【♀】01 stay 2 nights

盗獏♀温泉いちゃこらキャッキャウフフな甘々バカップル書けばいいじゃない!と毎度おなじみ<a href=”http://twilight96.web.fc2.com/” target=”_blank”>半田96さん</a>から指令を頂いたので、
云われたその日のうちに提出してやった温泉ネタ。

1.

 どんなことでも、とりあえず口に出してみるものだと了はつくづく思った。
 無論願望を言葉にしただけで叶うわけはないけれど、少なくともきっかけくらいにはなる。戯れでも何でも、何が幸いするかわからないものだ――つまり。
「温泉かあ。あんまり行ったことないな」
 という、自堕落にテレビを眺めながら呟いたこの一言が全ての始まりだったということである。
 同じく一緒にテレビを見ていたバクラが口の中のビーフカレーを咀嚼しつつ、何だ行きてえのかと問うて、別に行きたいってほどじゃないけど旅行ってほら荷造りとか面倒くさいじゃないかと云ったのは了で。その後に、でもタダなら行ってもいいかもねと付け加えたのも了だった。
 その翌日に、行き付けのスーパーの年末福引――いまどきあまり見かけなくなった、あのハンドルのついた六角形の回転抽選機である――をガラガラクルリと回した結果、ペアで二泊三日の温泉旅行が当たるなんて誰が思っただろう。まあブラジルで蝶が飛んだらテキサスで竜巻が起きるなんて言葉もあるくらいであるし、これも因果というものなのかもしれない。
 などという小難しい思考は、上がり框で放り出した靴と一緒に捨て置いた。
「気持ちいー」
 きちんと手入れされた畳の上に寝転がり、了はうんと伸びをする。普段フローリングの部屋で生活している為か、吸い込む藺草の匂いは新鮮だった。肌に触れると心なしか暖かく馴染んで、じんわりと心地よい。ああうちも畳敷きにしちゃいたいなと思うくらいだ。
「畳は気持ちいいけど、疲れたー」
「道中荷物持ってねえのに、何で疲れんだ」
 うつ伏せに畳へ寝そべる了の隣で、こちらも負けずにくつろぐバクラが温泉饅頭の包みを開ける。中身がこしあんだったことに軽く舌打ちだ。
 それでも一口に平らげて、座椅子の上に胡坐の姿勢で、首を巡らせ了に目をやる。
「てめえごと鞄に詰めて、持ってってやりゃあ良かったか?」
「そんな売れない芸人みたいな真似したくありません」
「じゃあ歩かなきゃダメじゃねえか。手ぶら以上軽くなんねえぞ」
「分かってるけど足が痛いんだよ。ボクの足の裏ぺったんこだから、長く歩くと痛くなるんだ」
 ほら、と、了が膝を曲げて足の裏をバクラに見せる。小さくて白い足は靴下を越しても分かるほどに平坦だ。その足裏になんとなく、バクラはもう一つの饅頭を乗せる。なるほど安定が良い。
 しばらく何をされているのか分からなかったが、二つ目めの重りで了も気が付いた。ばっと振り返ると、バランスを崩した温泉饅頭が畳に向かって自由落下。畳に転がる前に、褐色の掌がそれをキャッチ。
「もう、何してるの!ばっちいでしょ!」
「別に了の足は汚かねえだろ。舐めてやったことあんじゃねえか」
「それはお風呂あがってすぐのことじゃないか! あーもーお前たまにわけわかんないことするよね!」
 全く、これだからこの男は油断ならない。了は半回転して仰向けの体勢になり、その勢いのまま起き上がった。先程まで足に乗っていた饅頭が丁度バクラの胃に収まる瞬間を見てしまって、何だかものすごく恥ずかしい気分になる。
 自身のことには無頓着だけれど、それ以上にバクラが全てのことにおいて了以上に無頓着なので、こっちが突っ込みに回らざるを得ないのだ。日常、振り回す振り回されるの確率は五対五のイーブンといったところか。
 おかしなことをされる前に、とりあえずひと風呂浴びてしまうのが得策かもしれない――と、寝転がった所為でくしゃくしゃになった髪を払って立ち上がった了の背中に、ぷす。
 鼻から漏れたような、変な笑い声が聞こえた。
「……何?」
 振り返ると、饅頭三個を食いきったらしい男はにやにやと笑っている。了は頬を膨らませて、いま笑ったでしょうと軽く睨む。何を笑われることがあろうか、自分の姿を見下ろしてみるが、少々髪が乱れている程度で後は何もない。
 憮然とする了に向けて、バクラは傷のない方の頬を、筋張った人さし指でちょいちょいと差した。
「畳の跡」
 云われてはっと手を当ててみると、滑らかな頬にざらざらの痕跡。しかも結構な広範囲に。
 やっぱりうちはフローリングのままがいい。つい先ほどまで愛しかった畳を踏みつけて、了は憤然と着替えの入った旅行鞄を取りに行った。