【同人再録】TRIPOD365!-3

 下校のタイミングを狙っての待ち伏せ。
 突発的に思いついた計画を即座実行した盗賊王は、童実野高校の門前に車を停めた。
 双子が常に一緒に帰宅しているわけではないと知ったのは、共同生活を送るようになって一ヶ月ほど経った頃だった。どうやらスーパーで大量に食料を買い込むタイミングだけ、二人は肩を並べて下校するらしい。つまりバクラは荷物持ちの為に駆り出されているのであって、昨日それが済んでいるのだから今日は了一人なのではないか――と。
 盗賊王は早く終わった仕事場から帰宅する最中にそれを思い出し、急遽ハンドルを切った。
 移動用に使っている車は獏良家のマイカーである。父親が免許を持っているものの、不在がちであるが故に全く使われることなくマンションの車庫で眠っているというそれを勝手に拝借した。双子は免許を持っていないし、寝かせておくよりは有意義だと思ったからだ。
 背が高く、痩せぎすながらも筋肉逞しい盗賊王に、軽自動車は些か狭い。それでも交通費の出ない派遣業にとって足があるのは大変便利なことだった。
 使用者が盗賊王一人な為、車内は徐々に彼の体臭が移り、彼の使いやすいように物の配置が変わっている。長い足が収まるように最大限まで下げたシートや尻に敷かれて久しいシートベルト。ダッシュボードには愛用のアクセサリーが放置されている。
 最早愛車と呼んで差支えない、青いボディを童実野高校の門前に着ける。まだ空は明るい――日が落ちるのが随分遅くなった。下校時刻をとっくに過ぎた夕方でも、グラウンドには強い日差しが作る濃い影が広がっていた。
 車を止めた時点で、ああそういえば了はまだ学校にいるんだろうかと今更なことを考えた。授業はとっくに終わっている時間だ。思いつきで来てしまったがもしかしたらとんだ無駄足だったかもしれない。ここ最近仕事が長丁場だった為、了とすれ違ってばかりなのが原因か。顔を見たいと勢いでやってきてしまったなどと何とも情けない話だが、惚れた弱みなので仕方ない。
 いとこの双子の可愛い方こと了に目を付けたのは、もうずいぶん昔の話だ。親戚の集まりで顔を合わせる度にこいつは数年後に確実に化ける、と若造の時分から思っていた。そしてその頃から、双子の片割れは同じ顔をしていてもちっとも可愛くなかった。
 眼つきが異常に鋭いそいつは、ふと気が付くと了の傍にいる。邪魔なガキだと常々感じていたものだ――まさか高校生になっても全く変わっていないとは思っていなかったけれど。
 バクラは賢しい、と改めて認識したのはごく最近だ。ダブルブッキングを防ぐという建前で始めた了の取り合いゲームで、彼は随分とせこい手を使って、盗賊王から了を引き離そうと画策している。昨日のターンも奪われてしまったし、まったく厄介な相手である。
 だが、正直なところ特に焦ってはいなかった。
 例えば百の策でバクラが了を籠絡しようとも、そこから奪い取るだけの自信が、盗賊王にはある。根拠はないが、惚れた女は奪ってなんぼ、という自信の矜持は揺るがないのだ。
 故に、バクラと正反対に盗賊王は策を弄しない。今回の待ち伏せも、仕事の着替え中にふと思いついた作戦とも云えぬ作戦だ。否、策ですらない。今はとにかく了の顔が見たい。あわよくば触りたい。それだけだ。
(もし帰っちまってたら、まあ土産でも買ってってやるか)
 などと気楽な考えで、盗賊王はまだ仕事の名残汗で湿っている髪をがしりと掻き上げた。
 尻のポケットに押し込んだ携帯電話を引っ張り出し、メモリを探って了のアドレスを引き出す。メールは面倒なので着信にする。耳に当てると、了がくれた変な動物らしきマスコットがぶら下がったストラップが軽く頬を叩いた。
 三秒ほどのコール。ぷつん、と繋がる音。
『もしもし、バクラ?』
 古い機種の携帯の所為で、音は良くない。それでも可愛い従妹の声は盗賊王の顔を緩めるには十分だった。
「おう、今どこだ」
『まだ学校だよ。どしたの?』
「そっから校門見えるか?」
