【同人再録】シチュエイション・アクト-1
発行: 2012/08/11
好きなアイテム+好きなキーワード=萌えるシチュエーション!! というコンセプトでいろいろ詰め込んだバク獏小説本。
・1 不幸なバクラと指輪
・2 視力を失った宿主と帰ってきたバクラ(R18)
・3 昔撮った写真を見て消えたバクラを思う宿主
・4 バクラのパンツ勝手に穿く宿主♀(R18)
・5 てのひらサイズの宿主出現
フォーチュンとミスフォーチュン
バクラは不幸な男である。
前世に一体どんな悪いことをしたのやら、とことん運が無いまま生きてかれこれ十六年になろうか。生まれる前のことなどバクラにとっては他人極まりなく、もし業とやらが実在しているとしたら、全くはた迷惑極まりない話であった。
何ゆえにこのように運が悪いのだろうか。幾度となく考えてみるものの検討すらつかない。たまに宗旨替えしてカミサマ的な存在を考えてみるが、いるとしたらとんだドSであろう。歪んだ性癖を持った神に気まぐれに突つかれているとしか思えない。
何せその不幸ときたら、とんでもなく地味なのだから。
大スペクタクルで九死に一生を得るような不幸なら、いっそもう絶望できたりして案外楽かもしれない。しかしバクラの不幸は絶望するほど重たくない。非常に地味だ。道を歩いていて犬の糞を踏むレベルの不運がちまちまと続く。
その例をあげてみよう。
例① 向かいから歩いてきた人間とすれ違う時、同じ方向に避けてぶつかり合う。以下数回繰り返し気まずい雰囲気を醸し出す。
例② 街頭のティッシュ配りが差し出した手がチョップ気味に鳩尾に直撃。
例③ コンビニでビニール傘を間違えて(あるいは意図的に)持っていかれる率八〇パーセント。
例④ 唐突に銀製品アレルギー発症。シルバーアクセサリーを見ると嫌悪感まで覚え手持ちの銀製品が全滅。
と、このように非常に地味な事件が多発するのである。
常にではない、偶にであることがミソだ。己の不運を知り切ったバクラは周りを警戒して生活しているが、ふと気を抜いた瞬間に起こる。
そして、そんなバクラの双子の片割れ――所謂オツキアイをしている関係でもある獏良が群を抜いた幸運体質であることが、いっとう不幸な事実であった。
『ひどいね、相変わらず』
別々に住む二人は物理的な距離も気にせず、自然体で関係を続けている。会う度に何かしらやらかすバクラを獏良は半分面白がり――否、四分の三ほど面白がり、残りの一だけ気遣わしげな目で見ていた。その時は確か真夏の炎天下の元、下ろしたての靴にアイスを落としたのだったか。それも獏良に付き合って食べたくもないバニラを買ってすぐのことだった。最早慣れっこで無表情になるバクラがしゃがんで紙ナプキンで後始末をする様子を、三段重ね(上からチョコミント・大納言あずき・オレンジソルベ)のアイスを舐める獏良の表情は涼しげだ。ちなみに三段アイスはアイスクリーム屋来店一〇〇〇人目ということで無料だった。
『分けてあげたいよ、まったく』
『ンなサイケなアイス、どれ貰っても嬉しくねえよ』
『そうじゃなくて、このボクの溢れんばかりの神様に愛されっぷりをさ』
紙屑をゴミ箱にぶち込み、バクラはふんと鼻を鳴らした。
『頂けるならとっくに頂いてるぜ。せめて均等にして頂きたいモンだ』
『ボクが良い子過ぎるのか、お前が悪い子すぎるのか。難しいとこだね。……あ、良いこと考えた』
ぽんと手を叩いた獏良は持っていたアイスをバクラに押し付けると、急に近くのファンシーショップに駆け込んで行った。
バクラの手の中で食べたくもないアイスがじりじりと溶け、手を甘味臭くさせる。叩き捨てたい。持っているとまた同じように靴やら鞄に落とす気がする。周りの視線も痛い。バクラの外見は非常に目立つので、何かと人に見られるのだ。イケメンが趣味の悪いサイケデリック三段アイスを持って立っていれば道行く女性はまず見るだろう。そんなバクラの表情はもちろん、ああ不愉快だ、である。
そうしてほどなく戻ってきた獏良の手には、玩具のリングが握られていた。
『あげるよ』
『何だコレ。ダセえ』
『ボクの幸運をおすそ分けするように念じておいてあげたんだよ』
『何だそりゃ。そんな簡単なことで分割できるようなモンじゃねえだろ』
『やってみなきゃ分かんないでしょ。いいから持ってなさい』
肌身離さず、無くしちゃだめだよと獏良は云う。
『銀アレルギーのお前でも大丈夫なように、玩具のヤツにしてあげたんだから。優しいボクの気持ちをないがしろにしたらバチがあたるよ。絶対だよ』
