【♀】PILLOW TALK

side:R

不健康な背中だな、と、了は口の中で呟いた。
日曜の正午すこし前、この時間特有の間延びした空気感。カーテンごしのぬるい太陽光が照らすバクラの裸の背中はやや猫背気味で、ベッドに腰掛けた体勢からちょうど立ち上がる時、どの筋肉がどういう風に動いているのかもよく分かった。
横向きに寝そべった了の、半分しか開いていない瞳にまるく映り込む姿。
男の人なんだよな、と、思った。
そして、ちょっと寒そうだな、とも、思う。
先ほどまでは息も上がるほど、部屋の窓が曇るほど密度の高い時間をベッドの中で過ごしていたけれど、羽毛布団というサンクチュアリから一歩出てしまうと二月の空気は容赦なく肌を刺す。汗ばんだ肌に冷気が気持ちいいと感じるのはほんの一瞬で、ひとつ息を吸い込めば肺が冷え、フローリングに裸足の爪先を下ろせばそこから温度を奪われる。未だ聖域に居座って、バクラの残した体温を吸い取り続ける了は他人事として、あの白い背中が今感じているであろう温度を憐れに思った。じくじくとバクラの寝ていた場所へ移動しながら、寒くない? そう聞こうとすると、
「寒っ」
一足飛ばしに答えがかえってきたので、笑ってしまった。
「何笑ってんだよ」
すぐに振り向いて、バクラは苦い紅茶の色をした瞳で睨みつけてくる。べつにぃ。素肌に羽毛布団を巻き付けたミノムシとなった了は、がさがさと音を立てながら顎まで布団に入り込む。
「寝てればいいのにって思っただけだよ」
「誘い文句にしちゃあ色気がねえな」
「お前のそういう所かっこよくないよね」
げんめつー。
別にそうとも思っていない、棒読みの言葉をバクラが本気に受け取るはずもない。返事もなく、バクラはすぐに前に向き直った。白い髪が翻り、カーテンで遮光され人肌程度の温度におちぶれた太陽光に一瞬きらり、反射する。
これ以上眠りたいわけでもなく、動きたいわけでもない了は、その光の軌跡とバクラの背中を、ぼんやりと眺めていた。
猫背の背中がかがむ形に丸まり、床に落ちていた何かを拾う。固い衣擦れの音がしたので昨日履いていたジーンズだろう。寝間着はなんで着ていなかったのだっけと記憶をたどると、夕食後になんとなく盛り上がってそのままリビングで一戦風呂場で二回戦、帰ってきてベッドで三回戦と若さに任せた奔放な夜を送ってしまったからで、了が履いていたショートパンツも恐らく一緒に床に落ちているのだろう。いや、もしかしたらソファの脇かもしれない。いずれにせよどこかにひん剥かれた衣類が散らばっているはずで、それを拾い集める間の寒さを考えるとますます布団から出たくなくなった。
ジーンズに足を通して引き上げる動きに合わせ、肩の筋肉が動いている。先ほど思ったと同じことを、男の人なんだなあというぼんやりとした感想を、了は思った。同じ顔なのに性別を違えるだけでこんなにも違う。零れてくる髪を鬱陶しそうに払うその手すら、骨と筋でごつごつとしていて大きい。長く密度のあるこの白髪を、了の手であったならあんなに簡単に払えない。オノマトペとしてはよいしょという感じで肩に掛けるのに、バクラの大きな手だと軽く弾くだけで背中に回る。あれいいなあ、楽そうだなあ、手に入らない体格差が羨ましい。
立ち上がったバクラの背中を、了は顎を布団から出して見上げてみた。腰骨の張った所より下に濃紺のジーンズのウエスト部分。下のボクサーブリーフのグレーが少し見える。骨と筋のせいで隙間が出来ているのが、怠惰な陽光が与える陰影でよく見えた。結構良く食べるくせにお肉つかないよね。口に出そうとして、やめた。どうせ引き換えに、了の二の腕の柔らかさやその割に膨らまない乳房について揶揄してくるに決まっているのだ。
(意地悪はお前の愛情表現なんだろうけどね)
分かっているが、嬉しくはないので故意にその機会を与えようとは欠片も思わないけれど。
バクラが手首に巻いていた髪ゴムを引っ張り上げて、適当にうなじの上あたりで髪を束ねているのが見える。そうすると了と比べればずっと太い首筋が覗き見えて、髪に覆われていた背中の白さが際立った。
そう、白いから、余計に目だった。
両方の肩甲骨の上あたりに、くっきり残った赤い跡が四つずつ、合計八点。
「どうしたの、ソレ」
「あン?」
「背中のやつ」
と、言ったところで傷は隠れてしまった。バクラが床から拾い上げたシャツに、とっとと袖を通してしまったからだ。
