パンドラ・コール Case two call

ジリリリリ ジリリリリ

――またあのベルが鳴っている。
  もう何度目だろうか。ヒトで云う寝起きの気だるさを引きずり覚醒したバクラは、巣を害された蜘蛛さながらの不機嫌さで、闇からぬるりと起き上がった。
  視線の先では件の黒電話ががなり立てている。もう何度目になるか。少なくとも、無視し続ける行為に苛立ちを覚える程度であることは確かだ。
  最初に無視をした時から数日。その間に、分かったことがある。
  それは、電話が鳴る日、決まって獏良の表情に微細な影が落ちていること。ごくごく小さなものだが、黒電話が何なのかを探るべくそれとなく注視していたバクラの観察眼に、その変化は分かりやすく捕えられた。
  曇る青い瞳。物いいたげな唇。空気を震わせるささやかな溜息。
  バクラ以外の者では決して気づけないだろう。長い間、宿主として傍にあり続けたバクラが注意したからこそ分かる変化だった。そんな微妙な感情の揺らぎを見せた日、バクラが心の部屋へと降りると、待ちかねたようにベルが鳴る。
  恐らくこれは無意識の産物だろう、と、察しをつける。
  最後のゲームを目前にして、獏良了の心に何かが起きている。悪戯などではなく、軋むような何かをバクラは感じた。
  だから、次にベルが鳴ったら、何かしなければならないと覚悟はしていた。それでも音自体は非常にうるさく不愉快なもので、耳にすれば先に苛立ちを感じた。咄嗟に今宵も無視してやろうかと思ったくらいだ。
  ジリジリとベルは鳴る。暫く放置すると諦めたのか鳴り止むと知っている分、決定はすぐに下さねばならない。
  しばらくの逡巡の後、バクラは億劫な気分のまま受話器を手に取った。
  ずしりと重たいジェラルミンは冷たい。耳に当て、音を待つ。
  遠くで、くぐもった声が何かを喋っていた。
『――て、……のに    は、……』
  音色は掠れ、よく聞き取れない。唯一分かるのはそれが獏良の声だということだ。
  低く、静かな声だった。
  バクラは何か云うべきかと口を開くが、肝心の言葉が思いつかなかった。宿主、と呼ぶべきか、うるさいと叱咤すればいいのか。
  重要なのは、この電話が何を意味しているかということ。獏良にはまだまだ働いてもらわなければならない。心に亀裂が入っているならば修復し、共犯者で居てもらわねば困る。不用意な発言は避け、まずは何を口走っているか、何を訴えているのかきちんと把握する必要がある。
  とぎれとぎれの音は、聴く者の不快感を煽る。バクラは苛々と踵を踏み鳴らし、音を拾うべく聴覚に集中していった。
  やがて音が、ゆっくりと近くなってゆく。歩み寄るように、しかし足音を潜め、隠れるように。
  ばくら、と、意味のある音がバクラの鼓膜に響いた。
  消沈した、戸惑いの色を含んだ――しかし酷く平坦な音階。
  それは、教えていない終幕を知っていた。

『……バクラと一緒に居たいのに、きっとそれは、叶わないんだ』