【♀】まくらもとよしなしごと【!】

 耳から首筋、鎖骨を伝って、胸まで。
 触れていく順番に決まりはないけれど、確率的にそんな風に、上から下へと接触が流れていくことが多い。
 それは指であったり唇であったり歯であったり。どこにしてもバクラの身体のうちの硬い部分が触れていく。歯なんかは硬くて当たり前だが指もごつごつしている。唇も、自分と比べると柔らかさに欠ける。唇が薄いというわけでもないのに、皮膚が厚いのか、硬い。
 だからだろうか。
 やたら、柔らかい部分に触りたがるのは。
「ん、ねぇ、」
「あン?」
 呼びかけると、顔が上がった。
 仰向けになった了の腹の上あたりにバクラの顔がある。硬く引き締まった両腕は軽く伸びて了の両胸に辿り着く。薄い乳房の肉を丸ごと掴んで余りある大きな手のひらは、内側に収まるそのやわらかな箇所を弄ることに忙しい。視線も、声をかけるまでは胸に一直線に向かっていた。しかもなんだか真面目な顔で。
 バクラはよく胸を揉む。
 こうしていやらしいことをする前提の時だけではなく、日常的にそれは行われる。暇があれば服の襟から手を突っ込んでやにわに揉みしだかれるのだ。最初は一体何事か、夜の誘いにしてももうちょっと何か方法があるのではと思った了だったが、慣れてしまった今となっては、ああまたか、くらいのもので特に驚いたりもしない。そういう時は手つきもそんなにいやらしくない。
 逆にこうして裸で身体を重ねる時のバクラの手はとことんいやらしい。分厚い手のひらの内側でいいように乳房を弄ばれ、訴えなければ外してくれない指輪の冷たさも相まって、了の性欲を刺激するには十分な快感を与えてくる。今もまた、短く切った爪の先で乳首を引っかかれて喉が反った。
 良い反応に唇の端を少し持ち上げたバクラが、その乳首を更にぐりぐりと苛めてくる。人差し指が意地悪な動きで摘みあげて転がす様子が、軽く頭を上げている了の目にも映った。視覚的な刺激が腰骨を撫でて、下腹のあたりがきゅんとなる。
 バクラは楽しそうだ。
 何が楽しいのか、了には全く分からないのだけれど。
「……きもちい?」
 先程よりも声が掠れた。喉に絡む声で問うと、バクラが首を傾げた。ちょっと可愛い。
「何だ、気持ち良くねえか」
「違うの、ボクがじゃなくて、バクラがきもちいか、きいてるの」
 だってそこは了の性感帯なのであって、バクラが気持ちよくなることなどないではないか。丹念に丹念に胸をまさぐっても、了だけが気持ちいいのなら何だか嫌だ。いや気持ちいいことは大好きなのだけれど、そうではなくて。
「……ボクだけきもちいのは、なんか、つまんない」
 どう表現したらいいか分からず、了は唇を尖らせて云った。
 自分が気持ち良くなることは大前提だ。気持ちよくなれないのならばこんなことはしない。その前提を置いた上で、そう、なんというか、あれなのだ。
 バクラの気持ちよがる顔が見たい、のだと思う。
 愛しいという感情はよく分からない。了はバクラを好いているが、愛というものはいまいちよく理解できない。ただバクラが自分を抱いている時、身体の中を突いている時の顔を見ていると、何ともいえずこみ上げてくる心地よさがあった。
 分類するならそれは、かわいい、とか、そういうものだろう。
 しかめた眉も細めた紫の目も、半開きになって短い息を吐く口も、忙しない動きも、何だかかわいいと思う。絶頂に上りゆくごとにバクラの顔を見ている余裕が減っていくので、短い間しか見れない為、レアリティも高い。
 その顔を見るのが了は好きだ。
 そしてそれは、バクラが気持ち良くなっていないと見られないのである。
 故に、こうして胸を弄られて了が気持ちよくなっていても、バクラが気持ちよくないのでは、何だか物足りない気分になるのだった。
 ――という説明を理路整然と並べられたら良いのだけれど、そこまで了も平常なわけでもない。何せこうしている間にも手指は動いて、体温を吸ってぬるくなった指輪の固さまで快感につながるくらい昂りはじめているのだ。芯を持って尖り切った乳首を、また、バクラの爪が掠める。
「んんっ……!」
 じれったい刺激につま先が敷布を手繰った。二人分の体重を受け止める寝台が固い音を立てる。
 よく分かンねえ、と、バクラが云った。
 だから、と、了も言葉を重ねる。
「バクラ、が、きもちよくないなら、それ、やだ」
 お前の気持ちいい顔が見たいんだよ、という続きまでは、言葉に出来なかった。
 ぐっと伸びあがってきたバクラの身体の重さに驚いたのと、腿のあたりに押しつけられた熱い塊の硬さと、それから乳房の上の方に感じた痛みの三つに襲われたからだ。
「あ、ちょ、」
「……たまにてめえの云ってることがわかんねえな」
「そ、んな難しいこと云ってない、や、噛まないで」
「食い千切ったりしねえよ。で、要はアレか、オレ様が気持ち良けりゃいんだろ?」
 言いながら、鋭い犬歯で加減を付けて柔肉を齧るバクラの声は笑っていた。言葉を後押しする形で、腿に押し付けた性器をこれ見よがしにごりごりと擦りつけてくる。
 敏感な内腿に濡れた熱が擦れる。分かりやすい快楽を形を示されて、了は甘い溜息を吐いた。
 そっか、気持ちいいのか。
 ボクの胸を触るのは、気持ちいいんだ。
 うん、それなら、いいや――いつの間にか瞑っていた目を開けると、谷間にもならない胸と胸の間に埋まる形になっているバクラの顔が見えた。
 目が笑っている。気持ちよさそうに、それと少しばかりもどかしそうに。
 内腿にあたる熱のことを考えて、すぐに分かった。
 そろそろ限界らしい。了はバクラを挟み込む両脚を軽く広げて、それから手を伸ばして、両手でバクラの髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。
 何事かと目線で不思議そうな表情を作るバクラへ、小さく首を傾げて見せる。自然、顔が緩んだ。
「いっぱい触って、いいからね」
 きもちよくしてきもちよくなってね?
 無意識だが舌が足りていなかった。結果的にとろけた声音でそう云うと、バクラは目を二、三度ほど瞬きさせてから――何故かううだかぐうだとかよく分からない唸り声を上げて、薄い乳房に顔を埋めた。
 何故か耳が赤い。そんな反応をする理由が了にはさっぱり分からなかった。
 けれどその唸り声も何だかかわいらしいと思えたので、何となく頭を、再びわしゃわしゃと撫でてやったりしてみたのであった。