【♀】ヒキガネweb再録 EXTRA / Gang Gang Youngster. 03【R18】
二度目のキスは、歯と歯がぶつかり合うほど強引なものとなった。
頭の中にある何かの線が焼き切れたのが分かる。抱き込んだ身体は矢張り冷たく、娼婦の肌で感じた違和感が全て溶けてなくなっていくのを盗賊王は感じた。
「っ……! 駄目!!」
反射だろうか、思ったよりも強い力で胸板を叩かれる。続いて右側から空を切る気配。薄い爪で引っ掻かれた痛みはまだ覚えている――同じ轍は踏むまいと、盗賊王は振り上がった手を掴んで壁へ押し付けた。
息を詰まらせる了から更に呼吸を奪うべく、もう一度唇へ攻撃。先程のように勢い任せのキスではない、深く噛みつくようなそれである。
「んんぅッ! んー!!」
抵抗を丸めて腕に抱え込む。小さくて柔らかい唇は、軽く歯を立てただけで簡単に裂けてしまいそうだ。だからこそ丹念に丹念に、粘膜だけで挨拶することにする。唇で唇を食み、食い縛る歯列には尖らせた舌先で挨拶を。鼻息荒く抗う了だが、暴れれば暴れるほど酸素が足りなくなることには気づけないらしい。つんとした小振りな鼻だけで呼吸が苦しくなるのは目に見えている。
しつこく舐っているうちに、身体は酸素を欲しがり出した。意識の外で口を大きく開けようとする――そこが狙い目。
「っく…… ふぁ、っ」
苦しんでいるタイミングを見計らい、一度唇に隙間を作る。吸い込む為に歯列が緩む。口を閉じられないように頬の上から上下の顎を押えてしまえば、無防備な口内ががら空きだ。舌を噛まれる危険もなくなる。
すかさず三度目の接触。びくんと了の身体が震えた。
「ひ、やっ、ぐぅ、う、」
色気のないうめき声には目を瞑ろう。開かずの扉が開いた向こうへ、盗賊王は舌を差し込んでいく。
甘い唾液が絡む口内は狭く、肉厚な盗賊王の舌ですぐにいっぱいになってしまった。奥で縮まっている舌を探し出して引っ張り出し、無理やり絡めて音を立てる。粘膜と粘膜で奏でるぬるついた音は、嫌でも鼓膜から脳へ甘美な波を与えてくる――無論、拒み続ける了にもだ。
「っ……う……」
困惑を多分に含んだ、うめき声に艶が出始める。
驚くほど薄い舌だった。長めで柔く、唾液の所為で余計滑らかに感じる。
「ゃ、だ、バクラ、っ」
首を振ってキスから逃れ、無意識にだろうか、呼んだ声は泣きだしそうだった。
「オレ様も『バクラ』だぜ?」
云ってやると、了は大きく目を開いて盗賊王を見た。
またしても隙だらけだ。そうやって何度も噛みつき、理性を剥がしていく。唾液が、音が、体温が、了の纏う自制心を溶かすように。
絡む舌と、擦りつけ合う唇。密着する身体。
全てが盗賊王を酩酊させる。飢えた欲望が満たされていく。
肉体的な快感、それだけではない。了が見せた戸惑いの原因は深く盗賊王の満足感を満たした。本人は理解できずに戸惑っていたようだが、そこは男の中の男たる盗賊王。察知することは容易だ。
そして、察知した瞬間に、爆発した。
『――どうして、キミが女の人とセックスしたからって』『キミは、ボクとは、そんなんじゃないのに』
『嫌だ、何でだろう――すごくいや』
(まるっきり嫉妬じゃねえか)
愛していると訴えられるよりももっともっと激しい。剥き出しのエゴで彩られた執着の感情が、他ならない了から発せられていた。
きっとどんな言葉よりも強烈な、愛情の吐露だ。
無知な了は己の欲望を片付けることも名前を付けることも出来ずに、泣きそうな顔をしてどうしてどうしてと云った。そうやって重ねる程に、盗賊王は背筋を灼く快感を覚えた。
重ねて何度でも繰り返そう。男とは、惚れられるものだと。
