召しませアイズオンミー

着替えている姿をじっと見られるというのは、どうにも落ち着かないものがある。
 学ランの釦を下から一つずつ止めている様子を、紫色の瞳がじっと眺めている。何を思ってかあるいは思わずか、パーカーのポケットに両手を突っ込んでフローリングに立ったまま、バクラはじっと、獏良の着替えを凝視していた。

(白ぇなあ、こいつ)
 とくに用があったわけではない。学校へ行く為に寝間着から制服へと着替える獏良は、何だか殻を脱ぎかえるように見えて面白いと思った。それだけだ。
 寝間着の獏良はだらしがない。低血圧なのかただの自堕落なのか、なかなかベッドから出てこようとしないところを引っ張り上げるのはバクラの仕事である。生白い腕を掴んで、羽根布団の隙間から引っ張り出すと、たとえは悪いが蛹をひん剥いて中の無防備な虫を暴いているようなおかしな感覚があった。
 その生白い虫は引っ張り出されたことで漸く腹を決めて、それでもだらだらと、顔をあらって歯を磨く。そして億劫そうに着替えるのだけれど、制服を着終って鞄を手に持った獏良は、いわゆる外面用の仮面をかぶっているようにも見えた。
 緩く笑い、波風を立てず、穏やかな風貌。
 そういう風に切り替えているのが意識的になのか無意識なのか、バクラには定かではない。
 けれどどちらかというと、だらしない獏良の方が良いと思う。
 白い頬、首。怠けているほうが、似合っている。
 その白い身体が数時間前は自分の下で悶えていたと思うと、朝から気分的に盛り上がってしまうのは困ったものだ。いま着込んだ制服の殻を剥いで、再び真っ白な剥き出しの獏良に変えてしまいたい――やっぱり昨晩、一発しか致さなかったのは失敗だとバクラは思った。多分物足りないから、こんなことを考えるのだろう。
 獏良が貼った傷隠しのテープの上から、頬の傷を掻く。
 と、絶妙なタイミングで、青い瞳と目があった。

(……なんだろう、なんか変なとこ、あるかなあ)
 一番上の釦を止めて、肩に掛かる髪を払いつつ獏良は首を傾げる。
 眺められているのを認識するということは、こちらもあちらを眺めかえすということに他ならない。お互い顔を見合うタイミングがずれているから目が合うことが無く、それが故に、双方で見合っていることに気が付かない。
 獏良もまた、バクラを見る。
 白くばさばさとした、乱れがちの髪に褐色の肌。赤いパーカーはこの冬に獏良が買ってあげたものだ。以前から来ていた服の類は彼のアクティブな動きについていけずに大分よれていたから、何だか可哀想になって――バクラのことが、ではない。服の方をだ――、新しいものを与えたのだ。そう喜んだ顔は見せなかったけれど、頻繁に着ているので、気に入ってはいるのだと思う。
 パーカーの下には薄いシャツ。布一枚向こうの盛り上がった筋肉の形にそっておうとつを作るそのたくましさは、同じ男としてちょっと羨ましい。
 その腹筋のおうとつに合わせて指を滑らせて、あみだくじをするのがちょっと楽しい。身体を重ねたその後に、浮かぶ汗の玉を指先でつうと伝わせていくのも楽しい。本人はくすぐったいともやめろともいわないので、ひそかな事後の楽しみとして、獏良の趣味になりつつある。
 そういえば昨晩はしなかったなあ、と思い出すと、背中のあたりが妙にもぞもぞとした。
 腹筋から少し視線を上げて、首筋あたりに辿り着く。硬そうな喉仏の隆起、あそこがごくりと唾を飲むのを何度も見た。獏良がベッドで耐えきれずに解放を強請る時やたまりかねて高い声を上げた時に。
 やっぱり昨日、一回だけしかせずに寝落ちてしまったのは失敗だったと獏良は思った。これではとても、学校に行く気分になれない。
 どうしようかと視線をあげる。
 と、絶妙なタイミングで、紫の瞳と目があった。

 そうしてこうして、三十分後。
 朝のホームルームが始まった教室、獏良了の姿はなかった。