【♀】アルコトラップ【R18】

そもそもの発端といえば己の軽率、その一言に限る。
 ――と書きだしてしまうとまるで自分の身に悪しきことが起こり、それに対して閉口しているという状況に見えてしまうけれど、本当のところ、悪いことは起きていない。むしろ、悪いことではないと思ってしまっていることこそが一番たちが悪いのかもしれないけれども。
「りょう」
 ろれつのあやしい声がまた、肌を探る。ぞくんと震えて、ああいけないと首を振る。
「どこ見てんだおい」
 どこってこんなに近いんだからお前の顔しか見えないよ。そう云ってやりたい唇は、ど、の形のまま塞がれた。
 濡れた柔らかさは唾液のそれではなく、つい数分前まで口にしていたぬるい酒のせい。
 面白半分にバクラに与えてみた黒生ビールの缶は空っぽになって、一ダース分ほどテーブルの下に転がっている。了に飲酒の趣味はなく、清く正しい高校生生活を送っている――ならば何故こんなものがここにあるかというと、それはたまたまの連続が連なって起きたが故の出来事だ。
 バクラと一緒に買い物に行った。そういえばお前お酒飲まないの?好きそうだけど、と云ったら別に好きでも嫌いでもないというのでじゃあたまには飲んでごらんよなどと云ってしまった。行きつけのスーパーのポイントが大分溜まっていたことに気が付いて、そして、一本二本買うよりダースで買った方がお買い得だということにも気が付いて。一人暮らし慣れした悲しさかな、そちらを購入。バクラの無駄に太い腕は買い物の荷物に追加された一ダースを難なく持って帰路についてしまって――夕食あとの一番心地よい時間に与えてしまったら、相手はひどくご機嫌になってしまった。
 いつもよりも熱い吐息を交えた声で名前を呼ばれ、夕食の後片付けをすべくキッチンに立って居た了が振り向くと、空になったビール缶がからんと音を立ててフローリングに転がったところで。ぬっと伸びてきた手に後ろから腰を抱かれて、ごらんのありさまということだった。
「バクラ、ねえ、酔ってるでしょ」
 もぐもぐと絡んでくる唇から逃れ、了が問うとバクラはああ?と不満げに息を吐いた。キスを嫌がられてご立腹のようだ。そのまま重たい頭が鎖骨の辺りにぶつかってくる。
「酔ってねえ。あんなモンじゃ酔っ払えねえよ」
 酔っていない、は酔っ払いの常套句だと聞くが、本当らしい。褐色の頬を内側から赤く染めたバクラが了を下からねめつける。目だけ持ち上がった紫色はかなり座っていた。彼の頭は丁度了の胸あたりに埋まっているのだ。引きずり座らされたキッチンの床の上、狭いエリアでお互いに座り込んで何をしているのだと誰かに突っこんでほしい了である。
「酔っ払ってる人は皆そう云うの。ほら、ほっぺただってこんなに熱いじゃないか」
 了は胸に埋まりたがるバクラの頬に両手を添えて、無理やりに顔を上げさせた。
「お酒の勢いでやらしいことするのはやだよ。そういうの好きじゃな――」
 好きじゃない、と云おうとして、ひゅっと息が詰まった。
 持ち上がってきた顔が更に、力任せに伸びて再び了の唇を奪ったのだ。先程の食むような生易しいものではなく、濃い情欲の気配を引きずった舌が無遠慮に了の上下の柔肉を割る。忍び込んでくる舌は明らかに苦く、酒特有の匂いと味を伴って了の舌をも痺れさせた。
「はぐ、む、」
 おおよそ色気のない声を上げて、了が身じろぐ。思わず掴んだバクラの肩が布越しでもわかるほどに熱い。
 りょう、と、名前の形に重なった唇が動いた。呼ばれても返事の出来ない口は息を通す隙間もない。熱く苦い舌がたっぷりとぬめりを伴って了の舌先に挨拶し、それからぐぬぐぬと遠慮なく内部を愛していく。