赤い跡。まるで両肩に猫を一匹ずつ抱いて、同時にいたずらされたみたいな傷だった。あんな傷あったかなと了は考え、三秒で思い至った。そして失言であったこともまた、同時に悟った。
「何だ、背中何かついてたかよ」
「ううんなんでもないはやくふくきなよ寒いからね」
「もう着た」
「靴下もはきなよ爪先から冷えるとつらいよあっボクのもこもこの靴下貸したげよっか? あれすごいよすぐにあったかくなるんだ~」
「………」
しまった、喋りすぎたか。
喋りながら自らの墓穴をドリルで掘り続けている自覚があった。証拠に了の顎は言葉が連なるにつれ布団の中にずむずむと沈んでゆき、最終的には旋毛しか外界に残らなかった。くぐもった聴覚の中、背中ねえ、と、バクラがいぶかしげに言っている。
それから、クッ。
喉で笑う嫌な音が聞こえた。
「あーァ、何だろうなァ? 何せ傷の多い身体でしてね、すぐに思い当たらねえ」
「……ああそう」
「宿主サマの古傷を反映しちまってるからな、お前にもあるんじゃねえの?」
「ないよ、分かってるくせに」
「分かって言ってんなら誘い文句じゃねえか」
さっきのよりも幾分マシな、と、バクラが楽しそうに言った。
つまりはあれは昨夜の了の仕業であって、猫のいたずらなんて可愛らしいものでは決してなく、人差し指から小指を使って全力でつけた爪痕だった。確かあれば風呂場で、バクラが壁ぎわに追い詰めた了の下半身を抱え上げて宙に浮かせたものだから――そしてそのまま強引にことに及んだものだから、しがみつくための右手と快感のあまり縋りついた左手とが、容赦なく皮膚に与えた傷なのであった。
ぎしり。パイプベッドが軋む音がして、羽毛布団にくるまった了の身体がわずかに傾ぐ。バクラが膝だか腰だかで乗り上げた証拠だ。
今絶対に嫌味な顔をしていると分かる。旋毛に降ってくる空気が彼特有の嫌な喉笑いなので、相手がご機嫌なのはよく分かった。軽口の応酬はしょっちゅうだが、何だかんだでのらくらと躱す了を言いくるめられる機会はそうないので、この機を逃すはずもない。
むんずと布団が掴まれ、それから左右にひん剥かれた。
ぎゃっという色気も何もありはしない悲鳴を上げて、了は剥かれた布団を掴み返す。顔を見たくないし顔を見れらたくもないしついでに言えばめちゃくちゃに寒いので、絶対にここから出たくないというのに。嬉々としてバクラはミノムシの蓑をはいでいく。これが本当に昆虫のそれだったらこの瞬間に絶命していることだろう。
「おら、背中見せな。お前にもあるか確認してやるからよ」
「だからないって言ってるでしょ! ほんと嫌な奴だな!」
「いや、案外あるかもしれねえぜ。お前が知らねえ跡」
「え」
「ねえよ、そんなモン」
気が緩んだ瞬間、一気に布団を剥がれた。
三戦後の身体だ、当然何も身に着けていない。今更裸体を恥じることなどありはしないが、シャツまで着こんだ相手に圧し掛かられると相対的に自分の無防備さを実感して不安になる。身体を縮ませ顔を上げると、薄く瞳を細めたバクラがニヤニヤと笑っていた。
「……予想通りの顔むかつく」
「何とでも?」
圧倒的に優位を取られているのが分かる。バクラの身体がつくる影が了の裸体を覆い、昨日の名残か――悔しくも一瞬、ドキリとしてしまった。悔しい。
「宿主サマのお身体は傷だらけだなァ」
真上のマウントポジションを奪ったバクラが、すいと顔を近づけてくる。結びきれなかった耳元の髪がさらりと零れ、了の耳をくすぐる。同じシャンプーの匂いがして、わけもなく胸が、少しだけ、ほんの少しだけきゅっとなるのは致し方がない。
同じ匂いがするのは、一緒に暮らしているからだ。
同じ家で寝て、食べ、風呂に入り、生きているからだ。
そんな些細なことが嬉しいと感じるのは、その日常が何重にも重なった奇跡の上で成り立っているからであって、こんな風に怠惰な日曜日を過ごせることが、緊張も寂寥もなくベッドから立ち上がる背中を眺めていられることが、とても尊いことなのだと了が誰よりも知っているからであった。
かつて同じ景色を見たことがある。
昼間の緩い陽光すら暖かく感じるだろう、それくらい冷えた夜と夢と闇の底で、真っ暗な世界で見上げたのは翻る白い髪とコートの裾。こちらを一度だけ振り返り、いい子にしていろと声だけは甘い冷徹な言葉を与えられ、閉じ込められた日々のこと。あの時の孤独や不安をどうやってやり過ごしていたか、もう了は覚えていない。幸せを手に入れてしまった今、同じことをされたらきっと気が狂う。憎くて愛しい男に置き去りにされた記憶――消えないけれど、今は満ち足りている。
