【同人再録】601号室の亡霊-3

或る夜、無知であった頃の一幕。

 

 

 片眉を上げて瞳を眇める。
 それはかなり面倒くさい気分になっている時に出てくるバクラの癖である。
 そんな些細なことに獏良がこっそりと気が付く程度に、二人は顔を近づけるようになっていた。
 これは――あやふやな関係になりたての二人が、心の部屋という名の秘密基地で夜な夜な不純な遊びに耽っていた夜の話だ。

 

『口裂け女ァ?』
「そう。お前もそういうおばけと一緒なのかなって話だよ」
 口がこんなに裂けてるやつ。
 と、獏良は二本の人差し指で、バクラの唇の両端をぐいっとつり上げさせた。
 バクラはいかにもうっとうしいといった風情でその手を払い、返す指で獏良の手首を掴んだ。続いて軽く捻り上げてバランスを崩させ、闇色をした褥――心の部屋では寝そべった場所がすべて交わるための寝台である――に無理やり沈めた。うつ伏せに倒れた獏良の上へ、無駄のない動きで被さって動きを止める。互いに裸で、触れ合う胸は薄く汗をかいていた。
「この状況でどんな無駄話をなさるおつもりだ、てめえは」
 全く情緒がなさすぎる。バクラの鋭い歯列が、バクラの耳の上方をがぶりと噛んだ。獏良がきゃらきゃらと笑い、痛いよと満更でもなさそうに訴える。ので、さらに力を込めて歯形を付けるバクラだ。
「痛い、いたいよ、わるかったよ、悪くないけど」
「どっちだよ」
「ええと、やらしいことしてる最中に、別の話しちゃってゴメンナサイ?」
「心が籠ってねえ。身体で払え」
「前払いしてるじゃないか」
「さっきの一発はてめえの代わりに家事やってたった分だろうが」
 お互いに、これではまるで恋人同士のやりとりではないかと気付かないほど愚かではない。
 バクラは獏良が望むからそうして甘くじゃれる演技をし。
 獏良はバクラがそうとわかってしている演技に、気が付かない振りをする。
 かりそめでも構わない、最後まで貫き通す嘘は真実と大差ない。バクラならきっと上手に嘘をつくだろう――獏良は唯一の存在として、この悪魔のような男に依存している自分にひどく自覚的であった。
 ここにいて大事にしてくれさえすれば、身体くらいいくらでも貸す心持ちで居た。ただ、成そうとしている悪事のことだけは、考えないことにしていた。
 獏良はバクラを信じ切れていないまま、心も身体も許す。
 何かを差し出さないと、手に入れられないものがあることを知ったからだ。
 ――彼のことを知りたいと。
 理解したいと、おぼろげに願うようになった。
 その存在の意味を、理由を。
 何故悪事に手を染め、獏良の友人にしつこく牙を向けるのか。
 何を思い、想い、そして、望んでいるのか。
 それらを知るには、懐へ踏み込まねばならない。懐に踏み込むには、まず己がすべてを晒さねば。
 バクラという男の内側を覗く為に、獏良は、すべての扉を開き受け入れることを選んだのだった。
 故の性交であり、質問であった。
「だって、何回聞いてもはぐらかすじゃないか」
 背後にのしかかり、耳朶を食むバクラに対して獏良は不機嫌に頬を膨らませた。
「幽霊なのかお化けなのか妖怪なのか、それとも宇宙人とか。
 お前が説明してくれないから、ボクは答えやすいようにいろいろ質問するんだよ」
「説明する必要がねえからしねえんだよ」
「ボクは説明してほしいって思ってるんですけど」
「てめえのオネガイをいちいち聞いてたらきりがねえ」
 がぷ。
 髪の房まで巻き込んで噛む、バクラは取りつく島もない。
 そのくせ、きれいについた歯形を舌の先でいやらしく撫で上げるのだから抜け目がない――獏良は小さく呻き、流されまいと唇を噛んだ。
