【同人再録】ラプンツェルは蜜髪を垂らす-1


発行: 2014/04/20
「花」と「髪」と「嘘」にまつわるバクラと獏良の最終回に至るまでの小話。雰囲気的には切なく甘く最終的にはハッピーエンドになります。バクラが髪の毛好きな若干変態さんでもよければよろしくお願いします!


白絹問答

 

「バクラはさ、ボクのどこが好きなの?」
  ――という問いに対して。
「自惚れてんじゃねえよ」
 が、返ってきた答えだった。
 何故そんなことを問いかけたのだったか、それすらもあやふやな記憶だ。確実な時系列と季節は珈琲に落としたミルクのように混ざり合って、「いつ」と「どこ」という最初の形を無くしている。
 それなのに、半透明に透けるバクラの身体越しに見えた観葉植物の緑色や、窓から斜めに差し込んだ光ときらきら光る埃、手にしていたマグカップの暖かさ。そんなどうでも良いことばかりを覚えていた。
 くるくると回る、曖昧な記憶の幻灯機。
 こちらへ目をやるバクラの、その細い横顔だけがくっきりとしている。
 意地悪く唇を歪め、瞳を眇め、それは見慣れた表情だった。
「誰がてめえを好きだって?」
「お前がボクを、だよ」
 マグカップの温度が手のひらから消えていた。きっとどこかに置いたのだろうと獏良は思う。
 ボクは笑っただろうか。
 確か、そうだった。
「素直じゃないな、バクラは」
「ニヤニヤしてんじゃねえよ、だらしねえな」
「そっちこそ、そんな顔じゃ説得力がないよ」
「根拠もねえ言いがかりをつけられた不愉快な面をしてるつもりなんだがな、脳内お花畑の宿主サマにはそのように見えていらっしゃらないご様子で」
「ボクには『図星が恥ずかしくてまともにこっち見られない!』っていう顔に見えるよ」
「ハイハイソウデスカ」
 おざなりに手を振るバクラの瞳は、既に獏良を見ては居なかった。手振りはぞんざいだったけれど、彼にしてみれば随分と緩い、有体に言えば機嫌のいい対応だった。
 辺りは気持ちの良い程度にまぶしくて、暖かい。
 この先もう一生訪れないのではないか、そう感じてしまうほど、穏やかな時間だった。
 沈黙さえティースプーン一杯分の甘さを含む柔らかな空間――それを密やかに潜って、獏良は再び唇を開いた。
「じゃあ嫌いってはっきり言いなよ。一回も聞いたことないんだから、ボクのお花畑な頭じゃ誤解しちゃうよ」
「誤解も曲解も好きにしやがれ」
「そうやって不安にさせて、ボクを依存させたいなら、たまに飴をあげることをお勧めします」
 獏良は構って欲しかったのだ。
 何が不安だったのだろう。何か、不満だったのだろう。
 今この瞬間の居心地が良すぎて、未来が恐ろしくなってしまったのかもしれない。一寸先は闇、どころではない。バクラに手を引かれて連れてゆかれる先はいつだって底抜けの奈落だ。そうと分かって付いて行く為に、一歩を踏み出すきっかけを、獏良は欲しいと願っていた。
 だから、何か。
 身体と魂全てをバクラに投げ打っている。代わりに、バクラから獏良へ、何かひとつでもいい、執着を。
(うそでもいいから)
 ――とは、口に出さなかったけれど。
 透明に透ける腕に手を伸ばし、触れられない癖に触れようとする獏良をどう思ったか。溜息の後、バクラはひどく面倒臭そうに、眇めたままの目で獏良のつむじから爪先までを一往復眺め、
 そうして、
「……髪」
 と、一言だけ、呟いた。
「かみ? 髪の毛?」
「うるせえ、何も言ってねえ」
「いいや言ったね。そっかあ、ふーん、髪かあ、バクラは髪フェチの人だったのかあ」
「だから言ってねえっつってんだろ」
 自分の言葉を否定したバクラは、不機嫌そうにそっぽを向いた。付き合いきれない様子で何処かへ消えてゆこうとする後ろ姿を、獏良は待って待ってと声を荒げて止める。
 この時も笑っていたのだ。ずっと笑っていた。
 嬉しいのと、不安を押し隠す為に。
