【同人再録】HOLE-2【R18】

 ん、と差し出される唇に、お望みのまま噛みついてやる。先程のようにがぶりと歯を立てるのではなく、唇の端から端まで挨拶してからその隙間に忍び込む。鍵の掛かっていない扉は訪問者を嬉々として迎え入れた。薄ら開いた歯列の門番をくぐって、待ち侘びる舌に辿り着く。
 唾液は甘い。獏良の中で育った闇の成分をふんだんに含んだ体液を、バクラは存分に啜った。
「ん……は、ぁ、ぅく、ん……」
 ひくんひくん、腰が躍る。
 立ったまま体重がバクラへと圧し掛かる。逆らう必要もないので、そのまま仰向けに倒れた。
 天地が無い場所で倒れても背中は痛まない。どこまでも沈んでいきそうでそうならない、暗闇の褥はこういう時に便利だ。
 バクラの足を跨いだ獏良が、軽く立てた膝にこすこすといやらしく性器を押し付ける音が響く。
「脱げばいんじゃねえの?」
 もどかしそうな自慰に、親切にも進言。くっついた唇の間で伝わった言葉を拾って、しかし獏良はううんと唸る。どうやら脱がせてほしいらしい。
「甘ったれんなよ」
「いまボクは口の方で忙しいんだ」
「なら喋ってねえで舌使え」
 いつまでもされるがままのマグロでいられるのも退屈である。再び舌を交わしてやると、獏良はバクラの真似をし始めた。
 動いてくれない舌を甘噛みし、引っ張り出し、吸う。逃げないように歯で捕まえてから先端をちろちろと擦り合わせるのは、獏良の好きな絡ませ方である。それを教えたのもバクラで、好きにさせたのもバクラだが。
「んむ、ぅ、くふ」
 呼吸交じりの喘ぎを散らす獏良の腰に、バクラの両手が這う。きちんと舌が使えたご褒美に、制服のズボンをずるりと脱がせてやった。濡れていたので若干難儀だ。
 下着ごと引きずりおろした先で、ゆるく立ち上がっている性器が闇に浮かぶ。脱がせた手が引っ込む前に、獏良は更に強請る。
「手でしてよ」
「だから甘ったれんなっつってんだろ」
「だって気持ちいいんだ、お前が手でするの」
「オレ様はてめえのソレに用はねえんだよ。用があるのはコッチだ」
 云いながら、バクラは尾骨側からつるりと手を滑らせて、四つ這いになる獏良の後穴を探った。
 相手の性感など興味はない。いや、バクラの場合は、獏良の吐き出す精に色濃く含まれる欲望の成分は腹を満たすものではあるけれど、だからといって一方的に喜ばせてやる気などさらさらない。
 柔らかい、内向きではない器官の入口を指で詰る。慣れた身体はひくりと反応し、キスを止めて喉を反らせた。
「あぅ、っ」
 小さな声がぽとりと落ちる。被った水ではぬるみの足りない指が無理に入口をこじ開けるのを、しかし獏良は大人しく従った。
 ここは現実ではなく心の部屋なのだから、そう思い込めば、身体の芯は勝手に緩む。内側から濡れることのできない器官でも、指の腹で小刻みに弄っていると次第に開いてくるのだから便利な話だ。
 やがて中指の腹が、ぐぬりと内側に潜り込めるようになる。流石に反発してきつく締まる感触に、バクラはくつくつと笑った。
「気が早ぇな。締めるなら本番突っ込んでからにしろ」
「あ、っだって、身体、勝手に」
「盛り上がってるとこ悪ィが、こっちはまだ勃ってもいねえんだぜ?」
 そんなに急ぐなら宿主サマ自ら勃たせて頂けませんかねえ?