女が自ら求めたなら、応じるのも吝かではない。そうだ、ずっとこの一点が枷だった。了が、了から、云いさえすればいい。一秒でも早く先に惚れればそれで良かった。
そうしたら可愛がってやる。幾らでも受け止めてやる。
いつだって、色恋沙汰は女が先でなければならない。
無視し、認めずに居続けたその単語を飲み込んで、盗賊王はにやりと笑った。
(――惚れてやるよ、お姫さん)
「ッあ、は……」
擦り合わせた唇から、その思念が伝わったのだろうか。
どこかうっとりとした、甘い溜息が唇の隙間から漏れた。とうとう立って居られなくなり、細い膝がかくんと折れる。簡単に抱き込める薄い腰を支え、盗賊王は了の真っ赤な耳にもキスをしてやった。
「何だ、あんまり気持ち良くて溶けちまったか?」
囁いても、了はぼんやりとした目のままだ。
ただ唇が――たっぷり濡れて艶めいたその可愛らしくも柔らかい唇が、何事かを呟いていた。
「バクラじゃ、ないのに……」
くしゃ、と泣きそうな顔をする。
「あいつじゃねえから何なんだよ。結局操立てんのか?」
「違うよ、バクラじゃないのに、違うのに」
――違うのに、こんなに気持ちいいなんて。
呟きは細く、事実泣き声になっていた。
盗賊王は溜息を吐く。根強く深い双子の絆、これを破壊することはきっと誰にも出来ないだろう。略奪の喜びがそこにあり、壁は高い程燃えるといっても、これは勝負にならなさそうだ。
構わない。それでいい。盗賊王はバクラに――ボスに、その立場に成り代わりたいわけではない。
自分に惚れてしまった可愛い女を可愛がる、それだけでいいのだ。
「てめえはどこまでも鈍いな、了」
「……え?」
ぐりぐりと頭を撫ぜて、顔を上向かせる。明け方の明るい室内で見る、青い瞳は涙ぐんで綺麗だった。
「オレ様のことが好きで好きでしょうがねえって、ただそんだけのこったろ?」
他の女抱いたのが嫌でベソかく程好きだったってこと――と、務めて優しく盗賊王は教えてやった。
了はぱちぱちと瞬きをして、そうなのかな、と呟いた、
「よく分からないんだ。バクラのことだって、好きっていつからそうなったのか覚えてないし、実感なんて何もないんだ」
「おいおい、てめえさっきオレ様に『他の女の匂いなんかさせんな』って云ったんだぜ? 好きでもねえ男にそんなこと云うかよ」
「だって嫌だったんだから仕方ないじゃないか。心臓がぎゅって痛くなったんだ。苦しくなって、それで」
肌と同じ、了はどこまでも真っ白だ。ああもうどうしてくれよう、ぐらぐらと劣情が湧いてくる。この鈍くてとろくて扱いづらい女が可愛くて仕方ない。開き直った分だけ勢いをつけて、今まで押し殺していたものが込み上げてくる。
「それが好きってこった。てめえはオレ様に惚れてんだよ」
「そう……かな、そうかも。でも」
でも――その先は聞かなくなって分かる、どうせバクラがどうとか云うのだろう。
別にバクラを好いていても構わない。惚れる相手が一人でなければならないという決まりはどこにもないのだ。下らない戸惑いをまたしても吐かれる前に、盗賊王はもう一度唇を奪い、にっと笑って見せた。
「てめえは『バクラ』を好きでいりゃあいい」
「……?」
「オレ様もあいつも『バクラ』だからな。オレ様は器がでけえいい男だからよ、別にオレ様一筋で居ろなんて退屈なことは云わねえぜ」
「そんなので、いいの?」
「いいんじゃねえ? あいつも了に手ェ出していいって云ってたぜ」
「バクラが?」
「おう。だから帰ってこねえんじゃねえの、今日はよ」
ああ腹立たしい。多分あの男はこうなることを全て予測していた。あの意味ありげなにやにや笑いも、盗賊王をやけにしつこく焚き付けたのも、全部手のひらの上だったに違いない。