そんなことを髪の匂いひとつで想起してしまうのだから、自分はそうとういかれているのだろう。最早当たり前の恋情を再確認して、了は知らず、唇を噛む。
「可愛くねえツラしてんなよ」
そういった心の機微に気づいていないらしい、バクラは眉を軽く上げて、泣きそうな表情をした了を見下ろしている。
傷の検分で遊ぶのは本気のようで、バクラは了の腕を取り、まずひとつ、と言った。柔らかい二の腕を横向きに一線。白い肌をくすませた跡がそこにある。
「バクラがナイフでやったんでしょ」
「必要経費だったんだ、根に持つなよ」
それからふたつ。今度は手を取り、甲と平を一往復。ついでにがじり。薬指の先を噛まれた。
掌を貫通した傷跡、これは治るまで時間がかかった。二の腕のようにすっぱりとした傷ならばくっつくまでに然程時間はかからない。しかし貫通の傷となればそうはいかない、運よく筋や骨を避けたからまだましだったが、暫く片手は使えなかった。少し動かしただけでも痛み、抜糸の跡は生々しく残っている。どうしても人に見られやすい個所であるので、問われて答えるのも面倒な傷なのだ。触った感触もでこぼこで、女の身体にこんな派手な跡を残すなど信じられない。否、男性であってもこれはあんまりであるのだけれど。
「こいつはオレ様もやり過ぎたと思ってんだぜ」
「うそつき、ちっとも思ってないでしょ」
「嘘じゃねえよ。宿主サマのお綺麗な手が台無しになっちまった。手コキん時にざらついて違和感すげえんだぜ」
なァ、と、バクラは軽く首を傾げて揶揄してきた。そう言うバクラの、その傷だらけの手を取る掌にも同じ傷がある。了の肉体がベースなのだから当然だ。だがこうして重ねあわせてみると奇妙な気分になる。まるで重ねて貫かれた傷跡だ。どうしてそんな風に思ってしまうのだろう――磔刑者のような宗教めいた傷、断罪。キーワードが浮かんですぐに思い当たる。かつて彼は世界を敵に回した害悪の存在で、了はその共犯者であったこと。断罪されるなら二人同時で然るべき。ああまた、おかしなことを考えてしまう。今日は妙にセンチメンタルだ。髪の匂いも、古傷のことも。
そして、みっつめ、と、バクラが言った。
冷えた胸にひたり。バクラの五指があてがわれる。一番古い傷跡だ。心臓の位置に五つ、皮膚の下に黄金色の鋲が食い込んだ、その跡。
この跡に関しては何も言いたくない。もう何も思いたくない。
考えると苦しくなる。幸せであることが罪悪に思えてしまう。普段はもう悩むことのなくなった、とっくに過ぎ去ったあれこれが勢いよく帰ってくるので嫌だ。こうしてバクラに傷跡を五指で触れられると、あの頃の感触まで蘇ってくる。冷たい金属の感触。冷たいバクラの指。心臓を鷲掴みにされているかのような恐怖感も。
「……やめてよ」
声は掠れた。それだけで多分、十分に伝わった。
バクラは黙って手をどけた。今彼がどんな顔をしているかは分からない。目を逸らしているので見えなかった。見たくなかった。
少し気まずくなった空気を晴らしたくて、了はもう一つ呟いた。
「傷なんて、どうでもいいよ。昔のことなんて」
「……そうかよ」
悪ふざけの口直しは、本来ならバクラからするべきだ。軽口でもいい、何か言ってごまかせばいいのに。なのに何も言わないので、了は少し頭にきた。なんて優しいんだボクは。両腕を伸ばして、ぐい。思い切りバクラの頭を引き寄せる。
それでもって、がぶり。
「いッ!?」
珍しい声を上げてバクラがのけ反る。払われた腕がシーツの上にぽとぽと落ち、それから了はにっこりと笑った。
口の中に僅かな鉄錆の味。バクラの白いシャツに赤い小さな跡がふたつ。
白い耳朶に、赤い歯型が付いていた。
「宿主てめえ」
「ボクの身体に三つも傷つけておいて、一つ程度で文句言うの? 男らしくないなあ」
「……意趣返しかよ、今更」
「跡が残るといいね。ボクがつけたお前だけの傷跡、嬉しいでしょ?」
それからイッと歯を見せてついでに思い切り可愛くない顔をしてやると、バクラは眉間にぎゅっと皺を寄せて、何だかよくわからない顔をした。怒っているのではなく、かといって悲しいでも悔しいでもなく、なんというか彼らしくない、非情にあいまいで複雑な顔だった。
少しの間黙り込んだバクラは、血の雫がもう一滴シャツの襟に垂れた頃、一言だけ、
「面倒くせェ女」
という、言葉の割に妙に甘いような声で呟いてから、ぼすんとベットに倒れ込んだ。無論下には了がいる。つまり圧し掛かって抱き合う形で、バクラは顔面をシーツに埋めたのだった。