 などという揶揄を意地悪く耳に吹き込む。すると獏良はやだ。と情緒もへったくれもない返事を返してきた。お互いに相手の快感に関して無興味なところは、こういう時に困る。
 仕方なしに、バクラは自分のズボンの前をくつろげて、ひどくぞんざいに己の性器を引っ張り出した。後穴を慣らして差し上げる動きはいったん中断。不満そうに獏良はバクラを睨んだけれど、育たないと中に入らないことくらいは分かるようだ。
「舐めろよ」
 手淫の前に、ぬめりを得る為に差し出された指へ、獏良がしぶしぶ舌を伸ばす。舐めしゃぶるまでしてくれないのがこの宿主のサービスの薄いところだ。
「ん、ぅ、んん」
 獏良の舌は薄く長い。唾液の絡んだそれが軟体動物のように指に絡む様子はなかなか見ものだった。
 普段から獏良は、あれこれ仕向けてもなかなか手淫や口淫をして下さらない。それだけにこの様は、まるで性器に舌を絡めているように見えて悪くなかった。闇の写し身と云えど雄の本能はきちんとバクラに備わっていて、視覚で得る支配欲に満足するように出来ている。
 ちゅる、と温い音を立てて、やがて舌がほどけた。
 たっぷりと濡れたら後は自分で用意しなければならないターンだ。
 獏良の甘い体液――育った闇を多分に含んだ唾液でぬめる手で、バクラは己の性器を扱く。
「ッ」
 粘膜から直接、胃袋が満たされるおかしな感覚。
 右手を上下に動かすだけで単純に立ち上がる、その性器を眺めて、獏良はもどかしげに喉を鳴らした。
 これが今から中に入るんだ、という期待のまなざしではない。どちらかというと羨ましがる――ああボクもそうして擦って欲しいのに、という目。
「そんなにして欲しいかよ?」
 涎を垂らさんばかりの瞳に眺められて、バクラが口を開いた。すぐに肯定と頷く素直な獏良の目が、羨望から期待に変わる。
 その期待を折るのが何より楽しい。
「してやんねえ」
「……ケチ」
「したけりゃてめえで扱きな」
「お前が目の前にいるのに何でボクが一人でしなきゃならないのさ」
「その発言からして間違ってんだよ。大人しくいい子で待ってな。穴で気持ち良くしてやるからよ」
「ボクはそっちじゃない方で気持ち良くなりたいんだ」
 宿主は飽くまで我儘だ。会話の最中に片手間に動く手をもの欲しそうに眺めている。
「バクラ、ねえ」
 我慢の苦手な獏良が、切羽詰った声で強請る。先程よりも育ってしまっている彼の性器が、浴びた水以外の水分を滲ませ始めていた。
 ひどくもどかしげなそれの先端から、ぷくりと粘液の玉が膨らんだ。その透明な滴にも、育った感情が実っている。そう考えると、このまま舌を伸ばして舐めとってやろうかとさえ思うバクラだ。
 みすみす相手を喜ばせることもあるまい。ものごとには緩急と飴鞭というものがある。今それをやってやるとただ増長させるだけでつまらない。
 素知らぬふりをして手指を動かし、やがてバクラの性器もきちんと育った。その頃には互いの体温もすっかり上がって、寒いなどと騒いでいた獏良の頬は燃えるようだ。内側から染まって、熟れはじめた桃のように見える。
「宿主」
 呼びつけて、顎で指図する。獏良は大人しく腰をずらし、胡坐をかくバクラの上に跨りなおした。
「随分素直じゃねえか」
「だってお前手でしてくれないじゃないか。妥協したんだよ」
「そいつは重畳」
「喋りすぎ」
「ハイハイ」
 軽口の応酬を二、三往復。
 そこから先の会話はさほど必要ない。
 細い腰を掴んだバクラが、切っ先を入口に押し当てる。柔らかい縁肉がきゅっと窄まったのは一瞬のことだ。慣れた獏良も己で手を添えて、中指と人さし指でそっと門を押し開く。
 吐き出した息とともに緩くなる瞬間を狙って、まず先端が潜った。
「んーっ……!」
 慣れ過ぎて痛みをあまり含まない、性別としては間違った声を上げて、獏良は喉を反らせた。
 雌の器官と違って迎え入れる体勢のない道は、いつもバクラを拒絶して排出しようとする。それを強引に押し開いて占領する征服感はなかなか心地が良い。凌辱、という言葉を思いついて、しかし口にする意味も理由もないので、バクラはそのまま息として吐き出した。
「あ、あぁ、あっ……!」