押し付けられたそれは、お世辞にも男子が持っていて気持ちのいいデザインではなかった。硝子玉の青い宝石と頼りない金色の軸は童話にでも出てきそうな姿形。もとより嵌める気も無いが、小さすぎてまず指には入らない。頑張っても小指だろう。
『いらねえっつってんだろ』
と、受け取るのを嫌がったバクラだが、獏良は彼の胸ポケットに、リングを無理やり放り込んだ。
『お代は要らないよ。せいぜい大事にするんだね』
にっこり笑った笑顔は正しく、神に愛された天使のようだった。
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リングの効果たるや、馬鹿に出来にないものだった。
あれから不幸が少しだけ減ったような気がする。少なくとも犬の糞を踏んではいない。満員電車でのトラブルや信号トラップ(急いでいる時に限って連続で赤信号)も減った。リングは鬱陶しいと思いながらも持ち歩いていたので、本当に効果があったのかもしれない。
おかしなこともあるものだ。
満更でもない気分で、信じかけた矢先のことだった。
「調子に乗ってんじゃねえよ、クソが!」
信じかけた心と共に、バクラは幸運のリングをゴミ箱に叩き込んだ。
喧嘩の原因が既に思い出せない。多分下らない内容だった。何かの用事で獏良と電話をしていて、不意に気に食わないことを云われたのだ。腹の中から一緒だった獏良に遠慮はなく、しばしばバクラの逆鱗と地雷でけんけんぱをやってのける。喧嘩自体は珍しくない。
話していた携帯電話は既に投げて、ソファの下に転がっている。苛立ちを緩和させようとポケットに手を入れたところで、あのリングに指が当たった。それで獏良の顔を思い出し、余計に腹立たしくてゴミ箱に捨てたのだった。
「ちっと甘い顔すりゃあ付け上がりやがって」
苛々と吐き出す紫煙は、バクラの心境の如く苦い。
大体リングとて恩着せがましく押し付けてきただけで、持っている義理などないのだ。悪友マリクに見つかってからかわれたこともある。というか会う度に突っこまれる。そういった不愉快もまた引き起こすのだから幸運のリングが聞いてあきれる。結局これも不幸を生むではないか。
(明日の燃えるゴミに出してやる)
心に決め、ぐしりと煙草を灰皿に押し付ける。
ともかくこの苛立ちは如何ともしがたい。今日はさっさと寝てしまうべきだ――そう思いベッドに向かうところで、バクラは不意に腸の痛みを感じた。
(ストレスか)
これもまた慣れっこである。腹をおさえトイレに向かう。単純な作用だ、用を足して緩和の錠剤を口に放り込み、寝て起きたら収まる。いつものように処理をする。他人事のように考えていれば何ともない。
便座に座り一人頷いていると、パチン。
弾けるような音がして、瞬時に視界が闇そのものになった。
「あァ?」
思わず呟く。放り込んでおいた暇つぶしの雑誌の表紙も手を伸ばせば届くドアノブも見えない。
どうやら電球が切れたらしい。
(――いつもの不運か)
と、鼻を鳴らしたところで、追加。今度は辺りがぐらりと揺れた。
「ッ……!?」
咄嗟に壁に手をつくバクラ。流石に眉根に皺を寄せたが、しかしこれしきの事で慌てるほど日和ってはいない。想定範囲外ではあるがまずは冷静に、だ。
何かの漫画で読んだまだ慌てるような時間じゃないという台詞が頭を過る。深呼吸。仮に震度が高くともトイレは狭く壁に囲まれているため被害に遭いにくい。震度五以上でも問題ないはず。
揺れは横向きに長く続き、扉の向こうでは何かが落ちる音が響いている。致し方あるまい。むしろトイレに居たことは珍しき幸運だった。自分のことだ、上から何が落ちて来るかわかったものではない。
やがて地震は収まり、室内には再び暗闇だけが訪れた。
(しかし妙だな)
日常の不幸はここまで派手には――そこでバクラははっとした。
己の不幸体質。捨てたリング。喧嘩。
それら全てのタイミング。
『優しいボクの気持ちをないがしろにしたらバチがあたるよ。絶対だよ』
首を傾げて笑った獏良の顔が思い浮かんだ。バチが当たるよ、当たるよ、当たるよ。エコーが掛かったリフレインの幻聴を聞く。
まさか、そんな。
「マジかよ……」
バクラが獏良と喧嘩したから。罵倒したから。リングを捨てたから。
云う通りのバチが当たったというのか。
もしそうならいつもよりも派手な不幸の理由が分かる。ものが壊れたり金銭的に不自由になるようなことはなかった。電球はともかく地震なんてそんな大規模なことは、今まで起こったためしがない。
リングは守るものではなく、不幸を吸い込んでいた?
