【同人再録】ラプンツェルは蜜髪を垂らす-2【R18】

髪長姫は寝台の下に、

 

 秘密にしていることがある。
 バクラには気づかれていないようなのだけれど――これは今日こそやばいかもしれない、と、獏良は息も絶え絶えに困惑していた。
「ほら、とっとと吐いちまえよ」
 立ったまま後ろから押しかかってくるバクラの、両手という枷は重たい。下りてくる唇が髪ごと首筋をくちり、吸い上げられて、腰に重たい痺れが走る。
 言ってしまいそうだ、隠していることを。
 バクラが予想もしていない真実を。
「やだ、って、やぁ」
 闇の底、心の部屋の最下部で追い詰められた獏良は緩く首を振る。はさはさと髪が揺れ、毛先がバクラの頬や首に触れる――それすらもう、たまらない。
 髪の手入れをしていること。それも確かに知られたくなかった。
 獏良自身、慣れないことを、らしくないことを、してしまっている自覚があった。女の子ではあるまいし、相手の気に入っている部分を意識的に手入れしているなんて、正直男がやることではない。みっともないと思う。
 その反面、止められないのは依存のせいだ。バクラが唯一褒めた箇所、好ましいと呟いた箇所を磨くことで、何かが生まれるような気がしていた。こっそりとトリートメント剤を購入し、風呂ごとに丁寧に洗ってみたり、いつもより丁寧に梳ってみたり。洗面所の物入れで眠っていた古いドライヤーまで持ち出して――手をかけた分だけ髪が綺麗になることにも驚いた。どれだけ雑な扱いをしていたのかを思い知るほど、変化は顕著で、それが少し面白く感じたこともある。乾かすと空気を含んでふかふかとするので、寝ている時に気持ち良かったりもした。
 そんな、まるでよい枕を手に入れたかのような喜びだけならよかったのだ。
 本当に隠したいことは他にある。
 知られたら非常にまずいこと――
「っあ、や、バクラ駄目……っ!」
 バクラを振り払おうと暴れ、獏良は喘ぐ。
 その薄く長い舌が触っている部分。そこが問題だ。
「なァにが駄目、だって?」
 べろり。舌が肌を、髪を、舐める。
「あッ――!」
 びくん、と、獏良が大きく、震えた。
 肌を滑るなめらかな感触にではない。
 バクラが、髪に触れること。
 それが、よくない。
 よくないのだ、とても。
「だ、だめ、駄目だめ、やだ」
 こんな甘ったるい声など出したことがない。狼狽と快感を混ぜた、官能滴る声でもって、獏良は抗った。
 ――いつからだったろうか。
 バクラが自分の髪に触れる、それ自体に快感を得るようになってしまったのは。
 こんなのはおかしい、そう分かっていても、制止できればそもそもこんなことになどならない。ままならいからこそ、厄介なのだ。
(お前が、そんな風にするから)
 ぶるぶると震えながら、獏良は耐える。発端はバクラであるのに我慢しなければならない不条理を、心から恨めしく思いながら。
 バクラは無意識なのだろうけれど、やっぱり彼にとって、この髪は特別な何かだった。そう確信を持ったのは、いつだったか語らったあの陽だまりのような会話からではない。その後の交わりの中で少しずつ察したことだった。
 髪に触れている時。
 指で、唇で、舌で、バクラが白い髪に愛撫を重ねる時、彼が吐き出す官能じみた溜息を、獏良は見逃していなかった。
 ああ、ボクの髪って気持ちいいんだ。
 そう、知ってしまってから。
 喜びと官能が、波になって獏良を襲った。
