【♀】04 stay 2 nights【R18】

4.

 畳の上以外の場所で――と指定したのは了である。
 だからといってこれはない、と思っているのも、了である。
 頼りなく見下ろした視線の先には、寝そべったバクラが居る。浴衣は先程と比べてそう乱れてはいない。最初から着こなしがだらしなかったし、鍛えられた胸板が大きくはだけているのは了が上に乗ってそこで指遊びをしたからだ。
 比べて自分はどうだろう。バクラの上に跨る形で息を乱している現状、肩からずり落ちた浴衣は帯のところで辛うじて生き残っている。バクラの腰は了と比べ物にならないほど硬く太く、つまりは跨るならばそれだけ大きく足を開かなければならないわけで。だらしなくはだけた浴衣の合わせ目はもう合わせ目と呼べないありさまに乱れ、白い腿があらわになってしまう。
 括っておいた髪もぐしゃぐしゃ。頬を上気させて胸元を晒して、腿まで広げた了の姿を下から眺めるバクラは、
「絶景だな」
 など薄笑いを浮かべて云ってくる。
 うるさいよと言い返すだけの余裕は、既に了の中にはない。
 軽く胸を弄られて火のついた身体は、跨った時点で最奥を潤ませ始めている。下着一枚の薄い布越しにバクラの熱い体温を感じて泣きそうにまでなる始末だ。
 肌が知り尽くした温度と感触。早く内臓で感じたい。それなのにバクラは珍しいことに、積極的に手を出してこなかった。
「何で触ってくれないの」
 もじもじと疼く下肢をバクラの臍の下におしつけたまま、了が呻く。
「したいっていったの、お前じゃないか」
「乗っかってきたのは了の方だろ?」
「そうだけど、さっきからにやにや笑って見てるだけなんだもん」
 しなくていいならしないよ――などと、思ってもいない言葉まで口に出た。
 冗談ではない、本当にやめられたらこちらが堪らない。先程の手の感触、硬く大きな五指で乳房を可愛がられた時の快感が不意に背中を掻け上がる。
 触ってほしい。いつものように少し乱暴なくらいに、たくさん。
 今はバクラから望んで触ってほしい気分なのである。だってバクラがしたがったのだからバクラが頑張るべきで、それなのに跨ってるなんておかしい。これではまるで自分が誘って足を開いているみたいではないか。
 ぐるぐるぐる、思考が巡る。もしかしたらのぼせているのは了の方なのかもしれない。
「バクラ」
「あン?」
 呼べば応えてくれる。悔しいけれど好いて止まない紫の瞳が笑っている。
「……云わなきゃ、してくれないの?」
「云ってくれンなら聞きてえな。教えてくれよ」
 何だかやけに意地悪だ。了はぎゅっと唇を噛んで、いとしくて憎い男を睨む。
 その視線がどれだけ雄を誘うか、本人が無自覚の視線は達が悪い。太い喉がごくりとなったことに気が付かない了は、しばしふてくされた後に、バクラの左手首を両手でつかんだ。
 大きな手は結構重たい。それを引っ張り上げて、ひたり。頬に押し当てた。
 数分前と違わない動きでさすってくれる動きが、嬉しくて悔しい。
「……さわってよ」
 結局、我慢できずに口にした。
 バクラはすっと目を細めて、触ってんぜ、と嘯いた。了の小さな顔を覆ってしまいそうな手のひら。中指がこめかみのあたりを擦る。
 引き寄せたのは自分だけれど、触れて欲しいのはそこではない。だが了が手を離せばバクラの手は畳の上へと落ちてしまうだろう。やけに意地が悪いから、了がして欲しいことを分かっていても、今日のバクラはきっとしてくれない。
 なぜだか心臓の辺りがどきどきした。いつもと違う場所でいつもとちがう体勢になっているからなのか、やたらと身体が熱い。体温を上げる頬の熱は、手のひらを介してバクラにもきっと伝わっているはず。
