを、男の人は下から強く睨み付けてくる。
 紫色の瞳に、頬を縦に割る深い傷跡。
 鋭い視線は、憎たらしいあいつと同じ――

「で、てめえは誰で、ここは一体何処なんだ?」

 



ある朝のボクとバクラの話

 

 よく知った夢を見たような気がする――
 眠たい目を擦りつつ、了は頭のてっぺんまでくるまった毛布の中で小さく欠伸をした。
 毛布と枕の隙間から、陽光が差し込んでくる。窓を隔てて聞こえるクラクション。 
(ああそうか、これが原因か)
 と、了はうとうとしたまま納得した。
 思い出していたのはバクラのこと。
 憎くてたまらない、同じ顔をした彼のことではない。彼と入れ替わりに現れたもう一人のバクラが初めてここに現れた時のことだ。
 不審者丸出しでコスプレまがいの恰好をした彼を目前に、自分は大層怯えたものだと了は思う。仕方がない、こちらは無防備で非力な女子高生である。一人暮らしのマンションに突如現れた大男に怯えないわけがない。そういう時、ドラマや漫画では物を投げつけたり悲鳴を上げたり、あろうことか暴れたりするものだが――実際この身に起きてみれば、悲鳴ひとつ上げられずに硬直するのがやっとである。彼が本当に不審者だったら、きっと恐ろしい目に遭っていたに違いない。
 了がやっと口を利けるようになった後、とっくりと時間をかけて状況を整理したことも、今となっては笑い話だ。苦笑交じりに回想できる思い出になっている。
 あの時は、そうだ、言葉とはなんとややこしいのかと頭を抱えたのだった。
 夢の中で千年リングを下げていた人影は、盗賊王と名乗ったバクラだった。
 そんな彼に了は「かえして」と云った。
 バクラをかえして。ボクのなんだから、と。
 人影の名前もバクラだった。
 彼は帰る場所がなく、どこへ行ったらいいのかもわからずに長いこと呆然としていたのだという。
 そんな時に、「かえして」と云われた。
 返す。
 帰す。
 音を同じくした異なる言葉を重ねて理解、いやさ誤解した彼は、云われるがままにそこへ「帰った」。
 了の元へ。
 千年リングには不可思議な力が宿っている。了自身よく理解していたが、まさかこのような事態を引き起こすとは思っていなかった。自分の言葉が得体のしれないヒトではないもの――しかし明らかにヒトの形をしたモノを呼び出し、具現化させたることができるなどと誰が思うだろう。しかもそれが、消えた『バクラ』と同じ名前で、よく似た顔で笑い、良く似た声で喋るのだから。
 了自身に魔力めいた力などない。ならば最後の所有者であるその立場が影響したのか、それとも遠くエジプトの地の底で眠るあのリングと了に微かながらも繋がりが残っているのか、それは定かではない――などと理路整然と思考するだけの余裕が、当時の了には皆無だった。
 遂に頭がおかしくなったのか。それともこれもまだ夢か。逃避しようとする了から半ば無理やり情報を引き出すバクラは問うばかりで彼自体の情報を了に寄越そうとしない。ただ腰の後ろに手を回したままの姿勢――ナイフの柄を握っていたのだと、後々になってから知った――を崩さず、唇に酷薄な笑みを浮かべながら全方向に対して警戒していた。そうしておいて、云われるままに了が答えても、何ひとつまともに理解できていない様子だった。
 言語が通じることが不思議であるくらい、違う認識と世界観。彼は現代の文化を理解しておらず、外で鳴り響いたクラクションを獣の鳴き声と勘違いした。窓硝子に気が付かず外に通じていると錯覚し激突、部屋の照明を見上げてあの炎は消えないのかなどと云う。
 こんな状況、とてもじゃないが警察になんて相談できない。その上で信じてくれそうな友人は限られていた。かの戦いでしこりを残していても友は友、了はすぐさま遊戯へと連絡を取った。ただの相談なら本田や御伽の方がずっと話しやすかったが、こういった出来事は同じ元所有者の方が通じやすい。
 そして了は、現状の端を掴んだ。
 了だけが爪弾きにされた最後の戦いを知る遊戯は、褐色の肌をしたバクラという人物について、了に語って聞かせた。彼がかつてヒトだった頃の『バクラ』であるということ。その最期。古代エジプト。記憶の世界――
 受話器を置いた時、了は話の大半も理解できていなかった。
 荒唐無稽にも程がある。いくら自分が不思議なものやおとぎ話めいたものを好いていても、現実と幻想の境界は見えている。その向こう側で起きたことを、耳で聞いただけで納得しろという方が難しい。千年リングの所有者でなければ、はなから信じることも無かっただろう。
 だから、脳に刻むのはたった二つの事柄だけだ。
 彼がバクラだということ。
 そして、自分の知る『バクラ』ではない、ということ――
(そう、あいつじゃないんだ)
 同一にして、他人。
 二律背反を抱えたまま、それでも了はバクラと共に生活している。
 帰るところがない彼を引き寄せてしまったのは、言葉の誤解があったにせよ、きっと、己の寂しさが切欠だったのだから。
(それに)
 毛布の中で二度寝の心地よさを感じながら、了は思う。
(一緒に居て楽しいし、ね――)
「おいリョウ、シチジだ」
 このまま微睡に身を任せたいところへ、頭にぽかんと軽くない衝撃が走った。毛布越しでも痛い。多分、いや確実にバクラの拳骨である。