 現世では抱きしめることが出来ない身体に縋って、感触も匂いもない肌に、それでも確かに額を押し当てた。ないはずの体温を妄想して、感じた温度はぬるかった。自分の平熱と同じ三五・七度だった。
 離せよ、と、バクラは言った。
 離すも何も、はじめらから触れてもいないのに。
 その気になればするりとすり抜けて、遠ざかることが出来るのに。
 出来るのに、しない。バクラもこの瞬間の、甘ぬるい空気を尊いと感じていたのだろうか。そうだったら嬉しいと獏良は思った。
 瞬きの一瞬を引き延ばした、間延びした束の間の平穏。ならば今しか出来ない話がしたい。
 共犯ではなく、宿主ではなく。
 何でもない二人として。
「……それならさ、バクラが髪の毛、手入れしてよ。切るのも洗うのも面倒なんだ」
「は、御免だぜ。てめえの身体だろうがよ」
「バクラが使ってる時はバクラの身体だよ。
 ――それと、逆のことも教えて欲しい」
 嫌いなところを教えてよと、獏良はねだった。
 またしても訪れる沈黙。
 今回の静寂に甘さはなかった。怪訝に思った獏良の瞳の中で、白と青のボーダーシャツが揺れる。背景のない世界でバクラはくつくつと笑っていた。
 不意に、薄布のカーテンを閉めた時と同じ、辺りがほんの少しだけ暗くなった。同時に肌を包んでいた心地よい温度が人肌より冷たく変わり、気配が変わったことを知る。
 スイッチが切り替わる音を、遠く聞いた。
 今とさっきはこんなにも遠い。
 ここはもう陽だまりではない。
 振り向かないと思っていたバクラは、予想に反して獏良に向き直った。首だけでなく身体ごと、引き込むように、手を伸ばして。
「嫌いなところなんかねえよ、大事な宿主サマ」
(ああ――嘘だ)
 こんな風に振り向いて欲しくなかった。すとんと落ちる静かな落胆と共に、緩い時間の終わりを告げる鐘が響く。
 掴めないはずの手で手首を捕えられ、引きずり込まれるのは闇の中だ。とぷん、と沈む。水面がはるか頭上へと遠ざかる。
 現世ではない、バクラの領域へ。
 ここから先には嘘しかない。嫌いなところなんかないという嘘。大事だという嘘。そしてこれからどっぷりと与えられる甘さも快感も、全て嘘だ。都合の悪いことを隠すために、バクラはこうして唐突に、嘘の海へと獏良を誘う。
 獏良はうそつきを好きになった。
 本当は、好きと表現してよいのか分からない。無理やり常識と辞書に当てはめるのなら、多分それだと思う感情。バクラは依存だと言うけれど、獏良にとっては恋情だった。
 うそつきを愛しても嘘は愛せない。バクラの嘘はべたべたと甘く、上白糖をまぶしたショッキングピンクの飴玉のようでたちが悪い。舐めていると胸やけがして吐きそうになる。だけれど舌は頭の悪い甘さを欲しがるのだから、もう抜け出すことはできないのだろう。
「ボクは嫌いなとこ、たくさんあるよ」
 溺れていく水の中で、泡と一緒に吐き出すせめてもの悪態。バクラは意にも介さず悪魔の顔で笑った。
「そいつは悲しいな、オレ様はひとッつもねえってのに」
「よく言えるよね、そういうこと」
「嫌いなところばかりで、オレ様ごと嫌いになったか?」
 分かりきった答えをわざと求めるところも、嫌いだ。
 ここは最早現世ではない。自由に触れ、触れられることのできる境目のない世界で、獏良は先ほどと同じようにバクラの身体に――胸に額をこすりつけた。
 肌は、身体は、接触を喜んでいた。心だけが不満を訴えていた。触れられなかったあの時の方がよほど近くに感じられていたのに、と。
「教えろよ、嫌いな所っての」
 悪魔は嗤う。唇を薄い舌先で舐めて。
 砂糖滓を舐めとる動きに意識が揺らぐ。わけもなく泣きそうになる獏良もまた、舌を差し出していた。
 こねくり回されて与えられる即物的な快感。飲まれまいと抗うことも億劫だ。無駄なことだから余計に。
「……ほんとに、さ」
