【♀】ゲームオーバー・エンゲイジ

【注意!】
原作334話ラスト、遊戯さん方が戻ってきたあのあたりの話です、が、忠実になぞっていません。
・女体化です。
・二心二体です。バクラの外見は♂です。
・バクラがまだ辛うじて生きています。
・原作では獏良以外が目覚めていますが、本作では目が覚める順番が違っています。
・バッドエンド(死にネタ)です。

 ちくしょう
 畜生、畜生――

 バクラは幾度も幾度も、湧き上がる罵倒を繰り返した。
 口内でねばねばと絡むその言葉を、唾と一緒に吐き出す。血交じり、というよりほとんど血液となったその塊は、暗い床に不穏な滴となってしたたり落ちてゆく。
 本来ならば、計画通りなら、舌の上で転がすのは勝利の味であった。
 こんなのは想定外だ。
 これではまるで、敗者だ。
(違う、オレ様は負けてなんかいねえ)
 ぜいぜいと息が荒ぐ。テーブルの向かいにはまだ意識を遠い世界へ飛ばしたままの遊戯が、まるで眠るように臥せっている。
 創生の光は闇を深く切り裂き、そうしてバクラに、ゾーク・ネクロファデスに、痛烈な致命傷を与えた。破邪の閃光を浴びた全身は焼けるように痛み、皮肉なことに、獏良了の姿を借りたこの現世の身さえ砂の気配を滲ませ始めた。
 指先が、髪先が、身体の先端からさらさらと崩れる音が聞こえる。心音のリズムと交互に意識が歪む。気を張っていないと、今この瞬間にでも消え失せてしまいそうだ。
 それでも、自分は負けていない。
(オレ様は)
(惨めな敗北者なんぞには、絶対にならねえ)
 バクラは憎々しげに、伏せる遊戯を睨みつける。
 しばし凝視した後、視線を辺りに這わせると、並べた棺の中には城之内や本田といった面子が死者のように目を閉ざしていた。
 己が宿主は、この場にはいない。最後のゲームに彼女を参加させなかったのは、イレギュラーの塊である少女がシナリオの進行を妨げぬようにという配慮だったが――その判断は正しかった。
 あの宿主はどうしようもないくらい、バクラに依存している。彼女がいさえすれば、また同じ舞台を用意することが出来る。或いはもっと冴えたやり方も思いつくかもしれない。
 まずは彼らが目覚める前に、この場から脱出すること。
 身を潜め、傷を癒し、機会を伺う。
 そうだ、このまま消えるなどあり得ない――
 倒れてしまいそうな身体を叱咤し、バクラは黄金のテーブルの縁を強く掴んだ。重心を腕にぐっと乗せ、崩壊を始めた身体を引き起こす。ふらついた爪先が椅子の脚を蹴飛ばし、ハイバックのそれが床に倒れるのを後目に、どうにか部屋から出ようと、壁伝いに移動する。
 ず、ず、と。
 引きずる足は奇妙な形に捻じくれていた。そのせいで、一刻も早くこの場所から離れたいのに、速度が出ない。ここで遊戯達が目を覚ましたら、逃げられる可能性は零になろう。とにかく早く、一秒でも早く。目覚める前に脱出を、と。
「バクラ!」
 鼓膜を裂くような、半ば悲鳴に近い声が、急くバクラの動きを止めさせた。
 重たい頭をなんとか持ち上げ、それでも顎が上がり切らずに、瞳だけで先を見やる。
 そこにいたのは了だった。
 たった一人のイレギュラーキャラクター、己が宿主である獏良了は、大きな瞳を更に大きく見開いて、部屋の入口に立ち尽くしていた。
「やど、ぬし」
 粘つく口の中で、呼ぶ。予想外の登場人物にバクラの脳は一瞬真っ白になった。
 何故ここに居る。場所も告げずにおいたのにどうして。
 閉ざした扉を開いた了は、背中から差し込む淡い光を背負っていた。目が眩むほど白い立ち姿――それが、襤褸屑のように傷を負ったバクラを目にして、信じられないものに直面した様子で震えている。
「……ンで、いやがんだ、てめえは」