『仲良くなってもらわなきゃ困る』。
つまりは、その為の一計。
挑発の意味を今更察して苦い気分になる。だがそんな不機嫌も、了の抱き心地で溶けてしまうからおかしなものだ。
細く長く、引いたらぷつんと切れてしまいそうな絹糸の髪はひんやりと冷たく心地よい。抱き込んだ腕をさらさらと擽って気持ちが良い。大人しく腕の中に納まっているのも最高だ。小さくて細くて脆くて、まったく好みではないけれど――悪くない、と思う。
「……そっか。いいんだ」
漸く自分の中で事態がまとまったようだ。頷いた了が云う。
「ボク、『バクラ』を好きでいて、いいんだ」
噛み締める。深く刻み込む。そんな呟きだった。
肩の力から最後のこわばりが抜け、盗賊王へ体重がかかる。ちっとも重くなかった。
「ま、それならキミだの何だの回りくどい呼び方しねえで、名前で呼んでくれや」
「名前?」
「オレ様は気に入ってんだ、自分の名前ってやつがよ」
親なし子の自分を拾い育てた、クル・エルナのボスがつけた名前。何の因果か運命か、了の片割れと同じその名前を盗賊王は好いている。可愛い女に呼ばれるならさぞかし心地良かろう。
了は口の中を少しもごもごとさせ、少しばかり云い躊躇った後――小さく、
「バクラ」
その声は、バクラを、ボスを呼ぶものとは違っていた。無意識の気恥ずかしさを微細に含んだ、背中が痒くなるような声。味があるなら、きっと甘い。
確かめてみたい。盗賊王は己の名を始めて呼んだその唇を軽く啄んだ。
「んん、」
先程のような抵抗はない。きゅ、とパーカーの胸元を掴んでくる手が何とも云えずこそばゆい。
そのまま幾度か唇を合わせ、離し、繰り返していると、昇華しきれていない劣情が熱くうねるのを盗賊王は感じた。欲しがる感情が先行し、手が勝手に了の腰を撫でさする。
ぴく、と肩を震わせた了が、顎を引いて唇を離した。瞳は咎めるような探るような深い青色だ。
「何だよ、折角二人っきりなんだからよ、このままたっぷり楽しもうじゃねえか」
「でもキミは、ボクとそういうことしたくないって云ってたよね」
よりにもよってこのタイミングで、了は数時間前のことを持ち出してきた。
云った気がする。確かに云った。肉をつけてから出直して来いと。
「あー、あれは何だ、今は違ぇんだよ」
「そんなに簡単に変わるものなの?」
「あん時はまだてめえはオレ様に惚れてなかったろ。だからだ」
「ボクがキミ――じゃない、バクラのこと好きになったから、したくなったってこと? 自分のこと好きじゃない人とはしたくないとか」
意外と了は理屈っぽいようだ。否、これは単に理解できないことを問いかけているだけか。暇つぶしの雑談で、世間に疎い了がさまざまな質問をこちらに投げてくる時と同じ要領で問うている。
(冗談じゃねえって)
おあずけされてまで己の心身の変化を説明してやる気にはなれない。おあずけ時でなくとも内心を並べ立てて吐露するなど御免である。そんなものは女の方が勝手に察して勝手に慮ればよいのだ。
「うだうだ面倒くせえこと考えんなよ」
もの問いたげに尖る唇を軽く噛んで、盗賊王は云う。
「今してえ、で充分だろ」
結果的に殺し文句、だった。
暫しの見つめ合い――後、とろんと目が閉じる。言葉よりも分かり易いイエスの合図で、盗賊王は了の心と身体の両方が完全に開かれたことを知った。
はむ、と、了の唇がキスに応じてくる。甘噛みの快感は今まで通り過ぎてきた女の誰よりも深い。このまま何も考えずに遮二無二穿ってしまいたい――だが、恍惚のキスを遮るように了がむうと不穏な唸り声を上げた。