「え、何、怒ってるの?」
「怒るかよこの程度のことで」
くぐもった声が聞こえる。やっぱりどこか曖昧に甘い声だ。
「……なんか変だよお前」
「変なのは宿主サマの頭ン中だ」
「そういう言い返しやめない? 折角水に流してあげようって噛んだんだから、バクラはごめんなさいって言えば済むでしょ」
「ハイハイゴメンナサイモウシマセン」
「もーいーよそれで……」
心が籠らない棒読みの答えで、了はとりあえず矛先を収めることにした。何が何だか分からないが一連の行動のどこかでバクラは何か感じるものがあったらしく、いきなり脱力して覆いかぶさってきたのだから仕方ない。この男の心の琴線などどう触れるのかさっぱり分からないし、狙ったところではずれるし、はずそうとすると触れるのだ。振り回される方がばかばかしい。無論、興味はあるのだけれど。
(まあいいや)
今、気持ちいいし。
了は深く息を吸って、吐く。顔の横に顔がある。同じ髪の匂いを吸い込む。あんなことがあった後でもやっぱり胸がぎゅっと苦しくなる。ああもう本当にどうにかしたい、こんな些細なことに感動して泣きたくなるのが、あとどれくらい続くのだろう。あたりまえを当たり前として受け取れる日はまだ遠そうだ。
幸せだという、その気持ちだけはただ募るばかりなのに。
(言わぬが花)
「だよねぇ」
という呟きは、口の中だけにしておく。
理由不明で脱力したバクラの耳は、あとでマキロンでもぶっかけてあげよう。乱暴な手当の予定を立てて、了はもう一度、大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

 

side:B

無遠慮な視線だ、と、バクラは内心思った。
なし崩しの結果で偶然で、決して狙ったわけではない腕枕の姿勢に気が付いて、腕を引き抜いたのがついさっき。不満げな声で唸って羽毛布団を巻き込み丸まっていく了を後目に、バクラは冷えた部屋で軽く首を鳴らした。今日は何曜日だったか、分からなくてもさほど問題はないしどうせ社会的には存在しない気軽な身分、毎日が日曜日のようなものだ。同年代の社畜予備軍はご苦労様なことであると皮肉を思い、さりとて何もすることがないというもの実はこれで不便なのだ――と、元邪念の塊、この世の悪の化身は溜息を付いたりもする。
復讐と野心に追われて云千年。ぽっかり空いた先に転がり落ちた日常はまだ違和感がある。足元がふわふわと覚束ない気持ち悪さを感じながら、隣で丸くなる了だけがリアルだ。とりあえず今はそれでいい。それよりも物理的に足元がヤバイ、冷たすぎるとバクラは忌々しく踵でフローリングを蹴った。
「寒っ」
などと、勝手に口をついて文句が出るくらいに寒い。
耳ざとく聞きつけた了が笑うので振り向くと、ミルク色の羽毛布団に埋もれてほぼ真っ白の塊が、甘い紅茶の色の瞳を笑う形に歪め、こちらを依然眺めていた。
「何笑ってんだよ」
塊はぬくもりで快適そうな安全地帯で、寝てればいいのにって思っただけなどと言ってまた笑った。ベッドへの誘い文句としては全く色気がない、せめてその布団とスペースを少し開けて、ねえ寒いんだあっためてよくらいは言ったらどうなのか。とはいえそういう言い回しに一切の気遣いがないことで定評のある了である。求めたところで無駄なことだと一番理解しているのが他ならないバクラだった。
色気がないとせめて一言文句を言ったら、そういうところが恰好悪い幻滅とまで言われた。可愛くない。全く、顔と身体は一級品なので余計に残念な存在だとバクラはつくづく思った。
応じることを放棄して、バクラは着替えに差し戻る。
背後でがさがさと音がし、了がより一層丸まる気配。こいつオレ様が居た箇所の温度で暖をとっていやがる。寒がりの卑しさに皮肉の一つでも言いたい所だが、まず服を着る方が優先だった。どうせこの後シャワーに向かう――リビングバスルームベッドの三連戦後の身体は流石に流さないと気持ちが悪い――のだけれど、風呂までの道のりを歩くための防寒が必要なのだった。
視線は相変わらず遠慮なく、バクラの背中を眺めていた。
質量でもあるかと思われるほどあけすけに、紅茶色の瞳がこちらを見ている。何が楽しいのか妙にじろじろと眺められるのは、気分のよいものではなかった。それでもやめろと枕を投げないあたりが、どうしたって緩んでいる自分自身と、相手に対する対応の甘さを浮き彫りにしている。
自覚はある。
了に向ける感情が一般的に恋情と呼ばれるものと同一で、あちらも同じように、こちらにそれを向けているであろうことは。
