双子のsevered head.
「デートしようか」
という珍しいお誘いが獏良の口から発せられた、現在時刻は0時56分。
答えを待たずに玄関の扉を開いて、靴先が星も月もない外へと躍り出た。
「…で、行き場所がオカルトスポットかよ」
荒涼とした空気漂う廃病院の入口で、バクラは低く唸るように呟いた。呼吸は二つ。そのうち、獏良が吐き出した分だけが大気を白く濁らせて消える。
廃病院は、人里から少し離れた場所に、闇に同化してぽつんと建っていた。
無数に並ぶ窓はあちこちが砕けており、無論、灯る明りはひとつもない。
夜に目が慣れて漸く視認できるその建物は、入院病棟が左右に連なったよくある形状をしていた。総合入口と思われる硝子の無い鉄枠の扉が、ぽっかりと口をあけて二人を迎え開いている。
両手を後ろに回して組み、獏良は不思議そうな顔でバクラを振り返り見た。
「幽霊とか、お前好きなんじゃないの?ここ出るらしいよ」
「どっかの誰かが勝手に決めたモンだろうが。何もいねえよ」
その言葉に、獏良がぱちぱちと二回瞬きをする。
「すごいね、解るんだ。ひょっとしてその髪アンテナ?」
「褒めてんのかけなしてんのかどっちかにしやがれ」
「褒めてるよ。これからはお前を幽霊レーダーって呼ぶことにするよ」
「何の役に立つんってんだよそれが!」
「お前もとから何の役にも立たないじゃん」
さらりと暴言。バクラが顔を引きつらせて、沈黙。
ごくごく自然に役立たず呼ばわりされたその不条理な怒りをどこにぶつけたらよいのか。物体に触れないこの現状を腹立たしく思いつつ、握った拳のやりどころはどこにも無い。小動物ならば視線で射殺せそうな目で睨んでも、獏良はどこ吹く風で建物を見上げるのみ、だ。
ざ、と音を立てて木立が揺れる。不法投棄されたゴミががたがたと音を立て、獏良の髪も風に巻き上げられて大きくなびいた。
廃棄物ばかりの汚れた場所に、白く長い髪が翻るのはどこか不釣合いで幻想的だった。無頓着なのか意図的に伸ばしているのか定かではないが、その手触りと視覚効果は悪くない。と、密かにバクラは思っている。
「何もいないんじゃ、つまらないなあ」
がっかりした口調でそう言う一歩後ろで、バクラは頭を掻いた。
「誰が死んだだの事件があっただの、人間は好きだろ。宿主サマみてえな好きモノが流したデマなんじゃねえの」
「じゃあさ、もしボクがここで死んだら本物のオカルトスポットになるんじゃない?」
ざざざ、と、先程よりも強い風が吹いた。
髪が揺れる。暗闇の中で、まるでそれ単体が光を発しているかのように。
太陽の眩しさではなく燐光の、浮かび上がるような青みががった白がゆらゆらゆらと視線を奪う。
着るものが無いという理由で羽織ってきたコートはバクラのものだ。黒く黒く、夜に同化する影の色。立てた襟のせいで項も見えず、まるで生首が浮いているようだ。長い髪をした、綺麗な生首。
後ろから肩を掴もうとして、何となく、止めた。
代わりに一歩踏み出して、廃墟を見上げる獏良の隣に立つ。
同じ姿をしているのだから、きっと、二つの生首が廃墟の前に浮いているように見えるだろう。
「自殺なんざ誰がさせるかよ。宿主サマに死んでもらっちゃ困るんでね」
首を傾げるようにして、獏良がバクラを見た。横目でバクラも、己が宿主を見やる。互いに少しだけ笑った。
そうだ、死ぬのはまだ、早い。
獏良が両手を天に向けて、ぐうっと大きく伸びをした。
「残念だな。同じ顔した二人組みの幽霊が出るって有名になれるのに」
「オレ様道連れ!?」
「当たり前じゃない。さ、帰ろっか。寒いからお前代わってよ」