『うん、え、何?』
 ばたばたと動く足音が響く。恐らく窓際に移動しているのだろう。
 視力が抜群に良い盗賊王は、電話を耳につけたまま窓を開けた。紫の眼を細めて校舎を眺める。視界の端に一つ、今まさに開いた窓があった。
 流石にそこにいるのが了かどうかは判別できない。試しに車から手を出して持ちあげてみせると、電話の向こうで、あ! という声があがった。
『え、いるの!? あの車バクラ?』
「おう。乗っけてってやるから降りてこいよ」
『うん、ちょっと待ってて!』
 それから、先に帰るね! とクラスメイトあたりに話す声が聞こえ、通話が切れた。携帯をポケットに戻し、ハンドルに肘で寄りかかりながら了の到着を待つことにする。
 ほどなく、制服のスカートを翻した了が校舎から出てきた。西日を浴びて橙色に染まった長い髪が揺れるのが綺麗だと、柄にもなく思う。
 助手席の扉を引き開けた了は、鞄を後部座席に放り出して、えへへと笑った。
「びっくりしたよ! 今日も遅くなるんだと思ってた」
 などと云う、了の笑顔は梅雨明けの太陽よりも眩しい。ここのところご無沙汰極まりないこともあり、その表情だけで喉が鳴るのは重症だ。これも惚れた弱みである。
 思わず手を伸ばしてしまいたくなるのを、なんとか堪えた。今日は自分のターンではない。例えバクラの目がなくとも、ルールを違えるのは本意ではなかった。違反しなくてもどうせ勝つのは己であるし、第一そういった勝ち方は好きではない。ズルをして奪うのではなく、堂々と勝者の立場で奪う方が気持ちいいに決まっている。
 しかしゲーム上はともかくとして、欲望的には触れたい。それも早急に。
 教室から駆け下りてきたらしく、薄く汗をかいた了の匂いは嫌が応にも下半身を熱くさせる。むらむらするなという方がおかしい。
「迎えに来てくれてありがたいよ、暑いからさ。あー、クーラー涼しい!」
 などと車内のエアコンを操作している横顔を眺めつつ、盗賊王はふと思った。
 腕時計を確認すると、十七時過ぎのデジタル表示。中途半端な時間だ。このままマンションに帰っても暇な時間が出来る。そして、家には既にバクラが帰宅している筈だ。
 こちらは触れられないというのに、バクラが見せつけるように了に接触する様を指をくわえて見て居ろということか。それは非常に胃に悪い。
「なあ了」
「なあに?」
「駆け落ちしようぜ」
「へ?」
 我ながら唐突な提案である。
 さっぱり意味不明、と顔に書いて、了は首を傾げた。
「かけおち?」
「ま、七時くらいまでのな」
 ふざけて云うと、そこで漸く意味を理解したらしい。了は少しぽかんとしてから、やがてくすりと笑って、いいよと云った。
 白い手がシートベルトを引っ張って、装着するのを横目に見る。一瞬、盗賊王がベルトをしていないことを咎める視線が向けられたが、云っても無駄なので注意はなかった。
 そうして、校門を半ば塞いでいた車を発進。
 いつも曲がる交差点を直進して、盗賊王は特に場所を決めず適当に運転を始めた。
「寄り道っていえば良いのに」
 見慣れた風景が知らない風景に変わっていくのを眺め、小さく笑いながら了が云った。
「ニュアンスが違ぇだろ。いいじゃねえか、駆け落ち。了がいいってんなら本当にさらってやろうか?」
「面白そうだけど、それならバクラも一緒にね」
「バァカ。それじゃ駆け落ちになんねえよ」
「あは、そうかも」
 あっけらかんとそんなことを云うあたり、了はやはり三人暮らしが幸せなのだと悟る。
 それを叶え続けてやりたいと思う部分も、なくはない。それでもやはり、男は独占したがる生き物だ。好いた女を共有するのは気分が良くない。
 だが無理に奪うことは――それこそ力ずくの駆け落ちでも何でもして――了の笑顔を曇らせると知っていた。無論、時間を掛ければバクラのことを忘れ自分だけのものになるだろう、否、してみせるという自信はある。けれど現状、了はこの上なく幸せで嬉しそうであるから二の足を踏む。