最初は受け入れ難かった。手管でもない、計画でもない、嘘でもない。ヒトであった頃の感情などとうの昔に忘れたはずで、悪意だけで構成されているこの身にそんな感情が宿るなど、あってはならないことだった。いっそおぞましい、忌避すべき感情だった。それでも全ての戦いを負け戦で終えてなおここに居るのは、了がそれを望んだからで、自分もそれを望んだからだった。
気持ちの悪い陽だまりの中のようなこのマンションの一室で、抱き合って眠る夜を受け入れるまでには時間がかかった。その間のぎこちない時間を了がどう思っていたかはバクラの知るところではないが、表面的にはいつもどおりにお花畑の思考で過ごしていたように見える――否、違う。
分かっている、本当は。
(ありゃあ欺瞞だった)
あれは、彼女の自己防衛本能の為せる技だった。
バクラがいつ居なくなっても傷つかないように。
バクラがいつ消えて失せても泣き崩れないように。
いなくなったって別に何も問題ないと、無理矢理言い聞かせて貼り付けていた仮面だった。恐らくだなんて曖昧な言葉は使う必要がない。バクラは了の思考を理解していたし、元々そうやって自己に嘘をついてばかりの女だったから、付け入る隙があったのだ。
了はバクラのことを嘘吐きと散々罵ったが、お前だって大したモンだ――そう、言ってやりたいと思ったことがある。
バクラは自分以外に対して嘘を撒き散らす。了は自分自身に対して嘘を吐く。しかも無自覚に、本心の頭を掴んで水面に押し付けるかのような乱暴な嘘を吐く。そうして窒息させた先に自分の心が死ぬことを、知らないが故の愚かさだった。そんな愚かさこそを、バクラは悪くないと、そう、最初に好ましいと思ったのはその滑稽なまでの自己破壊の精神だった。生きたがりの死にたがりだった。
(まァ、今は吐く嘘もねえんだろうが)
だからこその、ぬるい生活。
間延びしすぎて欠伸が出る、反吐が出るほど退屈な日常で、了はどうやら幸せそうなご様子で。受け入れている自分もまた――不快だけれど、嘘ではない。
湿ったジーンズを履き、鬱陶しい髪を束ねて、パチン。ゴムが引き戻る音と同時に、了があ、と呟いた。再び振り向くと、布団の塊がこちらを見上げている。
何だと目で促すと、それ、と、了は言った。
「どうしたの、ソレ」
「あン?」
「背中のやつ」
拾ったシャツに手を通しながら、バクラは何の話だと眉を寄せた。その間三秒、了の顔が見る見るうちに変わった。何でもない表情であったのが、はたと気づきの瞬きをし、しまったというしかめ面に。
「何だ、背中何かついてたかよ」
「ううんなんでもないはやくふくきなよ寒いからね」
「もう着た」
「靴下もはきなよ爪先から冷えるとつらいよあっボクのもこもこの靴下貸したげよっか? あれすごいよすぐにあったかくなるんだ~」
妙な饒舌を聞いている間、バクラは背中ねぇと言いつつ後ろ手で背に触れてみた。肩、否、肩甲骨あたりに微かな痛み。知らない痛覚ではなかった。これは昨日、了がバクラの背中に爪を立てて引っ掻いた傷だ。そうと気づかず藪の蛇をつついて出した了が、誤魔化しながら布団の中に隠れていく。
余りにも鮮やかな墓穴に、笑わずにはいられなかった。
何よりバクラ自身が絶対に、こういったタイミングを逃したくない性格だった。普段可愛くない反応ばかりする了に対する仕返しを、考えない日は一度もない。それにこんな機会を与えられて、揶揄しなければ逆に心配される。えっお前どうしたの変なものでも食べたのなどと無遠慮かつ不遜な物言いをされるに決まっているので、お望み通りにしっかりと、いじくりほじくり遊んでやりたい所存であった。
先ほどまで可愛げがなかった分、腹が立っていたバクラには丁度いい。気分の良さを感じつつ、持ち上がる口の端の角度を効果的に保ちながら、バクラはベッドに片膝をついた。何だろうなあ? すっ呆けて、布団の塊を見下ろしてやる。
「何せ傷の多い身体でしてね、すぐに思い当たらねえ」
「……ああそう」
不貞腐れた声も耳に心地よい。舌がくるくると良く回る。
「宿主サマの古傷を反映しちまってるからな、お前にもあるんじゃねえの?」
「ないよ、分かってるくせに」
「分かって言ってんなら誘い文句じゃねえか。さっきのよりも幾分マシな」
と、言いながら、布団を思いっきりはぎ取ってやった。
「ぎゃっ!」
「おら、背中見せな。お前にもあるか確認してやるからよ」
