【♀】Gameover/Continued 03

往く者のはなし

――というような話を、ソファに向かい合った姿でバクラは語った。
淡々とした口調で、しかし端々に性格と口の悪さが露呈してはいたが、それでも誤魔化しと有耶無耶を織り交ぜた嘘ばかりを吐いていた舌と同じとは思えない語り口だと了は思う。
あまりのことに何ひとつ口を挟めず、ただぽかんと話を聞くだけだった了の前で、バクラは了が飲んでいた紅茶を勝手に飲む。冷めきったそれを甘ッ、と言って顔を顰めてすぐにテーブルに戻すと、図々しく冷蔵庫を開けに行き、ミネラルウォーターをボトルから直接飲んでいた。
その身勝手さと、この家に対する遠慮の無さがあまりにもバクラらしいので、ああこいつはバクラで間違いないのだ、と、了は納得する他ない。疑いようがないのだ。記憶と違っているのは顔の傷と、服装と、髪の長さくらいなもので、どう見てもこれはバクラで、そして、現実味を帯びた肉の存在である。水を嚥下する喉の動きが妙に新鮮だった。
(コートが無くなっていたのはそういう理由だったんだ)
まだ思考がずれている。そんなことはどうでもいいはずなのに、了は一人頷いた。
きっと、バクラが二度目の生を与えられた時、人知れずクローゼットは中身を失っていたのだろう。閉じたまま長く過ごしたせいで気がつかなかった。
あの卒業間近の嵐のような日々の裏側で、バクラは既に息をしていたというのだから驚きだ。だったらさっさと帰ってきてくれたらよかったのにと一瞬思い、了は思い直す。いや、もしそんなことになっていたらあの事件はさらに泥沼化していたに違いない。具体的には、送ろうとしていた手紙の先の彼がとんでもないことになってしまう。
タイミングとしては今この時が最適解。
しかし――
(ボクの気持ちはどうしてくれるんだ)
という、怒りに似た感情がふつふつ煮えてくるのは致し方ない。
平然とソファで足を組んでいるこの男。欠伸なぞして我関せず、喋りすぎて喉が疲れたみたいなことをほざいているバクラに対して、了は唇をぎゅっと噛み締めた。
――千年輪を完全に手放した後。
了はバクラとの出来事を、少しずつ少しずつ、時間をかけて昇華させていった。たったひとりで泣きながら、徐々に落ち着いて来てからは、涙目で。
自分が作り上げた砂の城を、ちびちびと崩しては、別の器に移してゆくかのような作業だった。途方もないし一生かかるかもしれないと覚悟して、それでもこの想いを消し去ることを選びたくなかった、了の一大決心だった。
誰もがバクラのことを忘れてしまっても、ボクだけは。
もう二度と手放したりはしないと、砂の器をいとおしく胸に抱いて生きると。
それだけの覚悟だ。つまりは帰ってくる、などという選択肢など範疇外にもほどがあった。完全に不意を突かれた形になった。
やっと整頓して、両手で抱えられるだけの大きさにまとまったそれを、ご本人登場で叩き割られるだなんて聞いていない。そんなどうにもならない怒りと共に、喉の手前までせり上がってくるこの塊を、吐き出したら多分すぐに泣いてしまう。だから何も言いたくないし、何を言っていいかも分からないのだった。
(だって、嬉しくないわけない)
何てことのない顔をして、平然と、バクラがここに居る。
長い髪は背中の半ばを超えて重たそうで、少し顔色は悪いが健康には問題がなさそうだ。見慣れないシャツとジーンズ姿。手荷物は汚れた黒いコートしかないようで、こいつは何もなくなってもこのコートは手放さなかったんだと思うと鼻の奥につんときた。了にとっても大切なそれを、捨てずに持ち歩いたこと――意味はない、ただ何となくであったとしても、手元に置き続けていた事実が喜びを生む。それはバクラが了と共に過ごしていた時と、存在の証明なのだから。絶対に、無くしてはいけないものなのだから。
丸めたコートをソファの上に放り出し、肘かけに行儀悪い姿勢で寄りかかったバクラがまた、ひとつ欠伸をした。
心の部屋ではない、了の家の、リビングに居る。
(帰って、きて、くれたんだ)
バクラを失った直後に、何度も願って夢に見た光景だった。
こうあってくれと望んでは叶わず瞼を腫らせ、立ち上がって歩いた日々。足を引き摺って、振り返りながら、やっと前を向いて歩けるようになったのに、腕を掴まれて全く違う道に引きずり込まれた気分だ。その引きずり込んだ本人が了と同じ色の瞳を眇めてこちらを見て、
「何見てんだよ、ブサイクな面で」
などと言ってくるだなんて、誰が予想できただろう。
「オレ様が居ンのかご迷惑でしたら出てってやってもいいぜ。別にどうとでもなる」
「そうは言ってないでしょ。それより言うことが、他にあるんじゃないの?
「経緯は全部話してやったろうが」