 するん、と、バクラの掌が背中へ直に触れてくる。爪の先で撫ぜられる甘い愛撫も、べたべたに甘い。
「嫌いになれたら、いいのにね」
 苦しい中で返した答えはバクラのお気に召したらしい。くつくつくつ。癖のある笑い声が漏れ、満足げな溜息が漏れる。
 それきりで、問答は終了した。
 底のない場所へと二人はもつれながら沈んでいく。一面の黒の中で、バクラが好きだと言った白い髪が陽炎のように揺れていた。
 ――髪。
 白くて長くて豊かな、細い絹糸のような、この髪。
 あの一時が幻でもいい。けれど、一言だけ髪、と漏らした呟きは真実だったと獏良は思う。願う。
 沈みながらバクラが髪の房に指を絡める、その手指から陽だまりの匂いはしなかったけれど――そこには嘘の甘さとも違う、表現出来そうにない複雑な感情が潜んでいるように感じたから。

 


髪結いのひそかな矛盾

 

 面倒臭い――と、言っていた割に。
「言ってることが逆さまだぜ、宿主サマ」
 現世では何にも触れられない指先で、つん、とバクラは視線の先の物体をつつくふりをする。
 鼻歌交じりにシーツを取り込んでいる獏良は現在、ベランダに出ている。日が長くなったとはいえ夕方には洗濯物を取り込まないと湿気てしまう、らしい。洗い立ての真っ白なシーツの匂いに機嫌をよくしている彼はこちらの動向を欠片も気にしておらず、バクラは意味もなく部屋から部屋へ浮遊していた。
 その行き先の、廊下に放置されていた買い物袋の中身を見ての一言だった。
 歯ブラシに石鹸、生活用品を買い込んだ袋はバス用品がほとんどだ。これから洗面所等に運び込まれ、あるべき場所に配置されるのだろう。
 その中身に見慣れない物があった。
 確かテレビのCMで流れていた、髪を労わるなんちゃら。美しく輝くどうたらこうたら。
 要はヘアケア用品だ。
 普段から伸びるままに放置し、毎朝爆発させている柔らかなくせ毛。獏良は己の頭髪に特別な思い入れがないらしく、非常に雑に扱っていた。風呂から上がっても雑にブラシを通して自然乾燥という名の放置をし、邪魔な時はひっつめて結ぶくらいのおざなりだ。そんな適当な扱いでも柔らかさや艶は消えないのだから、体質的なものなのだろうとバクラは思う。
 その髪を気に入っていると、話したのはいつだったか。
 最近だったような、随分昔だったような気もする。
 記憶は定かではないが、獏良はあの時の会話をふっと思い出して、こんなものを購入したのだろう。視線を上げてみると、開け放したままになっている洗面所の扉の向こう、洗面台の脇にコードを丸めたドライヤーが置いてある。この家にそんなものがあったことがまず驚きだ。
 兎にも角にも、やっていることは明白。
(ばれてねえとか思ってんのか、あいつは)
 面倒くさいと言っていたくせに、ちぐはくなことをしている、獏良。
 その行為に面映ゆさを感じていない、と言えば嘘になった。闇に飲まれて消えてしまったと思っていた人間臭い感情が、獏良と共に生活する時間の中で復元されてゆく感覚を、バクラは既に知っている。受け入れてはいないが、仕方のないものだとある程度の許容はしていた。
 どうせ最後には捨てるものなのだから、これはままごと遊びのようなものだ。
 だから面映ゆい、くすぐったいと――髪を気に入っていると知ってから手入れを始める健気さを、悪いものではないと感じている己を、バクラは否定しなかった。
 同時にどうしようもなく、忌々しいと思う感情もまた――捨てるつもりはなかった。
 矛盾、である。
 ドライヤーとヘアケア用品を見なかったことにして、バクラはベランダでシーツを取り込んでいる獏良が見える位置へと音もなく移動した。
 夕日を浴びて、白い髪はいま、橙色に染まっている。
 灯りをつけた灯篭のような色だ。内側からほんのりと暖かい色を浮かべ、光の強弱で濃淡を変える。
