【同人再録】ヤドリギの果-2【R18】
つまり――そういうことなのだろう。
長いながい思案のあと、獏良は痛々しい溜息を吐いて項垂れた。
学校に行く気にもなれず、久々の仮病を使って休んだ朝、昼を経て夜まで。今までずっと上手にこなしてきた普通の高校生の生活を放置して、獏良はベッドの中で考え続けていた。
暗闇を微かに照らした涙の光。
輪郭すら浮かばなかったのに、うっすら見えた彼の姿。
光に怯え、丸まって唸った意味。
(ボクの心の闇は、きれいな闇じゃなくなってしまった)
ぎゅ、と胸を押さえつけ、唇を噛むとバクラと同じうめき声が漏れた。
皮肉と呼ばずに何と呼べる?
自己愛と自分勝手、寂しがりでそのくせ我儘で、孤独が怖くて拒絶に怯え、そしてそんな汚い自分を認めたくなくて押し殺し――そうすればするほど濃くなったもの。それが獏良了の心の闇だった。バクラが居心地がいいと笑ったその場所は、ネガティブが凝って形成されたものだった。
それが、彼を――傷ついたバクラを迎え入れたことで、変わってしまった。
純粋に彼を想い、守ってやりたい、大事にしたいと思った。
現実世界においては望ましい、美しい感情だ。賛美されるべきそれは、しかしバクラにとっては毒でしかない。
獏良が心から彼を想えば、心の部屋の闇は薄まり、明るくなっていく。
(光で濁ってしまった。もうバクラが褒めてくれた心じゃない)
それどころか真逆なのだ。彼を貫いた光の槍と同じ、痛めつける属性を持っている。幸いまだ涙一粒程度、闇を晴らすほどのものではないにしろ、これからバクラを想えば想うほど、光は強くなっていくだろう。
纏っていた闇を剥がれたバクラは赤い肉を晒している。そんな彼に強い光を浴びせたら今度こそ死んでしまうかもしれない。むき出しの神経に硫酸を浴びせるような酷な真似を、望まなくてもいつか、獏良は引き起こしてしまうのだ。
どうして変わってしまったのだろう。
自己愛の塊の自分を愛していたはずなのに、これでいいと思っていたはずなのに。
(バクラがあんなに痛々しい姿で帰ってくるから――)
庇護欲なんて、妹が死んだ時に永遠に亡くしたと思っていたものが、今更掘り起こされてしまった。
かつてバクラと過ごした時間は停滞の一言に尽きて、その間、変化を止めていた心はバクラの帰還と共に時計の針を動かし始めた。人間らしい部分が時間の経過と共に芽吹き始め、もう今は、立派に育ってしまっている。
全て終わったことで、他者へ感情を向ける余裕が出来た。
時間は、獏良を変えてしまった。
(ボクはどうしたら、どうしたらいい、こんな)
羽根布団を抱え込み、込み上げてくる嗚咽を抑える。
もっと汚いことを考えて、もっと利己的に考えなきゃ。そうして闇を濃くしていかないといけない。今自分が感じている慈愛の心はうそっぱちだ、自愛なのだ。バクラを失いたくないから優しくしているだけで、大事にしたいのも守りたいのも、自分が一人になりたくないからだ。誰かの為じゃなく自分の為だ、いつだってそうしてきたのだから今回だってそうなのだ――繰り返し、繰り返し、呪詛のように獏良は言い聞かせた。
(あんなきれいな涙をこぼすボクは、ボクじゃない)
されど、呪いを吐き出したところで結局は焼石に水だった。わかっていた――その思考こそがまた尊さを生み、却って光を放つ。他者の為に汚れようとする自己犠牲はまばゆかった。光を放つ電球の表面をインクで塗りつぶしても、内側からの光が無くなるわけではない。
最早自分は、バクラにとって害悪でしかない。
「どうして……」
誰の耳にも届かない慟哭が、シーツの隙間でのたうつ。