「まだ何かあんのか」
若干のうんざりさを感じつつ、盗賊王は手指の動きを止めずに云う。今更ごねられても手遅れである、やめる気などさらさらない。
了は綺麗な形の眉を寄せ、においが、と云った。
「いやなにおいがする、から」
「あァ――」
女の人の匂いがする、だったか。
鼻聡く嗅ぎつけた商売女の匂い。香水や化粧や体臭が肌に移っているのが了はお気に召さないのだと気が付く。
盗賊王はパーカーの袖を引っ張って、試しに鼻を押し付けてみた。気になるような匂いは感じられない。どんくさい了でもそういう匂いを嗅ぎとれるとは、女とは不思議な生き物だと改めて思う。
了は鼻の頭に皺を寄せて、くさい、と呻いた。
「お風呂はいってからにしようよ。ボクはもうシャワー浴びたよ」
なるほど、そういえば髪が湿っている。平素、あちこちにぴんぴんと跳ねる癖っ毛が妙に大人しいのはその所為か。
絹糸のそれを指先で弄り、盗賊王は了の右首筋に鼻先を突っ込む。水の匂いとボディソープの清潔な匂いがした。
「石鹸くせえなァ」
「いい匂いの間違いでしょ。バクラもそういう匂いになってきなよ」
「てめえも来いよ。一回も二回も同じじゃねえか」
「何の意味があるの、それ……」
首を傾げる了には、男の性急なる欲望は理解出来ないらしい。やっぱり鈍い女だった。とにかく今すぐ一秒たりとも待ちたくない速攻抱きたい、という願望に何故気が付けないのか。
面倒くせえな、と一言吐いた盗賊王は、壁際に追い詰めていた了の胴を小脇に抱え上げてさっさとシャワーブースに向かうことにした。
「ちょっ、人の話聞いてる!?」
などと了は喚いたが、そんなことは気にもならない。脱衣もパスして着のまま乗り込みコックを捻り、その中で改めて、腕の中に閉じ込める。パーカーが水分を吸って重たくなり、背中から浴びるシャワーはまるで暖かい雨のようだ。
「せめて脱いでからにしたらいいのに……」
誰が洗濯すると思ってるの。
膨れる了を、今日で幾度目になるかすら分からないキスで宥める。大人しく目を閉じるあたり、バクラの云っていた甘やかしと快楽に弱いというのは真実のようだ。
「男の考えてることくらい察せられねえようじゃあ、良い女とは云えねえな」
「わかんないよ、そんなの」
ぐっと顔を近づける。まだ匂いがするのか了がそっぽを向いた。そうすると目の前に現れるいかにも美味そうな細い首――夢に振り回され幾度も締めたあの首だ。
今宵は違う。
唇で、歯で、そこへ触れる。
熱い舌で舐め上げると、か細く鳴いた了は後ろ頭をシャワーブースの壁に擦りつけて仰け反った。
「すげえ敏感」
反ると一層際立つ筋を、舌の先で強く辿っていく。あ、あ、と、まるで怯えるような声を上げる様子が堪らなく扇情的だった。縋る場所が見つからないのか、ぎゅっと握った拳が震えている。
縋りつかせてやる前に、盗賊王は重たいパーカーをアンダーシャツごと脱ぎ捨てた。剥き出しになる上半身を蕩けた目で見た了が、ちがういろ、と呟いたのは聞こえない振りする。代わりに頼りない手首を掴んで肩に載せ、ここ、と教えてやった。
比べるのは当たり前だ。長いことバクラだけのものだった女なのだから。ボスと自分と、二人のバクラに愛される贅沢を、了はその細い身に与えられている。
キスの仕方や肌の色。そうやって比較されて負けないだけの快感を与えてやる自信が、盗賊王にはあった。バクラでは決して与えられないような、底抜けにねちっこい愛撫をこれからたっぷり注ぎ込んでやるのだ。
見慣れない褐色の肌を眺めている隙に、了のシャツも剥いでおく。丈の長いボーダー柄のそれをワンピース扱いで着ていた為、一枚脱がせばそこには白い裸体が晒される。ショーツは後回しに、盗賊王は首から鎖骨へと愛撫の切っ先を移動させていった。
