【♀】ハニークリーム・オン・ザ・スキン【2012獏良生誕SS】【R18】

「バークラぁ」
 語尾に音部でもついていそうなご陽気な様子で、了はバクラの背中にへばりついた。
 別に酒に酔っているのではない。とにかくご機嫌なのだ。
 何せ今日は誕生日なのだから。

『何か欲しいモンあるか?』
 九月二日、朝一番に問われて、いきなり何かと問えば誕生日だからとバクラは云う。正直自分の誕生日をすっかり忘れていた了である、寝耳に水でカレンダーを見て、それでようやく気が付いた。そして同時に、目の前で少しばかりきまりが悪そうにそっぽを向いているバクラのことを堪らなく愛しいと思った。
 去年の誕生日はどうだったか思い出す。確かその時は自分で自分の生まれた日をきちんと覚えていて、お祝いないの?と冗談で強請ってみたものだ。その時は早めに云えよそういうのはよ、と何故か逆に怒られた。結局何ももらえず、来年は期待してるからと笑ったものだ。
 そんな風に云った当人が、自分の誕生日をすっかり忘れていた。
 なので欲しいものと云われても思いつかない。結局、コンビニのやつじゃないシュークリームが食べたい、というリクエストをしたところ、ちょっと待っとけとのっそり立ち上がったバクラが向かったのは冷蔵庫。戻ってくると、手に白い箱――近所の有名パティスリーのロゴ入りである――を持ってきた。
『どうせそんなこったろうと思って買っといた』
 と、バクラは云う。
 その瞬間に、了は何だかもう嬉しいんだか驚くんだかよく分からない感情で胸を一杯にしてしまった。
 だって、こういうことを普段しない男なのだ。愛し愛されている自覚はあれども、一般的な恋人のいちゃつきとは基本的に無縁で。そして二人とも、そうやってべたべたすることにあまり興味がなかったから、歳若い癖に熟年夫婦じみたまったり関係を構築していたのである。
 急に訪れた、気恥ずかしいほどの甘酸っぱい空気。見ればバクラもらしくないことを自覚しているらしく、妙にふくれた顔をしている。
 それすら愛しくて、了はバクラの丸まった背中にへばりついたのだった。
「嬉しいよ、ありがと」
「シュークリームやっときゃあ了はご機嫌になるって知ってるからな」
 へばりつく了の頭をわしゃわしゃ、とかき混ぜてバクラは云う。その手すらいつもよりも優しく感じて、もうこれ以上満たされたら胸が破裂してしまうんじゃないかと心配になる。
 顔が見たくて、ラグの上に胡坐をかくバクラの身体をぐるんと回り込んでみる。機嫌が悪そうに見えるがこれが照れ隠しだということを、了はしっかり知っていた。
 こっち見てよ。と頼むと余計に意固地になるはずなので、自分から膝の上を侵略することにする。シュークリームの箱を手に持って、ぼすん。バクラを座椅子にみたててやった。
「ね、バクラ」
「あン?」
「くちでも云って欲しいなあ」
 誕生日の特権である。甘えたって許される、今日はそういう日、と、了は心の中で決めたのだ。甘えていい日で、甘やかしていい日。だからバクラもそうしてよねと、瞳で訴えてやる。
 だがバクラはうげ、と呻いて、これ以上了がこちらを向かないようにつむじを顎で押さえてきた。
「ンな恰好悪ィ真似できっかよ。ちゃんと欲しいモンやったじゃねえか」
「じゃあ去年の分ってことで、ちょうだい」
 我ながら強欲である。頭の上でバクラがぐう、と唸った。
 シュークリームの箱のふたを開けたり開いたりして遊びつつ、了は言葉を待つことにする。
 たっぷり五分の沈黙。
 それから漸く、バクラの重たい重たい口が開いた。
「…………まァ、何だ」
 おめっとさん。
 それはもう低い声だった。云い慣れていないのが目に見えて分かるほどにくぐもった声。なんとか鼓膜に引っ掻かるくらいの小さなおめでとう。そんなあやふやな祝いの言葉が、ひどく嬉しい。
「……へへ」
 嬉しくて、ありがとうを云うのも忘れてしまう。後頭部を分厚い胸板に擦りつけて、了は笑った。
 この温度も匂いも、全てが愛おしい。
 こみ上げる幸せと一緒に、頭の中がとろんと溶けるのを感じた。何故だろう、別段いやらしいことをしたわけでもされたわけでもないのに、嬉しい、と、幸せ、で、下腹部の奥がきゅうんと疼く。
 こういう満たされた気持ちから触れ合いたくなることもあるんだと、この時初めて了は知った。単純な性的接触で生まれる欲とは違う、何だかむず痒いような感覚だった。落ち着かなくてもぞりと腰を捩る。
「ん」