 いっとう深い部分が内側に収まる時、毎回、獏良は泣きそうな声を上げる。何を思ってか――あるいは思わずか。いずれにせよどうでもいい。
「宿主、息」
「んん、っ……は、ぅ」
 促されれば素直に息を吐き出す。日常の枠内では思い通りになることが少ない獏良が従順に、いわれたとおりにする様子も悪くない。ご褒美に腰を撫で上げてやると、嬉しげにぴくぴくと中が疼いた。
 全て中に収め終えたら、少しだけの小休止。
 獏良がバクラの肩に腕を巻き直し、しっかりとしがみつく。恋人がするような甘い仕草で、しかし意味は全く違う。単に振り落とされたりしないように身体を固定しているだけだ。頬を摺り寄せるのもいとしいからではない、体温を吸っているだけ。水を被って冷えた身体はもう充分に温まっていたけれど、本人にとってはまだ足りないのだろう。
 どうせすぐに熱くなる。内側の摩擦でとろけてしまうほど。
 背中にまわした獏良の指が、かり、と、肩甲骨あたりを掻いた。分かりやすい無意識の合図に、バクラは笑う。
 軽く引いて、まずは一突き。
「あぅ、っ!」
 知り尽くした身体を焦らすようなことは、今日はしない。そういうことは獏良が素直ではない態度を取った時に、頑固を折る為にするのが一番楽しいのだ。
 いつになく積極的な相手にしたって何も面白くない――意地の悪い思考でまたひとつ笑って、バクラはもう一突きする。続けて二つ、三つ。
 次第に間隔が狭まってゆく。
「んぅっあっ、あ、ァ、ひっ……!」
「っ、すげえ、声」
 狭まるごとに忙しなくなる声を、掠れ声でからかってやった。しがみつかれている所為で表情は伺えないが、背中に回した爪が思い切り肉に食い込んできたので聞こえてはいるらしい。
 些細な仕返しには腰で更に仕返しをしてやることにする。くびれから太い中ほどまでを引き抜いて叩き込むと、爪は文句を云えなくなる。代わりにぎゅうと食い込んで、皮膚を裂いた。
「いッ……! ぃ、い、あ、いた、いたいっ」
「嘘つけ。キモチイイの間違いだろ」
 身体と身体の隙間で獏良の性器は固く反り立って居る。もう少し距離を寄せれば腹で擦れてさぞかしご満足だろう、と思ったのでバクラは軽く背を曲げて距離を作り、決して擦れないようにしてってやった。その代わり鋭角になる切っ先が、腹を内側から押し上げる形で堪らない場所を突く。
 鋭く鳴いて、獏良が身を捩った。
「そこっ、あ、そこ、ア、っ」
 云われなくったって分かっている。男が尻を犯されて気持ち良くなれる場所などここしかない。
 そして、ここに射精してやると特に闇の育ちがよくなることもバクラは熟知している。どうやらこの場所が苗床に最良のエリアらしい。
 全く是非もないことだ。互いに快楽を含む場所で育成可能とは、相性は最高で笑いしか出てこない。
「知ってんぜ。ここにぶっかけられるのが堪ンなく気持ちいんだろ、宿主サマはよ」
「ん、はやく、早く」
「人を早漏扱いすんじゃねえ。そんな早くイってたまるか」
「だ、ってボク、もう、出、でる、から」
 悲痛な訴えに視線を下ろすと、張り詰めた獏良のそれは比喩なく爆発寸前だ。余程溜まっていたのだろう。
「出る、あ、でちゃう、ねえ、バクラ」
「てめえこそ早漏が過ぎるぜ」
 たんまり濃い白濁の闇を口で頂けないのは残念だが、何、汗と声で充分堪能している。物凄い飢餓を覚えていたらこの場で引っこ抜いて舌で丹念にしゃぶりつくしてごちそうして頂くのだけれど、それは次の機会にしようと思うバクラである。
「出せよ」
 宿主サマ、と声を掛けてやると、蚊の鳴くような声で獏良はうんと云った。
 射精の許しを得て――別に許可を出さなくてもそう長く獏良の我慢は続かないけれど――悲鳴は一層ひどくなる。
 叫ぶようにひとつ、大きな声を上げてから、びゅるりと腹に熱い塊が散った。
「は、はっ、あ、ん、んっ……!」
 余韻に浸る暇は与えない。吐き出している最中もバクラは動きを止めない。だがそれももうお互いにお決まりのことなので、獏良も非難しなかった。
「っあ、ア……! ひ、ぅん、んンッ!」
 吐き出しているのに揺さぶられて、きっと彼の頭の中はぐちゃぐちゃに揺れて乱れてわけのわからないことになっている。焦点の合わない目がバクラを探して失敗し、突き上げの度に顎ががくがくと揺れる。