 なんとかそれだけ吐き出すと、言葉と一緒に血の塊が溢れた。
 かは、と、濡れた喀血の音に了は我を取り戻したらしい。ばねが弾けるようにバクラに駆け寄り、崩壊しそうな身体を支えようと両手を伸ばした。馴染みのボーダーシャツに、バクラの血がべったりと染みるのもかまわずに。
「ボ、ボク、おまえがいないから、探して、みんなも、だから」
「よく、見つけたモンだ――誰も知らねえ場所、の、はず、なんだけどなァ……」
「そんなことどうだっていいよ、それよりお前、なんで」
 なんでそんな、酷い姿に。
 細く丸い肩に引っ張り上げられながら、バクラは鼻で笑って見せた。王サマは容赦がねえ、と、軽口めいて云って見せる。
 思ったとおり、了は泣きだしそうな顔で振り向き、まだ伏せたままの彼らを見た。そして再びバクラの方を向いた時、その瞳は名状しがたい感情で――怒りも悲しみも不条理も混ざり合った混沌の青で染まっていた。彼らは友人、だけれど了はバクラの傍らに立ち続ける共犯者である。この局面で、バクラを傷つける者は例外なく、了の敵でもあるのだった。
「バクラ、いやだよ、死なないで」
「っせえな、声でけえ、響く」
「ここから出たいんだよね? ボク、手伝うから、手当するから」
 動転しながらも、了は懸命にバクラを支え部屋から廊下へと進みだした。女に助けられるなどみっともないことこの上ないが、忌々しいことに、もう足が持ち上がらない。ここで了が現れたのは正しく僥倖だった。一人では這わねば動けないくらいの身体、しかし了は唇をぎゅっと噛み締め、必死にバクラを連れて逃げようとする。
 不意にがくん、と身体が揺れた。
 あれほど激しかった足の痛みが無くなっている。だるい視線を落とすと、左足の膝から片方が無くなっていた。
 床の上には砂の塊。いよいよ肉体を維持できなくなってきたらしい。
「あ、あし、バクラ、足が……!」
 了は恐怖で唇を震わせ、悲痛にバクラを呼ぶ。
 泣いてどうにかなる問題でもない。足の損失はあとあと考え、今は魂が無事なうちに打開策を考えつつ逃げる、それだけだ。
 バクラがうるせえとっとと進め、と命令すると、了はしゃくりあげながら云う通りにした。足を片方失った分軽くなった身体は、それでも少女の手には重すぎる。這うよりは早いだろうという速度で石造りの回廊を進み――だがそれも、もう片方の足が落ちた時、遂に耐えきれず頽れた。
「バクラっ!」
 ずるりと不恰好に、バクラの身体が床へ倒れる。糸の切れたマリオネットとはこんな気分だろうかと、バクラは刹那、くだらないことを考えた。無くした足に痛みはないが、意識が霞む。荒い息を吐き出す度に血を吐いているような気分だ。
 半狂乱になった了はバクラバクラと叫びながら、残った身体を持ち上げようと尽力している。そんなにでけえ声だすとあいつらが目覚めちまうじゃねえかとバクラは云ったが、それも聞こえていなかった。
 どんなに力を尽くしても、非力な少女では男の身体を引きずっていけない。とうとう了もへたり込んで、青い目からは透明な涙があふれ出した。
「ごめんね、バクラ、ごめんねぇ……」
 両脚を失ったバクラを支えきれず、了は高く嗚咽する。
 己の無力を詫びながら、痩せた胸にバクラの頭を抱きしめながら。まだいくらも進んでいない、逃げなければならないのに、そうしないとバクラは死んでしまうのに――それでも何もできない己を嘆いて、了は泣く。
 蒼白になったバクラの頬に、涙の粒は雨のように降った。
「泣くんじゃねえ、よ、鬱陶しい」
「だ、って、ボク、何もできない、バクラぁ」
「てめえが役立たずなのは、今に始まったことじゃ、ねえだろ……
 ――あァ、ジオラマだけは、いい出来だっ、たけど、よ」