 そんな些細な動きさえ、バクラは目ざとく見つけてきた。座椅子になっているのだから当たり前といえば当たり前だが、水を得た魚のようににたにた笑うのは止めて頂きたい。
「何だよ、いきなりじゃねえか」
 途端に気をよくして、バクラは顎をつむじから肩口に落としてくる。喉で笑う振動が肌を伝ってくすぐったい。耳元を掠める呼吸の音も心臓に悪い。どうしたものかと眉尻を下げた了の目に移ったのは、先程膝の上に乗せたパティスリーの箱だった。
 さっくりと焼き上げたシュー生地に、たっぷりのカスタードが練り込まれた美しいフォルム。それが三つも入っている。
 性欲もあるが食欲も刺激された。今度はきゅう、と腹の方が鳴る。
 バクラがぶふっと噴き出した。
「了お前、それはねえわ……」
 くっくっくっ、という忍び笑いが腹立たしい。しかしそれすら愛おしい。了はぐるんと振り返って、バクラを跨ぐ形の姿勢でもって箱を掲げ上げた。
「しょうがないでしょ、おいしそうなんだから!」
「オレ様が選んでやったんだから美味そうなのは当たり前だろ」
「そうだよ絶対おいしいよ!だからお腹も鳴るよ!でもやらしいこともしたいよ!」
 ああもう自分で云っている意味がよく分からない。いろいろパンクしそうだ。
 バクラはそんな了を面白そうに――しかし、いつもと違う、少し瞳を細めて、何やら心臓によろしくない目をして眺めていた。勘弁して欲しい。そんな目をされたら余計にたまらない気分になってしまう。
「……誕生日くらい、我儘云ったっていいじゃないか」
「そうだなァ、誕生日だもんなァ」
 ぐしゃぐしゃぐしゃ。また頭を掻き交ぜられた。
 お前だってほんとはちょっと恥ずかしいくせに。きまり悪いくせに。そんでもって、そんな風に思いながらこの甘ったるい空気も悪くないなって思ってるくせに――
 片や拗ねた素振り。片やにやついた様子で、らしからぬ二人は顔を合わせる。
 そうしてバクラはやおら、ひょいとシュークリームを一つ掴み上げて。
「だったら同時に満たしてやればいいんじゃねえ?」

 胸元に垂れたクリームを、厚めの舌が舐めとってゆく。
 生ぬるく体温を吸ったそれが、もっと熱い舌に絡め取られてゆく様を視界の端で捕えてしまって、それだけで下腹部がとろけそうだ。
「な、んか、違う気がする、っ」
 まだ残暑の日差しがきつい。西日を受けてまぶしいリビングで、了は仰向けに寝そべりされるがままだった。
 箱の中のシュークリームは残り一つ。一つは二人で端から食べた。もう一つは半分ほどバクラの手の中で、もう半分は了の胸元を白く飾っていた。
「ボクほとんど、っ食べてないよ」
「そうかい、じゃあホラ」
 ん、と、クリームを乗せた舌先をバクラが差し出してくる。
 そういう頭の悪いことをする男ではないので驚いたけれど、すぐに、今日は特別――という魔法の言葉を思い出した。ばかみたいにいちゃついていいのだ。明日になって思い出してとんでもなく恥ずかしい思いをしたって、それは未来の了の出来事であって現在の了には関係ない。
 クリームが滴る前に、了もまた舌を伸ばした。とろんと舌の上で広がって、頭痛がするほど甘ったるい。お互いの唾液が絡まってひどく卑猥なものになってしまったそれを、了はうっとりと舐めあった。思考能力は完全に節電モードに入って、たとえば手を背中に回すだとか、既に重なった腰を更に引き寄せるだとか、交わるに最低限な動作しか約束してくれない。
「甘っ」
 と、バクラがくっついた唇のままでぼやく。そうだねあまいね。肯定してからまた、キスをする。
「甘いの、嫌いだっけ」
 そう問いかけると、好きじゃねえなと正直な答えが返ってきた。
 了だって知っている。男の人は総じてあまり甘いものが好きじゃないと思うけれどバクラももちろんそのとおりで、胸やけがすると云って滅多に食べない。その分了がよく食べるので非常にバランスが取れてよろしいのだけれども。
 それなのにさきほどから、胸元や鎖骨に零れたクリームを――二人で端から齧り合っていたら零れてしまった分なのだけれど――舐めとる舌にためらいが無い。
 どうしてだろうという疑問は、表情に出ていたらしい。にや、と笑ったバクラが、手の中の残骸からクリームを掬い取り、ぺとりと了の裸の胸に落とした。
「了から喰う分には、問題ねえな」
「?」
「てめえに一回触ったら、もうてめえの一部みてえなもんだろ。普段から甘ったりいんだからよ」
 それは初耳だった。というか自分が甘いとはどういうことなのか。 
 理由を聞こうとしたら、既に繋がっている部分を軽く押し込まれた。思わず高い声を上げて、了は仰け反る。
