それ相応以上の報復【!】

【注意!】
・同人誌「たぶん人生は上々だ。」 の後日談です。
・別に読んでなくてもなんとなく読めると思います。
・簡単に説明しますと、最終回後バクラが盗賊王の姿で帰ってきてにゃんにゃんしてる生活を送っています。
・「それ相応の報復」にもちょっと絡んでます。
・若干お下品です。

 翌朝怒られなかったので。
 てっきり忘れているか気にしていないかのどちらかだと思ったのだ――ついさっき、までは。

 

 

「ご飯だよー」
  の声に、バクラは雑誌からダイニングへと意識を移した。
  鼻をすんすんとうごめかせると、スパイスの匂いが今晩のメニューはカレーだと訴えてくる。
  今日はボクがお夕飯作るからねと獏良が自らエプロンを取ったのは三時間ほど前。一人暮らし暦の長い獏良はわりと手際がいい。が、腰をかばいつつ作業しているのを見て手伝うべきか一瞬迷った。しかしどんな理由をつけて手を貸してやればいいのか全く思いつかず、バクラはラグの上でごろ寝するほうを選んだ。本当はソファに寝転がりたいが、数日前の一戦のせいでカバーのみならずスプリングまでばかになってしまったので、使用禁止命令が出ているのである。
  こちらも少々だるい腰を引き上げて、起立。背中をぼりぼり掻きながら、昼過ぎ届いたばかりのダイニングチェアに腰掛ける。
  ナチュラルホワイトのエプロンをつけたまま、獏良はカレー皿片手にキッチンから現れた。
「今日はねえ、自信作」
「そうかよ」
  うきうきと上機嫌にそういうので、適当に返事。惰性で手を伸ばして、手の中にある皿をとってやろうとする。だが白い手は翻って方向転換し、いいから座ってての一点張りだ。
「ボクが運んであげるから。お前はいい子で待ってるの」
「何だそりゃあ」
「いいから。ね」
  ごとんと重たい音を立てて、大盛りのカレーがバクラではなく獏良の席の前に置かれる。肉が無く、にんじんが異様に多いカレーだった。ひょっとして肉抜きの嫌がらせカレーかと思ったが、首を伸ばして覗いたキッチンには空っぽになった牛肉のパックが転がっている。ということは、単に獏良が自分のぶんだけ肉を少なく盛っただけだろう。ならばよし、肉の無いカレーなどただの茶色い汁である――内心ひとり頷いて、バクラは無骨な椅子の背もたれに身体を預けた。
  冷蔵庫をがちゃがちゃといじる音がして、ばたんと閉じる。再び獏良は皿を手に、顔を覗かせた。
「はい、こっちがお前のぶん」
  と、平皿に載せたこんにゃく(生)を、差し出して。
「………」
「………」
「………」
「………………は?」
  一人で四回分の沈黙。その後に、バクラは気の抜けた声を吐き出した。
  獏良はにこにこと笑っている。その手の上には一枚のこんにゃくがうやうやしく乗せられた皿がある。はい、と更に差し出されて、更に困惑。え、何コレ。生?こんにゃくカレー?ライスの代わりに?という疑問が浮かんでは消え浮かんでは消え。
  皿と獏良の顔を、視線が行き来する。にっこりと、青い瞳は綺麗に笑った。
「切れ目入れといてあげたから。使ってね?」
  そう言って、獏良はすとんと自分の席に腰掛けた。
  言われて見てみれば、灰色のこんにゃくの真ん中にまっすぐな切れ目が入っている。何かどこかで見ただか聞いたことだかことがある気がする。何だったか。ええと確か昔まだ獏良の身体にいる頃に。クラスメイトの男子とかの会話で。
「それならゴムしなくてもいくらでも出していいからね」
  とどめの一撃だった。
「や、宿主、てめえ…!」
「言っても聞かない性欲の塊なお前には、こっちのほうがいいと思って」
  ひくひく震えるこめかみを押さえて言ったのに、獏良はそよ風に吹かれているがごとく涼しい表情を浮かべていた。
  バクラは知っている。この顔はとても怒っているのだと。