今日も会いに行くつもりだった。一日でも間を置いたら、血だまりと砂の匂いを残して消えてしまう気がした。
会ったところで傷を増やすだけだ。拒絶されて自分が傷つくことより、バクラに光を見せることが苦痛だと思ってしまう。こんな思考は今までになかった。愛なんて、そんなものは依存でしかないはずなのに、今はもう、形をかえてしまっている。
それでも――会いたい。
(よかった、ボクにもまだ、我儘で自己中心的な部分がちゃんと残ってる)
今はその感情に飲まれてしまいたかった。できればそのまま昔の自分に戻りたい。
思考続きで疲弊した精神は、やがていつものように眠りのはざまで、心の奥へ向かっていった。覚束ない足取りのはずが、今日は皮肉なほど確かな意思を持って、彼岸の川を渡れてしまう。
せめて一目、一言だけでも言葉を向けて。
それで今日は戻ればいい。
会ってはいけないと思うほど会いたがる厄介な心にうまく重しを付けられたらよいのだけれど――
ドアノブを回すのも勇気が必要だった。
そっと開くと――もう、辺りは明るくて。
「ッ……!」
まっしろな部屋に灯りをつけていないだけ。その程度の暗闇しか、この場所にはなかった。床にあたる部分のあちこちにのたうった血の跡と闇の残滓がこびりついている。
そしてその片隅で、真っ赤で真っ黒で、歪な塊となったバクラが、呻き声をあげていた。
「バクラ、バクラぁ!」
扉を壊しかねない勢いではねのけた獏良は、絶叫しながらバクラの元へと駆けていた。あちこちの血だまりに足を滑らせながら、眠り堕ちる前の姿、寝間着と裸足のまま走る。
ばかだった。朝から夜まで悩んで悩んで、そうして答えを出してしまったからだ。心の部屋は心境をそのまま映す、その意味を忘れていた。
光の正体に対して、疑問のままなら薄闇だっただろう。自分の心を酷く客観的に鑑みて、考察の光を当ててしまったせいで、疑問が確信となり心の闇をも晴らしてしまった。利己的であれとかけ続けた呪詛が却って尊さを浮き彫りにしたあの時、きっとバクラも光に蝕まれていたのだ。無自覚に心を動かすだなんて、何て愚かなことを――
バクラに操られていた時は思考を完全に放棄していたのだから、今だってそうしていたら。
何も考えずにいたら、いましばらくの停滞くらいはできたはずなのに。
既にバクラの姿を隠す闇は薄い。輪郭どころか、形まで分かる。
予想はしていたが、それ以上におぞましい姿をしていた。記憶にある黒い外套は赤く染まり、それで身体を覆ってはいるがまるで化け物だ。汚れ乱れた白髪、その隙間から人のものとは思えない、鱗やタールのようなものをはりつかせた皮膚が覗く。外套ごと肩を掴み震えている手――手なのだろうか、節くれ立ち、いくつも分岐したそれは枯れた枝のようだ。尾のようなものも生えており、半ばから折れてグロテスクな断面を晒している。
だが、そんな外見が何だというのだ。
こんなになるまで傷ついた彼を、誰が醜いと思うのだ。
「バクラ、ごめん、ごめんよ」
獏良は幾度も謝りながら、蹲るバクラに覆いかぶさって、薄く降り注ぐ光から守ろうとした。
しかし、こぼれた涙が彼の外套に落ちた時、バクラは苦痛の叫び声をあげてのたうった。愕然として広げ見た自分の両手が淡く尊い輝きを放っていることに気が付き、獏良もまた嗚咽を零す。
守ることもできない。
抱きしめることも、庇うことさえ。
何も出来ない無力さを、ただ噛みしめるほかなかった。
「ごめん、ボクはお前を救えない」
せめて両手で顔を覆った。涙が降り注いでしまったらまた傷つけてしまう。きれいな涙は勝手に溢れて止まりそうになかった。