「んん、っ、ぅ、」
舌で触れても骨の在りかが分かる。それくらい痩せて皮膚の薄い了の身体は、惚れた贔屓目を乗せてもやはり貧相だった。あるかないかと問われればぎりぎりなくもない、くらいのなだらかな胸の膨らみは、盗賊王にはえらく物足りない。
唯一美味そうなのは色の薄い頂きのみ――
「ひゃぅっ!」
そこを軽く噛んだら、予想以上に細い腰が跳ねた。
ぎょっとして視線を上目にすると、了は左手で作った拳を口元に当てて震えている。
「ふ、ぅ、うう」
唸り声が引きずる狼狽。もう片手は盗賊王の肩に指をしっかり食い込ませ、そちらもやはり小刻みの振動を伝えてくる。意外な反応に愛撫の手を止めて眺めていたら、視線に気が付いた了が更に眉を下げてあの、と云った。
「ンだよ、痛ぇか」
「ち、ちがう、そこ」
「乳がどうかしたかよ?」
「あんま、触られたことないから、その」
うろたえた表情は幼い。一瞬、年端もいかない少女に手を出しているような気分にさせられた。
未熟な肉体も相俟って妙な気分だ。そっちの趣味はないはずなのにと思いつつ、艶めいた青い瞳の潤みに背中から昂る。
「なるほどな、普段は可愛がってもらってねえのか」
「全然じゃないけど、あいつあんまりそこ興味ない、みたいで」
「乳より穴ってか。平べってぇのはその所為じゃねえの?」
「別に小さいのは気にしてな、ん、やっ」
言葉を遮る形で、今度は片方の乳房を軽く揉み上げてみる。仰け反るのではなく身体を丸める仕草に胸への愛撫の不慣れを見つけ、盗賊王は愉しくなった。
これは念入りに可愛がってやらねば。育てれば案外いい感じの巨乳に変身するかもしれないし――などと長期的な計画も頭の隅に浮かぶ。
「安心しな、これからはオレ様がたんまり弄ってやるよ。癖になっちまうくらい、な」
「ん――」
期待なのか警戒なのか分からない、曖昧な声で了が返す。それで充分だ。
人差し指と中指で乳首を挟み込むようにして、貧しい乳房を揉み上げる。外側から内側にかけて、甘い痺れの波が響くようにじっとりと繰り返す愛撫――耐えられる女はそう居ない。
片方が留守にならぬよう、鎖骨から乳房にかけての白い肌にはいくつもの鬱血を。偶に乳首にも舌先で挨拶をしておく。そうやって無い肉を掬い寄せて揉んでいるうちに、了の声が甘さを増してきた。
「ぁう、あ、あ――……」
か細く伸びる声の最後が震える。それだけ恍惚が深いことが伺えた。
柔らかかった乳首が熱い芯を持ち立ち上がると、ますます声は顕著になった。細かい擽りに弱く、舌先と指先の両方で小刻みに刺激するだけであられもなく腰を揺らめかせる。
「匂いが気になる、とか云ってた癖になァ」
意地悪を云っても気が付かない。湯が洗い流したのか鼻が馬鹿になったのかそれどころではないのか、きっと全部だろう。
「コレ、気に入っちまったか?」
「ん―― うん、きもち、い、とろとろ、する」
譫言めいて答える了の唇は、だらしなく半開きになっていた。
目にするだけでこちらの気分まで引きずられる。半濁の青い瞳は湯気のヴェール越しでも強烈だ。声を抑える為に押し付けたはずの拳は半端にほどけ、了はそこをさっきから甘噛みしている――恐らく意思も意味も無い行為なのだろうけれど、ちらりと覗く桃色の舌がひどくいやらしく見えた。
「知らな、った、そこ、こんな気持ちい、んだって」
「開発次第じゃ、乳首でイける身体になれるかもなァ。さっきっからすげえビクついてんぜ」
「だって、あ、きゅって、されると、っ」
「こうか?」