 そうして己の髪を、何だかすごく恥ずかしいものと感じるようになった。手入れをして質がよくなることは楽しくても、妙な気恥ずかしさは消えない。そのうち、梳ることが、まるで抱かれる前に身体の秘すべき部分――まるで性器のような――を清め、愛撫される準備をしているような気にすらなっていた。
 そうして困ったことに、その行為すら、今まで知りもしなかった羞恥からの快感を、引き起こすことになってしまった。
 幾度か試してみたけれど、自分で触れても何も感じない。バクラが気持ちよさそうに触ることが、未曽有の快感を引き起こす。
 これではどちらが変態だかわからない。髪が好いと言い、触れることで気持ち良くなるバクラと、触れられることに気持ち良くなってしまう獏良。異常だ。
 異常だが、双方共に異常ならば、お似合いだとも思う。
 いっそすべて話してしまって、二人で気持ち良くなってしまおうか。この圧倒的な快感をお互いに解放して、分かりあってしまえば、バクラもまた獏良を手放しがたくなってくれるのではないか。そうしたら、共犯以上の、宿主以上の何かになれるかもしれない。
 そんな風に思わないと言えば嘘になった。同時にそれが危険な賭けだということもよく分かる。ただでさえ依存して、愛せない嘘から目をそらして生きているのに、これ以上相手に有利な要素をぶちまけてどうする。もしバクラが獏良ほどの依存を見せなければ、いいように利用されるだけだ。
 だから、秘密だ。
 ばらしてはいけない。
 いけないのに、バクラは楽しげに暴こうとする。髪の手入れをしていることだけ言えばごまかせるかもしれないが、そのまま芋づる式に引っ張り出されるに決まっている。自分の意志の弱さを、悲しいほど獏良は認識していた。
「ぅう、うー…っ」
 ぎゅっと握った拳を背中に叩きつけることもできず、獏良は必死の我慢を続ける。
 バクラはくふり、と、嫌な笑い声をあげた。
「頑固じゃねえか」
 温度をあげた吐息が耳にかかる。欲に掠れたバクラの声がたまらない。髪と関係ない部分でも刺激を受けて、二重三重の責め苦を受ける。
「折角二択にしてやったのに、手ひどい方を選ぶなんざ、てめえも大概マゾ野郎だな」
「そっ、んなんじゃない、えらんで、ないっ」
「なら選べよ。ついでに吐いちまえ。何を隠してやがる」
 先ほどから、喋りながら押し付けてくる下肢が熱い。尻の辺りに明確な膨らみを感じて獏良はくうと唸った。興奮の塊を隠さず押し付けてくる図々しさが嫌いだ。こちらは隠すのに必死だというのに。
 するり、と伸びてきた手は、直接肌に触れた。
 心の部屋に着衣など、あってないようなものだった。望めば全てが闇に溶けてしまう。交わるための部屋に必要ないものだと獏良自身が理解しているからか、ここへ来る時にはいつも裸だった。そして、不思議と性交の拒絶を思っている時に着衣は乱れない。今は裸――自分自身、交わりたいと望んでいるということだ。バクラもそれを知っている。だからこそ、強引に身体を求めてくる。
「ちゃあんとソノ気の癖に、なァ?」
「っ……!」
 這ってきた手指が温い。芯を持ち始めた乳首を掠めて、鎖骨をなぜる。
 肌はしっかりと期待していた。そこを撫でられたい、抓まれたい、指の腹でぐりぐりと転がして、熱を持つまで苛めて欲しい。
 分かっていて逸らすバクラは本当に意地悪だ。嫌い、では、ないけれど。
「やーどぬし」
 故意に甘やかす声で、バクラは獏良を呼んだ。
 鎖骨と肩に乗った髪を、指先で紙縒りにして遊ばれている。まるで乳首にするように、甘く弄っているのが分かる。しゃりしゃりと粉砂糖が擦れるような音が証拠だ。それに――
「ふぅ、う、ぅう、」
 下から上へ、駆け上ってくる快感。