 段々と夕闇を引きずり出した空の下、車は市街地を抜けて海岸線に出た。あと数日もすれば海開きになり、賑やかになるであろう砂浜を右手に見下ろす車道を行く。
「そういえばね、バクラが最近ちょっと変なんだ」
 その「バクラ」は自分ではないことは、言葉の雰囲気ですぐに分かる。そうかよ、と軽口で返事しながら、ひょっとしてゲームがばれたのかとひやりとした。ちらりと了を伺い見て、片腕でハンドルを操作する盗賊王である。
「何かね、苛々してるっていうか。あ、いつもしてるけどそういうんじゃなくて。
 なんていうかね……子供の時みたいな感じ」
「へえ?」
「今はそうでもないけど、バクラって昔はボクにべったりだったんだよ。どこ行くのも一緒で」
「そりゃあ了が危なっかしいからじゃねえの?」
「失礼だなあ、そんなことないよ。
 ――でね、大きくなってからはそうでもなかったんだけど、ここんとこ急に、ボクの傍にいるっていうか、なんかやたら見てるっていうか。それで苛々してるのが分かるんだ」
 つまりはゲームが影響している、ということだろう。了は知らなくて当たり前だが、バクラはバクラの思惑でそういったことをしているはずだ。彼は聡い。了にそう思わせるのも何かの計算だろう。
 全く抜け目がない――仕事の都合次第では非常に分が悪い盗賊王は、少し面白くない気分になる。
 だが、もっと面白くなくなる言葉が、了の唇から発せられた。
「何かね、ちょっと可愛くてさ」
 ちっとも可愛い顔じゃないのにね。
 と、少しの笑みを含んだ声で聞いた時、盗賊王の手は勝手にハンドルを切っていた。
 急に曲がり、揺れ、そして止まった車の振動に驚いた了が声を上げる。シートベルトをしていなかったら派手にダッシュボードへ額をぶつけていたかもしれない。
「な、なに? どしたの?」
「――面白くねえなァ」
 感じた感情そのままを口にして、しかし盗賊王は前を向いたままだ。
 車を停めたのは海岸線から一本奥へ入った小道の脇だった。住宅地もなく、無論ひと気もない。小さな空地になっているそこへ半分乗り上がる形で止まった車内は、強い西日で長い影を生んでいた。
 逆光で、了の眼では盗賊王の顔が良く見えないはずだ。不安げな気配が伝わる。
 ゆっくり視線を巡らせ、ずい、と顔を近づけた。
 触れてはいけないので、鼻先までの距離で。
「妬けるって云ってんだ、了」
「え、え?」
「忘れてもらっちゃ困るぜ。オレ様はてめえに惚れてて、あいつはオレ様の恋敵なんだからよ。惚れてる男の前で、あんまりアイツの話すんな」
 度が過ぎると、本当に駆け落ちでさらっちまうぜ?
 あながち冗談でもない気分で云った言葉は、まるで脅すような音階を踏んでいた。
 目前に迫った了の眼は丸く丸く見開かれている。先程まで和気藹々と雑談していたのがいきなり空気を換えたことについていけない、そんな顔だった。
 あ、やべ、泣くか。
 咄嗟にそんなことを考えたのだが、フォローする気は起きない。まぎれもない本心を隠すつもりはない。
「了は三人で居るのがいいんだろ?」
「う……うん」
「だったらせめて、平等にしてくんねえとなァ。そしたらオレ様も別に文句は云わねえよ」
 今のところはな、という語尾だけは飲み込んで、盗賊王は獰猛に笑って見せる。
 空気を和ませる笑顔ではないが、了はこの人相の悪さに慣れている。盗賊王が笑ったことで了の緊張も解けたのか、強張っていた肩からかくん、と力が抜けた。
 そして、ふ、と表情が緩む。
 苦笑いのようなそうでないような、滲むような笑みだった。
「おんなじこと云うんだね」
「あン?」
「あいつも同じこと云ってたよ。他の男の人のこと、自分の前で喋るなって。すっごい怒ってた」
「まァ、男だったらそう思うだろうな」
「うん、だからね。
 ――バクラのことも可愛いなって思っちゃった」
 そう云って、ぽんぽん。
 まるで子供にするように、頭を二回、撫でられた。
 呆気にとられた盗賊王はされるがまま、言葉も出せずに了を眺める。
 誰が可愛いって? オレ様か?