(ほんとうにずるい)
 今日のバクラはずるい、と、胸の内で繰り返し。
 それでもいざ口に出して云うべき言葉も見つからず、了はバクラの手を、ゆっくりと首筋の方へと導いていった。
 暖かい手のひらが肌の上を滑ってゆく。痩せぎすの了の首筋に、ざわり。体温とあえかな快感が染みる。
「了」
「ん……」
「触って欲しいのは、ココか?」
 違ぇだろ、と、暗に言葉に秘めた物言いでバクラが云う。
 頬や首や、そんな場所じゃないだろうと。紫の瞳が少しだけ赤味を帯びて、秘めた言葉の裏側を覗かせていた。早く触らせろよと彼の本音が云っている。
 手を出さない意地悪をしている癖に触らせろだなんて、何たる自分勝手だ。咎める仕草で了が手の甲に爪を立てるが、バクラは蚊に刺された程度にしか感じないらしい。
「触ってほしいトコに、手ぇもってきな。可愛がってやるからよ」
「……お前が触りたいんじゃないの?」
「了が、触って欲しいんだろ?」
 その通りだ。触ってほしい。云いたくないけれど、云ってしまいたいけれど――ああもうじれったくて爆発してしまいそう。
 頬や首や鎖骨や、そんな生ぬるい場所じゃ物足りない。
 恥ずかしいことをしている自覚は、制止ではなくさらなる快感を求める種になった。ひとに聞かれるかもしれない、見られてもおかしくない、鍵の掛かっていない客室。ぞくぞくする。
 了は湿った息を吐きながら、バクラの手のひらを、自分の左胸にぎゅっと押し当てた。
「あ、ぅ」
 すぐに、待っていたと云わんばかりに五指が縮む。ささやかな乳房を揉み上げられて、ぴくんと背中が反った。
 先程のように浴衣越しではない。はだけて剥き出しになった白い胸の上で、バクラの手がようやっと自主的な動きをし始めた。少ない肉を集めるように大きく揉んで、指先で柔らかな感触を楽しむ――そうして欲しかった身体じゅうが喜んで、了はバクラの手に手を添えたまま、しなる弓のように悶えた。
「ばく、ら、ぁっ、ン、きもちい、」
「ン」
 本当に快楽を追い求めている時、バクラは言葉が少なくなる。低く響いた応の声の音程でバクラの感情が分かるくらいには、了は彼を理解していた。だから短い言葉しか返されなくても、寂しいとは思わない。むしろ嬉しくなる。こうして自分に触れることでバクラも気持ち良くなっているのだと分かるから、それが喜ばしい。
 気持ちよくなっているバクラを見るのが、了は好きだ。一番好きなのは深く繋がって、前後左右すら分からなくなっている時。顰めた眉と赤紫に煙る瞳と、忙しない呼吸を感じるのが良い。そうさせているのが他ならない自分自身だと分かるから、余計に気持ち良くなる。
 思い出すだけで、じわりとまた内臓の奥が濡れた。きっと下着にはしたなく染みて、重なっているバクラにもばれてしまう。ああ恥ずかしい――普段は羞恥心の薄い了だったが、いつもと違うシチュエーションが、彼女の感覚を鋭敏にさせていた。
「バクラぁ、っ……」
 左手だけでは物足りない。きゅっと眉を寄せて情けなく呼ぶと、バクラは赤紫の目で了を見上げて、仕方ないといった風に笑った。右手を差し出してくれたので、今度はそちらを捕まえる。
 意地悪続きだったので左手は動きを止めてしまうかもと思ったけれど、胸はちゃんと可愛がられていた。きゅっと乳首を摘んで転がす動きは、いつもの意地悪ではないバクラのそれだ。
「んぅ、っ」
 嬉しくなって、捕まえた右手に力がこもる。そのまま腹に押し当てて、より下へ――一番触れて欲しいところへ。
 臍を経由して、下腹部へ。ぴったりと押し付けたはしたない部分はもう目前だ。
「ココか? 触って欲しいのはよ」