「で、どうなの? 口裂け女とか赤マントとか、そういうおばけさんってお前のお友達だったりする?」
 快感の一歩手前の痛みに抗った獏良を見、バクラはこれは相手をしないと厄介そうだと踏んだらしい。溜息をつき、しぶしぶ口を開いた。
「オバケだとか言うけどよ、ありゃあてめえの言う化けモンとは違ぇだろ。思念の集合体って奴だ」
「うわ、なんかわけわかんないこと言い始めたよ」
「茶化すならクチにブチ込んで黙らせんぞ」
「ごめんなさーい」
 下品な脅しに獏良は笑い、ようやく何かを語りだしたバクラに心のこもっていない謝罪をした。とりあえず許したバクラは、仕方なく口を開く。
「都市伝説ってのは、非実在が実在になった概念の形なんだよ」
 顔を見合わせて話すつもりはないのか、バクラは獏良の上に乗ったまま、肩口に顎を置いて喋りはじめた。
「さっき言ってた口裂け女、どんなもんだか言ってみな」
「髪の長い女の人で、大きなマスクしてて、トレンチコート着てて、学校帰りの子供に「わたしきれい?」って聞いてくるんだよね。で、はいって言うと、マスクを外して「これでもかあああ!」って、耳まで裂けた口を見せる。いいえって言ったら、刃物で殺されちゃう。
 小学校の頃クラスメイトが見たって噂があってさ。ボクも見たくて探したけど、ダメだった」
「見たこともねえのに、宿主サマは口裂け女のことをよくご存じじゃねえか」
「だって有名じゃないか。誰だって知ってるんじゃない?」
「それが思念の集合体ってことだ」
 はあ、と、面倒くさそうにバクラは溜息をついた。獏良には見えていないが、また片眉が上がり目が眇められている。
「誰でも知ってるのは何故だとか、考えたことねえのかよ。学校で教わる訳でも一般常識でもねえ、なのに箸の使い方みてえに誰でも知ってる」
「漫画とかゲームとかのせいじゃない? ボクも小さい頃読んでたし」
「それにしたって、てめえらの中の『口裂け女』のイメージが誰彼かまわず一致しすぎちゃいねえか?
 何故一致するか――まあオカルト漫画だとか、ゲームだとか、そういうモンの影響もあるが、つまりそいつは、一つの存在として情報が纏まった後から始まったってことだ」
「始まった?」
 首を傾げた獏良のこめかみに、こつんとバクラの頭がぶつかる。
「現実に生まれるようになったって意味だ」
「……えー?」
 にわかに信じがたい話に、獏良は胡乱なうなり声を上げた。
「それはさすがに無理があるんじゃないかな…… 実際見たとかいう人がいて、それから噂が広まっていくんだよ? 噂から生まれるんじゃ、順番が逆じゃないか」
「卵が先か鶏が先かって議論がしてえのか?」
「違うよ。ただ納得できないから質問しただけ」
「ならご説明してやるよ、オレ様は宿主サマには甘いからな」
 本気にはとても聞こえない言葉を吐いたバクラは、ここでぐっと顔を寄せた。
 獏良とバクラの頬が擦れ合い、同じ色をした髪が交じり合う。まるでひとつの存在になったかのようにぴったりと重なり、バクラは言葉を続けた。
「最初に口裂け女を見たって証言自体、無条件に信じるところからまずおかしいじゃねえか。本当に口が耳まで裂けてたのか、刃物で襲いかかってきたのか、誰が証明できる?」
「そりゃあ、そうだけど……」
「多分、一番初めの『口裂け女』は、妖怪でも幽霊でもなかった。ちっとばかり個性的な外見の人間だっただけだろ。そいつを面白おかしく怪談じみた内容で広めた馬鹿が居た。恐怖心の伝播ってのは人間様が思っているよりずっと早ぇ――口伝で、文章で、経由していく間にあれこれ要素が足されていく。こうなったらおもしれえだとか怖えだとか、そんな理由でな。