 あまりのことに、薄い掌があやすようにつむじの上を前後するのを止められない。こともあろうに、このバクラ様を指して可愛いなどと。相手が了でなかったら拳が飛んでいるところだ。
「男の人って皆そうなのかな。やきもち、いっぱい妬くんだね」
 撫でていた掌がこめかみから頬へ。白く、体温の低い了の手はクーラーに冷やされてひんやりと心地よい。頬に掛かる髪の上から擦られると、何もかも忘れて押し倒してしまいたくなる。
 自然、喉が鳴るのも気づかれただろう。くす、と笑う唇の形は楽しげだった。
「でもボクは嬉しいんだ。二人ともやきもち妬くの、見てて幸せ。
 これって酷いかな、意地悪?」
 まるで小悪魔女の台詞だ。これを狙ってやっていないのが恐ろしい。
 ――全く、本当に、手に負えない。
 盗賊王は暫し呆気にとられていたが、やおら鼻から溜息をついて、
「いいんじゃねェの」
 と云ってやった。
 二人の男を相手にとって、片や剥き出しの、片や獰猛な嫉妬の独占欲を見せつけられて可愛いときたものだ。そしてそれが嬉しいと。
 女と云う生き物は理解不能だとつくづく思う。多分遺伝子レベルで、男は女に勝てないようにできているのだろう。
「ったく、てめえにゃ敵わねえな」
「ん?」
「いや、こっちの話だ」
 云いざま、抱き寄せたいのを寸でのところで抑える。ああ、今だけほんの少し、ゲームのことを忘れて了に触れたい。可愛いなどと訳の分からないことを云うお前の方が余程可愛いとめちゃくちゃにしてやりたい。
 プライドで押しとどめるが触れたい欲求は嵩を増すばかりで、盗賊王は普段あまり使わない頭を強めに回転させた。
『どっちのターンだろうと、宿主から触ってくる分には許可する』
『同様に、宿主がしてえって明確に誘ってきた場合も、許可だ』
 ふと、バクラがしたり顔で提案したルールを思い出した。
 そう、了から触れる分には良いのだ。了からしたいと云えばターンを奪ってもいい。そう云ったのはあの男だ。
 ――だったら。
「なァ」
 呼びかけると、軽く首を傾げて了はどうしたのと云う。くるくると表情の変わる青い瞳はまるで猫のようだ。
 それを見ていて思いついた。試しにと身体が勝手に動いて、盗賊王は猫を呼ぶ時に人がする、チッチッ、という舌打ちをしてみる。
 案の定、理解できない了は更に首を傾げるばかりだ。
「なあに、それ?」
「ん」
 言葉では応じず、人さし指を己の下唇にトントンと当てる。察した了がぷす、と噴き出す様が愛らしかった。
「ボクは猫じゃないよ」
「いいじゃねえか。オレ様を可愛いとか云うならよ、甘やかしてくれや」
「それにしたっていきなりだよ」
「今思いついたんだからしょうがねえだろ。ほら」
 尚も舌を鳴らすと、しょうがないなあと了は呟いてから、触れるだけのキスを寄こした。これならオーケー。ゲームに違反はしていない。
「オレ様がこうやったら、そん時はキスしな」
「これもやきもちの内なんだ?」
「さっきのあいつのノロケ話はコレで許してやるよ」
「バクラがいても、するの?」
「妬かれたら嬉しいんだろ?」
「うん、嬉しい」
 どっちのバクラでも、嬉しい。
 蕩ける笑みを浮かべて、了は云った。
 緩やかに伸びてくる両腕には決して触れず、盗賊王は再び舌打ちでキスを強請る。その度に了は軽いキスを寄越した。浮かべる表情は幸せそうで、可愛いなあと思われているのが見て取れる。
 不本意ではあるが、了がいいなら良しとするか。
「ん、ふ、」
 六回目の舌鳴らしの後、キスの意味が変わってきた。
