【同人再録】HOLE-4【R18】
「っひぅ、う、あっあッ!」
小刻みの振動に、ぷくりと先走りの玉が浮かぶ。
それを塗り広げるように先ばかりを、それはもう執拗にバクラは苛めた。勿論、じれったくなるように乳首を捏ねるのも忘れない。
やがて仰向けにすら耐えられなくなったのか、身体がねじれて横向きに転がった。手を股に挟み込み、ベッドの上で丸まる獏良は時たま具合悪げに眉を寄せるが、もう口には出さない。不快感は漸く、本人の意識の外に追いやられたようだ。
汗はすぐに冷えて、弱った身体を更に冷たくさせる。手指と乳首、性器だけが妙に熱い。凍る爪先がシーツを蹴っても感覚すら遠かった。
『あんま挟むなよ、動かしづらいじゃねえか』
明確な快感を覚えているのは獏良だけではない。久方の自慰に上ずったバクラの思考が命令を下すと、従順な足が少しだけ緩んだ。
そこにもう少しばかりの支配を加えて、大きく開かせる。ずり落ちたズボンが煩わしいが、恐らく今とんでもない恰好になっているだろうと想像させるに便利な状態だったので、それはそのままに。
びくびくと震える白い腿と膝あたりがあらわになり、半端な着衣から性器が頭を覗かせているのはいい感じにいやらしくて、良い。
『すげえ恰好だろうな。なア?』
「い、いうな、っ」
『想像しろっつったろ。何だ、それとも説明して欲しいってか?』
想像、の一言で更に認識が強まったらしい。ひとつ高い音域の声が上がった。
「や、ッあ、あ、もう、や、こんな、やだっ!」
嫌がっているのは声だけだ。塗り広げられた先走りのおかげで滑らかになる手淫の摩擦に、腰がきちんと応えている。
乳首を抓む動きはだんだんと容赦を無くして、ひねりあげる、きつく絞る、そんな風に変わっていた。ゆるい捏ね回しでは物足りない。ここにバクラの身体があれば間違いなく歯で軋って吸い上げてやっていただろう。それができない分、執拗に、指は動く。
「いた、い、やだ、痛い」
枕はもうどこかへ転がってしまっている。シーツに直接頬を擦りつけて、獏良は訴えた。
『何が、痛いって?』
「ゆび、指いたい、そっち、もういい、っ」
『ソッチじゃわかんねえよ。何せ両手を動かしてんだ。やめて欲しいのはこっちか?』
云いながら、ひとつ意地悪を仕掛けてやった。摩擦する動きを止め、濡れた手を付け根のあたり、精を貯めた膨らみを軽く揉む程度に収めてやる。
左手はそのまま、むしろ刺激を強く変えた。痛みに悲鳴が上がり、続いて必死な首の動き。左右に振れる。
「そっちじゃない、ひ、ひだり」
『何をしてる方だったっけなあ?』
更に性根の悪い質問を重ねる。ああもう愉しくて仕方が無い。悔しげに唇を噛む痛みがバクラにも伝わっていっそう愉快だ。
直接的な単語を口にしたがらない獏良が、しばらくああううと呻いて言いよどむ。
あと数分無言でいたらもげるくらい強く捻ってやろうと思ったところで、噛み痕の付いた唇が、小さく動いた。
「……び」
『聞こえねえ』
「ち、乳首、のほう、」
蚊が鳴くより弱い声だった。熱と快感でぼやけた声は、まるで頭の足りない幼児が喋っているよう。
あまりにも新鮮なので、もっといろいろ喋らせたくなってしまう。
『乳首が何だって?』
「ぐ、ぐりぐりするの、もう、やめて」
『んん? 宿主サマは乳首こねくり回されるの、ダイスキだった筈だがなァ』
「いたい、いたいから、抓るの、もう……っ」
『それならちゃんとお願いしてみな。どこを、どうされたくないって?』
もう一歩踏み込んだ言葉責めに、獏良はくうと小動物の鳴き声を上げた。
理性が残っていたら、獏良はこういうことをこういう風に口にしない。普通にまぐわっている時にたまに口にすることがあっても、羞恥を含んだ口調では決して云わない。
だからこそ、言いよどみながら云わせたい。その間にもきりきりと指の腹で締め上げる乳首はすっかり赤く腫れて、バクラもちりちりとした痛みを感じている――獏良はもっと痛みを覚えているはずだ。つくづく、顔を覗き込めないのが残念だった。
やがて、耐えきれなくなった唇が再び開く。泣きそうな声で。
「ぼ、くの乳首、ぐりぐり、しないで、ッ」
おねがい。
と、掠れた声が追加された時、ぞくぞくとバクラの背が反った。
「ッ――」
お願い。懇願されるのはこんなにも気持ち良かったものか。ああ弱っている相手を苛むのはなんと愉しいのだろう! 加虐の欲求が太く育って、たまらない。
「バクラ、っおねがい、もうしないで、ぐりぐり、やだぁ……っ!」
一度吐き出してしまうともう止まらない。或いはそうして恥ずかしい言葉を云う行為自体に快感を覚えたか。知恵も舌も足りない声で一七歳の男が懇願するのは、みっともなくて最高だ。