 自らそこへ手を導く行為に刺激されて、了の下肢は既にゆるく揺れている。うん、と素直に口に出せたのは、もうそこが切なくて切なくて堪らないからだ。
 跨っていた腰を持ち上げ、膝立ちになる。手のひらが滑り込めるだけの空白を作ると、どれだけそこが濡れてしまっていたのか、入り込む外気の冷たさが教えてくれた。下着程度の薄い布では隠しきれないほど潤んだ入口へ、了は胸を高鳴らせながら導いていく。
(なんか、すごいはずかしい)
 いつもと違う、こんなの――そう思えば思うほど、背中がぞくぞくする。
 基本的に受け身姿勢を貫く了は、積極的にセックスへ挑んだことがあまりない。そんなことをしなくてもバクラがたっぷりと気持ち良くしてくれるから構わないし、自分が気持ち良くなることでバクラも気持ち良くなり、その逆もしかりという最高の環境が整っているからだ。
 今は違う。バクラから触れて欲しいと思いながらも我慢ができなくて、こうして自分で腰を浮かせている。
 下着をずらし、バクラの中指に中指を添え、ゆっくりと、入口に触れさせるだなんて、今まで、したことが無かった。
 ――だから。
「ひゃぁうッ!」
 触れた瞬間、とんでもない声が出た。
「あ、あ、ッや、ばく、バクラ、あッ……!」
 直に触れた中指が、広げる必要もないほど濡れた淫裂をぬるりと辿る。バクラの指だけでなく、添えた了の指も一緒になって入口をくぐっていた。自慰をしているような、けれど違うような、危うい快感に膝が笑う。今バクラがどんな顔をしているのかさえ、確認できなかった。
「了、指」
「ッう、ぇ?」
「してえように動かしてみな。オレ様の指使って、よ」
 その分コッチはちゃあんと可愛がってやるからよ、と、バクラは左手をにじらせる。手の中に収まっていた乳房がじっとりと揉み上げられ、硬くなった乳首は中指と人さし指の間に捕らわれていた。そのまま弄ばれると、たまらなく気持ちがいい。思わず泣き声を上げて了は震え、そうしてどれだけ恥ずかしいことかも考えず、云われるがままに中指を動かした。
 バクラの中指を操って、弄ってほしいところへ指の腹を当てる。手淫ならば中より外、陰核を苛められる方が了は好きだ。ぷくりと晴れ上がった小さな肉芽を転がすように撫でる――撫でているのか、撫でられているのか、分からないけれど。
「ふぁっ、ぁ、ぁッ!」
 尖った顎をめいいっぱい反らせ、了は鳴いた。恐らく外部にも響いてしまうほどの声量で。
 バクラは少し目を瞠って、しかし止めずににやりと笑う。すげえ声、という呟きは、了の耳には届かなかった。
しかし、続いて囁かれた言葉――了はこうされンのがイイんだな? という、低く掠れたからかいの声は、きちんと鼓膜が拾い上げている。快感を引き上げる声だけはきちんと吸い上げる身体のはしたなさ。それを了は自覚していない。
 有象無象は取り払われて、今気持ち良くなること、それだけが頭を占める。目を瞑っても想像できるバクラの硬い指先がぬるぬるに濡れて、すべりの良くなった指の腹でこねくり回される快感。爪先まで痺れる強烈な刺激に、締まりの悪くなった二つの口から、とろり。涎が垂れて糸を引いた。
「ナカじゃなくて、コッチがイイんだってのは知らなかったぜ?」
 まだ触れていない肉の道のことを示されて、了は咄嗟に首を振る。ちがう、こっちがいいとかそういうのではなくて、と、母音の隙間で告げていく。
「ゆ、指、ゆびだと、こっちがいいの」
「あン?」
「バクラのだったら、中が、いいの、指じゃたんない、おっきい、から」
 だから、そこはあとでいっぱい気持ち良くしてほしい。
