【同人再録】シチュエイション・アクト-4【R18♀】

アンタイムリーなぼくら

 

 木曜日・二二時の夜。
「別にいいじゃないか。ケチくさいなあ」
「ケチとかそういう問題じゃねんだよ、てめえが女として終わってるって話をしてんだ」
 穏やかな夕食後のひと時、六〇一号室だけが険悪だった。
 獏良家の双子はLEDフロアライトが照らす明るいリビングの真ん中で、譲らぬ表情を浮かべ睨み合う。
 テーブルを真ん中に、右にバクラ。左に了。
 互いにほぼ、裸。
 ことの発端は単純である。長い梅雨が気温を押し上げ蒸し暑く不快なこの季節、風呂上りのバクラはボクサーブリーフ一枚でクーラーが一番よくあたるソファを占拠していた。
『あーつーいー!』
 そこへ同じく風呂上りの了が、白と青のボーダー柄キャミソール姿で長い髪を適当な団子に結わえつつ出てきた。
 冷蔵庫を漁る後ろ姿を、ソファに寝そべったバクラは頭を逆さまにして見る。小振りで形の良い尻を満更でもない気分で眺め、今日は後ろから可愛いがってやろうと明るい計画を立て――そして、ふと気が付いたのがその下着だ。
 見覚えのあるロゴゴム。グレー地にネイビーのライン。どこからどう見ても女物のショーツではない。
 バクラのボクサーブリーフだった。
『何勝手に人のパンツ盗んでんだてめえ。着こなしてんじゃねえよ』
 下ろしたての一枚だったため、バクラの文句は冷房設定温度二〇度よりもはるかに冷たかった。ガリガリ君梨味を咥えた了が不思議そうに振り向き、ああこれ? と己の下半身を指さす。
『最近洗濯サボってたじゃない。だからボクのパンツ乾いてなくて。そんなに似合う?』
『似合う? じゃねえ! 人のモン勝手に持ってくなっつってんだよ!』
『着こなしてるとかいったのお前じゃないか! っていうか心狭いよ、パンツくらいで!』
 ――と、このようにヒートアップし、現在に至るのだった。
 さっぱりとした気分を台無しにして向かい合う二人は、今や仇敵さながらだ。了の手の中にあったガリガリ君は無残に溶けてシンクに転がり、バクラが頭を拭いていたバスタオルも怒り任せに床に叩き付けら、空気を読んだかのようにしんなりしている。
「大体てめえは無頓着過ぎんだよ。十六にもなってダセェ服やらブラやら、ちったァ色気つけろっての」
 ふんぞり返ったバクラがそう吐けば、
「そんなこと云うならバクラだってつまんないじゃん。このパンツだって他のとそう変わんないし」
 つんと向こうを向いて、了が鼻を鳴らす。
「オレ様は似合うモン選んで着てんだよ。どうせてめえは値札で選んだしょぼいのしか買ってこねえんだろ? 多少見た目がいいからってサボってんじゃねえ」
「誰に見せる訳じゃないのに、気合入れてどうするのさ」
「オレ様が見んだろが!」
「じゃあバクラが買ってよ! もしくは貸してよ!」
「だから貸す気はねえっつうの! 脱げ!」
「やだ! 結構履き心地いいもんコレ!」
 了の頑固さはバクラが一番よく知っている。知っているが、だからといってハイドウゾと己の下着を貸しておくのは不愉快であった。下着愛好の趣味があるわけではない、ただ単に了が自分の云うことを聞かないのが気に食わないのだ。
 一方の了もまた譲らない。バクラが噛みついてくる意味が分からない以上、納得いくまで首を縦に振らないのが了という女であった。
 しばしば勃発する双子喧嘩はどちらかが諦めるか怒りを忘れるか時間を置くかのいずれかでしか決着がつかない。早期の和平解決を望めない敵国同士なのである。
 そしてまた、武力行使もままあることであって――
「脱げっつってんだろ!」
 オレ様国家のバクラが遂に強硬手段に出た。
 大股に近寄り、ローテーブルという名の国境を侵害。気が立った猫のように威嚇するシュークリーム原理主義、もとい了の肩を掴んで無理に引き寄せる。伸ばした手の先は下半身。ウエストのあたりをぐっと掴んだところで了がその手に爪を立てて逃れる。
「いやだー助けてー! 犯されるー!」
「でけえ声出すんじゃねえ! ご近所が勘違いすんだろ!」