「ぅんッ……! それ、あ、それ、きもちぃッ」
もっとして、の言葉はなかった。それ以上に、肩に食い込んだ指が雄弁に強請ってくる。
短い爪が食い込む痛みも、盗賊王にとっては心地よい刺激だった。気をよくして乳首への甘噛みと絞るような揉み上げを繰り返してやる。すればするほどに了はしどけない反応を返し、挙句、耐えきれなくなった腰が盗賊王の足に擦りつけられた。
「おいおい、気が早ぇな。ソッチはもうちょっと我慢しな」
「やだ、っ、だって、あ、バクラっ」
肩を掴む手指が移動し、盗賊王の頭を抱く。鼻先が谷間にならない胸元に押し付けられ、ぎゅっと抱きしめられるのはなかなかいい気分だった。肉はないが、爆発しそうな心音を肌で感じる。この鼓動の早さがそのまま了の快感の強さだと思うと、最高だ。
「ぞくぞくする、んだ、ねえっ、我慢、やだぁっ」
云っていることはまるっきり色狂いである。なのに何故か、売女の匂いがしない。愉悦よりも必死さが強い声の所為だろうか、快感に翻弄される了はまるで溺れ縋る人のそれだ。
可愛がりたい、死ぬほど満足させてやりたい。
同時に、狂うほど焦らして苛めたくもなる。
なるほどこれがあの男を虜にさせるのか。アンバランスを体内に飼う不思議な女――盗賊王自身、うっかりすると飲み込まれてしまいそうだ。
それでは男が廃る。抱き寄せる腕からうまいこと逃げ出した盗賊王は、仕掛ける前にシャワーで濡れ滴る髪を後ろに撫でつけた。それからはふはふと息を乱す了へ軽く口づけ、そのままするりと耳朶まで唇を寄せる。
「オレ様も気持ち良くなりてえなァ」
その一言で察せられるあたり、色事は身体に深くしみついているらしい。うろんな瞳が一つ瞬きをし、んん、と、肯定の頷きが返される。
「く、ち? 手? やり方、教わってる、けど」
上手かどうかはわかんない。と、了は自信なさげに云った。
バクラに仕込まれているなら下手糞というのはあり得ない気がする。だがそのバクラが了をマグロ呼ばわりしていたことを思うと、期待しすぎるのもよくなさそうだ。 数多の商売女の世話になってきた盗賊王である、当然技巧への点は辛い――が、
「別に上手くやってくれとは云ってねえぜ」
そもそも、そんな技術など求めなくてもいいのだ。
相手は娼婦ではなく、惚れられ惚れた可愛い女。少なくとも今までの軽い愛撫だけで、盗賊王は昂りを感じている。どんな豊満な美女でも前戯だけでこんなに興奮したことはない。全く、自覚した恋情というのは恐ろしいものだ。
「てめえが触るだけで、十分イイ気分にさせてもらえそうな気がするからよ」
「そう、なの?」
「試しに触ってみろよ。ほら」
強張っている小さな手を導き、盗賊王は己の下半身へと触れさせる。手のひらは滑らかで柔らかく、浴び続けるシャワーが濃い色に変えたごわごわのジーンズで傷つけてしまいそうだ。
「あ……」
四つの銀釦が並ぶフロントに触れ、了が声を上げる。窮屈にデニムを押し上げる熱を理解したのだろう。びくりと手をひっこめてから、もう一度、今度はゆっくりと下から上へさすり上げる。
「触る、よ?」
「おう、頼むわ」
上目の確認に軽い応答。
教わっていると云うだけあって、男性器への警戒は見当たらなかった。釦を片手で外せず苦労していたが、寛げてしまえば布の間から引き出す扱いは手慣れたものだ。半勃ちのそれに、ひんやりと冷たい了の手が重なる。
「っ……」
綺麗なものしか触ったことが無さそうな手。それが、性欲の真ん中を撫で上げている。視覚効果も相俟って、手淫は予想以上に昂りを盛り上げた。
いきなりきつく握り込むような真似はせず、赤黒い怒張を宥めるように手と指で撫でる動き。繊細に動く指先が裏筋を擽り、根本から先端へと昇ってゆく。