「だから、それ以外に!」
そう、たとえば謝罪であるとか。
「……今まで散々好き勝手したこととか、遊戯くんたちにひどいことしたこととか、ボクのこと操って利用してたこととか」
とかとかとか。言い出せばもう、きりがない。これもバクラが再び現れる前までは綺麗にまとめておいた感情だったのに、本人のせいで粉々のばらばらだ。苦労が全て砕けて散った。あの頃のぐちゃぐちゃの思考回路が了の中で復活し、苛立ちと愛しさが綯交ぜになってしまう。苦しくて胸を押さえると、薄い肉の向こうで心音が暴れていた。
「知ってるんでしょ、ボクがお前のこと、どう思ってたか」
「ああ、知ってる」
よく知ってる、とバクラは笑った。嫌な笑い方だった。
仕組まれた恋と依存。全てを利用した。好きだと言うこの苦しささえもそう仕向けたからそうなのだとバクラは笑うが、それには断じて首肯を返したくなかった。
誰が何と言おうと、始まりが虚構だったとしても、嘘ではない。
憎しみと同じ分だけ愛していたし、傍に居たかった。居て欲しかった。理解したかった。
理解して、欲しかった。
復讐なんてやめて、ずっと隣に居てくれたら。
そんな風に切望することすら、仕組んだのだと言う。こんな無益な水掛け論に、そもそも参加する気はない。どうせ何を言ったって否定するのだ、そういう奴なのだと了は知っている。そして、そういう厄介な奴を、好きになって、しまったのだ。
「お前がどう言ったって、ボクはもう惑わされないからね。ボクはボクの意思で、お前のこと、好きだったよ」
言ってやった――途端、また、鼻の奥がつんとした。
(ああ、言ってしまった)
一生、本人に伝えるつもりのなかった言葉なのに。
「言わせないでよ、折角、せっかくさ、どれだけボクが――頑張って」
その先はもう言葉にならなかった。ただ、さきほどよりも強い涙の気配を押さえきれずに俯く。ぱた、と手の甲に涙の雫が落ちた。決壊する。温い涙はすぐに冷えた。
「いきなり帰ってきて、ずるい。吹っ切ったんだよ、好きだったって、だいすきだったんだって、だからこれでよかったんだって、それなのに」
しゃくり上げながら了は言う。止める方法が分からないのは涙だけではない――こんなことを言いたいのではないのに、もっと他にあるのは自分だって同じだ。なのに、恨みなのか、恋情なのか、分からない言葉ばかりが溢れて止まない。ただ涙にも声にも愛しさが含まれていた。だからこんなに苦しいのだと、顔を覆って、了は泣く。バクラは何も言わない。視界は掌の内側なので、どんな顔をしているのか見えなかった。見たくない――見るのが恐い。
ふいに空気が動く気配がし、は、と、了は顔を上げた。手も頬もびしょ濡れだ。バクラが立ち上がり、了の隣をすり抜けていく。
背中がぞくりとした。どこかへ行ってしまう。出ていってもいいんだぜ。確かに言った。やりかねない。
「待ってバクラ、や、ふぼっ」
やだ、の途中で、了の悲鳴は途切れた。顔に何かを押し付けられたからだ。
両手をあてると柔らかい感触。ティッシュだった。瞬時に涙を吸って重たくなるそれを越して目を開けると、ダイニングテーブルの上にあったティッシュボックスを小脇に、バクラが呆れた顔をしている。
「だからブサイクな面してんなっつってんだろ」
どうやら涙をどうにかさせる為に、ティッシュを取りに立っただけのことらしい。紛らわしい。やめてほしい。けれど、同時に嬉しくもある。
「ど、どっか、いかない?」
「は?」
「出てってもいいって」
「行かねえよ。何だ、本当に出てって欲しかったのかよ」
「や、やだやだ、居てよ、ここに居てよ」
もういやだよう――と、了は本気で声を上げて、泣き出した。
涙と一緒にぼろぼろと零れてくる。感情が雫を重たくする。好きで好きでたまらない。嬉しくて死んでしまいそう。先ほどまで有った複雑な怒りや恨みもどこかへ行って、涙ばかりが溢れた。不格好に両手を突き出して、ばくらあ、と声を上げて、やけになって了はしがみ付く。温度がある。低体温だが確かにここに有る。だって、心音が聞こえるのだ。生きているのだ。息をしている――それだけで、また、泣けてくる。
生きているバクラの胸に縋りついて、了は泣いた。鼻水まで垂らして、正しく号泣だ。整った顔かたちを台無しにするくらいの、子供の泣き方だ。了の外見を好んだ学校の連中が見たら幻滅するほど、乱れて散らかって、ひどい有様だった。
バクラはひとつ溜息をついたが、何も言わなかった。
しばらくして胸と鼻の隙間にティッシュをねじ込まれるまで、バクラはずっと、何も言わずに了を受け止めていた。
抱き返さず、何も言わず。
有りえないくらいにそれは温くて、今まで一度も無かった、彼なりの、了に向けた優しさなのかもしれなかった。