 そう訴えると、何故かバクラはぐうと唸った。その拍子にぎゅっと胸を掴まれてしまって、またしても悶絶する破目になる。痛みなんてもう感じないのだ、とにかくバクラが触れる全てが、気持ちいい、に還元される。
 だのにバクラは一切の動きを止めてしまった。添えた中指さえ動かなくなって、陰核をぐっと押し上げた形のまま止まっているのでたまったものではない。了は動かない手の代わりに腰自体を揺らして、刺激が途切れないように必死になる。あともう少しで達せそうで、ひどくもどかしい。
「バクラ、ねぇ、何で、ねえ」
「……なんで、じゃねえよ」
 ぐるぐる唸るような声で云われ、了はひぐりと喉を詰まらせた。
 そんな声を出される覚えがない。さっきまで意地悪とそうでないものの狭間で揺れていたのに、バクラはまるで不機嫌な口振りで――そう、なんだか悔しそうな様子で口を一文字にしている。
 なんで、と、もう一度問いかけようとした時、一切の予備動作なく、バクラがいきなり起き上がった。
「ひゃっ……!」
 驚きの悲鳴を上げているうちに、了の体勢はひっくり返っていた。嫌だと云っていた畳の上に押し倒され、バクラの腰を挟み込み、両足が宙に浮いている。
 ずん、と、下から斜め上へ突き上げる熱と衝撃。二度目の悲鳴は塞がれた唇の内側で潰れた。
 一瞬のうちに体制は逆転し、了は唇に噛みつかれ、入口にみっちりと熱い楔を打ち込まれていた。
「んんぅッ、ふ、んン……!!」
 間髪入れず、バクラの腰が叩き付けられる。脳の真ん中を突き抜ける衝撃と雷撃の快感。
 高く上げたい泣き声も噛みつく唇の内側で食われてしまった。激しく侵入してくる厚めの舌が了の舌を見つけ、絡んでくる。甘い唾液の交換と、襲いくる眩暈。なにもわからなくなる。
「っふぁ、バクラ、っ、何、なんで、あッ、いきな、りッ!」
「イキナリじゃねえ、てめえが煽ったんだ――ったく、格好良く可愛がってやろうと思ったのに、よ、」
 云いながら、バクラは忙しなく腰を打ち付けてくる。腿裏を捕まえられているので、足が高く上がってとんでもない恰好だ。最早ただの布と化した浴衣が脱げ、最後の砦の帯でさえ、バクラの膝に引っかかってずるずるとほどけていく。
「自覚ねえってのも、考えモンだな、了?」
 云っている意味が分からない。どうやらバクラは何かがスイッチになって急激に襲い掛かってきたようなのだけれど、何か特別なことをしたつもりがない了にはさっぱり理解不能だ。自分の言動や行動が男をどれだけ昂らせるか全く分かっていないが故に、ただ翻弄されるしかない。
 戸惑っていると、にやり。すぐ近くに迫っているバクラの唇が笑って、そうして唇を舐められた。
「いっぱい気持ちよくして欲しいんだろ?」
 了の無自覚なおねだりを拾って、バクラは云う。もとより何の作為もない了は、素直にうんと頷いた。本当にそうして欲しい、たくさん、いっぱい、気持ち良くしてほしい。そうしてバクラにも気持ち良くなってもらいたい。難しいことなど何ひとつなく、ついでに云えば場所も外聞も関係なく、了はいますぐ、いまここで、二人いっぺんに絶頂を迎えたいのだ。
「……そうかよ」
 そんな願望をきちんと理解しきったバクラが、更に深く笑う。
「じゃ、後で散歩ってのは完璧に諦めてもらわねえとな――」
 足腰が立たなくなるようなスゲエの、くれてやるからよ。
 腿裏を掴む五指に、ぐっと力が籠る。それからすぐに、根元まで抉るような一撃。今回の悲鳴はどこにも誰にも塞がれず、開け放した窓の向こうまで響いた。
 ああもう、どうしようもない。了の頭の中に残っていた砂粒ほどの理性がそう呻いて、砕ける。
 結局畳で、結局セックスで。
 折角の温泉旅行も二人の前では、快感のスパイス程度にしかならないのだった。