昨晩から明け方にかけて、爪先それこそ小指の爪の先までねぶりつくした白い裸体が、ぬるい陽光に晒される。ばっと身体を小さくするのは羞恥心からではなく寒さからだろう。あわてて布団をかき集めて丸くなるのが水銀の雫じみていて面白い。じたばた暴れるのを力で押さえつけるのも、赤子の手を捻るより簡単だった。
「だからないって言ってるでしょ! ほんと嫌な奴だな!」
鼻息を荒くして了が暴れる。怒ると耳と首元あたりに血が通うのが良くわかる白い肌だ。あれが欲で赤く染まるのも見物だが、こうして弱者の立場で暴れる時の、虚勢の赤も悪くない。
ぎゃあぎゃあうるさいので、バクラは耳元に囁いてやった。動きが止まりそうな軽い嘘をひとつ。
「いや、案外あるかもしれねえぜ。お前が知らねえ跡」
「え」
「ねえよ、そんなモン」
うっわこいつすげえバカ。吹き出したくなるほどの予想通りの反応に、バクラは喉笑いのみにどうにか押さえつけた。哄笑すると泣いて殴ってくるので、ここが線の引きどころだ。
自分でもにやにや笑っているのが分かる。とうとう全裸を晒した了は、その顔むかつく、と睨みつけてきた。そよ風とも感じないので、何とでも、と返してやった。
さて、どうしてやろうか。
ほんとうに全身検分してやろうか、と思った。
知らない傷など恐らくない。あっても寝ている時に壁にぶつけた青痣程度で、セックスの最中につけた故意の跡など存在しない。バクラがつけた記憶がないのだから当然である。了が身を任せる相手はバクラしかいない。そのバクラが、みっともない所有の印の鬱血や加虐の昂ぶりの噛み跡を、何ひとつ残していないのだ。何故かと問われれば単純な話で、アフターフォローが面倒だからである。
以前嫌がらせの意味で首に派手な噛み跡を付けてやったことがある。その時の面倒くささといったら筆舌に尽くし難く、消えるまでの間に何回もぐちぐちとまあよくもそんなボキャブラリーがあるものだと感心したくなるくらい、文句を言われたからだった。それからいたずらで付けるのはやめた。割に合わないにもほどがあった。
故に、探したところで一つもない。古い傷以外は何もない。
だからわざとやるのである。全身くまなく検分して、何なら尻の肉まで開いて、ありもしないものを探してやりたい。そうしてこの身の背中の傷はお前がつけたもので昨日あれだけ熱烈にしがみついてきたくせに薄情なモンですねと心から揶揄してさしあげたい。その時の苦虫をかみつぶした顔を想像すると大変に愉快だ。よしそうしよう。バクラは笑い顔のまま、すいと顔を近づけた。素知らぬ素振りで、宿主サマのお身体は傷だらけだと、どの口が言う言葉を吐く。
「可愛くねえ顔ツラしてんなよ」
悔しげな表情に言うと、了はふいと顔を逸らした。
まずひとつ。二の腕の傷を指でさすると、唇を噛む力が強くなったのが分かった。
嫌な思い出をほじくっている自覚がある。だがそれも過去だ、笑い飛ばせるくらいにぬるい日常をいま過ごしている。バクラはごく最近になってようやく、三千年という時間を、己の全てを、過去というひとくくりにして頭の片隅に追いやることに成功した。了にとっての古傷の過去は、体感で考えれば一年と少し程度。もうとっくに処理できていて当然だ。もう傷は塞がっている。
「バクラがナイフでやったんでしょ」
不貞腐れた声で言うので、それは必要経費のようなものだったと説明してやる。あの時必要な行為だったので切ったまでだ。それ以上何も言ってこないので、了はもう抗うつもりもないらしい。
それならそれでと二つ目をなぞる。掌の白茶けたむごい傷跡。こればかりはバクラも勢い任せの自覚があった。肉体の所有権を争ってイチシアチブの奪い合いになった時、己が高揚のままに片手を磔にした。もしこの怪我が長じて了の片手が不随にでもなっていれば、のちのジオラマ作成に大きな障害となっていたことだろう。未だ自分の使命に無自覚であったにせよ、あれば浅はかな行為だった。
と、いうようなことを説明してやろうと思ったが、面倒なので即物的で下世話な理由の方だけにとどめておくバクラである。手淫させる際に掌の傷跡が妙に擦れてそれが障るのだという、了が一番怒りそうな理由である。嘘ではないが、本当のところは――悪くないとも思っている。他の誰でもない了の手であることが嫌でもわかることが一つ。もう一つは、乳房以外は上等な身体に上等な顔に上等な肌、たいそうお綺麗な見た目のこの女の、掌のいびつさを見ると微妙に興奮するからだ。我ながら趣味の悪い、否、よろしいことだと自覚している。自分がつけた傷だというのも、より一層の興奮材料だった。