胸元が冷たい。
明らかに服の布地を侵食して肌にまで浸みてくる塩辛い水分を感じながら、バクラは了の旋毛を見下ろしていた。
こんな風に眺めるのは久しぶりだ。もう随分と昔のことに思える。
かつて良く目にした、白い髪の天辺。立っている場所が違うだけだ。触れあえるのは心の部屋の中だけで、あそこは真っ暗だった。了の心の不安を表して、いつだって静かで、しかし、カーテンの向こう側で誰かがさわさわと話をしているのが分かるような不安定さがあった。耳を塞いでやって、あやしてやるのがバクラの常であった。
今は現実の、獏良家のリビングの真ん中で、ふたり立ち尽くしている。
泣きじゃくる了の姿に何も感じない――と言えば、嘘になる。ああそうだこいつは泣き虫だったとか、泣くとあとで酷い顔になることだとか。そういったことをバクラは思い出す。そして、昔はこの涙を流させる原因が大抵は自分自身で、当時はそれを喜んでさせていた。
泣き顔を見るのは愉悦だった。綺麗な顔が自分の言動ひとつで歪むのが堪らなかった。
仕組めば仕組んだ通りに涙を流す単純さを、愚かで滑稽だと笑いたいのを舌の裏側に綺麗に隠して、可哀想な宿主サマ、などと言ってやった。
今は、そうは思わない。
胸が痛むとか痛まないとかではなく、
(こいつは本当にオレ様のことになると直ぐに泣く)
という事実としての実感を、涙が浸み込んでくるのと同じ速度で感じていた。
好きだった、すきだったと、繰り返し了は言う。
その過去系の言葉に今はどうなんだよと思っていたら、タイミング良く、今もずっとすきなんだ、と言われた。
そうか、今もか。ふうんと頷き、悪くない気分に、確かになった。
ただ、余りにも泣いている時間が長いので、次第に苛ついてくるのも否めない。元々こういうのは好きではないのだ――好きではなかった、らしい。取り戻した自意識を遡ると、女が泣くのは面倒以外の何でもなかった。まだこの髪が短かった頃、肌を太陽に焼かれていた頃、鬱陶しいことがたびたび起きた気がする。どうやって黙らせたのかまで思い出すことも出来たが、ナイフにものを言わせる選択肢を、バクラは自分で捨てた。それはもう、選ぶというよりはなから存在しないくらいに。
相手が了だから――だろう。
鼻にティッシュを押し付け、ついでに頭をぐしゃぐしゃにかき回していい加減にしろと言ったら、狭い額を胸にこすり付けてきた。まだかかりそうなので、テーブルに畳んで、積んであったタオルを掴んで再び顔にねじ込んでやる。ひどい。と了は言ったが、このびしょ濡れた服とてひどい有様だ。
了はタオルに顔を埋め、ひとつ鼻を啜った。片手だけが、バクラの服の裾を掴んで離さない。馬鹿みたいに同じ言葉を繰り返して言う。
「ここにいて。いや、どこにもいかないで」
行かないと言っているのに、信じない指先が震えていた。