 糸の切れたマリオネットを乗せて、バクラは熱く濡れた息を吐いた。
「もうちっと、付き合ってもらうぜ」
「ひゃぇ、あ、やぅ、あ、」
「は、頭足りねえ声出すなよ。萎える」
 ろれつのまわらない舌で是とも非とも取れない声を上げて、獏良が揺れる。
 吐き出し足りないのか、ぐち、と卑猥な音を立ててもうひとつ白濁が漏れた。勢いのないそれはだらしなく垂れて、精を貯める膨らみを伝い結合部分まで伝う。いっそう滑らかに、摩擦が起こる。
「ばく、ばくら、あ、あッ!」
 濡れて透けたシャツをまとわりつかせて、獏良は躍った。
 快楽に酔う姿は酷くみっともない。ヒトもケモノもそう変わらない剥き出しの欲望だけをまとって、無様に泳ぐ。
 そういった姿が、漏れる声が、滲む汗が、濁る瞳が、バクラの腹を満たす。清いものなど何一つない交わりは闇に生きる者にとって最高のごちそうだ。それが己の宿主であればいっそう美味に感じられた。
 白い髪が軌道を描いて翻る。
 まだ残っていた水滴が散る。
 金銀に煌めいて、すぐに消えた。
「ぅあっん、んんっんっぁッ、あっ!」
 射精してすぐの敏感な身体に、強引な摩擦は刺激が強すぎる。突き上げる素早さに合わせて上がる悲鳴は、最早ただの連続した母音だった。
 この瞬間、まともな言語を口に出せなくなる獏良を好き放題に蹂躙するのが愉しい。ひねりを加えてねじ込むと、痛めつけられる小動物の絶叫を上げて、獏良の足が電気椅子に掛けられる処刑者の如く突っ張った。
 同時にものすごい締め付けがバクラを襲う。
「く、」
 これは効いた。容赦のない締め上げが押し込む動きと丁度重なって、とんでもない量の熱い快感を引き上げる。
 膨れ上がる熱と汲み上がる精が、混じり合って塊になる。バクラの中で、獏良に植え付ける種が肥大するのが本人にもよくわかった。
 叩きつけられるのを求めて、腰をぐいぐいと押し付けてくる獏良は何も知らない。己の腹の中が闇の苗床となり培養先に指定されていることを。
 それを知ったらどんな顔をするだろう、とバクラは思った。
 雌のように腹で何かを育てている感覚に、吐き気を覚えて顔をしかめるのか。それとも怯えて己の腹を裂こうと暴れるのか。いずれにせよ浮かぶ嫌悪の表情に、ぞくぞくと興奮する。
 その興奮は射精につながった。歪んだ獏良の顔を想いながら、バクラは深く貫いた内臓の奥へ、勢いよく精をぶちまけてやった。
「ひぅッ……!」
 小さく鳴いて、獏良がすくみ上る。
 その内部に、どろどろと注がれる白濁。まるで菌が馴染んで繁殖するように染み行く様子を考えると、笑いが止まらない。
「は、っ……」
 流石にバクラも息が切れた。全て注ぎ終えてから一気に腰に掛かる疲労に、思わずぐたりと相手へ体重をかける。
 獏良もまた、抱き着く形で身体を寄せた。
 湿った二酸化炭素が空間を湿気させる。呼吸が戻らないまま、獏良がふと、
「……からだ」
 と、胡乱な口調で云った。
「あん?」
「かぜ、ひいたかなあ……」
 何を云っているのか、いっとき分からなくなる。すぐにああ現実での肉体のことを云っているのか、とバクラは察した。
 そうだ、そもそもの発端は身体に風邪をひかせるためのものだった。獏良の方も途中からどうでもよくなっていたようだが、吐き出した後にふと思い出したのだろう。せいせいと乱れる呼吸の上で、大丈夫かな、と掠れた声で云った。
「さあな…… あっちでどんだけ時間が経ってんのか、わかんねえし」
 肩に乗った顎はずっしり重たい。外見は細く見えても身体の大きさは一七六センチの高校生である。受け止める方も同じだが、跨られている分、バクラの負担が大きい。加えて疲労と満足感、満腹感で目の裏がちかちかする。
 元に戻るまでもうしばらくかかりそうだ。その間の雑談に、バクラは適当に選んだ質問を口にした。
「仮病じゃなくてマジで風邪ひきてえっての、いい感じにマゾだな」
「誰かさんと違って、ボク、うそへた」
「よく云うぜ。オトモダチにオレ様とのアレコレ、すまし面で嘘ついてやがる癖によ」
「うそじゃな、いよ、黙ってるだけ」
 黙秘権、と獏良は云った。
 隠匿の罪、は考えないことにしているらしい。