 髪に触覚などない。もしあったら理髪師は全員拷問吏になってしまう。
 だったらこの、異常な性感はどこからやってくるのだろうか。ここが心の部屋だからか、現実ではないからか、それならもうそれでいい。獏良の意識は髪同様に脆く、苛められればすぐにぷつんと切れてしまう。
(きもちいい、どうしよう、)
 片手で口を押え、啜り上がる腰を懸命に抑えるにも限界がある。立っているのもしんどいが、膝が砕ければ差し込まれたバクラの裸の腿に性器を押し付けることになるだろう。
 そうしたら、直接的な刺激も与えられていないのに、脈打っている秘めた部分がばれてしまう。秘密が三つに増えてしまった。とにかくなにもかも、知られたくはない。
「もう、ッ勘弁して、なんでも、するから」
 破れかぶれに訴えた獏良の言葉に、バクラはぴくん、と眉を動かした。
「何でも?」
「ぜんぶ喋れ、以外なら、する」
「は、ちゃっかりしてやがる」
 そうしてバクラは、すっと身体を離した。
 寄りかかる場所が欲しい。獏良は振り向きながら、材質不明の闇の壁に背中を付けてずるずるとへたりこんだ。ぺたんと尻を付けて座り込み、勃起しかけた性器を腿で隠すことにする。
 うつむく獏良の顎に、滑るようにバクラの手が差し込まれた。なに、と視線を上げた先に、熱。
「何でもする、んだろ?」
 降ってくる声は、弄いを含んで愉しげだった。すぐ目の前にあるものが何なのか、獏良は一瞬戸惑い、瞬き三つで理解する。先ほどまで尻に押し付けられていたものだった。
「お前、なんでもうこんなになってるんだよ……」
「誰かさんを苛めるのが愉しくてなァ、つい」
 悪びれないバクラを見上げると、闇の中、青い瞳が爛々と輝いていた。サディストの目だ。そして、それを見てぞくりとしてしまう自分もやはり、対極の性質を持っていた――否、そのように育てられてしまった、という方が正しい。
「初めてじゃねえだろ。何回かお勉強して頂いてるしよ」
 しゃぶれよ、と、恥も外聞もなく、バクラは命じた。
 強引さに腹が立つが、ここで逆らってもいいことはない。さっさと気持ちよくさせて、秘密は有耶無耶にしてしまおう。獏良は戸惑いながらも、おずおずと舌の先を伸ばした。
「ッ……」
 ひた、と、尖らせた先を性器の先端に押し付ける。降ってくる声はまだ息だけだ。
 何回か勉強とバクラは言ったけれど、両手の指を超えるほどの経験はない。口淫は獏良がバクラに強請ってしてもらうもので、獏良は決して得意ではなかった。ただ、得られる快感が物凄いということは知っている――それこそ恥もなく、舐めて、くちで苛めて、そう求めたことが何度もあるほどだ。
 その時のことを思い出しながら、獏良は唇を開く。
 どのみち手遅れなのだ。ゼロ距離に雄の性器があり、同性間でもって抵抗がない時点で、もう引き返せない。
 側面に吸い付き、ちゅる、と吸い上げたところで、バクラが笑った。
「くすぐってえ、っての」
 キモチイイ、ではないところが憎らしい。上目にじろりと睨み上げると、いい眺めだと更に笑われた。
「そんなに立派なモンじゃねえんだ、しっかりやれよ」
「ぅるひゃい、ばか」
 謙遜ではない。身体はどこも獏良そのもので、つまり性器の大きさを莫迦にされているのである。どんな時でもいやがらせを忘れない、この男は本当に性格が悪い。
 大きく口を開いて招き入れるには、まだ勇気がない。獏良は両手で陰茎を支え、半勃ちのそれにささやかな愛撫を繰り返した。獏良がいつもされていることを思い出して、懸命にアウトプットする作業。筋にそって這わせる舌の先は尖らせて硬くして、短い爪を軽く引っかけるようにしながらさすり上げる。