捨てたから、全て吐き出した?
(なら、この程度で終わるはずがない)
バクラは用を足すスタイルのまま、顎に手を当てて考えた。瞳は真剣な青。馬鹿馬鹿しい推測だが今までの人生を考えると捨てきれない。獏良の幸運とバクラの不幸は、最早人知を超えるレベルだ。
(宿主が原因ってことは、まだ追撃が来る恐れがある)
きっと今頃、獏良は喧嘩したことに不貞腐れもう一人の兄弟に八つ当たりをしていることだろう。その怒りが収まるまで、この不運は続くやもしれない。ならばすることは一つ、嘘でも何でも構わない。ご機嫌取りをすればいい。
まずはトイレから出ねば。バクラは壁のペーパーロールに手を伸ばし――はた、と動きを止めた。
(読めたぜ宿主)
最早バクラの中で獏良は此度の元凶そのもの、軽々とエネミー認定である。口元をにやりと持ち上げ、こんな状況ではなかったら大層格好いい悪巧みの表情でもってバクラは笑った。
(てめえのことだ、ここで紙がねえっていうお約束の展開にもっていきてえんだろうよ。だがな)
「ウチの便所はウォシュレット完備なんだよ!」
高らかな宣言と共に、バクラは便器側面のパネルを叩いた。
次の瞬間、肛門ではなくその前方、つまり玉袋の裏側に適温の浄水が噴射された。
「ッ」
ちょっぴり予測外な刺激に、バクラの顔が真顔になる。
暗闇だった為、ボタンを間違えたのだ。「おしり洗浄」ではなく「ビデ」のボタンを押してしまったに違いない。よくある間違いだ。舌打ちしつつバクラは「止める」のボタンを押す。少々気が動転していた為連打すると、
「――!!」
再度、玉袋に衝撃が走った。
真っ白になる頭の中で思い出すのはボタンの配置。「ビデ」の隣に「止める」ボタン。そして水勢の操作ボタン。連打したのはそのあたりだった。つまり止めるはずが水勢ボタンを押していた。そんな奇跡が積み重なり、男にしか分からない繊細かつ大胆な痛みがバクラを襲ったというわけだった。
パネルを拳で叩き、バクラは悶絶する。止めるボタンに引っかかったか、温水の責め苦は漸く幕を閉じた。滑稽な独り舞台に観客が居なくて幸いだった。宿主が居たら指をさして笑われるどころでは済まない。友人知人にメールで撒き散らされていたに違いあるまい。
「クソがァ……!」
トイレで云うにはあんまりな罵声を吐き、バクラはギリギリと歯を食いしばった。パネルに叩き付けるだけでは飽き足らず壁にも拳を打つ。カラカラと金属の音がし、ペーパーロールが回転。
たっぷり余裕のあるトイレットペーパーの端が、バクラの足元にまで届いた。
「……」
不本意ながら、舞台のアンコールに応えてしまった。
無言にならざるを得ない。新鮮な金的の痛みを無視し、バクラはのろのろと用足しを片付け便座から立った。ここで更に流しが詰まったらちょっと泣くかもしれない。音からすると問題はなさそうだ。暗闇の中手癖で手を洗い、地獄のトイレから脱出する。
できなかった。扉は開かなかった。
「はァ!?」
色々溜まって限界のバクラは、ここで遂に扉を蹴り飛ばした。
八つ当たり半分で蹴られた扉は少しばかり口を開く――が、手のひらひとつ分以上は開かないようだ。外で扉が開かないように引っかかっているものがあるらしい。
思い当たるのは廊下の姿見鏡。それが地震で倒れたか。
「何なんだよ畜生が!」
手探りで雑誌を手に取り丸め、バクラは手だけを外に出して姿見をずらす工作を始めた。こんなところに長居していたら何が起こるか分かったものではない。どこにいても不幸だろうが、男のプライドを汚したトイレに居たくない。後先考えずにもういっそこの便器を粉砕玉砕大喝采してやりたい気分だ。今現在、猛烈に煙草が吸いたい。リビングに置いてきたのはつくづく痛手だ。