「本当は他に理由があんじゃねえの? オトモダチには云いづらい、宿主サマの本音」
 暴いてやろうか。
 と、バクラは云った。
 獏良の心は隙だらけだ。少し闇を覗き込めば、きっとすぐに見つかる。人には教えたくない本音というものが。
 けれど獏良の顎は、肩に乗ったままふるりと一度、横に振れた。探られるまでもない――バクラに隠しても意味がないことは、彼が一番よく知っている。
「……苦手なんだ」
「何が」
「走るの。ボク、足、遅いから」
「くだらねえ。それで何か困ることでもあんのか」
「……みんな、先に行くから」
 だから、いやだ。
 ため息のようにささやかに、獏良は云った。
 ははあとバクラは納得する。
「走るのが、じゃなくて、置いてかれんのが嫌、の間違いじゃねえの?」
 自他ともに認める、脆い身体。友人たちと比べるまでもなく獏良は歩みも走りも遅い。
 本人は必死で駆けているのに、彼らは難なく追い越すだろう。城之内や本田あたりは競争でも始めるかもしれない。
 その背中を見たくない。
 遠ざかってくのが、怖い。
 何を重ねて見ているのか――些細なことでも浮き上がる、獏良が抱えた負の感情。見捨てられることの不安と、孤独への恐怖。
 それに繋がるマラソン大会とやらに、獏良はどうしても参加したくないのだ。出来ることなら嘘をつかずに。加えて、不自然のないように前々日あたりから。
(用意周到なことで)
 自分が傷つかないための防護策を練り上げることに、宿主サマは余念がない。全く、なんてくだらない理由なのか――馬鹿馬鹿し過ぎて笑えもしない。
「てめえがかわいくて仕方ねえんだな、宿主サマは」
 意地悪を云うと、獏良が癇癪の唸り声を上げて手を上げた。ばちん、と背中を叩く手のひらからいい音。
 それから、だから、と、獏良は微かな声で続けた。
「ひいてなかったら、困る……」
「だったらもう一発ヤっときゃいいんじゃねえか」
 そんな獏良へ、バクラはよい案を提出してやった。
 一晩放置したら間違いなく風邪をひいて、宿主サマの目論見も完全達成いいこと尽くめだ。と進言して差し上げる。
 だが獏良は、ふるふると首を振った。
「だってバクラ、手でしてくんない」
 だからや、と、獏良は繰り返して云う。
 一体どれだけ手淫をして欲しかったのか、恨みがましい声はしつこさを伴ってじっとり湿っていた。
 こうなるとますます手でしてやりたくなくなる。 にた、と笑って、バクラはすぐ近くにある耳朶を噛んでやった。
「ヤダ、ってのが最高の誘い文句だっての、てめえもいい加減覚えな」
 嫌がられる方が断然燃える。意地の悪い声を吹き込むと、細い腰がひくんと震えた。何だ、口でああ云っていても身体はきちんと反応するではないか。
「安心しな、宿主サマのお願いはちゃあんと叶えてやるって。しっかり風邪こじらせられるように、な」
「そっちじゃなくて、気持ちいほうの叶えてよ」
「そりゃあてめえ次第だ」
 云いながらも、性の望みをかなえてやる気はさらさらない。したくない訳ではないらしい獏良はようやっと顎を上げて、しかしまだすわりの悪い頭を揺らして、じっとりとした目でバクラを見た。
「性格悪いよ、お前」
「お褒めに預かり恐縮だぜ」
 皮肉を返すと、額で額を頭突かれた。
 甘やかな「こつん」ではない。ゴッ、となかなかいい音がして、まだ疲労の溜まる身体はそのまま後ろに倒れた。抜かずにおいた性器がこすれて、獏良が情けない声をあげる。
 仰向けの上に細い身体を乗せる形になり、見上げて眺める獏良のそれは、まだ萎えたまま。
 それも直に、精を汲み上げて硬くなる。
 そうしたらどうしてやろう。幸い今は腹も減っていないし、しばらくは、とっておきの濃い闇を排出してくれる白濁をディナーに頂く必要もなさそうだ。
 今後しばらく、射精を禁じてやろうか。
 そうしてワインよろしく熟成させるというのはどうだろう。なかなかよい考えだ。風邪が長引くようなら学校を長く休ませて、その間ずっと寸止めで可愛がってやってもいい。我儘ばかり云う宿主に主従関係を叩き込み直すいい機会でもある。
 やりようを頭で考えつつ、バクラは獏良の頬に垂れる甘い汗を、舌の先で掬い取った。