 性感の押しに弱い了はひとたまりもない。する気もなかった身体がキスひとつで急に準備を始め、下肢のどこか、内臓からじんと濡れる。
「んう、ん、くぅ……」
 どこか悩ましい声を上げてひくひくと震える了の様子に、バクラは一気に気をよくしたようだった。上機嫌で歯列を、上顎をなぞる厚く熱い舌は歓喜を体現して容赦がない。苦しげな了の手が肩を掴むでなく叩くのでなかったら、このまま窒息するまで口を吸いあっていたかもしれない。
「ぷぁ」
 呼吸困難の手前で解放された了が、かわいらしい音を上げて酸素を吸う。その間にも、バクラの動きは緩慢ながら隙がない。
「了、なあ、りょう」
 とろんとした声と瞳は少しばかり上ずって、まるで甘えているようだった。大型の獣――猫科の猛獣、そういったけだものになつかれている気分だ。
 はくはくと息を乱し、何とか平素の呼吸を取り戻そうとしている了は、バクラが不穏に手を動かしていることに気が付かなかった。やおら、先程まで肩を掴んだり叩いていたりしていた左手の手首を掴まれて目を開ける。
 キスする時と同じ距離にある顔と顔が近すぎて、何故手首を捕らわれたのか咄嗟に理解できなかった。そして、その手がどこに導かれたのかも。
「……?」
 不意に手のひらに押し付けられた熱の塊に、了は首を傾げた。
 ごわごわと硬いのはジーンズの生地だ。その布の向こう側から、唇より肌より高い温度が伝わる。ぐりりと押し付けられて、そこで漸く理解した。
「ちょ、何してるの!?」
 狼狽を音にした了の高い声がキッチンに響く。
 胡座をかいたバクラの足の間、股間に押し付けられた手のひらが、動揺を伝えてびくっと跳ねる。その摩擦すらたまらないのか、既に昂っている布一枚向こうの性器が大きくなった気がした。
「バ、バクラ、ちょっと待とう? するからさ、そんな焦んないで」
「手」
 了の言葉を遮って、座った目のままバクラは云う。
「してくれよ、なンか手がいい」
 あまりにも無遠慮かつ飾り気もくそもない言葉に、了は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせた。
 手で、というのは要するに手淫を求められているのである、それくらいは分かる。今までしたことが無いと云えば嘘になるが、基本的にバクラとのセックスは八〇パーセントがバクラの主導で、了はいわゆるマグロである。感じすぎて何かを仕返す余裕がないというのもあるが、どちらかというとただの受動態であるという思考が強い。
 何もせずに気持ち良くしてくれるならそれにこしたことはないけれどたまにはこっちから気持ち良くしてあげたくなる、ただしほんとに偶に――という、了の基本思考である。そこに悪意やずる気は全くない。
 それが今日は、酒気にすっかりあてられたバクラのいつになく強引なご指名にて一転させられそうになっている。
「え、え、え、あの」
「了の手で硬くしてくれ。そんでそれをてめえにぶっこむ」
「ぶっ……!」
「しろよ、なあ」
 その命令に、普段あまり耳にしない剣呑さが入り混じっているのが分かる。酒は理性を奪う飲み物だ。その癖上から目線の横暴な指示でなく、若干の甘えを含んでいるからなお悪い。手のひらにすり、と押し付けてくる動きさえ、怖いような愛おしいような不可思議な甘酸っぱさを了に与えてくるのだから参る。
「了」
 とどめは飛び切り甘苦い、名前ひとことの囁き。
 たったそれだけで陥落してしまうのだから、やっぱりこの男を好いていると実感する。
「うう……」
 普通にまぐわい足を開くよりも余程重たい恥ずかしさを伴って、了はどこか遠慮する動きで、そっと手を持ち上げた。窮屈そうに張る布地に苦労しながら、腰を留める銀色の釦とジッパーを下げる。