 そうやって広まっていく中で、イメージが固定される。てめえの知ってる『口裂け女』は、そうやって生まれたモンだ。
 大量の人間の思念が固まって一つの形になったモノ。だから思念の集合体さ」
 喋ること自体がいよいよ面倒極まりなくなってきたらしい、バクラは強引に説明を締めくくり、がくんと頭を落とした。
「もういいだろ。いい加減続きしようぜ、宿主」
 しかし、獏良はいまいち納得していなかった。
 きれいな形の眉をぎゅっと寄せ、いかにも不満といった表情でもって頭を振る。わかんない、と呟いて。
「じゃあ実際にはいないってこと? 都市伝説はただの噂だって言いたいの?」
「ああもうそれでいい。噂ウワサ。」
「流そうとしてもダメだよ。さっき言ったじゃないか、現実に生まれたとか、非実在から実在に成り代わったとかなんとか。それなら実在してるんでしょ? 口裂け女は本当にいるんでしょ?」
 まるで子供が親に不思議の解明をねだるように、獏良はしつこく食い下がった。何故だがこのことはきちんと理解しておかねばならないと思ったのだ。
 バクラをおしのけ、獏良は寝そべるのをやめて起き上がる。寒さを感じない心の部屋の真ん中で、裸のまま向かい合って座る。
「ちゃんとすっきりさせてよ。もやもやするじゃないか」
「なら、オレ様のこともスッキリさせてくれんのか?」
「全部説明してくれるならクチでもどこでも好きにしていいよ」
「は、そいつは大盤振る舞いだ」
 これで俄然やる気が出る――のだったら、もっと二人の関係も単純だっただろう。皮肉を言うバクラは全く乗り気ではない。もういっそ有耶無耶にしてさっさと眠らせてしまおうか。そんなことを考えていそうな表情だ。
 だが、獏良の顔はあまりにも真剣すぎた。これは放置すべきではないと判断したのだろう、バクラは仕方なく胡坐を組み直し、大きなため息と共に、続きを語り始めた。
「現実ってのがどこを基準にしてるかって、てめえの日常の中って意味だろ?」
「そりゃそうだよ」
「なら、ここは現実じゃねえのか」
 ここ――と、バクラは広がる闇を指差した。
「てめえの心の部屋は、現実か?」
 その問いかけに、獏良は即答できなかった。
 一般的な視点から見たら、現実とかけ離れた超越空間であることは間違いない。自分の心の中に意識を持って入り込んでいるなんて、ふつうならあり得ないことだ。
「『あり得ないこと』を非現実とするなら、てめえの存在も非現実的ってことになる」
 思考をまるで見たもののように見透かすバクラの笑みは、闇の世界ではまるで月のようによく目立つ。細めた瞳と薄く開いた唇は三つの三日月となって、獏良をじっと見据えていた。
 獏良は何か言おうと口を開き、ボクは、とだけ呟いた。
 その先が出てこないことを、たっぷり時間をかけて確認したバクラは、ようやくいつもの意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
「実在と非実在の差も同じだ。てめえの立ち位置でひっくり返る。あやふやなモンを基準にするから、ややこしいことになるんだぜ?」
「でもボクは人間だもの。お前みたいには考えられない」
「そうさ、オレ様はヒトじゃねえ。そのヒトじゃねえモノとセックスして気持ちよくなってるお前が本当に百パーセント人間なのかも、実のところ怪しいモンだよなァ」
「……不安にさせて、話題をすり替えようとしてるね」
「いや、ちゃあんと繋がってるぜ。安心しな」
 それに、もうすぐオチがつく。
 バクラは喋りすぎで乾いた唇を舐め、獏良の髪をさらりと弄んだ。