「ッ……あんなの、つくんなきゃ、よかった」
 バクラの頭を抱きしめ、了は嘆く。
「ボクがあんなの、つくんなかったら、こんなことにならなかった」
 ごめんね、ごめんなさい。
 と、繰り返す唇は震えていた。頬を伝う涙で濡れ、仄かに冷たくなっているであろうその箇所の甘い感触を、不意にバクラは思い出す。
 連なって、今までの出来事が――それこそ何千年前というあの砂礫の日々、人の手に渡った千年リングから見聞きしたもの、そして了と出会い時間を共にしたこと、そんな記憶が、閉じそうな瞼の裏側で高速再生を始め出した。
 ああ、これが走馬灯ってモンか。呻くようにバクラは思う。
 死期が近いことを、嫌が応にも突きつけられる。否、死なんて概念はこの肉体とは無縁だろう。それならば消滅、というものか。
「ッ、クソッタレ」
「バクラ……?」
「……このまま消えたら、オレ様の負けに、なっちまうじゃ、ねえか」
「っいやだ、だめだよバクラ、いやだ」
 消えないで消えないで消えないで――壊れた蓄音機のように了は繰り返し叫ぶ。
「ボクを一人にしないで、一緒に居てよねえ、何でもするから! いうこと聞くから! もうお前に逆らったりしないし邪魔もしないよ、遊戯君たちとも会ったりしない、お前の傍にだけいるから!
 だからお願い、お願いだよぉ……」
 震える語尾は消え入りそうで。バクラの意識と同じくらい、か細かった。
 熱烈なものだ、と、バクラは場違いに思う。
 状況が違えばさぞかしおいしい台詞だったのに。もしここが見慣れた六〇一号室だったなら、慇懃なほど恭しく頬を撫でて、意図に絡めて可愛がってやったのに。
 そんな思考が手指を勝手に動かしたのか。
 バクラの手は誘われるように、了の頬へと伸びた。自分で目にして驚くほど、指が震えている。
 僅か持ち上げるのが精いっぱいだった。そこから先は、届かない。
 気づいた了がその手を取り、両手でぎゅっと握った。それ以上高くへ差し出せないことを悟った了は、また新しい涙を溜めて、ひぐっと音を立ててしゃくりあげる。
 こんなにも無様な泣き顔は初めて見る。バクラは微かに鼻で笑った。
 泣き顔など何度も見てきたし泣かせてきた。それでも了の顔は綺麗だったし、泣きぬれてさえ欲情を誘った。けれど今、了が見せている派手な号泣は欠片も美しくない。重たく腫れた目、鼻の頭まで赤くして、唇を歪ませて泣いている。
(ブッサイクな面してんじゃねえよ)
 馬鹿にした気持ちでバクラは思う。見るに堪えない顔なのに何故、おかしな風に心臓が痛むのだろう、と。
 こんな顔、ちっとも愉しくない。見たくもない。
 自分の為に、自分の所為で泣く了は何よりも好ましかったはずなのに――
「獏良くん!」
 そんな甘く苦い感傷を、複数の声が引き裂いた。
 最早首も動かせないバクラは目で、了は顔を向けて、声の元を見やる。遊戯が、城之内が、本田が、杏子が、目覚めた彼らが、扉と回廊のちょうど狭間の辺りで、こちらを見つめていた。
「み、んな」
「獏良、今すぐそいつから離ろ!」
 噛みつかんばかりの勢いで、まず城之内が二人に向けて足を踏み出す。了は咄嗟にバクラの頭を抱きしめ、強いまなざしで彼らを睨みつけた。
 その目はバクラですら初めて見る、『友人』への明らかな敵対の視線だった。
「近づかないで!」
 息を飲むほど怒気に満ちた声。鋭い絶叫に、彼らの足が止まる。
「来ないで――ボクはここにいる、ここがボクの居場所だ」
「何云ってんだ、獏良!」
 興奮した様子の城之内が叫ぶのを、遊戯と、王たる遊戯のふたつの手が止める。
「待ってくれ城之内くん、様子がおかしい」
 緊迫した遊戯の言葉。応じて、おかしくなんかないよ、と了は云った。