 笑いを含んでいた接触からじゃれ合いの要素が溶け出し、代わりに甘さが滲み出す。こちらから触れないルールはキスの最中にも作用するのかと、わりと真面目に盗賊王は考えた。例えば舌を絡ませるのは駄目なのか。上顎をなぞって官能を引き出すのはいけないのか。そうされたそうに自ずと口を開き、舌先の挨拶を待っている了にじれったい気分になる。
 可哀想だとは思わない。むしろそうやって、頬を染めつつ到来を待ち侘びる表情は堪らないと思う。早くして、いつもみたいにしてと催促する唇の動きが堪らない。
 薄目を開いて表情を堪能していると、了もまた目を開けていた。
「ん……」
 咎めの意味と甘えの意味、両方含んだ青い瞳。
 面白くなってきてしまった。まあこれでもいいかと、如何にも意地が悪そうに目を細めてやる。すると了は重ねた唇を不貞腐れる形に尖らせて、キスを止めてしまった。
 そうしたらまた舌を打って呼ぶ。
「……意地悪いよ」
 その割にまんざらでもなさそうに、了はまたキスを寄越す。その繰り返しが、落ち始めた陽光が広がる車内で音を立てる。
 太陽が水平線に潜るまで、しばらく二人はそうしていた。駆け落ちは十九時までの予定だったが、既に時計の針は半分以上、定刻を過ぎている。
 図ったように、了の制服の内側で携帯電話が振動した。恐らくバクラだろう。帰宅が遅いことに苛々と腹を立てて、連絡してきたに違いない。
 了がポケットに手を突っ込むより先に、盗賊王はそれを引っ張り出した。検めもせずに無造作に後部座席に放り投げる。シートの上で一度跳ねたそれを目で追う了に、ほっとけと囁いて。
「やきもち妬かせとけよ。じゃねえとオレ様が妬いちまうぞ」
 ふざけて云うと、了は少し困った顔をした。嫉妬は嬉しいが着信を無視するのは気が引ける、そんな風に瞳が語っていた。座席の下でやかましく響く振動は、まるで了を責めるようだ。
 だが、盗賊王もここでは引く気はない。こんなに近くで、キスをして、二人きりであるというのに逃がすなど冗談ではない。
 帰宅したら、バクラは間違いなく仕掛けてくる。こちらから触れられない盗賊王は、今その気になりかけている了に火を点けなければならないのだ。
「了」
 決して触れないように、耳元で名前を呼ぶ。ぞくんと感じたらしいのが、肩に回された手の震えで分かった。
「したくねえか」
「車の中だよ、それにここ、外……」
「誰も来やしねえよ。もし誰か来やがっても、気になんねえようにしてやる」
「そ、そんなことできるわけないじゃないか」
「外なんざ気にする余裕がなくなるくらい、気持ち良くしてやるって云ってんだ」
 唇はまだ触れあったままだ。甘やかに湿った呼吸が互いの間で重たくかさなる。
 求められるのが嬉しい了は、明確に欲望を押し付けられると断れない。それを知って居なくても盗賊王は素直にしたいと云っただろうが、いずれにせよ効果覿面だった。
 ここ最近、バクラの手出しには応じたり拒んだりといつもどおりだった了である。慣れた双子の甘い乱暴さを愛しながら、盗賊王の野性的な汗の匂いもまた、愛しいと求めていたのだろう。
 躊躇う了は視線を窓の向こうへと向けた。確かに誰も通らない、鳥の鳴き声すら聞こえないと確認しているようだ。
 唯一鼓膜を叩くのは、後部座席で地味に二人の邪魔をする振動音。いっそ電源を切っておけば良かった。
「したくねえのか、なァ」
 音を掻き消し、もう一度、盗賊王は繰り返し問うた。
「オレ様は、してえ」
「っ……」
 陥落の合図は単純だった。
 たっぷりの沈黙の後、か細い声で「いいよ」と呟いた声がぽとり、シートの隙間に落ちる。
 駆け落ち続行。延長二時間、といったところか。
 ターンは移動した。まだ急き立てる振動などお構いなしに、盗賊王は了のシートベルトの留め金を外した。
 久方ぶりに触れた白い肌は、眩暈がするほど滑らかに甘く――内側からじんわりと、切なげに温度を上げていた。