「あやふやな境界線なんて簡単に越えられる。想像力でな」
「想像力……?」
 首をかしげた獏良に、バクラの顔が迫る。蛇のような舌先が再び、上唇をひとつ、舐めた。
「恐怖の伝播で感染したカタマリ。だが、その情報に三次元の形は無え。そんなただの思念の集合体を、実際の目で見ちまう奴がいる。
 想像力が、非実在を実在にするのさ。境界線を越えて形のないものを自分の側に引っ張り込んでんのは、何て事はねえ、てめえ自身の所為なんだよ」
「何だよそれ、結局ただの妄想じゃないか」
「区別がつくのか? そいつが本当にいるのかいないのかなんざ主観で決まるぜ。
 例えばだ、オレ様が存在しないモンだ、夢だ幽霊だ妄想だって誰かに言われたとして、てめえはそれを信じるか?」
「そんな訳ない、バクラはここにいる!」
「そら、存在した」
 にやり、と笑う表情は、まるでチェシャ猫のようだった。
 ぐっと顎を引き反論できない獏良を、バクラはさも愉快そうに眺めた。意地の悪い男は論破の快感もまた好物らしい。ぐうの音もでない己が宿主に、勝ち誇った様子で肩をすくめて見せる。
「口裂け女を自分の認識してる世界で生み出しちまった奴にとっては、そいつは間違いなく存在してる。プラシーボ、幻覚、妄想、名前はどうだっていい。結局最後の決め手になるのは、てめえ自身が見たと感じたかどうかってだけなんだよ」
 ご納得いただければ幸いだ。
 と、最後に締め、バクラは獏良の身体をとん、と押して倒した。
 面倒な問答はもうおしまいにしたい。意図をからめた指先を駆使し、バクラは獏良を黙らせる方向に導く為に動き始めた。闇の上に散らばった白い髪は葉脈のように繊細に流れ、被さるバクラの髪もまた、獏良の肩に、額に毛先を落とす。
 マウントを取られた獏良は、抗わなかった。
 代わりにどこか泣き出しそうな表情で、バクラの首に両腕をかけた。
「……バクラは」
「あァ?」
「バクラも、そういうものなの?」
 すっきりしたら続きをしてもいい。
 そういう約束だったけれど、獏良はまだすっきりしていなかった。行為に抵抗はしないが瞳を合わせない様子に、バクラは小さく不機嫌な息を吐く。
「まだご満足頂けねえか」
「だって」
「あァ、わかったわかった、続きを話したけりゃあ好きにしやがれ。その代り、コッチも勝手に進めさせて頂くぜ」
 縋ってくる両手をそのままに、バクラは唇と舌で肌への愛撫を始めた。身体の方はひどく正直で、汗で冷えていたはずの冷たい四肢には熱がすぐに灯ってゆく。
 首筋を甘く食まれた獏良は、うっとりと閉じてしまいそうになる瞳を堪え開いたまま、胡乱な声で問いかけた。
「バクラも口裂け女みたいに、ボクがいるって思っているから、ここにいるのかな……」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。オレ様の存在を認識してる奴は他にもいるじゃねえか。王サマがた、宿主の大切なオトモダチがよ」
「じゃあ、みんなもだよ。皆もバクラがいるって思ってるから」
 舌の先が首筋から頤へと滑ってゆく。不穏に這う掌は蜘蛛の動きで胸を這い、敏感な箇所を掠めて、下肢へ。
「もしボクら全員、お前なんかいないって思ったら――んッ」
 かり、と、爪の先で乳首の先を引っかかれ、獏良は息を飲む。
 言葉を遮ったバクラは、不機嫌と皮肉を合わせた声音でもって、愛撫と会話を続けて見せた。
「このオレ様を都市伝説扱いするとは、いい度胸してやがる」
 快感と不安、二つ分の重みに耐えかね、獏良は縋る手を解き両腕で顔を覆った。交差させた細い腕の下、唇は小さく震えている。