「ボクはおかしくなってなんかいない。ずっと、ずうっと、ボクはバクラと一緒に居たんだ。こいつがどんな悪いことをして、みんなに酷いことをしても、それでもボクはバクラと一緒だ。ボクは千年リングの所有者だ。きみたちの敵だったんだ、ずっと!」
「宿主、サマ」
「だからボクはきみたちを許さない。バクラにひどいことをした、きみたちはボクの敵だ――そうでしょう、バクラ」
 最後の言葉は、まるで縋るように。
 了は抱きしめたバクラに、乞う声で云った。
 きつく繋いだ掌が、燃えるように熱い。きっとバクラの体温が氷よりも冷たくなってるのだ。もう感覚さえ薄い。肉のない乳房に抱かれても、雲の上にいるようだった。眩暈、意識の薄弱、裏腹に荒くなる呼吸――何もかもがおぼろげな世界で、了だけが、確かな輪郭を持っていた。
 青い瞳は燃えるように、薄暗い世界で光を放っている。
 その視線の先にいる彼らの表情は、バクラの目には見えなかった。だが想像はつく。愕然と、呆然と、いま起きていることの意味が理解できずに立ち尽くしているに違いない。彼らの中で獏良了はバクラに操られた可哀想な人形で、仲間で、助けるべき相手に違いなかったのだから。
 そんな『仲間』たる少女は反旗を翻し、敵対者の目で厳しい視線を浮かべている。
 堪らなく愉快だった。腹の底から笑いだしたいほど。
 今までずっと、了は曖昧な立ち位置を保持し続けてきた。共犯者であり、されど『友人』との縁を断ち切ることもしない。それでいいとバクラも暗黙していたけれど、この時遂に、了は境界線を越えたのだ。
 決断するにしてはあまりにも遅い。遅すぎる。
 だが――完璧なタイミングだった。
 口と目を丸くして驚愕する彼らの反応が、最高に爽快だった。
 ゲームの勝ち負けなど、取るに足らないと思えるほどに。
「傑作、だぜ、やどぬしサマ、」
 こみ上げてくる哄笑に任せて口を開くと、ごぼり。
 身体中の血液のうちの最後の分と云わんばかりに、バクラは大量の血を吐いた。
「バクラ!?」
「悪ィ、な、やどぬし、もう、保たねえ」
 悪いなんて欠片も思っていないけれど、自然とそんな言葉が漏れた。おいてけぼりの観衆を無視して、まだ掴まれたままの手指を軽く折り、握り返して見せる。了は駄々をこねる子供の用に、激しく首を振った。
「やだ、やだよバクラ、やだ」
 小さな唇が、おいてかないで、いっしょにいて、そう繰り返す。
(ああ――オレ様だって、置いていきたかねえよ)
 口に出さずに思う。これほどまでに仕上がった人形を、自分好みの色に染まった存在を、捨て置いてなどいきたくない。
 恋など知らず、愛など忘れた。そんな希薄な人間性の中で辛うじて残ったヒトの身の感情は、名前を付けるなら所有欲になるのだろう。
 『これはおれのものだ、どこにもやらない。』
 思っても、口に出すのが難しい。バクラは二酸化炭素を吐き出すだけで精一杯の口をぜいぜいと震わせていたが――その震えを目にして、了は。
 了は、何かを決心したようだった。
「……ひとりに、しないで」
 つれていって。
 可憐な唇は、確かにそう云った。
 バクラの手を握っていた両手の内、片方が、黒いコートの内側を探る。探り当てたのは左胸の内ポケットに収めておいた、折り畳み式のナイフだった。腕を切り裂いて傷を作った時に使用した、あのナイフだ。
 それをバクラの手にしっかりと握らせて、了は繰り返す。
「つれていって。おまえが死んじゃうなら、一緒に」
「おい何やってんだ、獏良! やめっ……」
「城之内くん!」
 飛び出しそうになる城之内を、遊戯が身体を張って止める。緊張のまなざしは複数、二人にまっすぐに向いて突き刺さりそうだ。
 その視線よりもなお鋭いのは、握らされた片刃のナイフ。