『ちゃんと云えるじゃねえか』
ご褒美に、乳首を弄るのは止めてやる。
残った右手の中身は、すっかりと重たくなっていた。淫語の強制でおかしな風に育った性器は固く筋を張らせて、手を添えずとも斜め上を向いている。
さてこちらはどういう風に苛めてやろうか――
くふりと笑って思案をめぐらせようとした時、不意に、サイドボードの上でやかましい振動が鳴った。
「っ……?」
視線を上げた獏良の目に、そしてバクラの目に、ランプを点滅させながら震えている携帯電話が映る。
サブウィンドウにはクラスメイトの名前。メールではなく着信を告げるランプの七色点滅が、薄闇に慣れた瞳に突き刺さる。
携帯電話のすぐそばに置かれたデジタル時計は八時半を差して、つまりもう始業時間だということ。
何の連絡もなしに登校しない獏良を心配して、オトモダチ、が電話をよこしたのだろう。ホームルームと一限目の短い間に、それもメールでなく電話を掛けるのだから全くお節介な話である。
だが今は、そのお節介も好都合だ。にやりと口元を吊り上げ、バクラは火照る左手で携帯を掴んだ。
「ちょ、何っ」
有無を言わさず、通話ボタンを押す。
嫌がっても獏良は抵抗できない。素早く耳に押し当てると、獏良とバクラの耳に、場違いな教室の喧騒が飛び込んできた。
「おう獏良、今日休みか?」
この声は本田だ。獏良の緊張を受けて、全身がぎゅっと強張る。
「ほ、ほんだ、くん」
なんとかそれだけを吐き出した、獏良の声は震えていた。何せ右手はまだ性器に絡んだままなのだ。
泣き出しそうな困惑を逃すバクラではない。左手を耳に固定したまま、右手でゆうるり、擦りあげる。
「っ……!」
高く上げたい悲鳴を、唇が無様に押し殺した。
『聞かせてやれよ、オトモダチに。宿主サマの恥ずかしい声』
喉で笑う音を交えて云ってやる。怒りの気配が咄嗟にバクラへ刺さるが、おかまいなしだ。
一言目は上手く押し殺したが、電話の向こうの本田は妙に察しが良い。苦痛の呻きと受け取ったのか、大丈夫か、という声に心配の成分が濃く乗った。
「ひょっとしてどっか痛えのか?」
「だい、だいじょうぶ、っ、ちょっと、風邪、ひいただけだから、ぁっ」
「でもすげえ苦しそうだぞ、病院とか……」
「ほんとに、へいき、へいきだから、っ、寝てれば、治る、からッ」
だからもう、喋らせないで、電話を切って――
懇願は本田にではなくバクラに向けられていた。ぬるぬると上下する手の中身は、裏腹に熱く滾る。
ばれてしまう、こんなことをしていることが。恥ずかしい声を聞かれてしまう。学校を休んでこんな。
そういった倒錯的な危うさが精を汲み上げて、いつになく激しく、獏良の性器が漲る。
『てめえも大概、変態だな』
本当は聞いて欲しいんじゃねえの?
そう囁くと、ちがう、と、思わず獏良は吐いてしまった。電話の向こうの本田が、違う? と不思議そうな声を上げる。
「なんでもない、っ、」
ごめん、という語尾が、まるで凍死寸前のそれだ。
「だいじょうぶ、でも、今日は、っ学校、いけな」
「わかった。お大事にな」
尋常ではない様子に、本田は空気を読んだらしい。終話に?がる言葉を吐いたタイミングで、バクラはいきなり通話を切った。大分楽しんだし十分だろう。
「最低、ッ何てことするの!?」
用のなくなった携帯電話を投げ捨てると、獏良は金切り声に近い悲鳴でそう云った。
『何って、より気持ち良くさせてやろうっていうオレ様の心遣いさ』
「しんじられない、あんな、ことっ」
『興奮しただろ? 聞かれちまうかもってよ――随分涎たらしてんじゃねえか、ええ?』
連ねて叫びそうになる言葉を抑えて、バクラはぎゅっと性器を握りしめてやった。同時に感じる自分自身への快感、しかしそれよりも、獏良の鳴き声がもっと興奮させる。
「バ、バクラ、バクラ、ねえ、なんでこんな、こと」
きつく握られ、扱き上げられ。熱の胡乱さもあって獏良が遂に涙腺を滲ませた。ぬるい涙が目じりを伝い、シーツに染みる。
何故かって? 愉しいからに決まっている。
そして、ちゃんと約束だって守ってやっている。
『気持ち良くしてやるっつったろ。こんだけ硬くしといて、良くありませんとは言わせねえぜ』
「そっ、違、ちがう、こんなの全然っ」
『ヤラシイ言葉云わされて、扱かれながらオトモダチと話して、ビクビク腰揺らしてる奴が何云ってんだ?』
言い訳のしようもない、細い腰はずっともどかしく揺れ続けている――こうして話している今もだ。
擦りあげる動きに合わせてかくかくと、それはまるで震えるように、強請るように前後に振れる。空いた左手も添えてやると、いっそう震えが強くなった。