技術は決して上手くはない。下手の部類だ。
だが、妙にぞくぞくとさせる愛撫だった。身体を密着させた所為で、痩せた胸がみぞおち辺りに押し付けられるのもなかなか良い。
「もうちょっと強くやっていいぜ」
そう促せば、云うとおりにきゅっと握ってくる。握力がそもそも無いのだろう、本人は強い力を入れているつもりでも刺激には程遠い。
見下ろし眺める様子は、手淫というより性器で手のひらを犯していると表現した方が正しそうだ。了の手が綺麗な分、余計にそう見える。
中に突っこんでるみてえ。
妄想の所為で、つい身体が動いた。ぐっと押し付ける動きに了が顔を上げる。
「あの、動かれるとやり辛いんだけど……」
それでいい。盗賊王は意味ありげに笑うと、筒状に握り込む了の手の中で自発的な摩擦を始めた。
「え、え?」
「いいからそのまま握っとけ」
抱き込み、耳元に言い聞かせる。かかる息が熱かったのか、了は小さく鳴いて云う通りにした。
滑らかで柔らかい、了の手のひらをあからさまな性器に見立てて抜き差しする。いくら鈍くても意図が分からない訳がない。下半身に視線を向け戸惑っていた了だが、不意に「う」と声を上げ、咎めるような目で盗賊王を見上げてきた。
「……下手ならそう云いなよ」
「そしたら手ェ放しちまうだろ、てめえはよ」
図星らしく、唇が尖る。ああ畜生可愛い。口に出す代わりに性器の角度が変わった。
重たくなる質量を支えるには片手では足りず、両手が添えられる。射精へと導くには程遠い、ぬるくて甘ったるい刺激。普段ならとっくに興ざめしている。
今は違う。もう暫くその手の感触を楽しんでいたい。
だが、何故か了の方が泣きそうな顔でぷるぷると震え出した。胸にみぞおちに押し付ける肌から、握るだけの手のひらから伝わる微振動――寒さからではない。むせるほどの湯気がまわりを包んでいる。
「うう……」
青い瞳が瞬きを二つ。それから、もじもじと腿が擦り合わされる。
ああ、我慢は嫌――だったか。
「手なんかじゃなくてナカにして、ってか?」
「っ……云ったら、ほんとにしてくれるの」
「どうだかなァ、了が上手におねだりできたらな」
くつくつ笑うと、了は腹いせにぎゅっと両手で性器を握ってきた。正直それくらい強い方が具合良い。親指の付け根の柔らかい部分に根元が食い込むくらい強く押し込めば、疑似的に雌の道を体感できる。
「あ、オレ様このままイけるかもしんねぇ」
「ずるいよ! ボクだけおいてくの!?」
「さっき乳可愛がってやったじゃねえか」
「それは、そうだけどっ……」
潤んだ目で咎められる。それでも手を離さない辺りがなんというか健気と云うかちょっと間抜けというか。
そのままぎゃんぎゃんと文句を云われるかと思いきや、了は胸板に額を押し付けて俯いた。
尖った肩まで美味そうだ。濡れて張り付く髪がきらきら光を反射して、浮世離れた妖しさを見せる。ああ噛み付いてやりたい――身長差がありすぎて容易に首筋に辿り着けないのが悔しい。腰を曲げればいいのだがその腰は今非常に忙しいのだ。
「意地悪しないでよ」
むらむらしている盗賊王の胸元で、了が小さく呟く。
「ボク、途中までして、そのまんまなんだから」
云って、切なげに押し付けられる下肢。
そういえば、バクラに置いてけぼりにされてそれっきりだったか。
中途半端な愛撫で止められたままの身体が震えている。妙に感度が良かったのはその所為か。それとも生来の素質か。いやいや違うオレ様が上手すぎるんだと一連思考してから、盗賊王は了の後ろ頭をぽんぽん、と叩いた。
「奇遇だな、オレ様も実は寸止めなんだわ」