「かわいそうなボクって思えない、お前を助けられないボクが哀れだって、昔ならきっと思えたのに、もう駄目だ、ボクはお前の宿主になれない」
しゃくり上げながら言葉を吐き出すと、ますますあたりが明るくなって辛かった。バクラが這ってくる音が聞こえる。痛々しい、生々しい音と匂いを伴って、こちらに寄ってくる。
「だめ、だめだよ、来ちゃいけない、お前が痛い思いするだけだ」
ひょっとしたら慰めてくれようとしているのかもしれない。それなら尚更近くに寄らせるわけにはいかないと、獏良は涙を払って背中を向けた。少なくともここに留まり続けなければ、余計な光を与えずにすむ。現実に戻って、汚い自分をどうすれば取り戻せるか、苦しめない為にどうすればいいか、対策を練らないといけない。
もし、もしそれすら、思考すらも駄目なのなら、もう。
「……お前を傷つけることしかできない、なら」
辛いけれど、本当に、悲しいけれど、
「もう、ボクの心には居させてあげ――」
ぐちゅん 。
言い募る言葉を、遮って。
獏良の胸から、赤紫色の何かが生えた。
「な……ん、」
貫く音は鈍く、引き抜く音は――粘性を持って、滑らかだった。
不思議なことに痛みはなかった。身体がない場所なのだから当然なのかもしれない。ただ呼吸が出来なくなったかのような、急激な息苦しさがあった。息を吸っても肺に届かず、吐き出したくても口から出てこない。真っ直ぐに胸を貫いた虚穴からすべてが漏れ出す、そんな感覚だった。
立ち尽くす獏良の足を、何本かも分からないバクラの指が掴む。引き倒された所に伸し掛かってきた彼の重みは、見た目よりもずっと重たく、濃い闇の臭気を放っていた。
べちゃり、どちゃり。這いあがってくる赤と黒の塊。
節くれ立った指が獏良の胸のあたりの衣服を捕える。ずるり。持ち上がった顔は真っ黒で、目だけがやけに爛々と輝いていた。
「あ、ぁ」
光を憎む瞳だった。
燃えている。力なくし弱り切ってなお、憎悪の意思で獏良を睨んでくる。
貫き引き倒す、その行為はバクラにとっても大きな負担になったのだろう。歪な輪郭は不自然に蠕動し、大きく引き攣りながら荒い息を吐き出している。
(ああ、今のは、バクラが)
やったんだ。
今更になって、獏良はこの胸の大穴を開けた犯人がバクラなのだと思い当たった。血の代わりに何かがあふれているのが分かるが、それが清い心だったらいいのにと思った。全部流れ出てしまえば、万事解決なのだ。
バクラに言葉はない。ただ圧し掛かり、圧迫してくる闇の塊だ。
光を蝕みたい、犯したい、憎い、それはきっと習性に近い。闇そのものだと言ったバクラにとって、対するものがそこにあるだけで苦痛なのだ。居心地がよかった最後の聖域を汚されて怒っている。
たとえ、汚しているのが聖域の生みの親だったとしても。
そこまで行きつく思考を、彼はなくしている。
外套の内側は影になっていてよく見えない。けれど、そこからうぞうぞと闇を滴らせた触手のようなものが無数に這い出てくるのが見えた。両手は胸倉を掴んで離さない。触手たち手とは全く違う目的を持っているかのように、侵食の意図を孕んで、獏良の肌を暴き始める。
ぬるぬるとした感触は知らなくても、触れる動きは悲しいほどにバクラの指とよく似ていた。
閉じそうになる瞳を叱咤し開くと、真上にバクラの顔があった。頬に額に、血交じりの闇がぼたぼたと垂れてくる。
闇の対極になり始めた獏良を、憎む目がそこに有った。
同時に、まるで泣いているようにも見えた。
どうしてだろうか、二重に見える。獏良を憎む目と一緒に、誰かが慟哭している。その顔は見たことも無い顔をした、けれど少しだけバクラに似た、紫の瞳の子供だった。
(きみはだれ)