『認めろよ、てめえがどうしようもなくスキモノだってこと』
ぶるぶるぶる、と、首が振れた。違うと云いたいらしい。
「ボクは、っそんなんじゃ、ないっ、やらしいのは、お前のほうだ」
普段より余程素直だと思っていたが、まだ頑固さが残っている。そんなものなど早々に捨ててしまった方が、余程楽になれるというのに。
もしくは、こうして頑なでいることで更なる言葉責めを強請っているのか。思惑ではなく本能で、もっと苛めて欲しいと求めているのか。性に関しては貪欲な獏良のことだ、その可能性は捨てきれない。
そのお望みにお応えして、と、バクラは意地の悪い言葉をいくつか作り上げて、またぞろ囁いてやろうと思ったが――ふと思って、やめた。
これ以上の責めを重ねて淫語を吐かせるよりも愉しい、それは昨夜の思案の続き。例の熟成だ。
『そうかよ』
声は努めて冷たく。さらりと云い放って、バクラは濡れ育った性器から手指を離した。
「え……」
『宿主サマはいやらしくねえんだろ? あと気持ち良くねえんだったか。そんならもう続けて差し上げる必要はねえな』
「え、あ、」
『オレ様としちゃあ宿主サマが療養できねえよう、且つ気持ち良くなれるように努力したんだがな。ま、ご期待に副えず申し訳ありませんでしたってことで』
唐突な切り替えに頭がついていかない、獏良の困惑がバクラにも伝わる。
その連結もおしまいだ。ずるりと脱皮でもするように、バクラの精神が身体から抜け出る。再び半透明の姿となったバクラは、意地悪な遊びを始める前と同じ空中の距離でもって、さも残念そうに溜息をついて見せた。
取り残された獏良は半裸のまま、自由を取り戻した手で咄嗟に身体を抑える。恐らく手が勝手に動きそうになったのだろう。バクラの前で、自分の意思で自慰することを押さえつけて、その手はぎゅっと、剥がれかけた寝間着を掴む。
「どうした宿主サマ、てめえの望みどおりやめてやったぜ? 何回も云ってたもんなあ、やだ、ってよ」
「おま、お前っ……!」
「そんな睨まなくてももうしねえよ。顔も見たくねえだろうからな、オレ様は部屋で大人しく反省しててやるさ。邪魔もしねえ、ゆっくり寝な」
二の句は告げさせない。涙目で睨む瞳の意味は怒りではないことを知っていて、あえて浮かべるのはしおらしい表情。
中途半端――いや、寸でのところの絶頂手前で放置された獏良を置いて、バクラはすう、と闇に溶ける。
半身ほど残したところで、ふと、まるで思い出したかのように云ってやった。
「まさかとは思うが、一人で続きなんざ……しねえよなァ?」
「ッ!?」
「あんだけやだやだ云ったんだ、するわけねえよな。いやいや失礼なこと云って悪かった」
じゃ、ごゆっくり。
それだけ云って、本当に、バクラは獏良を残して現実から姿を消した。
辿り着く闇の底、心の部屋で、ひゃは、と漏れる笑いが止められない。
「さあて、どうするんだか」
頑固な宿主サマ。快楽に弱い宿主サマ。はたしてどっちが勝つのやら。
妙にひねくれた獏良のことだ、恐らく自分の手を汚すような真似はしないだろう。きっとしばらく我慢をするはず。耐えきれずに泣き付いてくるのは今夜か、明日か――どうせ明日も休むのだから、日付はいつでもかまわない。
あんな風に絶頂の手前で放置したのだから、自分で片づけない限り、ゆっくり眠れはしないだろう。そして、獏良了の身体は手緩い自慰で満足できるほど初心でもない。
昨晩の一戦の後に追加したセックスも、時間つぶしがてらのじゃれ合う程度。きっと、火照った身体をよりじれったくさせるよう効果的に働いてくれる。
そうなれば当然、療養も出来ず風邪は悪化。
良いことだ、獏良の意に背くような真似はしていない。
その上での意地悪。そうやって我慢をして、たっぷり濃い精を貯め込むといい。どろどろに固まる欲望で、昨日打ちこんだ種はよく育つ。肥大したそれを啜るのはいかにも美味そうだ。
(たまんねえな、オイ)
今頃唇を噛んで悶えているであろう、己が宿主の顔を想像する。ああ、ちくちくと、ざくざくと、抱え込んだ欲の袋を言葉の針で刺して苛めてやりたい。
よりよく、より深く、愉悦を味わう為にもそいつは我慢することにした。メインディッシュは最後に食べるからこそ美味さが増すのだ。
「せいぜい頑張って溜め込んでくれよ、宿主サマ」
ここで囁いても聞こえない。その分たっぷり悪意を込めて、呟く声は甘く滴る。
折角だ、自分の熱も溜め込んでおくとしよう。
獏良ほどではないにせよ、未だこみ上げたままの嵩の低い快感をあえて処理せず、バクラはもう一度ひゃははと声高に笑った。