 くつろいだ布の隙間から性器を引っ張り出す時はもう顔から火が出てしまいそうだった。ずっしりと重たいそれはいつも自分の身体の内側に侵入してくるもので――そう思うと余計に、恥ずかしくてたまらない。
「ん」
 心持ち、鼻にかかる声を上げるバクラは満足そうだ。了に身体をぐっと寄せてくるので、細い脚は開いてバクラの腰を跨いでしまう。己の股間のすぐ近くにむき出しの性器があり、更に手が絡まっている様子は了の興奮を誘った。近すぎる距離の所為で目では確認できないけれど、想像するには余りある。
「こ、擦ればいいの?」
 いまいち勝手のわからない了は、安心して顎を肩に預けてくるバクラに問うた。
 無体な男は喉をごろごろ鳴らす獣さながらご機嫌にそうだと云う。
「痛かったら、云ってね……?」
 すでに上を向いている性器に、了の細い指がおずおずと絡まった。血管の浮いたそれはまだ若干の柔らかさを保っているものの、芯が硬く育っているのが分かる。だが、汗以外の湿り気のない手のひらはすべりが悪く、硬い下生えのせいもあってうまくいかない。
 そのたどたどしさに流石の酔っ払いも気が付いたのか、バクラはいったん身体を少しだけ離すと、捕えた時と同じぞんざいな動きで了の手首をつかみ、徐に口元に持って行った。
 べろり、と、舌が指を舐める。
「ひゃ!?」
 頓狂な声を上げる了にかまいもせず、バクラはたっぷりと唾液を絡めた舌で了の綺麗な指先を舐った。すらりと伸びた中指を口内にまで迎え、ちゅるり。音を立てて吸う。手のひらのくぼみを伝って滴が垂れる。中指、人さし指、それから薬指まで、酒気を含んだ唾液はまんべんなく塗された。
 滑りをよくするためだ、と気が付いたのは透明な糸を引いた指が再び股間に戻された時で、それまで了はもう何が起こっているのやら、いろいろと唐突な状況に目を白黒させるばかりだった。
 ぬるん、と、先程よりもスムーズに動く。
 耳元で熱い息が漏れた。
「バクラ……?」
 きもちいの、と、了が掠れた声で云う。
 返事はなかった。ただ、了の手をつかんで離さないそれがもっと動かせと急かすので、言葉を待つ必要はなかった。
 バクラの手をまとわりつかせたまま、ぬめる手で性器を握って上下に動かす。
 ああまるでこれでは自慰だ。了の手を使ってする手淫。だが了もまた、自分の性器の――肉で出来た門のすぐそばでぬちゃぬちゃと濡れた音を立てて手を動かしているのだから己への手淫とも感じられる。
 境目が分からない。どちらがどちらの手か分からないほど、もう了の手も熱く火照っていた。二人の一つの手、それがお互いの股間で蠢いている。いっぺんにする自慰にして他慰ではないかと短絡思考が自堕落な結果を吐き出した。それでもいいと思った。
「了、ン、」
 耳朶を擽る酒臭い声が、多分に快感を含んで、とろけそうだ。
 バクラの腰はまるで中を犯す時のように前後に触れている。了が手を動かさなくてもあからさまに擦れるだろうというくらいに、しかし不自由な体勢の所為で上手くいかず暴れるような動きがなんだかかわいらしかった。
 だがその切っ先が、先程から了の部屋着の股間をちらちらとつつくのは困る。まだ脱いでもいないのに、互いに慣れた関係の所為か的確に入口を訪問してくるのだ。ショートパンツと下着の分厚い壁に阻まれて、もどかしくてたまらない。
「ん、ゃっ、バクラ、当たってる……!」
 たまりかねた了が訴えると、バクラもすぐに理解した。熱い息がくふりと笑う。
「了」
「な、あに」
「開いてンの、わかるぜ」