当たり前だ、信じるわけがない。バクラ自身が、了に向けて何度嘘をついたかもう覚えていないほどなのだ。いくら了が妄信的にバクラを求めていても、否、それだからこそ、容易に信じない。
「宿主」
「やだ、やだ、やだ、もうやだ、お願い、バクラ、おねがいだから」
その震えが、惨めな声が、縋る涙が、自身を縛ってゆくのをバクラは感じた。
何もない状態を無限の自由だと言うのなら、了はその自由を現在進行形で侵害してゆく。
ここに居ろ、という。
それを受け入れたなら、バクラはここに居なければならない。
不快であるのならば振り払えばよかった。そうしていいだけの権利を与えられて、バクラは二度目の生を得たのだから。
だが不思議と不快ではない。嫌ではない。濡れた服の感触が気持ち悪いだけで、その涙の意味も、泣き声も、どこか心地よささえ感じた。縛られることで安定を感じるだなんてどうかしている。何もかもを支配したかったはずなのに――てんでちぐはく、だった。
(別に自由が欲しかったわけじゃねえ)
では、何が欲しかったのだろう。
ひぐ、ひぐ、と、しゃくり上げと戦う了の声を聞きながら、バクラは――思う。考える。
欲しかった、もの。
ずっと、ずっと、ずっとずっとずっと昔、欲しかったものがある。取り返したかったものがある。
幼い頃の記憶、奪われたもの。
少年のバクラはあの運命の夜、煮え滾る窯の中で、自分の全てが奪われてゆくのを見た。長く伸びるおそろしい影が蠢いて、何もかもを食べてしまった。一切の容赦なく、躊躇もなく、跡形もなく、略奪されてゆく一部始終を覚えている。忘れられる訳がない。忘れることができていたなら、今ここに立っている事実もまた、存在しないだろう。
奪われたのは、未来。
自身を取り巻く平穏な日々と、温かい食事と、寝床。
全部無くした。奪われた。
それを取り戻したかったのが――最初の、はじまりだ。
やがて形を変え、取り戻すよりも報復したい感情で埋め尽くされて、名前がついた。名を復讐というそれは暗い炎のすがたでバクラを舐め尽くし、燃え上がらせた。だがその復讐すら闇に飲まれて別のものにまた変容し、それから、それから――
それから。
何もなくなって、今、ここに居る。
自由になって、この部屋に。
平穏な日々と、温かい食事と、寝床があるこの場所に。
(あん時に無くした全部が)
ここにあった。
あの日失った全てのものが、了のところに。
頬の傷をなぞってみる。ようやっと、バクラは納得した。どうしてこの部屋に辿り着いたのか。確率としては低いはずだ、どこへだって流れてゆける水が再び同じ場所へ舞い戻るなど、そうありはしない。
なれば偶然ではない、本能が目指していた。
バクラという存在の核。一番初めの、原初の、純粋な魂。磨り潰され摩耗してもなお消えないその魂が、求めて止まず、水は流れた。流れてここへ行きついた。
欲しかったものを、手に入れる為に。
自由になったこの身体で、求めたのは、三千年たっても変わらなかったただひとつのこと。