そして、三つ目。
歪といえばこの傷が一番歪で、一番醜い。
そして、今もまだ、バクラの目を惹いて止まない。
胸に刻まれた五つの惨い傷跡。全ての始まりの疵。
すうと息を吐く。指でひたりと触れると、頭のどこかが急激に冷えて、そして、どこかが熱くなる。
過去の箱に押し込めてもなお、がたがたと揺れるこの感覚は。
(高揚だ)
過去はなくならない。忘れない。覚えている。今はただ切り離しただけでいつだってそこにある。絶対に忘れられない――この、傷が出来た瞬間のことを、バクラは絶対に忘れない。
脳が焼き切れるほどの快感だった。法悦だった。
待ちに待った肉の器が、手に入った瞬間の興奮。肉を穿ち精を放つよりも万倍も、背の髄を駆け巡った歓喜。伏して伏して伏して待ち続けた千の日々の末に手に入れた器は柔らかい子供の姿をして、何よりも瑞々しく生命力にあふれていた。これがこれから自分のものになる、その事実に笑いが止まらなかった。喉を逸らしてエレクトしたかのような、白い光に似た快感だった。喜びだった。未だ育つ前の乳房を暴いて差し込んだ鋲――あの時初めてこの女を犯したのだと、バクラは思った。
その頃からずっと、了はバクラのものだった。
誰が何と言おうと、コレはオレ様のものだと。
その想いの果ての、今――今も、これからも、了はバクラのものだった。
そうあることを了が望み、その末のこの、現在が。
脳を焼く快感も害毒のような憎しみもない、糞のような日常が、あの始まりから繋がっていたというのなら――
(悪くねえどころの騒ぎじゃ、ねえじゃねえか)
ごくりと喉が鳴る。ああ、愛しいとか感じるのが何て気持ち悪い。だのにこうもたまらない気分になる。このまま貧しい乳房を思うさま可愛がって、もう一度、ぬるま湯の快感に浸ってしまおうか。もう出るものもないくらい吐き出し尽くした精だけれど、あと一回くらいは。
「……やめてよ」
不意に聞こえた、了の声は掠れていた。
酩酊していた意識が蘇り、瞳を上げると了が目を逸らして唇を結んでいる。何か言いたそうで、けれど何も言いたくないと言うように震えていた。
すっと頭が全部冷える。現実に引き戻される。
表情と声で、読める程度には理解している。
了は怒りを通り越して――今、多分。
(しくった)
想定外だった。ゆっくり手を離すと、了はひとつ、すん、と鼻を鳴らした。
「傷なんて、どうでもいいよ。昔のことなんて」
了は――傷ついていた。
そうかよなどというそっけない言葉しか思いつかなかった。バクラらしい揶揄はいくらでもあったはずだが、それは言ってはいけないのも分かっている。超えてはいけない線は、いつだって見極めていたはずなのにうっかり違えた。昔を思い出して酩酊している時に踏み出した一歩で、了はもう決壊しそうになっている。
泣かせたいわけではなかった。後が面倒くさいからだ。
そして、軽口や揶揄以外で了が涙を流した時、どうにも居心地が悪くなるこの胸の不具合を感じたくなかった。心の部屋にいる頃には何てことのなかった、むしろ都合のよかった涙は既に意味を違えている。
了が悲しくて泣くと、胃の底がむかついてくる。
自分が原因なら、なおさら。
これは恋情に付随してくる厄介な感情で、振り回されるのが嫌なバクラは今まで上手く回避してきたが、今回ばかりはどうにもならない。
どうする、やはり軽口で流すか。それとも距離を取るか。
ああくそ面倒くせえな何なんだこれだから愛だとか恋だとか鬱陶しいんだ、バクラは顔をしかめ、この次に吐き出すべき言葉を探しあぐねて沈黙した。
頭をフル回転させていると、不意に、顔の左右に風を感じた。
何かと確かめる前に、頭を勢いよく引き込まれる。抗う暇もなく次の瞬間には右耳に鋭い痛みを感じ、バクラは咄嗟に腕を払った。視界の先では了が振り払われた腕を大の字にして笑っている。唇が少し赤い。
生暖かい感触が首に垂れた。手を当てると血が指先にべたり。
耳朶を噛まれた。切れるほどに。
「宿主てめえ」
「ボクの身体に三つも傷つけておいて、一つ程度で文句言うの?」
男らしくないなあ。紅を引いた唇で了は嘯く。まだ跡が残る唇はつい先ほどまで噛み締めていたそれだ。傷ついて、バクラがもうとっくの昔に癒えていると思っていた傷――実のところはまだ生乾きの、不意に触ると新鮮な痛みが吹き返してくる、その痛みを押さえて震えていたくせに。
意外だった。虚勢をそんな風に張る姿は。
(こいつはこんなにも変わったのか)