 薄ら浮いている血管は、粘膜で感じるとひどくグロテスクだ。今、ここにどれだけの血液が集中しているのだろうと思うと恐ろしくなる。現実ではないのだけれど、五感のうち最も敏感な視覚に訴えられるとリアルが先に立った。
「ン、ぅぶ、ふ、っ」
 鼻から出てくる音に色気はない。はふはふとみっともない声を漏らしているのに、バクラのそれが萎える様子はなかった。ちらりと視線を持ち上げると、あの爛々とした青い瞳は快感を帯びた様子で、獏良を見下ろしている。
 雄の顔だ、と、思った。
 きっと自分はあんな顔をしていない。口淫を受ける時、だらしなくとろけた顔をしている自身を獏良は自覚していた。雄雌など関係ない関係、と思っていたけれど、やはり抱かれている方は、真の意味では雌になってしまうものなのだろう。
 視線に気が付いたバクラが、不意に瞳を細める。
「さっきよりはお上手、だぜ」
 そうして、さらり。
 お手が出来た犬を褒めるように、バクラが獏良の頭を撫ぜた。
「~~~ッ!」
 声を押し殺せた事が奇跡だ。またたしても駆け巡る質の悪い快感に、獏良の肌が甘く震えあがった。
 汗に湿った掌が、くしゃりと頭を、髪を撫でる。そのままひと房を指に絡め、親指と人差し指で弄っている。そんなことをされたらたまったものではない。ぎゅっと目を閉じても、ちゅぽちゅぽと響く口淫の合間から髪が擦れる音がして、意識をもっていかれそうになる。
 これ以上バクラを見ていたら、余計なことを言ってしまう――
 もっとして、と叫んでしまいそうな口を塞ぐために、獏良は意を決して口を大きく開いた。喉の奥まで届きそうな性器を、出来る限り口内に招き入れる。く、とバクラが声を詰まらせた音が聞こえた。
「積極的、」
 声から余裕が薄れている。細かいことは考えないようにして、獏良は口を、舌を、手を働かせた。
 生温くぬめる口の中、粘膜で包み込んで、頭を上下させる。舌は裏側の硬い筋に当たるように。溢れてくる唾液をたまに啜り上げれば、吸引の刺激にバクラの腰も揺れる。頬が歪むくらいに頬張って必死に愛撫を加える姿は、彼の目には一層そそるように見えるだろう。
 頑張っている顎に、バクラの手が触れる。滑って、さらり。こめかみから流れる髪を、指がさらった。
「んん! ンぅ、う、ッ」
「暴れんなよ。……面が見えねえ」
 バクラの命令には絶対があった。ぎゅっと閉じたままだった瞼をそっと開くと、視界はぼやけてよく見えない。瞬き数回で生理的な涙が落ちて、そうしてようやく視認できる。
「ッ……!」
 見たとたん、ああ、だめだ、と、思った。
 制御できない腰がずりん、と動く。ぺったりと床に尻を付けていたせいで、性器の裏側が床に擦れた。はしたない先走りがあふれている。止められるわけがなかった。
 興奮しきったバクラの顔を、見上げながらフェラチオしている。
 見て、見られている。
 性欲に支配された青い青い瞳に、だらしなく奉仕する自分が写っていると思うと、耐えられない。バクラは分かっていないのだ、どんな顔をいま、獏良に晒しているかなどと。
 薄く開いた瞳に、上ずって持ちあがった唇の端、を、舐める舌の先。てらてらと光っている。呼吸は短く荒く、育った性器と同じくらい、息は熱い。こくりと動く喉の動きすらいやらしい。
 伸ばした手は、獏良にだけ向けられていて。
 そうしてその手に捕えられている髪――視線は獏良の顔ではなく、少しずれて、頬にかかる湿った髪に向けられていた。
「ん、ふぁや、ゃら、も、やぁあっ」
