【同人再録】ラプンツェルは蜜髪を垂らす-4
そして、幕は上がり――下りて。
世界が暗転する。
転がるようにして、どこかへ。
崩落し、落下し、
たどり着いたのは、静寂。
微かだが、花の香りがしていた。
(どこから?)
なか、から。
何もない世界で、ぼろくずのようになったバクラが己の胸を探る。
首に慣れた、千年輪の重みはそこに見当たらない。代わりにあったのは、真っ白い何かの花だった。
(何だ、こりゃあ)
掴んで、引く。
季節外れの桜のように、花は弁を散らした。ところが毟っても毟っても、花は胸からあふれ出てくる。
あの時摘み取り、弔ったはずの花。
『バクラ』の存在の欠片が、空っぽになった身体の中から、次から次へと生まれてきた。
それらを駆逐しきるほどの力は、今のバクラには既にない。やがて両手を投げ出して諦めた。
汚れた指には白い絹糸が一本。
蜜を含んだそれは、闇の中でなお、艶やかに輝いていた。正体をすぐに察してしまう自分に舌を打ちたい気分になる。忘れられるはずがない――あれほど愛おしみ、あれほどに憎んだのだ。
あのあまいあまい、黒に染まらない綺麗な髪を。
(片付いてなかったのかよ)
それでももう、終わったことだと思っていた。予想以上にしつこい『バクラ』に、バクラは深く瞑目する。
(好き放題に散らかしやがって)
あっという間に、世界は花で満たされた。底なしの美しい海は生みの親のバクラをも呑みこんで、膨大に広がってゆく。
(三千年かけて、最後は花で窒息死)
(……笑えるぜ)
――ああ、認めよう。
(好き、だったんだろうよ、オレ様は)
肯定すると――すっとどこかが、楽になった。
同時に意識が蕩けはじめる。花は咲き散らばるのをやめ、伏した彼を真ん中に、蟻地獄のように収束しはじめた。
まるで、開花の逆再生だった。
花は巨大な蕾になり、芽になり、そして最後に、小さな小さな種になった。
今、自分という存在は何なのだろう。バクラなのだろうか、『バクラ』なのだろうか。それすらもう、分からない。
いずれにせよ、もう何も考えられない。
種の内側で己という個をさらさらと溶かしながら、バクラは最後の息を吐き出した。
――ああ、あの最後の約束だけは。
「……嘘にしたくなかった、なァ」