 いつになく意地悪な発言と共に、ぐいと腰が進んできた。先端が布地をぐっと押し込み、二枚の布越しに挿入を強請る。恥ずかしい体液で濡れた下着が内側に触れるほどの強い押し込みに了は小さく呻き、そうして、同時にとんでもなく興奮している自身をも自覚した。
 布が押し込まれるくらい、開いてしまっている性器。相手に分かるほどの準備の良さは激しい羞恥を了に与えた。まだろくに触れられてもないのに、相手の性器を擦っているだけなのに、こんなに濡れてしまうなんて。
「や、やだ、や」
 ちっともいやではない癖に、口が勝手に拒否をする。バクラは布越しの擦りつけが愉しいようで、一向に請け負ってはくれない。
 バクラの手と了の手を重ねた、太い性器はもう手淫ではなく挿入を模倣して動き始めた。決して肉の内に潜り込むことのできないじれったさに、先にやられたのは了の方だった。
「やあ、もう、やだ、それやぁっ」
 バクラの性器を握っていた了の手が、別の目的で動き始める。
 こんなこと、したことがない。でも止められない――もしかしたら、キスと吐息の酒気で了自身も酔っ払ってしまったのかもしれない。細い指は性急な動きで、己の股間へ伸びる。
 柔らかい素材のショートパンツは、了の腿が細すぎるのも相まって充分な余白がある。布地を寄せてしまえばその余裕から、もう肌に届いてしまう。バクラに負けないほど熱い指先はすぐに下着に行き付いて、驚くほど濡れたそれの縁へ滑り込んだ。伸縮性のある生地をずらすともう、そこはくちゅりと潤んだ入口だ。
 云われたとおりに開いてしまっている口が、物欲しげな収縮を始めている。すぐ近くに控えているバクラの切っ先に、了は自分から腰を押し付けた。
「んんっ」
 粘膜と粘膜がぴとりと吸いつく感触に、身体中が喜ぶ。顔を上げても抱き合ったバクラの表情は見え無なかったが、表情は想像できた。きっとお互いに、同じくらい悩ましい顔をしている。
 バクラがまた息を吐く。笑いを含んではいなかった。興奮しきった獣の吐息だ。
 りょう、と呼ぶので、うん、と答えた。
 バクラの性器に絡まっていた手はもう分離して、了の手は己の入口を広げることに忙しく、バクラの手はきちんと照準を合わせている。酔っていても慣れた身体のこと、角度も勢いも、きちんと肌に馴染んでいる――だから、挿入に問題はなかった。
「んーっ……!!」
 ぐぷ、と熟れた音を立てて入り込んだ熱に、了はたまらず背中を反らせた。
 そうすると腰が引っ付いて、余計に奥まで誘いやすいと本能が知っているからだ。一度差し込まれてしまえばもう補助は必要なく、了の手がしっかとバクラの肩にしがみつく。
 胡坐の上に跨り、斜め下から貫かれる感覚はぐらぐらするほど気持ちが良かった。正常位で打ちこまれるよりもさらに深い、重力でずぷずぷと埋まっていく感触がひどく生々しくて、悦い。
「了、りょう」
 バクラはさっきからそればかりだ。執拗に名前を呼んで、熱い息を吐いて、了を酔わせる。いちいちうん、と応える了の声も同じように甘い。
 呼び合うだけでは飽き足らない。全てを濡れた内部に押し込みきると、バクラはすぐに腰を揺さぶらせ始めた。ささやかな乳房に鼻先を埋めて、胡坐に乗り上がる了を下から突き上げる。あれほど待ってだのと云っていた了も、小さな尻を振って律動に応えた。
 結局、始まってしまえば何もかもがどうでもよくなってしまうのだ。酒を飲ませてしまったことも、それで酔っ払って絡まれたことも手淫をさせられたことも何もかもが、この瞬間の気持ち良さの前菜だと思えばかえって歓迎だとすら思える。肉の薄い尻と腿がぶつかる高い音に、了の声がしどけなく乗った。
「あ、っバクラ、んゃ、あ、ばくらぁ」
 酔っている所為か、いつもより分泌の多い体液が動きをいっそう滑らかにする。折れそうな足をきゅっと腰に絡みつけ、より深い結合を強請る了の口からとろり、唾液が垂れた。それもすぐに汗に馴染んで見分けがつかなくなる。