獏良の胸に縋って泣いている、寂しがり屋の少年。
(ボク、に、にてるね)
撫ぜてあげたいくらい、そっくりだと思った。
あの日、置いて行かれた自分自身の泣き顔と同じだ。寂しくて悲しくて、大事にしてほしかったのに、一人にしないで欲しかったのに、不条理に引き裂かれ孤独になった者の表情。
「だれ、だろうね、まるで、バクラがいやがってることのほう、欲しがってる、みたい」
優しくしてほしそうな、抱きしめてほしそうな、顔。
幻覚かな。
「バクラじゃない、よね」
少なくとも獏良にとって、それはバクラではなかった。光を疎むもの、闇に巣食うもの、それがバクラ。この子供はよく似ているけれど、どちらかといえば獏良の方が余程近い。
心の部屋が見せる幻だ。
だったら、いらない。
縋る手に手を重ね、拒絶の意思を込めて、少しだけ押す。
子供は怯えた動きで手を震わせ、絶望の目で獏良を見た。胸が痛む。どうして、と言われているような気分になった。
「ボクのこころは、バクラにしかあげられないんだ」
幻覚の君はきっとボク自身だ。ボクはボクを、救わない――そう、囁くと。
「――、――!」
少年は声にならない声で何かを叫んだ。
なに、と、獏良が問おうと息を吐き出すと、その吐息に触れただけで、少年の幻は消えてしまった。
その意味が分からないまま。
多分きっと、もう二度と会えない、一瞬の幻だった。
不意に、ぐ、と、下肢に圧迫を感じた。
「ひ、ぅ」
急に意識が引き戻される。
この痛みを知っている。現実世界では決して感じることのない、心の部屋でだけ繰り返した、爛れた行為の感覚だ。
自分の身体の内側に、別のものが入ってくる。ただ、記憶よりもずっと太くて冷えた、おぞましい肉のかたまり。身体は覚えていても意識が追い付かない。
「うん、うん…ごめんね、ちゃんと、お前を見てるよ、だいじょうぶ」
うわごとのように呟いて、獏良は長い息を吐く。
手負いの獣は不機嫌に喉で唸りながら、いよいよ本格的に、獏良を貪る準備をし始めた。
(――ああ、バクラはボクを穢したいんだ)
繊手のついた触手がべたり、まず頬を舐め、赤黒い体液の跡を残しながら獏良の肌を滑る。耳孔にも入り込む動きはバクラの舌の動きにそっくりだ。普段より少し熱い吐息と揶揄まじりのやどぬしさま、という声があったら、記憶どおりのバクラになる。
そう思うと、ぞくり、と、身体中が喜んだ。
すとんと周りの明るさが一段階落ちた――否、堕ちた。
なるほどそういうことなのか。バクラのしたいことを理解して、獏良は震える息を吐き出した。
「いいよ、バクラ」
ボクのきれいな部分をころして。
「もしかしたら、ほどんどきれいになっちゃってるかもしれないけど、そしたら、ごめんね、手間…かけさせちゃう」
ボクは闇に染まれるだろうか。元のボクに戻れるだろうか。
そうであればいいという願いは、かなわないことを知っていた。蝕まれた後の自分を想像できない。そこに自己は、きっとない。あるのは犯されてびたびたに浸された新鮮な闇と、そこに溶ける自分の姿だ。
バクラに成るのだ。
そこに個はなく、一つになる。
バクラの一部になることと、同義の結末。
「いいよ、バクラ」
ずぐん、と、またひとつ、冷たい肉が内側に入り込んできた。痛みを通り越して甘い痺れさえ感じる。目の前の荒い息を吐く獣は見知ったバクラの姿に見える。青い瞳を皮肉に細めて、薄い唇を歪ませて笑う。先をとがらせた舌先で首筋を辿り、やどぬしさまと呼ぶのだ。きもちいい、それしかない世界で、侵食されてゆく身体が火照る。
「ん、っう」