「てめえが起こせっつったんだぜ」
「起きるよー……」
 とろとろ心地よい眠りの縁から、首根っこを掴まれて引きずり出された気分だった。ああ無視して寝てしまいたい。そうもいかない。これも二律背反である。
 追撃の拳骨を食らうのは御免だ。白い毛布の蓑虫となった了はしばし足掻いてから、諦めてにゅっと頭を出した。
 バクラは窓からの太陽光を遮る形で、ベッドの脇に立っていた。
 了の両手に収まるサイズの目覚まし時計は、彼の手の中にあるとやけに小さく見える。空色のボディにクリーム色の文字盤。針はぴったり午前七時を指していた。
 まだぼうっとしている了に、バクラは得意げな顔をして盤を指す。
「短ぇ針がぴったりこの位置にきたら、シチジなんだろ?」
 そう云われて思い出す。
 バクラと了では時間の呼び方が違う為、時計の針の位置で覚えさせたのだった。そのテストとして、了は昨晩、明日は七時になったら起こすようにとお願いしたのである。
「そうだよー…… ちゃんと覚えたねーえらいえらいー……」
 適当に頭を撫でてやろうと、了は半ば目を閉じた状態で手を伸ばした。あっちこっちに跳ねる硬くて白い髪、に触れるはずが、がしり。手首をがっちり捕まえられる。
 紫の目はいつの間にか、了の目前にまで迫っていた。
「そんなご褒美じゃ満足できねえよ」
 云って、厚めの唇を舌なめずり。
 言葉の裏側を理解して、しかし了はぷいとそっぽを向いた。
「……駄目」
「ンだよ、いいじゃねえか。いつまでお預けするつもりだ?」
「わかんない。でも駄目。やらしいことは、しない」
 そう、しない――のだった。
 同居生活をしてからというもの、基本的な倫理観がずれているバクラはしばしば、了と性的な関係を求めてくる。そこに愛情恋情が発生しているかは関係なく、単に了が女だからという理由からそうしているらしい。本人いわく、目の前に別嬪がいて手を出さない方がどうかしている、とのことだ。
 それに応じても良かった。
 人肌が去って久しい。寂しい。誰かと触れ合う心地よさを、身体は貪欲に欲している。しかも相手は、姿かたちは違うとはいえ、自分に肉欲を教えた男と同一人物なのだから。
 しかし、それでも。
 違うのだと、了のどこかが拒んでいる。
 恐らく、きっと、魂と呼べるものは同じなのだろう。しかし了の知っている『バクラ』と目の前にいるバクラには、違う箇所がいくつもある。その相違がずれを生んで、二人が完璧に重なることを阻害する。
 或いは、三千年前の彼を知っていたら。
 あの日、最後の戦いで、彼と出会っていたら。
 パズルのピースは完全に一致し、彼を彼だと思えたのかもしれない。
 いずれにせよそんなことは不可能だ。ならばやはり了にとって、バクラは『バクラ』とは違う存在ということになる。何と呼べばいいかと問われた時、宿主、ではなく名前で呼ばせたのは、その相違にきちんと線を引いておきたかったからである。
 たまに、あの慣れた声で呼ばれたくなる。バクラと『バクラ』の声はそっくり、否、同じものだ。だから寂しく感じることもある。寂しがり屋の弱い心はもういいじゃないか、彼を『バクラ』にしてしまおうよと唆してくる。
 それでもやっぱり、違うのだ。
 ぎゅっと締まる胸を抑え、了はかつて、『バクラ』に囁かれた意地の悪い揶揄を思う。
 ――お前は傍に居てくれる奴なら誰だっていいんだろ?
 そのとおりだと了は思っていたけれど、あの夢での邂逅以来、考えを改めた。
 誰でも良くなかった。『バクラ』じゃないと駄目だった。
 皮肉なことだ。居なくなってから気が付くだなんて。
「ま、いいけどよ」
 と、呆気なく身を引くバクラは了の内心など知らない。手首を掴んでいた手をひらひらとさせて、軽薄に笑う。
「オレ様に惚れてねえ女を抱くなんざ、つまんねえからな」
「じゃあ一生、ボクに手は出せないね」
「なぁに、いずれ惚れるさ。オレ様の傍に居て骨抜きにならねえ女なんざこの世にいねえよ。てめえもすぐに」
「すぐに?」
「滅茶苦茶にしてくれって、股濡らして縋るようになんぜ?」
 ひゃはははと笑う声は、よく似ていて、ほんの少しだけ違かった。声質は全く同じ。微細な癖の違いだけが辛うじて線を引く。
 相違に安堵し、落胆する。もどかしかった。
 憂いを悟られないように了は俯く。下品な冗談に気分を悪くしたように見えるはずだ。それでいい。今はそういうことにしておきたい。
 『バクラ』のことをバクラに話さないまま一週間が過ぎている。それどころか、彼が過去の人間であることすら説明していない。上手く説明できる自信もないし、それに、それに――
(それに)
 いつかの夢のそれのように先の言葉を飲み込んで、了は勢いよく毛布を跳ね上げた。
「よし、せっかく早起きしたんだし今日はお布団干そう! 手伝ってね!」
 わざと出した大声に、バクラははいよと軽い返事を返した。

 秘密のまま、有耶無耶なまま、二人は箱庭で生きている。
 知らないままいられるなら、このままで構わない。十分楽しいし、それなりに幸せだ。
 どこか妙なイントネーションで「リョウ」と呼ばれるのも悪くない――
 強がりなのかもしれない。けれどそれは紛うことなき了の本音だった。