 演技掛った声で了が叫ぶのを、バクラは力づくで抑え込もうとする。ちなみにご近所であるが、しっかりした造りの当マンションはこの程度の喚き声ならば隣の部屋には聞こえない。窓を開けていればもしかしたら勘違いの通報が起こり得たかもしれないが、クーラーの恩恵を受ける為に獏良家は完全閉め切りシャットアウト状態だ。ならばこの部屋でどのようなことが起ころうとも、近隣が察知することは皆無なのであった。
 今や本気半分、面白半分で了が逃げるのに対して、バクラは真面目に腹を立てている。国境は既にあってなく、ソファセットを中心に猫と鼠の追いかけっこは続いた。が――
「おら、もう逃げ場はねえぜ」
 終わらない紛争などない。了は遂に窓際に追い詰められた。背中には冷たい掃き出し窓、左右は観葉植物とテレビボードに挟まれ脱出ならず。何か投げて攻撃するにも、既にリモコンやクッションは了の砲撃として相手に当てられ床に転がっているのみ。
 折角の風呂上りを台無しにして、お互いに汗みずくだ。
「やだなバクラ、大人気ない」
 座った眼をして追い詰めてくるバクラに、了は愛くるしく笑ってみた。
「そんな怒らないでよ。ちょっとしたお遊びじゃないか」
 首を傾げ口角を上げ、にっこり。
 しかし、それは見るからにあざとかった。見目整った了の外見に絆されるバクラではない――物心ついた時にはこの顔が隣にあるのがデフォルトだったのだ。一般的に可愛らしいと認めることはできても、バクラがそれに心を揺らすことはない。
 しばしの沈黙。クーラーの起動音が虚ろに響く。
 やがて笑顔から一八〇度回転。了は頬を膨らませ、わかったよと不貞腐れた声で呟いた。
「返せばいいんでしょ、返せば。全く女の子相手に脱げとか最悪だよお前。ボクにノーパンで過ごせって云うんだね」
「女扱いして欲しいならそれ相応の行動しとけっての。
 ま、大人しく返すってンなら――」
 許してやる、と云おうとしたバクラの口元が、ぴくんと止まった。
「……何?」
 不貞腐れと訝しげを同時展開した了が、上目使いにバクラを見る。睫の長い、鋭い視線は了の下腹部に向いていた。つられて了も見下ろす。
 ボーダー柄のキャミソールは丈が少々短く――バクラの云う通り値段優先で購入したが為に洗濯したら縮んだのである――小さな臍がちらりと覗いでいる。ローライズボクサーは尻の上あたりから始まり、太いロゴゴムに続き、了が穿けばショートパンツ程度の丈になって肌を隠す。フロントにはスリットがあり、男性ならば用足しの際にはそこから処理を――
「あ」
「……ああ」
 と、漏らしたのが同時であった。
 同時にぱん、と良い音がして、了の顔のすぐ脇、壁にバクラの手が叩き付けられる。追い詰められ閉じ込められたまま見上げると、そこにはバクラの笑みがあった。
「やっぱり脱がなくていいぜ、宿主サマ」
「いやいい、脱ぐ。なんかもう分かった」
「何の話だ? オレ様にはさっぱり」
 わかんねえよ、と云いながらも、バクラのもう片手はするすると了の腰あたりまで延びている。
「お前の考えてることなんてお見通しだよ。どうせやらしいことしようとしてるんでしょ」
「さて、それはどうだか」
 にやにやにや。
 と、笑っている時のバクラは大抵、いやらしいことを考えているのである。了のかわいらしい笑顔がバクラに通じないように、バクラの滴るような色気のある笑みも了には通じない。お互いにドキッ、などすれば関係ももう少し良好かつ単純になるのだろうが、いかんせん距離が近すぎて互いに決定打に欠ける。
 ああだこうだと云っている間に、バクラの手は臍を経て、下腹部にまで辿り着いていた。ひたりと触れる手のひらは冷たい。風呂上りで動き回り再び汗をかき、またクーラーの風で冷やされ、二人の体温は忙しなく変化していた。熱く感じたのは、激しく動いた了の方が体温が高い為だろう。
 抗い爪を立てる手をまとわりつかせたまま、バクラの悪戯はフロントに到着。そして、スリットをさも今見つけましたと云わんばかりの様子でいじる。
「おやおや、こんなところに丁度いい穴が」
「わざとらしい!」
 了の文句もどこ吹く風、であった。