 口を動かす余裕はどこにもなかった。漲った性器から逃げ、獏良は大きく体勢を崩した。キモチイイ。バクラが興奮して、そうしてその手に髪を弄われている。このままでは、もう。
「っと、逃げンじゃねえ、よ!」
 珍しく声を荒げ、バクラは顔を背けた獏良の顎を掴み上げた。耳のすぐ近くに強直な雄が擦れる。顔を離させてはもらえない。
「なァに途中でやめようとしてンだよ、おい」
「やだ、もうやだ、ゆるして、もうっ」
「おクチはもう限界ですかァ? だったらそこで大人しくしとけ」
 すぐに、ぬちん、と、ぬめる音がした。
 鼓膜ごと犯された気分だった。顎を押さえられ、壁に追い詰められた獏良には逃げ出す術がない。耳のすぐ近くで、バクラが自慰を始めても――ただ敏感さに翻弄されることしかできなかった。
「ゃ、あ、あ、ぁっ」
 声も抑えられない。腰も揺れる。床に擦れる。
 もつれ合ったせいで、雄を擦り上げる手には髪が幾筋か巻き込まれていた。触れられただけで感じてしまう白い髪が、性器に絡んで触れて、いやらしい音を立てている。たまにぽたりと垂れてくるバクラの汗と湿った声。逃げられなくて、ただもう、快感だけが。
「目ェ閉じろ、よ」
 掠れた声が聞こえて、とっさに言うことを聞く。
 その直後、頬に、耳に、瞼に、熱いものを感じた。
 精液だと気が付くのに、少し――時間が、かかった。
「あ……」
 とろりと垂れてきたそれが、獏良の鎖骨の隙間に落ちる。
 あまりのことに呆然としてしまった。疼く下肢のことも、忘れていた。まさか顔にかけられるとは。まるでアダルトビデオか成人向けの漫画のように、いま自分は精液を顔面にかけられたのだと、獏良はぼんやり思った。
 そこへぐい、と、顔を上に向けさせられた。
 見上げるバクラの顔が近い。膝をついたのだろうか。
 間近に見る射精後のバクラの顔に倦怠感はなく、それが違和感だった。いつも吐き出した後にはどっぷりと疲労し、すぐに離れるものだったからだ。
 それが、まだ息を乱して、手も、顎と頬に置かれたままで。
「ひっでえ、面」
 確かにそうだろう。顔にかけられたのだ。白濁はあちこちに滴っている。耳に頬に、それから、髪に。
 髪、そう、髪の毛、だ。
「んんッ……!」
 とたん、ぶるりと腰が震えた。
 顔に、ではない、髪にかけられた。バクラの指がべったりと精液の絡んだ髪をにじり、汚ねぇな、と言う。口では罵っていても、視線はそこへ釘付けだ。
 異常だ。
 ぞくぞくと感じている、獏良自身も。
 ねばついた髪で遊んでいるバクラの心音が上がっているのが、見ていても分かる。こんな酷い恰好を眺めて、興奮しているなんて。
「上も下も、だらしねえお姿だ」
 嘲りと興奮を混ぜた声で言われて、獏良は初めて気が付いた。汚れているのが顔だけではなく下肢もだということに。
 床に押し付けて刺激を与えてはいたけれども、もどかしいだけの快感だった。だのに今、白く濁った液体の滴りが床を汚している。獏良の足の間で解放された精は、生ぬるく、濃い快楽を表していた。
「ぅあ……」
「閉じンなよ、おら」
 閉じようとする足をバクラが掴む。膝を押し広げられ、吐精した直後の生々しい性器に向けられる視線が痛い。
「いつの間に漏らしちまったんだ? ん?」
「し、しらない、見るな」
「だったら面の方、見られてぇのかよ」
「それもやだ、もう、無理――んぅ」
 子供のようにぐする獏良の不意をついて、バクラは獏良の手首を掴んだ。そのまま壁に縫い付け、汚れた唇を唇でふさぐ。滅多にしないキスに獏良が目を白黒させている間に、膝の間にバクラの腰が入っていた。再び逃げられない体勢に追い詰められ、生臭い口接を受け入れるほかない。