 繋がる部分から垂れる下の口からの涎も止めどない。下着をはしたないほど濡らし、ジーンズもショートパンツもひどいありさまだ。何かたちの悪い薬を使ったのではというくらい危うい快感。上下に揺れる所為で吐き気の一歩手前でがくがくと頭が揺れる。
「了、ッ、は、」
 呼ばれて瞬きをすると、ぼやけるほどの距離にバクラの目があった。霞んだ紫色。昂ると少しだけ赤味を増すように見えるそれは、赤紫に燃え上っている。
 たまりかねたのか、バクラはぐるると獣の鳴き声を喉で鳴らすと、了の身体を巻きこんで斜めに倒れ込んだ。長く白い髪がキッチンのフローリングに散らばり、中途半端な恰好で寝そべる形になる。
 何、と問う前にバクラが動いていた。汗で滑る白い腿裏を掴み、体勢を整えたバクラが一際強く腰を打ち付ける。
「ひゃうっ!!」
臍の内側の皮膚を押し上げられたような、鋭角の刺激に了が啼いた。
 そこは駄目だ、たまらなく駄目な箇所だ。分かっていてバクラは執拗にそこを狙う。強い酒気と快感と、激しい動きで目の焦点も合っていないくせに、的確な突き上げはきりがない。ぱん、と肌が打ち合う音に合わせて高い声が上がるのを、男の腰は心から愉しんでいるようだった。
 またひとつ、ぱん、と打ち付ける音。了の爪先がぶるぶると震えだす。
「ぅ、あ、ひ、ぁああッ!」
 まるで盛りの付いた雌猫だ。高く伸びる声がバクラの鼓膜を心地よく濡らす。
 無意識のうちに了は絶頂していた。あまりにも強いオルガズムが続くので認識できていないが、引き攣るに似た動きで膣口がびくびくと収縮している。濃い体液はたぷたぷと肉の道の間で混じり合って、とんでもなく卑猥だ。
「っ、きもち、ぃ、あ、バクラぁ……ッ……!」
「ん」
「バクラ、バクラは、きもちい? ボク、きもちい?」
「ん」
 ん、しか云わないバクラの、しかし目と腰は雄弁だ。酔うとあまりしゃべらなくなるらしい――という新たな発見はどうでもいい。肯定が嬉しかった。嬉しくて、つい、中を甘く締め上げてしまう。
 くうと喉を鳴らして前屈みになる、その動きで了の身体は勝手に察した。ああ出るんだ、熱いのが中に出されるんだ。その瞬間にひどい眩暈と衝撃と、女の肉体が本能で喜ぶことを知っているから待ちきれない気分になる。避妊については一切考えていない。一応己の身体のことは把握しているから大丈夫だろうと思うし、もし万が一のことが起きてしまっても――バクラならいい、と思ってしまうから重症だ。普段はそんなことなど全く思考の外なのに、交わっている時、きっと女性は原始の意味で女になるのだろう。
 射精を強請る動きで、腰が擦り上がる。
 だして、と、唇が言葉の形に動いた。
 バクラがそれを視認して、ぐ、と息を詰める。
「く、あッ」
 噛み殺す気のない、男らしく掠れた絶頂の声。同時に了の腹の内側を、容赦のない精が叩く。
「あ、あぁ、あ、ぅ」
 射精の勢いに合わせて、了の腰がひくひくと跳ねた。受け止める臓器は熱を喜んでいるようだった。嬉々としてバクラを締め上げ、一滴残らず搾り取ろうとする。
 たっぷりと啜り上げられ、バクラが息を長く吐き出すまでの短い時間。了の恍惚と潤んだ瞳には、意味なく缶ビールの数々か映りこんで――瞬きで、それはすぐに消えた。

「もう! どうするのさこれ!」
 重たい腰をかばって起き上がった了の、悲痛な絶叫にバクラはゆうるりと目を開いた。
 ベッドで目覚めた時にまず視界に入る天井はなく、背中がごつごつとするのでどうやらここは寝室ではないようだ、とそれくらいは分かるらしい。キッチンの床の上で目覚めたバクラは、ぼりぼりと背中を掻きながら起き上がる。