  以前同じような内容でもめた時も、大変いい笑顔で千年リング納豆漬けの刑に処された。その時と全く同じものだったのである。理由は言うまでもない、中出し禁止を無視してたっぷりと流し込んでしまったからだ。それは数日前の出来事でソファを再起不能にした事件でもあるのだが、その翌日も更に翌日も、獏良は特に不機嫌ではなかった。ただやんわりとセックスを拒まれ、触るだけだよと甘ったるい声で言うのでついつい言うとおりにしていた。てっきり怒っていないと思ったのだ。だって気持よさそうだったし。
  原因を察して、バクラの視線が斜め下に落ちる。タイミングをずらしての仕返し、しかもやり方が下品だ。
  何と怒鳴るか、爆発三秒前の溜め込みで黙っていると、獏良は不思議そうに首を傾げてきた。
「あれ、足りない?」
「ンなわけねえだろ! 大体てめえだって結局悦がっ」
「じゃあこれもあげちゃう。ほんとは明日の朝ごはんだったんだけど」
  聞く耳もなかった。獏良は立ち上がってもう一度冷蔵庫を開ける。
  どん、とテーブルに置かれたのは、茶碗いっぱいに注ぎ込まれた糸こんにゃく(生)だった。
「て…てめえ…」
「こっちがごはんで、こっちがおかずだよ。これなら足りなくないでしょう?」
「ふざけるのも大概にしやがれ!いちいち陰湿なんだよてめえのやり方はよ!」
「え、これでもダメ?片栗粉Xは流石に作るのが面倒くさいんだけどレシピなら探してあげるよ」
「誰が初心者でもできるオナホールの作り方をよこせっつった!文句があるなら口で言いやがれ!」
「言っても聞かないから行動で表現してるんだけど」
  朗らかだった笑顔が、す、と、一気に氷点下まで下がる。暖かな春の空の色から一転して氷の色にまで落ちたその視線に、流石のバクラもぐっと詰まった。やべえオレ様すげえ睨まれてる。額に穴が開く。
「…後始末したら出していいっつったじゃねえか」
「後始末?指三本もぶち込んだ挙句痛いって言ってるのもかまわずに無理やりこじ開けてお尻にシャワー押し付けてくるような強制スカトロプレイみたいなのが後始末っていうんだーへーボクの思ってたのと随分違うなあ。丁寧って言葉の意味、辞書で引いてみたら?それともエジプト人は漢字も読めないのかなあ?」
「ッ…、いい加減に…!」
「さてボクはおなかがすいたので二時間ことこと煮込んだ力作ビーフカレーを召し上がることにするね。お前も遠慮せずにさあどうぞ。何ならトイレで」
「するかぁ!!」
  だん、と音を立ててテーブルを叩き、バクラは憤然と立ち上がった。煮え立つほどに腹が立つがここで獏良を力任せに殴ったところで何も解決しはしない、というかこの身体で拳を振るえば間違いなくもやしっ子の宿主サマは病院送りになるだろう。いやちがうDVをする気は全く無くてただこの怒りをどこに吐き出せばいいのか分からないだけで、そして、並べられている文句も理解できなくも無いから困るのであって、そう、結局悪いのは自分だと認めたくないだけで本当に言うべきはなんというか、ごめんなさいとか、そういう。
  ぐるぐるぐるぐると、やるせない苛立ちが渦を巻く。その目の前で、獏良は平然といいにおいのするカレーをスプーンですくって口に運んでいた。小さくかわいらしい唇が開いてものを咀嚼する、その様子にさえ不覚にもいやらしいことを想像してしまうというのに、ああなんという仕打ちか。納豆漬けの方がまだましだった。
  立ち上がったまま握り拳を震わせて、バクラは椅子を蹴り飛ばす。
  何も言えないしできないが、無論トイレにも行くつもりは無い。だが同じ空間に居るのは癪だ。この家で自室を与えられていないバクラの居場所といったらソファの上しかない。しかしソファは使用禁止というか使用できないことになっているし、外に出れば帰ってくるのが気まずくなる。向かう先はひとりになれる場所、半ばもの置きと化している客間だけだ。どすどすと足音を響かせて、バクラはそちらへ向かう。肉体を得てから初めて入る六畳の部屋の扉に手をかける。
  勢いよく開いて、同時に膝から崩れ落ちた。
  入ってすぐの客室ベッドの上には、購入したばかりらしい新品のTENGAが五種類、豊富なラインナップでもってまるでマトリョーシカのように並べられていた。