【♀】猫は背中で爪を研ぐ【!】
灯りを落として正解だった、と、漠然と思った。
目の前、鼻の先で白い髪が豊かにうねって乱れる様子が、もうそれだけで悩ましい。抱え込んだ頭のせいで表情は伺えなくとも、明るいままではより一層眩しく煌めく長い髪の房やまろい肩、そんなものが見えてしまったらきっと理性がすぐにはじけ飛んでしまう。
了の身体は白くて細くて、柔らかい。
本能のままに喰らい突いたならきっと壊れてしまうだろう。
だから、見えなくて良かった。腰を進めながらバクラは思う。
(手加減の仕方なんざ、わかんねえって)
身体を重ねるようになって数回。小さな身体の愛し方を、バクラは未だに掴みかねていた。恐らく了の方も抱かれ方をよく分かっていない。お互いに手探りで進むつたない性のやり取りは、もどかしいようなそれでいて暖かいような奇妙な感覚を与えた。
「ぅあ、あ、ッ」
痛みを混じらせた切ない声を鼓膜が拾い上げる。苦痛だけなら手は止められる、しかし奥に秘められた滴るほどの甘さに拒否の意は欠片も見当たらない。
口よりも雄弁な身体がバクラを求めて切なく震える。
奥にぐっと押し込んだ性器を締め上げる、雌の道の柔らかさは眩暈がするほど気持ちが良い。自然噛み締めた奥歯の向こうで情けない声が一瞬あがりそうになるのをバクラは堪えた。そんなみっともない様子なぞ、見せたくはない。
「っバクラ、ぃたい、ぁ、きもちい、」
正反対の訴えが正直すぎて、こちらが困る。
痛いなら引いた方がいいのか、気持ちいいならもっと動いていいものか。敷布を掴んでぐしゃぐしゃとかき混ぜる仕草が薄闇の中で輪郭を揺らすのが見える。試しに軽く腰を押し付けると、その手がきゅうっと強く布を掴んだままきつく捻られた。
「んんっ…!」
悪くないらしい、白い手がぶるぶる震えているのが見える。
いたくねえのか、と、自然、目の前の白い耳に問うていた。
いたいよ、と、了は頬に頬を擦りつけて云った。
「いたいけど、きもちいいの」
「…あんま煽ンな」
低く唸るように呟く。甘さを含んだ声音で了が笑う声がした。
顔は見えないけれど表情は想像できる。雌の匂いなど感じさせない白い顔に快感の色を一色刷いて、それでいてあどけない、独特の表情。その顔を見るのがバクラは好きだ。いま目にしたら爆発してしまう気がするので、決して顔は上げないけれど。
上げない代わりに、一度引いた性器を常より強引に押し込むことにした。了の小さな尻がびくんと跳ねあがり、絡まった両足に腰のあたりを蹴っ飛ばされる。少し痛い。
「ばか、いきなり、ゃ、」
甘く咎める声が耳に心地よい。ふるふると振る顔のせいで髪が擦れてくすぐったかった。
ふと、目線の先で敷布を手繰る手がもの狂わしげに彷徨うのをバクラは見た。
縋りたくて疼いているようにも見えるその動きが、繊手が、生成色をした敷布を幾度も掻いて細かな漣を作る。ふと、何だかいじらしいものを見た気分になって、バクラはぶっきらぼうに口を開いた。
「手」
「…え?」
「手ェ背中回しとけ」
そんな布っきれにしがみ付くより余程安定するはずだ。そう思って云ってやった言葉に、しばしの沈黙。
いいの?
細く掠れた声が、問いかけてきた。
「ひっかいちゃうよ」
「猫乗っけてるようなもんだろ」
「猫とこんなことするの?」
「了が猫だったら、しちまうだろうな」
ぬるい冗談を交わすと、了はかわいらしい声で、にゃあお、とふざけて見せた。それからおずおずと、脇を経由して背中へと両手を絡ませる。
身体を重ねてようやく上がる低い体温を伝える掌と、それこそ猫のような細く薄い爪とが、皮膚に擦れる感触は悪くないものだった。より密着する身体と身体の間で、ささやかながらも女らしい弾力のある乳房が胸板に押し付けられる。あまり体重をかけたら潰れてしまいそうだ、ただでさえ貧相なのに、という失礼な思考は口に出さないことにする。
両足と両手、四肢を全て使ってしがみ付かれて、身体が安定する。
これならばもう少し強く動いても問題あるまい。
そう算段をつけて、引いた腰を勢いよく戻すと――先程よりも一層甘い悲鳴が、高く高く、天井まで届くほどに迸った。
食い込む爪の痛み、そして、響いたその声が正しく猫そのものであったということは、無論云うまでもない。