「不味い」
 ぬるぬるの舌を絡め、唇の端からバクラが悪態をつく。唾液と精液が糸を引き、舌先がつながる。いつもよりも湿っぽく感じる心の部屋は、酸素すら薄く感じた。
「汚ぇし、不味いし、最悪だぜ」
 言いながら、バクラの性器は角度を落としていない。肉の剣で脅されている気分だった。片手は縫いとめられ、もう片手で腿をぐいと持ち上げられる。晒された秘孔に押し付けられる先端は、ぎょっとするほど熱い。先ほど吐き出したばかりとは思えない熱だった。
「あァ――でも、コッチは甘いな」
「ひゃぅっ」
 バクラの舌が髪を耳ごと舐める。肌に、ではないだろう。彼が固執してやまない髪、白く豊かな、今は見る影もなく汚れた髪に向けた言葉だった。
「お綺麗に手入れして下さってるから、かもしれねえな」
「っ……お前っ、知って」
 喋る唇を遮って、バクラは腰を進めてくる。指でかるく広げただけで難なく受け入れてしまう身体――心の部屋で、獏良は嘘を紡げない。
「知るも何も、隠せてたつもりなのが驚きだぜ。出しっぱなしになってるアレとかコレとか、よ」
「ふ、普段見ないくせに」
「それに、てめえが身ぎれいにすりゃあオレ様にも影響するってこと、すっかり忘れておいでのようだ」
 ほら、と、バクラは軽く頭をゆすって見せる。獏良の肌に髪の房の先が擦れた。汗で湿っているとはいえ、軽く柔らかい感触だった。
 獏良の外見は、バクラの外見でもある。
 身体を間借りしているのだから当然と言えば当然だった。バクラの髪もまた、質が上がっている。きっと枕にしたら子心地が良いだろう。首筋や頬に当たれば、すぐに変化に気が付くはず。
 そんなことにも気づかずに、獏良は隠し続けていて。
「隠してたのはソレだろ?」
 くつくつくつ。
 心の底から愉快そうに、バクラは喉で嗤った。
 滑稽さに、耳の裏まで熱くなる。腹立たしい。勢いのままビンタでもしてやりたい気分だった。
 振り上げたい手は、しかし力が入らない。押し付けるだけだった性器が、ぐぬり、と内側に潜り込んできたからだ。
「ひぅ、っ……!」
「おいおい、緩すぎやしねえか?」
 愉快でたまらない、上ずった声でバクラは言い、それこそ愉快犯のようにあからさまに腰を進めてきた。女性器でもないのにあっさりと受け入れてしまうことが、おかしくて仕方ないらしい。
「ふざけ、ぁ、ヤだ、抜いてよぉっ」
「ガキみてえに泣くんじゃねえ。やってることは大人なんだからよ」
 弄う動きで揺さぶるバクラに、もう歯止めはきかないようだ。かつてないほど密着した身体の間で、汗が溜まる。肌を滑る感触すら、快感につながった。
 押しかかる体重に負けて、獏良は壁から床へと崩れ落ちてゆく。追ってバクラも倒れ、闇の上に横たわれば、そこにもう天地はない。
 笑いながら髪を撫ぜてくる、バクラの顔だけが世界を覆う。
 視界の左右は、バクラの肩からこぼれてくる髪で遮られた。皮肉にも獏良が手入れをしたおかげで、髪は豊かで滑らかだ。
(――ああ)
 白い、檻だ。
 獏良の心を映すという心の部屋。バクラ曰く居心地の良いこの暗い世界で、白はどこまでも白かった。
 逃げられない、そう、強く思う。
 逃げたくないから、それでもよかった。
 白い檻に閉じ込められて、バクラしか見えない世界で、彼が吐き出す息を吸って吐いて、生きていけたらそれでいい。
「急にいい子になりやがったな」
 満足げなバクラの声が遠い。下肢から響くのは快感という名の甘い痛み。砂糖菓子で塗りつぶした嘘の甘さではない、本当に甘い味だった。