 バクラの本音からすれば、そこまでいやらしいことをしたいわけではない。口で文句を云うよりも身体に直接お仕置きした方が効果的だと云うだけだ。多少のご無沙汰も含まれているものの、目的はあくまで意地悪、そしてもう二度と勝手に下着を盗まないように言い聞かせるだけだ。
 故に了の「お見通し」は見当違いである。バクラは意地の悪い喉笑いを響かせつつ、するりとスリットの隙間から指を滑り込ませた。
「ひゃ、」
 途端、ひくんと了の肩が震え上がった。
 指先はすぐに、風呂上りと汗みずくで湿った肌と薄い茂みに辿り着く。まだ濡れてもいないが、そこはお手の物である。淫裂をつうとなぞり上げれば、了の抵抗はすぐに弱くなった。
「ちょ、お前、いい加減にっ」
「もうしませんゴメンナサイ、って心からの謝罪を頂ければ、オレ様だってこんな真似しねえよ」
「はいしませんごめんなさい」
「心が籠ってねえ。やり直し」
 バクラの評価は厳しかった。
 早口かつ口だけの謝罪を一蹴し、ペナルティとばかりに中指が弄う。陰核を掠める刺激に了の肩はぴくんと跳ね、丸く大きな瞳は上目使いにバクラを見た。
「っ……止める気なんてないじゃないか」
「そんなことねえって。オレ様はただ――」
 くん、と、指が折れて爪が先を掻く。
「宿主サマの盗人猛々しい精神を正してやりてえだけさ」
 わざとらしい。白々しい。了が見上げるバクラの表情は明らかに状況を楽しんでいた。少々衣類を拝借しただけでこんな目に――そう思う反面、身体はきっちりと受け入れる体制を取ってしまうからどうしようもない。双子は家族以上の関係でもって物理的に結ばれている。身体を交えるようになって年単位は経過しているし、今更セックスを拒む理由も無かった。了が嫌がるのは、こういう流れになるとバクラは蛇のようにしつこく粘着質に焦らしたり苛めたりするからだ。嫌がれば嫌がるだけ喜ぶ、どうしようもない男だ。
 それこそがバクラの本質、つまりは湿度の高いサディストであるのだが、了はそういった性質があまり好きではない。血を分けた双子でも性の好みは違っており、その相違がまた、バクラの苛立ちと嗜好を刺激しているのだった。
「ま、こういう使い方があるならてめえが男物穿くのは止めやしねえけどな」
 便利、と囁く声の意地悪いことといったらなかった。
 了の手に一瞬、ひっぱたいてやろうかと力がみなぎる。しかし頬を張ってやれない――微細な振動で焦らす中指に抗えない。分かっているが故に、バクラは了の手を拘束しない。
「だったら、ッもうパンツ絡みで文句云うの止めてよ」
「それとこれとは別問題じゃねえか。てめえも意固地だな」
 それとも下着に妙なこだわりがおありですかァ?
 などと嘯く口調が上ずり出して、了の脳内でアラートが響く。やばいこいつ調子乗ってきた。そして困ったことに、了自身の身体の方も準備を始めてきてしまっている。
「んん、っ」
 鼻声が漏れることは止められない。体温を吸って生温くなった窓に尖った肩甲骨を押し付け、了は唇を噛み締めた。
 バクラが更に距離を詰めてくる。密着する身体から、互いに同じ石鹸の匂いと汗の気配がする。
 先を弄うのに飽きた指がいたずらに茂みを掻き分け、入口へ。ぬかるんだ感触に、耳元まで唇を寄せたバクラが笑った。
「準備万端じゃねえか」
「さ、われば、そうなるでしょ、嫌でも!」
「はいはい。……で?」
 で? の先が分からず、了は首を傾げる。
 バクラは顔を上げ――勿論指の動きは片時も休ませていない――吐息すら絡む距離でもって笑った。
「こだわりでもあるんですかァ? って聞いたじゃねえか」
「何それ、意味わかんない……」
「だから、こうやって」
 くい、と、ボクサーブリーフのウエストを引っ張り。
「こういう穴が開いてるヤツ穿くような趣味に目覚めちまったとか?」
 あるじゃねえの、股に穴ァ開いてるデザインの奴。
 などと云われ、了は最初、意味が分からなかった。
 そうしてしばらくして理解し――何かの通販サイトで見たセクシー通り越してはしたなさ極まりない、布面積がほとんどないショーツのことであると理解し、割と本気でバクラに呆れた。