 ちらりとそれを伺い、バクラは見なかったことにしたいのか、瞳を薄く伏せて愛撫の方を優先した。
「ちゃんと否定して。そんなのじゃないって」
 乞う声に偽りはない。
 嘘をつけない心の部屋で、獏良の不安は世界に影響を与えた。熱くも冷たくもない四方の闇がぬかるみのように粘度を増し、二人の身体はとぷん、と浅く沈み込む。
 こういった変化に既に慣れているバクラは、軽く眉を持ちあげただけで動じなかった。このまま沈んでも浮いても、やることは何も変わりはしない。
 素振りばかりは優しい指で、バクラは浸されてゆく白い髪を撫ぜる。
「お綺麗な言葉ならいくらだってくれてやるよ。
 『オレ様はちゃんと存在してる。だからそんなこと考える必要はねえよ』ってな。どうだ、安心したか?」
「……しない」
「そうだろうな」
 とぷん、とぷん。
 闇はぬかるみから水へ変わった。生ぬるい人肌の海へ沈んでゆく身体はもつれて、会話をしているのか、交わっているのか、ただ呑まれていくのかわからなくなる。
 肌を殆ど沈めた中、獏良の顎がひくん、と持ち上がった。埋まった闇の中で、バクラの手が、腰を掴んで引き寄せたからだ。
「結局てめえは、てめえの脳みそに自信がねえんだ」
「そう、かも」
「不安が嫌なら、もう忘れちまえ。自前の脳よりオレ様を信じりゃあいい――大体、たらればを話し出したらキリがねえ。何にせよ机上の空論だ」
 バクラが獏良の交差させた腕を掴み、解く。
 花弁を剥くように曝け出させた先にあった、獏良の瞳はまだ落ち着きのない鈍い青色をしていた。
「ここは不安になる為の場所じゃねえだろ」
 気持ちよくなるための場所だ。
 左右の瞼に一つずつ、残酷に甘い口づけを落とす手管はバクラのお得意の技だ。閉ざした世界は微睡に似た安心感を生み、神経質に寄せられた眉間の皺も緩んでゆく。
 そのまま体重をかけて、旋毛の天辺まで、二人は闇に沈んだ。
「きもち、い」
 不安の海がじわりじわり、官能の味に変わっていくのを獏良は感じていた。
 バクラの言うとおりにすれば楽になれることを、身体は、心は、理解している。海原に小舟を流すくらいの気軽さで意識を手放せば、あとはバクラが一番心地よい場所まで導いてくれる。
 ――けれど、最後にひとつだけ。
 獏良は瞼を深く閉じたまま、もしも、と、バクラに囁いた。
「もし、ボクの不安が本当だったとしても、ボクはずっとお前の存在を信じてるから」
 それは、自分自身を安心させる為の言葉だったのだけれど。
 バクラにはどう聞こえたのか、獏良には察することさえできなかった。ただ無言のまま、下肢にずくんと響く痛みを与えられ、ああいつの間に貫かれていたんだろうと思うのが精一杯だ。
「そうしたら、お前はいなくならないよね」
 掠れた声は懇願に似ていた。 
「……そうかもな」
 曖昧な声で、バクラは答えた。
 そんな言葉でも、獏良にとっては安堵の鍵だった。バクラの肯定に、身体中の力が抜けてゆく。
 天地もなければ底もない、心の部屋を満たした海に沈みながら、交わる快楽は理性を奪う。こうなってしまえばもう、ただ意味のない母音と精を吐くだけだ。
 しんじてるから。
「――信じてる、か」
 ふ、と笑ったバクラの声を、聞きつけられるだけの余裕は最早水面の向こう側だ。
 聞こえていないとわかっているからこそ、バクラは笑った。嫌味で皮肉で、どこか自嘲的な様子の――
「まるで呪詛じゃねえか」
 誰も聞き取れない。
 密やかな独白は、唇の中で籠って放たれず仕舞いに消えていく。その行く先を見透かすように、バクラはこことは違う、どこか別の何かをじっと見つめていた。