『やっと果たした』

幼い頃の己が、顔をくしゃくしゃにして笑う姿を、バクラは見た。
幸せそうに、満足そうに。
二度目の生は望まぬイレギュラーだったとしても、それでも、それでも、どうしたって願ってやまなかった。例え記憶から失われた願いだったとしても、この身が邪神から手折られた力無き枝だったとしても、魂は忘れない。バクラという名の少年も、盗賊王と呼ばれた男も、ずっと手を伸ばしていた。
了に向けて。
そして、漸く――バクラは、取り戻したのだ。
「……時間かかり過ぎだろ」
ぐしゃ、と後ろ頭を掻いて、決まり悪く、バクラはぼやいた。
(そんなモンどうでもいいって、勝手にしたらよかったのによ)
それが出来たなら、とっくにそうしていた。勝手にする、のその勝手さえも、バクラには存在しなかったのだから仕方がない。
結局のところ、完全な自由などあってもただあてどなく膨大なだけで、人の身には余りある。只の人に成ってしまったバクラには、手懐けることができない代物だ。
縛りが必要だった。器が必要だった。そうでないと形すら保てない。バクラは既に闇そのものではない。人の心を荒し巣食う魔のものではない。
ただの人、ただのバクラだ。
闇の化身でも盗賊でもない、バクラ。
その、ただのバクラとして存在する為に、己ずと求めたのが了だった。
了はあの夜失った全てであり、本能が求めて辿り着いた結末そのものなのだから無理もない。ここで再会した瞬間に、するりと出てきた言葉と表情、あれが何よりの証拠になる。あの時バクラは本当の意味でバクラになり、他の誰でもない了が、了だけが、バクラに形を与えることができた。
了の前で初めて動いた口。呆れたという感情も、手指の些細な動きすら、えらく自然に湧いてしっくりときた。無限の自由の中で何もなかった、空っぽの中身が急速に満たされ、今までの空虚な生活が嘘だったかのように馴染む。まるで、もう何年もこの性格でこの姿だったでも言いたげに定着する。
今のバクラ。了の隣にいるバクラ。
魂が望んで、その形を取った理由なんて――
その理由は、もしかしたらもうとっくのとっくの昔に、知っていたことだったのかもしれない。
「宿主」
「っ、なに?」
思案に耽っている間に、どうやら了は涙に勝利したらしい。タオルから顔を上げると、目と鼻が真っ赤だった。熟れた柿のような色をした瞳がまだ潤んで、バクラをを見る。
美味そうだと思った。漠然と。
手が伸びる。触れた頬は熱かった。生きていると、思った。
了も自分も確かにここに存在し、一つ一つとして、生きていた。

――人の身だから。

切り離された枝葉でなければ、邪神という大樹の影響を受けない、ちっぽけな魂ひとつの人の身でなければ、理解出来ない感情がある。
世界が巻き戻り、やはり、見えたのはあの日の夕暮。
自由を見た、未来を見た。
橙と夜の藍を混ぜた空。同じ色をした瞳の女のなかに、それは有った。
色々あった、だなんて表現ではとても足りない三千年だ。だが今、その道の最先端にいる。一番新しい場所にバクラは立っている。終わりの名前を持つ了の瞳の中に未来を見るだなんてとんだ皮肉だ。だがそれもいい。
長くながく、ここまで歩いてきた。途中はもう、走っていることを忘れるくらいに前しか見ていなかった。その間にいくつもの感情を無くした。忘れてしまっていた。人だったらすぐに理解できる、この胸の内の熱の意味を、バクラはもう思い出している。
この地に至って初めて、名前が付いたこの感情はとても自然に、バクラの心臓の位置で生まれ出た。
それは喉を伝って唇を割って、するり。溢れてくる。
了は言った。「言うべきことがあるんじゃないの」と。
その答えが、これでないはずがない。
だから言った。はっきりと、嘘など何一つ巻かない舌で。

 

「オレ様、お前の事好きだわ」

 

死ぬ前からたぶん、ずっと。
――お前が欲しくて、たまらなかった。