 起き上がった目の前には、了の尻があった。
 おもむろにそれを揉むと、すかさずぺしんと手を叩かれる。なかなかいい音がした。
「何してんの!」
「挨拶」
「バカ!見てこれ!何この部屋もう!ああもう!!」
 と、了が手で示すのは惨憺たる室内――ビールの空缶が散らばるリビングと、まだ中身が残っていたのに倒れたままのそれがラグをぐっしょりと濡らしている様、そして洗い物の途中で放置された泡だらけの皿と水を吐き出し続けるキッチンの蛇口だった。
「お前が洗い物の途中であんなことするからっ…… 水もったいない!ラグも!」
 了は悲しげに、かつ怒りを含んだ声で云う。自分自身も充分楽しんでいたことは棚上げの、現状を憂う少女の声は交わっている最中の甘さを欠片も含んでいない。名残りは湿った互いの肌と髪、あとは辺りに漂う色濃い性行為の匂いだけだ。
「もうお前には一切お酒なんか飲ませないんだから!」
 了はびしりと指を立てて、まだ床に座ったまま胡乱な顔をしているバクラを指さした。
 ところが、当のバクラはゆるん、と首を傾げて、まだ眠たそうな顔をしている。
「……バクラ?」
 了もまた首を傾げ、怪訝な風にバクラを見た。
「どうしたの?」
「んー…」
 唸りながら、バクラはこきんと首の骨を鳴らす。
 紫の瞳は半分ほど開いてはいるが、あまり役目をはたしていないように見えた。まさか、と了が目を見張る。
「……ひょっとして、覚えてないの」
 問いかけに答えはなかった。ただ、んんと呻いて褐色の手がこめかみを抑えるばかり。
 だが、その答えから導き出されるのは一択しかなく――了はへなへなへな、と、バクラの向かいにへたり込んだ。
「酔っ払いとか……ほんとに忘れちゃったりするんだ……」
「了」
「いい。もういい。なんかぐったりきた」
 何か云おうとしたバクラを遮って、了はふるふると首を振った。
 これではどちらが二日酔いなのか分からない。気難しい顔で了が頭を抑えるので、バクラはぬっと手をのばし、そのまま了の湿った身体を引き寄せた。そのままわしわし、と、後ろ頭を撫でてやることにする。
「もう、お前のせいなんだからね。なんでお前がボクを撫でるのさ」
 了は口を尖らせるが、その抱擁から逃れようとはしない。
 腹が立つを通り越してどうでもよくなってしまったのだ。まさか覚えていないとは。代償の頭痛は患っている様子だが、それにしたって割に合わない。
 一応お仕置きのことを考えたけれど、禁欲は了の方が持たない。それにああ、そんなこんなも全部疲労で食いつぶされてしまった。
「……許してあげるから、しばらくそうやってて」
「撫でりゃいいのか」
「うん。やさしくね、労わって、ボクのこと」
 労わってほしいのは頭より腰だったりするのだが、相手がそれを覚えていないのだから仕方が無い。無理やり手を腰に持っていかせると、大きな手は大人しく、了の腰をさすった。あったかくて気持ちがいい。酒で異常に昂った熱も悪くないけれど、平素の体温がいっとう落ち着く。
 疲れている身体に、疲れさせた張本人からのぬるい癒しが効く。
 水を吐き出し続ける蛇口をひねる元気もなく、了はバクラの肩に額を持たれて目を閉じることにした。
 そんな中、両手で撫で続けるバクラは、唇からも零れないほどの音で――先程云おうとして遮られた言葉を、
(忘れてなんか、いねえんだけどなあ)
 別に騙すつもりもなく、有耶無耶になってしまった真実を小さく呟いたのだけれど。
 あんまりにも身体が弛緩していたので、了の鼓膜はそれを拾い上げる元気もなく。
 ただ只管、時間にしてあと三十分ほど、ぐったりと脱力し続けるしかなかったのである。