 凶器を握らせる了の手は震えていた。
 それでも、青い瞳の色は真剣だった。
 狂気などそこにはなく、ただ必死な、縋るような願いがそこにあった。
 堪らなく愉快な気分だ。
 バクラは最後の力を振り絞り――どうにか、上半身を起こして見せた。
「バクラ、貴様っ……!」
「なァ、王サマ、よぉ」
 怒声を遮り、バクラは笑う。傍らに了を抱き、抱かれて。切れ切れの声で。
「確かにこの勝負、オレ様の、負け、かも知れねえ」
「何を……」
「オレ様、は、もう邪神の残りカスだ。足もねえ……女に支えられて、どうにか繋ぎとめられてる、そんな状況だ…… けどよ、」
 了の手をまとわりつかせたまま、バクラは手を持ち上げていく。最中、放り出していた右腕が肩から崩れた。砂となって崩壊していく様子に、遊戯達が目を見開く。
 何もかもが低速再生だった。
 緩やかに葉が伸びて朽ちるような、それは引き延ばされた一瞬だった。
 抱かれることを待つが如く晒された、無防備な痩せた胸に、刃が吸いこまれていく――その様を、遊戯は、城之内は、ただ茫然と目にするしか他なく。
「――てめえの大事な『仲間』とやらは、永遠に、オレ様のモンだ」
 びくん、と。
 刃を受け、了の身体が魚のように跳ねた。
 的確に急所を狙った、苦しめず命を奪う一撃。
 ぶるぶる、と、了の身体が戦慄き、ゆっくりとバクラの胸へと沈み込んでいく。だがそれはまるで、快楽の絶頂を迎えた喜びの震えのようだった。
 バクラの胸の中で、了は笑っていた。
 唇が小さく、ばくら、と呼んで――そして、息が消えた。
「ッ……獏良くん!!」
 それは誰の絶叫だったか。命の火を目の前で消した獏良を呼ぶ彼らの声に重ねて、バクラの高い哄笑が、回廊じゅうに響き渡った。
「こいつは自分から、オレ様のモンでいることを望んだんだぜ? 怒るのは、筋違いってモンだ、な、ァ」
 バクラの語尾が、哄笑を引きずって高く掠れる。ひゅう、と、喉を裂く喀血の痛み。
 そう、獏良了は自らの意思で、バクラの手に掛かることを望んだ。操り人形として始まり、時間を重ね、身体を重ね、そうして繋がりあううちに、マリオネットの手繰り糸は緩み、切れて。
 いつしか、彼女を捕える手枷の鎖は無くなっていた。
 それでも了は、バクラと共にいることを選んだ――死してなお、傍にいることを。
 そんな了を、彼らはとうとう、連れ戻すことができなかったのだ。
 愉快でたまらない。激しく身体を折って咽ると、残った手の内側からナイフが滑り落ちた。
 否、手ごと砂になって消えていた。
 これで五体不満足、達磨と表現しても差し支えない、手足をもがれた無様な姿だ。軽く殴られるなりするだけで、身体中が砂となり消滅する自信がある。
 だがバクラは笑っていた。
 心から愉しげに。最大の愉悦と侮蔑を込めて。
「『仲間』一人救えねえ、情けねえ王サマがた、」
 嘯きながら、バクラは残った右肩で、しな垂れかかる了の骸を引き寄せる。重なる頬と頬。まだ温かいそこへ、バクラは這いずるような頬擦りをした。指があったならひどくいやらしく辿り上げるような、そんな動きだ。
 見せつけるように、愛おしむように。
 ゆっくりと頬で、愛撫する。
 可愛い可愛いやどぬしさま、と、まるで浮ついた台詞を、戯言じみて口にして。
 立ち尽くす彼ら全員を、嘲る瞳で見下したバクラは、

「――ざまァ見やがれ」

 敗者ではなく勝者の声で。
 悠然と吐き捨てた瞬間、黒コートに包まれた身体は、溶けるように砂となり崩れた。
 残ったものはただひとつ、金色の輪。
 あるじを失った千年リングは、微笑んだ了の骸と同じくして、少女の血を吸った砂山の上に音を立てて落下していった。