「そんな訳、ないでしょ……なんかお腹冷えそうだし、大体ああいうのってなんかばっちい気がする。不衛生だよ」
「………」
「なに、変な顔して」
 その返答に、バクラは盛大に萎えたご様子だった。
「……あァ、てめえはそういう奴だよな……」
 怒りもしくは羞恥を煽って、揶揄に上乗せて指を侵入させるつもりだったのに、といったところか。それでも指の動きだけは止めていないのはさすがと云うか、最早これは手癖である。
 バクラは先程、準備万端になった了の身体をからかったが、男の身もそう変わったものではない。雌の入口を犯し、柔らかな肌を密着させていれば雄も角度を変える。しかし精神的に盛り上がっているかというと――数秒前まではまんざらでもなかったのだけれど。
 そう、先程の萎える発言が致命的だった。
 一度冷めると何もかもが平常運航に切り替わる。忘れていたあれこれ、設定したクーラー温度が低すぎて寒くなってきたことや、正直尿意まで思い出してしまった。
 ――あァ、何かどうでもよくなってきちまったな。
 バクラはちらりと横目で時計を確認し、更に理性的になった。明日も学校。現在零時。溜息。これだけ手を出しておいて、男は我儘である。
「で、宿主の誠心誠意籠ったゴメンナサイはいつ聞けンだ?」
 状況を打破すべく、バクラはそんな風に促してみた。
 すると、了は呆れ顔――ではあるのだが、少しばかり頬を赤らめてそっぽを向き、
「……云ったら、やめちゃうんでしょ?」
「あ?」
「だったら、云わない」
 バクラの首がかくん、と横に曲がった。
 あ、何か逆パターン入ってないかこれ。今度はバクラの頭でアラートが鳴る。
 どうやら手癖で弄くり続けているうちに、了の方にスイッチが入ってしまったらしい。昔からとにかくタイミングの合わない双子だったが、まさかここで発動するとは思わなんだ――正直中指も疲れた。入口の濡れ具合はなかなかに半端ない。
(てめえの性欲のきっかけが分かんねえよ……)
 そう伝えたら怒るだろうか。絶対怒る。とバクラは思う。
 黙るバクラの肩口にこつん、と、了の額が押し付けられた。嫌がられるの好きなんでしょお前。小さな声が響く。萎えていなかったら相当に性欲を煽る、じわりと染みる声だった。
「いいよ、いっぱい嫌がってあげるから。あとパンツは返さない」
「てめえ……」
「そんなに云うなら、代わりにボクのパンツあげようか」
「いらねえよ!」
 怒鳴ったタイミングを狙ってか天然か。判断できないが、了はぐっと身体を寄せてきた。バクラの鳩尾あたりに、ささやかで慎ましくつまりは貧相な、だが形の良い乳房が柔らかく押し付けられる。薄布越しに、芯を持った乳首が擦れるのを感じて――男とは単純である。
「今、ちょっとおっきくなったでしょ」
 笑う声もまた、多分に性欲を含んで甘い。
 甘いしいやらしいし据え膳だししかしいまいちリミットブレイクしない、いわばこれは煉獄である。
 バクラは喉の奥でぐう、と唸り、同じタイミングで生まれた癖にシンパシー皆無の片割れを呪った。互いに譲らない性分なのがまた恨みがましい。
 ああもう、いっそ素直に云ってしまえばいいのか。その気じゃなくなりましたと。だがそうなった時の、その後の了の反応を思うと頭が痛い。それにこいつのことだから、始めたら始めたでこっちが盛り上がってきたら「なんかもういいや」とか云うんじゃねえの。絶対云う。で、その時には雄の収まりがつかなくなってるに違いない。そんなこんなで、バクラの思考回路はショート寸前だ。
「ばくらぁ」
 擦り寄る動きは甘えた猫のそれ。
 今だけは単純な性格をした大嫌いな上の兄(色黒筋肉・今日は夜勤で帰ってこない)になりたいとバクラは心から思った。そうしたらこの声と身体とあざといまでの甘えに流され、性欲の権化となって襲い掛かってはい終了、であったのに。了の仕草に慣れ過ぎて簡単に魅了されないことが、こんなに痛手になろうとは。
 と、黙るバクラに焦れて、了が膨らませた頬を胸に押し付けてくる。
「いじわるしないでよ」
 その台詞、できれば違うタイミングで聞きたかった。
 バクラの懊悩を余所に、了はたまらなく可愛らしく、双子の片割れの名を呼んだ。