「あ、ぁぅ、あッ、やァ……ッ!」
 食まれる首筋と、髪と。
 一瞬前の思考が弾けて飛んで、忘れる。間断なく打ち込まれる抜き差しの刺激で脳みそが溶け出しそうだ。
 秘密も最早、どうでも良い。開きっぱなしの口から垂れ流される声は甘ったれて意味もなく、ただの母音の連続でしかない。
(もう、全部喋ってしまおうか)
 こんな唇で喋ることができたら、だけれど。
 適当に考えて、また、散る。
 重なるバクラの呼吸が忙しなくなり、終わりが近いことを察しても、獏良にできる能動的な行動は皆無だ。汚れた顔を、髪を、手を、されるがままに揺さぶられて、いずれ果てる。あとは反射で喘ぐだけ。バクラが髪を弄い、漏れる官能の吐息が肌に触れると、激しく跳ね上がる人形だ。
「ああ――」
 感嘆の声は全てを溶かす。声ひとつで頭が狂う。
 バクラは笑っていた。快楽で歪んだ余裕のない表情で、それでもしっかりと、獏良を見て。
 白い檻の内側で、彼は囁く。
「本当、最高だぜ――てめえはよ」
 掛け値なしの賛辞は、湿った髪のひと房に。
 口づけを受けて、電撃。
 そうして獏良はもう一度、歓喜でもって絶頂した。

 

 

 ――かしゃ ん。
 と。
 錠を落とした音が響く。
 快感に浸され意識を失った獏良を、バクラが心の部屋へ閉じ込めた音だ。
 つい先ほどまで脳の芯まで溶かさんばかりに燃え上がっていた劣情は既に、凝ったマグマのように冷えていた。
 快楽は嘘、ではないけれど。
 溺れるほど愚かではない。吐き出した精はすぐに温くなる。体の外へ出てしまえば、欲などすぐに霧散する。
 その、はずだ。
 闇で出来た鉄格子の向こう、汚れたまま蹲っている獏良を眺め、バクラは小さく舌打ちした。
 視線を奪うのは漆黒によく映える白い髪。ことに及ぶ前は丁寧に梳られ、雲で出来た絹のようだったその髪は、汗と体液でところどころ固まり、見るも無残な姿に変わっていた。
 その様にごくり、と、喉が鳴る。
 吐き出した熱に再び不穏な熱が灯る感覚。ぬるり、と濡れて、熾火は更に汚してやりたい衝動に変わる。
 それと同時に、何故かひどく、胸がむかついた。
 痛々しいまでに疲弊し、いいように使われ、哀れを誘う白い裸体。髪。
 ――バクラの為に、梳った髪だ。
 それをあんな風に変えてしまうのもまた、バクラだった。
「……それでいいじゃねえか」
 苛ついた独り言は、誰の耳にも届かない。
 矛盾がバクラの中で膨れ上がる。ままごとだ、と、唇から勝手に言葉が漏れた。
 ヒトとしての感情。獏良を健気と思う、面映ゆさを感じている自分は確かにいる。どうせ最後に切り離すべきのだからと、その部分を、バクラは沈黙のまま許容していた。
 今荒れているのは、そいつだった。
「……どうでもいいんだよ、全部」
 面倒なことになりそうな思考を意識的に振り払い、バクラは鉄格子に拳を押し付ける。
 そう、どうでもいい。この身に架された悲願以外の何に、心を奪われる余裕があるというのか。
 遊びでままごと。ただそれだけ。
 交わることも何もかも。
 この胸の、不愉快な痛みさえ――全て、戯れだ。
「宿主――サマ」
 拳を開き、鉄格子を指でなぞったバクラは、笑う。
 本人すら気が付いていない、それは歪んだ笑みだった。嘲りだけではない何かが、バクラの頬を引きつらせている。
「ようく休みな。明日もまた遊ばせて頂くから、よ」
 散らばる白い髪を見つめ、吐き出すのは今宵の分の別れの挨拶。
 引きずり回したいのか口づけたいのか。答を放棄したバクラは、心の部屋から静かに姿を消した。