口の中ににゅるりと押し込まれた触手を、いつかバクラにしたように、性器に見立てて愛撫した。まだ固くなっていないそれを育てる時と同じ動きで、丹念に下から上へ、優しくあまく、しごき上げる。このやりかたもバクラに教わったのだ。まず身体に覚えさせて、それから復習させるのがいつだってバクラの教育方法だった。腰が蕩ける程執拗に、獏良はバクラの口と舌でもって絶頂を与えられたものだ――気持ちいい、を、刷り込ませて、それから同じようにやってみせろと囁いた。口淫に耽るうちに自分がしゃぶっているのかしゃぶられているのかも分からなくなり、はしたなく射精してしまったこともある。恥ずかしくてたまらなかった。気持ち良くて、死んでしまいそうだった。
その時のことを思い出すと、獏良の身体は従順に反応を示した。重たいバクラが乗っているせいで身体ごととはいかないものの、爪先を床に押し付けて腰を持ち上げ、強請る仕草で前後させる。二本の触手――否、獏良にとってこれはバクラの性器そのものだ――が我先にと奥へ入り込もうとするのを、腰を前後させることで抜き差しの動きに返る。強引なピストンに、獏良は泣きそうな声を上げた。
「ひっ、ン、ア、ばく、バクラ、に、な、ぁあ、」
ねぶり散らす舌がもつれて言葉にならない。言いたい言葉が込み上げて悲鳴でつかえる。
お前がボクの全部になるならそれでいい――そう、言いたいのだけれど。
(ねえ、ボクら二人になろうって言ったけど、こういうのなら、ひとりでいいよ)
独りではなく、ひとりならいいと思った。そこに孤独はない。意識すら無くなって溶けてしまうとしても、事実として、二人は永久に別たれる
ボクとお前がひとつになって、ひとりなら、それでいい。
(それでいいよ、バクラ)
抱きしめられないもどかしさに泣きそうになった。背中に爪を立てて、今どれくらい気持ち良いと感じているのか教えてあげたい。繰り返した性交のどれと比べても、今ほど満たされた気分になれることはなかった。内側に熱を打ち込まれても皮膚と皮膚は反発し合い、結合は仮初だった――蕩けるほどの摩擦を繰り返せば繰り返す程、ひとつになれないことを思い知った。
これからは違う。隔たりなど、何もなくなる。
歓喜で跳ね上げた下肢で、ひとつ精が弾けた。
(ボクは、ずっとこうなりたかったのかもしれない)
射精の痙攣を繰り返す身体をねじ伏せ、バクラは不恰好に腰を進める。
あたりは薄明りから黄昏の裾を引いて、暗くなり始めた。獏良が、バクラが、疎んだ光の気配が徐々に塗りつぶされていく。
ごぷん。粘度の高い音を立てて、不意にバクラの腕が折れた。
「ぅくぁ、ッ」
支えを失い、胸にどんと重く伸し掛かる体重に獏良は呻く。肘あたりでまだ筋を繋げたままの腕が折れて?げ、赤く染まった外套は袖の分だけが空白になっている。
光を犯すことは、バクラにとって大きな負担なのだ。獏良が闇に堕ち切るまで、彼という存在は保てるだろうか。
(ボクの心が死ぬのかはやいか、バクラが先かな)
申し訳ないけれど、バクラには頑張ってほしい。二回もの喪失に耐えられる自信はない。間違いなく獏良了という人間の心は砕けるだろう。そうなれば何もわからなくなるのは分かっているけれど、身体だけでもバクラのいない世界に残されるのは堪え切れない。
「じょうずに、ボクをたべて、ね、バクラ」
からっぽになった身体は、お前にあげるから。
バクラの異形の顔が首筋に押し付けられる。冷えた舌先が首筋を、まるで味定めでもするかのように舐める。
しゃあ、と、蛇のような息を吐き出して、バクラは――多分、哂った。
それが応の返事だったような気がして、獏良は満足げに目を閉じた。
きっとだいじょうぶだ。
ボクはもうじき、バクラの一部に成れる。