何とか頭が通るくらいに開いた扉から、そのリビングを伺う。
ローテーブルの上で、灰皿から大量の煙が出ていた。
「冗談じゃねえぞオイィィィィ!」
ああ、何故ちゃんと消さなかったのか。
何故吸殻を溜めこんでおいたのか。
なんという自業自得の不幸だろう。バクラは絶叫し、火災現場になりかけているリビングに向かって突撃した。扉と姿見が鈍い破砕音を立てていたが気にしない。扉も鏡も少しの金でどうにかなるが、火災はその範疇外である。
バクラの足はアスリートさながらに廊下を駆け、ホームベースに滑り込む野球選手のスピードで灰皿を掴んだ。そしてNBAプレイヤーの幻影が見えるほどの力強さでもって灰皿をシンクにダンクシュート。水をぶち掛けて火を消す。芳しさの対極に位置するこげ臭さと馴染んだ煙草の匂いが、閉め切った室内に充満した。
何と云うか、滑稽を通り越して感動すら覚える動きだった。
「あり得ねえだろ……!」
肩で息をし、呟きは掠れ。そして再びはっとする。ゴミ箱に飛びつき、手が汚れるのも構わず中を探る。書き損じのメモの影で慎ましげに輝く例のリング。
「うおおおおおお!」
何故か感極まって叫んだ。
バクラはリングをもぎ取り、強く握り掲げ持った。
漫画でいうところの集中線の効果がお似合いなシーンである。もう格好悪いとかからかわれるとか趣味が悪いとか云っている場合ではない。これは幸運のリングではない。呪いのリングだ。
『せいぜい大事にするんだね』
呪いを掛けた張本人の笑顔が、天使ではなく悪魔に変わった瞬間だった。
不意に、その悪魔からの着信を示すパターン1のバイブレーター音が、ソファの下から響き渡った。
「!」
このタイミングを外すわけにはいかない。無駄に格好良いスライディングでもってバクラは携帯に飛びついた。点滅するランプは獏良を示して青色。通話ボタンを押す――
『あ、そっち地震大丈夫? 速報出てたからさ』
その声色たるや、全くの平素であった。
数分前に喧嘩した剣幕はいずこに飛んで行ってしまったのか――というか数分間の間にどれだけの不運が重なりあって連鎖したのやら、そら恐ろしい話だ――いつも通りの能天気な声で獏良は地震について問いかけてくる。
『震度五だっけ? こっちは大したことないよ』
「………」
呑気な言葉に答えられない。答える元気がない。
手の中には幸運、否、呪いの指輪。ああそうだご機嫌取りをしなければならなかったのだっけ。しかし不機嫌ではなさそうだし、だったらもういいのか。いつも通りにすればいいのか。ぐるぐる廻るバクラの思考は平素と程遠い。冷静で意地悪な男はどこにもおらず、ただ疲れ果てた不幸な男が虚ろな顔で立っているだけだった。
絞り出せた言葉は一言、
「お前、怖ェよ……」
なんていうかもう、存在自体が。
呟きに獏良が何ソレ! と声を荒げた。
『心配してやったのに、何だよもう! バカ!』
ブヅッとくぐもった音と共に、通話が断絶。折角のご機嫌が白紙に戻ったことをバクラは知る。
不運と不幸。これは自前。
それにプラスして、宿主の呪いのリング。青い宝石は悪魔の瞳。ぶら下げてみてみれば、脆い軸はさながら絞首刑の輪か。
「……これってオレ様人生詰んでね?」
力なき独白も致し方あるまい。
ああもう何もかもどうしようもない。
とりあえず――詰みゲーとなった己の人生の難易度を少しでも下げる為、次の休みにシュークリームを持って獏良の元へ行こう。なるべくご機嫌で居てもらわねばなるまい。冗談抜きで。
週末のスケジュールを強く心に刻み、そこで力尽きたバクラはソファに静かに突っ伏した。