 あの髪は、簡単に染まるのだ――と。
 バクラは味見をするように、眺めた。
 夕焼けを浴びればオレンジに。青いカーテンを透かせば、青に。
 いともたやすく色彩を変える、白い髪。まだ何色にも染められていない、仕立てる前の染め糸。汚れる前の赤子の色だ。
 その、白い髪が、
(黒くはならねえ、んだよなァ)
 憎しいようないとしいような、錯綜した独り言を、バクラは呟いた。
 簡単に他の色に染まる白い髪は、黒を映さない。
 心の部屋の暗闇に沈み込んだ時、却って際立つその白色に、苛立ちを感じたのはいつのことだっただろうか。
 たっぷりの滴る闇に浸しても、白いままの髪に苛立った。
 どんな色にも染まる癖に、バクラの色にだけ、染まらない。
 白という色はまるで獏良そのものだ、と、バクラは思う。否、色だけではなくあの長い髪そのものが獏良の本質をよくあらわしている。引けば簡単に切れる脆さや自由にあちこちに跳ねる奔放さも、よく似ている。
 単純で、純粋で、莫迦だ。
 たやすく騙されたやすく傷つき、バクラの意図でいかように踊る。利用されているだけなのに、笑い泣き嘆き喜ぶ。一人が寂しいのも、友人と距離を置かずにいられない感情を与えたのも、蕩けるような甘い依存も、全てバクラが用意したものなのに、己が感情として苦悩する。
 どうしようもなく愚かで、自己思考を捨てた白。
 その白がたやすく黒に染まらないことに、子供じみた癇癪を微かに感じた。
 小指の爪の先程の大きさだったその苛立ちは、日を増すごとに増幅した。
 たまらなく嫌いで、たまらなく、好ましかった。
 憎しみと愛着は矛盾して、同一だ。
 同じ量の感情を向けるのなら、なおさら。
 染まらないから憎く、染まらないからいとおしい。染まってしまったらつまらない。獏良と同じようにバクラもまた、矛盾している。矛盾したままごとは、多分まだ、続けていくだけの時間がある。
「……ま、悪いモンじゃねえんだよ」
 聞こえないような独り言を漏らし、バクラはくるくるとよく動く髪の房を注視した。
 屈服させたい欲望を想起させる髪。楽しみはちゃんと、ある。
 黒の反対。闇の対極。悪しきものが形を取ったこの手指で獏良の髪に触れる度、苛立ちと好ましさと、そして、確かな快感を得た。
 髪に対する屈折した性感などという、生ぬるいものではない。毎夜穢れた手で触れるごとに、処女を犯すような、雪を泥で踏みつけるような征服欲が満たされた。
 それは、震えるほどの快感だった。
 いくら触れても汚れないのだから、何度でも得ることができる。そうしてまた染まらないことに腹を立て、触れて、感じて、繰り返し。ああ、これは既にトリコフィリアを超越している。
 穢れてしまえ。墜ちてしまえ。黒く染まってぼろぼろに崩れ、ごわごわと硬くみっともなく、無様な姿に成り果てろ。
 そう思いながら、白くあれ、禁忌であれと願ってやまない。
 ままならないから、焦がれるのだ。
 そんな歪んだ感情を向けられていることも知らずに、獏良は艶を増した髪を風になびかせ、鼻歌をうたいながら洗濯物を取り込んでいる。
 ――教えたなら、真実を。
「……どんな顔するんだろうなァ」
 嫌悪か恐怖か。それとも歓喜か。
 バクラが手ずから育て上げた依存、その砂糖漬けの瓶の中で息をしている獏良である。強烈な負の感情と性感を向けられていることを知ったら、案外喜ぶかもしれない。バクラ自身の願望としては嫌悪し、逃げてくれた方が楽しいのだけれど。
 闇の中で目立つ白い髪を翻し、逃げる後姿を思う。
 細い手足を必死に動かして走り、時折恐怖の表情でこちらを振り向き、頬をこわばらせる獏良。そんな小動物なさながらの獏良へと手を伸ばし、髪の房をひとつ掴んで、からめて――引き寄せて。
 柔らかく脆い髪が手の中でぶつんと切れ、指に蜜のように絡まる。引き倒し、追い詰め、自由を奪い、いとしい憎いあの髪を踏み付けて捕える。