自然とそう感じ、そして実感する。了と出会い、過ごし、別れ、再会したこと。別れと再会が彼女にもたらした変化のこと。こんな時に泣きわめかず、やり返すくらい、強くなったこと。
「……意趣返しかよ、今更」
言うべき言葉は結局思いつかなかった。いつも通りの皮肉を返すと、了は首を傾げ、こ憎たらしく意地悪げに目を細めた。その顔はらしくもなく、本当にらしくもなく――綺麗だとか、そんな風に、思ってしまった。思った自分に腹が立った。
バクラの低い声が面白かったのだろうか。了はふと鼻を鳴らし、遅れて痛み出した赤い耳朶を眺めて、言う。跡が残るといいね、と。
「ボクがつけたお前だけの傷跡、嬉しいでしょ?」
「――」
そんな言い方、どこで覚えた。
間違いなく、バクラが影響元だった。
言い回しも、言葉の選び方も、語尾を少し上げて揶揄するところも。
気持ち悪いくらい自分に似ていた。
次の瞬間に歯を見せて笑うと、とたんに似ていなかった。
何なんだこいつは、どうしてこうにも。さっきまで泣きそうだったくせに。強がって、そっくりな顔をして、また戻って。こんな難しい案件じゃなかったはずだ。バクラの頭がグルグルし出す。別れと再会の間に変わった了。その変化を、疎ましいとは思わないけれど。何と表現したらいいのかわからない、曖昧な気持ち悪さが渦巻いて。分かっている、これはバクラが厄介だと、疎ましいと思っていたあの恋情の類のアレコレで、言いたくはないけれど決して言葉になんかしないけれど、結局つまりは愛しいとかいう唾棄すべき感情がまたひとつ増えたようなそういうことで、つまり。
「面倒くせェ女」
まとめると、この一言に尽きる。
力尽きて、バクラは了を挟んだまま、ぐったりとベッドに伏した。
「え、何、怒ってるの?」
「怒るかよこの程度のことで」
むしろ怒れた方が万倍楽だった。疲れた声で吐くと、ええーと平素の声で了が唸る。
「……なんか変だよお前」
「変なのは宿主サマの頭ン中だ」
「そういう言い返しやめない? 折角水に流してあげようって噛んだんだから、バクラはごめんなさいって言えば済むでしょ」
「ハイハイゴメンナサイモウシマセン」
「もーいーよそれで……」
ひとまず矛先は収まったようだった。何だかどっと疲れた。
分かっているのは結局のところ、昔のいじけた了も、今のほんの少し変わった了も、手放す気は毛頭ないということ。
生きるということは変わるということで、停滞を望んでいた了はあの頃よりよほど生きている。そして、バクラもまた何の因果が生きている。
だとしたら、恐らく変わるのは了だけではない。
自分も変わる。否、もう変わり始めている。
箱に押し込んだ過去を爪先で向こうに押しやって、覚束ない足元でも明日だとか未来だとかそんなものに向けて歩かねばならない。隣に了が居るので、サボりたくてもサボれない。強引に腕を惹いてほら行くよと、スーパーの特売に連れて行かれるような感覚で、引っ立てられて生きていく。
情けない、みっともない、闇はどこに行ってしまった。
そんなものはもうどこにもない。分かっていても、まだ抵抗がある。それも時間の問題か、早々にサレンダーした方が多分楽だ。
右手でデッキならぬ、了の掌に手を乗せて、降参の言葉。恐らくそれは求婚じみて、歯が浮いてすっ飛ぶような瞬間に違いない。
その手を握り返されて初めて、この日常が普通になる。
手を繋いで出かけるような間の抜けた間柄になんて、絶対になりたくないのだけれど、その時に浮かべるであろう了の満面の笑みを想像すると――ああ! 自分の思考に鳥肌が立つ。
それでも嘆息が漏れる程度に、未来の了の笑顔は、幸せそうなそれだった。
想像して、勝手に唇の端が持ち上がる。こんな顔決して見せられない。絶対に起き上がるなという願いを込めて、バクラは了の背中に手を置いた。
(同じ爪痕つけてやろうか)
思ってみて、止める。
あれは了がバクラにつけるものだ。実は毎回、セックスの度にどこかしらに傷をつけられている。背中に縋り、腕にしがみ付き、声を殺したくて肩を噛まれる。無自覚ですっかり忘れているらしいと今回知ったので、これを指摘すれば今後、地味な痛みに悩まされることはなくなるだろう。けれど。
そのちりちりした痛みを今の今まで指摘してこなかったことで察して頂きたい。こういうことはつまりあれだ、
(言わぬが花)
「って奴だろうよ」
声には出さずに、代わりに瞑目。
このままだともう一度寝てしまいそうだ。それもいいかと、怠惰な日曜にふさわしいことを思いつつ、バクラは大きな溜息を吐いた。