 反った胸元は白く、クリームもまた白い。唯一色のついた乳房の先にもクリームが乗っていたらしく、バクラの舌はそこも丁寧に舐め取った。
「聞くなよ、空気読め」
「っわかんな、ァ、意味、なにそれ、」
 何が甘いのか。そりゃあ確かに甘いものは良く食べるけれど、それで了自身に味が付くなんておかしい。
 見ればバクラはうっかり口に出してしまった、という表情を浮かべていて、それを隠す為に身体のあちこちを弄ってくる。緩く乳首に歯を立てて引っ張り、べたつく下肢を性器で可愛がることも忘れない。腹が立つほど手慣れて、疑問などどうでもよくなるくらい気持ちが良かった。
「っあ、は、ばく、ら、んンッ」
 ゆるゆると揺さぶられる。いつものように暴力一歩手前の荒々しい抱き方ではなく、長く楽しむように――味わうように腰が前後する。
 まるで食べられているようだと思った。食欲を満たすのは自分のはずなのに、捕食されている気分だ。じっくりたっぷり、お互いの体液が絡まる感触すら理解できるように、抜いて、挿して、を繰り返す。
 ぐっと抉られると息が詰まる。引き抜く動きでぞくぞく感じる。
 こんな風に気持ち良くなっていいものか。いや、いいのだ。だって誕生日なのだから。全部それで結論が出る。だから、甘えていい。
 力ない腕で、愛しい男を引き寄せる。薄い胸の谷間に押し付けるようにしてやると、ふが、と情けない声が聞こえた。
「挟むほどねえだろ」
「っおっきい方が、いいの?」
「ま、無いよりはあった方がイイな」
 それも知っている。テレビを一緒に見ていてあのアイドル乳でけえなあとかデリカシーのないことを云うのだ。別段貧しい乳房を気にしていない了だけれど、こういう時、ああもっとおっきかったら喜ぶのかななどと健気なことも考えたりする。
「太れば、いいのかなあ」
「肥えさせねえよ。毎晩腰ふってりゃ嫌でも痩せる」
「うわ、最低」
 くすくすくす。罵っているのに笑いが漏れてしまった。
 ああ、なんて幸せなんだろう。会話が出来るくらいゆるやかなセックスも悪くない。なんだか特別な気がする。
 このままお互いに絶頂を迎えず、緩やかな快感の中に浸って居られたらいいのに。眩くはじけるようなき強烈さも嫌いじゃないけれど、たまにはこんなのもいい。
 いつまでも止めたくない。止める気もさらさらない二人の視界の端にふと、一つだけ生き残ったシュークリームが入った箱が映った。
「ね、バクラ」
「んン?」
「あのシュークリームは、やらしいことに使っちゃダメ」
「何でだよ」
 質問と一緒にべたべたの手のひらで頬を撫ぜてくる。その手を?まえて、ぺろり。肌のしょっぱさとクリームの甘さを同時に感じた。大きな褐色の手にクリームが乗ってると、それこそまるでシュークリームだ。
 いとしいてのひら。食べちゃいたい。
 我ながら頭の悪いことを考えて、笑う。
「いっこくらい、ちゃんと食べたい」
 せっかくバクラが買ってきてくれたんだから。
 この大きな身体で、似合わないパティスリーに入っていって、スイマセンシュークリーム三つ、とか云っていたんだろうかと思うとおかしくてたまらない。同時にとても可愛らしく思う。
 きっと嫌だっただろうと思う。そういう女々しいことをしたがる人ではないから。
 それなのに買ってきてくれた、そんな甘菓子。一つくらいじっくり食べたい。食べているんだか食べられているんだか分からない楽しい交わりに二個消費して、残りの一個はおいしい紅茶を入れて食べるなんて最高だ。
 徐々に興奮の度合いが高まってきたらしいバクラは、それでも、いいぜと快諾してくれた。
「そんなら、今食ってる分もちゃんと完食しねえとなァ」
 それはどちらのことを云っているのだろう。了のことか、シュークリームのことか――
(どっちも、同じかな)
 どっちがどっちで誰が誰なんてもう関係ない。
 了自身も少しずつ、穏やかに長く続いて欲しい快感が別のものに変わり始めている。揺さぶるバクラの頬から垂れた汗が肌に触れて、お互いが随分と汗ばんでいることに気が付いた。
 呼吸が忙しなくなる。触れた背中が汗で滑る。
 バクラはいよいよ了を食べ尽くしてしまうつもりらしい。ぐ、と奥を抉られた時、了承の意味を込めて、了は厚く太い熱を切なく締め上げてやった。
 詰まる息がいとしい。赤紫に煙る瞳が好きだ。軽く唇を舐める仕草も。全てが最大級の甘さをもって了の胸を満たして止まない。
 ――いっそ一個の巨大なシュークリームになっちゃえ。
 そうだ、それがいい。褐色と白が深く交わったならあながち間違った表現でもないと思う了だった。