 素敵な妄想だった。
 ままごとの最後はそれで飾りたい。だからそれまでは、秘密のまま。
 それならばもう少しばかり、二律背反のはざまで悶えながら、震えんばかりの征服欲を満たさせてもらうことにしようと笑うバクラである。
 そう、結局はただの、快楽のための道具に過ぎない。
 あの髪も、獏良自身でさえも。
 獏良の健気さにヒトの心のかけらが揺れたところで、強く鈍く存在を主張する、欲望の前にはひとたまりもない。その愚かさに免じて、たまに恋人じみた時間を作ってやるくらいはしてやろうか――
 すう、と近づいて、背後から、するり。
「宿主」
「っわ!」
 触れられない手指で髪をからめると、獏良は文字通り飛び上がって驚いた。するどく振り向くと水平に靡く髪が、半透明のバクラの顔を通り抜ける。微かにあまい味がしたような、そんな錯覚を覚えた。
「急に触らないでよ、びっくりした」
「触ったって分かるのかよ。コッチじゃオレ様は透明人間だぜ?」
「そういえばそう、だよね。あれ、なんで分かったんだろ」
 畳んだバスタオルを抱きしめたまま、獏良は首を傾げる。ふわり、と、また蜜の匂いが辺りに広がった。
 髪にばかり思考を奪われていたせいか、身体もないのに五感のひとつ、味覚と嗅覚が狂っているようだ。
 此度は獏良にも視認できるよう、バクラはゆっくりとした動きで、耳を隠すふさふさとした髪の房に指を差し入れた。
 すると――
「っ……!」
 まるで首筋に愛撫を受けた時のように、獏良はぎゅっと目を瞑った。
「おやおや、どうしたよ。まるで気持ちよくなってる時の面じゃねえか」
「ば、ばかじゃないの、何も感じない」
「そうかい。オレ様はちっと気持ちがいい、んだがなァ」
 秘密の切れ端を舌に乗せて、バクラはそっと嘯いてみせた。
「何でか知らねえが、触れてねえのに、妙によ」
「ほんとに?」
 とたん、獏良はぱっ、と顔を輝かせる。小ぶりな唇が、あのね実はね――そう続けようとしたところで、は、と口を押える。
 トリートメントにドライヤー。髪を気遣う健気な真似はこっそりとやっていること、である。言葉にするわけにはいかない獏良は、きゅうと唇を結んで首を振る。
 全てを知っているバクラは、内心で笑いたい気持ちをぐっと抑え込み、素知らぬ素振りで首を傾げて見せた。隠すなら暴くだけだ。それもとっときの愉しいやり方で。
「実は、何だって?」
「ううん、何でもない。何でもないです」
「そこまで言いかけて隠すんじゃねえよ。ますます知りたくなるじゃねえか」
「何でもないから! あーっ、ボクお夕飯作らなきゃ!」
 わざとらしい大声を上げて、獏良はさっと逃げ出した。
 その手を掴むことはできない。だが、心の中にまで深く手を伸ばして、心の部屋に引き込むことなら容易い。
 ああ、本当は、その白い髪を掴み上げて、乱暴にしてやりたいのに。
 ぞくぞくと込み上げる快感を震える唇の端で抑え込み、バクラはとぷん、と、獏良の心へ手を伸ばす。
「う、わっ……」
 きっと感じているであろう独特の浮遊感。それをゆっくりと胸で抱き留め、仕草だけは甘やかに。
「ったく、仕方のねえ宿主だ」
「ちょ、何」
「選ばせてやるよ。優しく聞き出すか、痛ぇのがいいか。
 どっちにしろ、気持ちよくなっちまうのは変わらねえがな」
「勝手なこと言うなよ、ボクはっ」
「キモチイイのが大好きです、だろ?」
「ばっ……」
 莫迦、と言おうとした口は、手でふさいで黙らせる。ここはもう彼岸の淵、バクラの、闇の領域だ。
 あやふやにではなくしっかりと感じられる。癖のある白い髪の色と感触。ああ、やはり甘い。
 こみあげる笑いが今度こそ止められない。ごまかしの舌なめずりをひとつして、バクラは今宵もまた、ままごとの続きを始めることにした。
 よい匂いのする髪の房に鼻先を埋めて、瞑目。
「さあ、愉しいことしようぜ、宿主サマ」