怨んでなんかいないけど、【*】
Q 「もしボクが女の子だったとしても、ああいう方法で言うこと聞かせようと思ってたの?」
借りてきたビデオの映像を眺めながら、獏良は中空に向けてそう問いかけた。
すぐに応えるのは、意地の悪い笑い声。バクラの気配が首筋を撫でて、身体には残っていない「ああいうこと」――即ち情事の痕を悪戯に突付く。画面を見つめる獏良が手で払うと、その見えない掌はひらひらと遠くに離れていった。
「当たり前ェだろ。逆に女の方が都合が良いじゃねえか。孕ませてさんざ痛めつけた挙句堕ろさせるもよし、いっそ産ませて、ガキを人質にとるって手もあるな。いくらでも使いようがあるぜ」
「もとの身体がひとつしかないのに、、どうやって妊娠させるつもり?」
「…あー」
その場の乗りで出た言葉が一蹴、そして詰まる。悪言を難なくかわした獏良は、ソファの上のリモコンを取り上げて早送りのボタンを押した。モニタの中で惨劇が高速展開される。身の毛もよだつようなおぞましい映像も、二倍速になるとどこかシュールだった。暫く早回された後、ピ、と音がして、通常再生に戻る。
追いかけられる外国人女性が、狂気を浮かべた男に髪を掴まれて引き摺り倒された。手にした凶悪な武器が振りあがって、そして、腹を割かれる悲鳴。画面が真っ赤に染まる。
何が可笑しいのか、そこで獏良が、くすくす、と、笑った。良い趣味してやがる、とバクラが呟く。
その気配に向かって、にこり。
「ねえ、出産ってさ、すっごく辛いらしいよ」
「あン?」
「子供を産むのって、すごく痛いんだって。男じゃ想像できないくらい痛くて辛くて苦しくて、もういっそ殺してくれって思うくらいだって。お前が昔どんな目にあってきたのかボクよくしらないけどさ、どっちが辛いかな」
「何が言いてえんだ、宿主さまよォ」
訝しげなバクラの問いかけは、二度目の絶叫でかき消された。湯気でも立てそうな新鮮な腸が、女性の腹から引き出される映像が続く。にこにこと笑みを浮かべている獏良の顔は、まるでホームコメディを観ているかのような暢気さだ。
「もし子供が出来ちゃったら、どっちがお母さんになるのかなあ?」
沈黙。
「…ハァ?」
「もしもの話だよ。産むタイミングでさ、どっちが身体に居るんだろうね?どっちがそんな、拷問みたいな辛い痛い酷い目にあうのかな。やっぱりボクかな」
バクラが獏良の顔を覗きこむ。それはそれは訝しげな顔で。
笑顔には狂気も変態嗜好も見当たらなかった。スプラッタとオカルトを愛好するようになったきっかけははたしてこちらの影響なのか、それとももとからそうだったのか。定かではないが(そしてそれはバクラ自身にも好ましい傾向だが)、この人畜無害な顔で血飛沫の宴ををどのように楽しんでいるのか、さしもの彼も心の部屋を覗いてもよく解らない。
死の直前の痙攣を繰り返す女性のすさまじい表情を眺めながら、再び獏良は口を開いた。
「ちょっと体験してみたいなあ、そんな、とんでもなく痛いの」
どこまでも無邪気な表情で、そんな言葉。
「…宿主サマ、ひょっとしてマゾに目覚めたんじゃねえだろうな」
「まあ、あれだけお前に酷い目にあわされたんだもん、そっちに逃避してもおかしくないよね。今はもう全然平気だけど、あの時は辛かったなー。毎晩毎晩無理やり犯されてさ」
「素直に言うこと聞かねえ宿主サマが悪いんだろ」
「あははははは」
不機嫌な返答に、底知れない笑い声が重なった。画面の中の男があげる狂気の哄笑もまた、重なる。
画面は切り替わって、警察官らしき男が女性を検分しているシーンがモニタに映し出された。シートをかけられた惨殺死体はもう、その姿を晒すことはない。ただグロテスクな肉片と蝋のような色になった腕が落ちているだけだ。
その映像をまた早送りして、獏良は朗らかに呟いた。
「もし産むことになったら、やっぱりお前に代わってもらおうっと」