Flat Flat Flat!

【注意!】
・同人誌「たぶん人生は上々だ。」 の後日談です。
・別に読んでなくてもなんとなく読めると思います。
・簡単に説明しますと、最終回後バクラが盗賊王の姿で帰ってきてにゃんにゃんしてる生活を送っています。
・「それ相応以上の報復」の続きです。

 調子外れた鼻歌がすぐ近くで聞こえて、それでバクラは目を覚ました。
  瞬きを二回、最初に飛び込んでくるのは見慣れた天井の丸い明かり。背中にはラグの感触。腹にかけた毛布はいつの間にか無くなっていて、そいつは鼻歌の主の尻の下でクッション代わりに丸まっていた。
  床で目が覚めるのは本日三日目だ。やけにばきばきと硬くなっている肩をまわしながら起き上がる。隣で毛布を占領した獏良が、くるんと振り返って手を振った。
「おはよ。よく寝てたね」
  でもここに皺よってたよ、と、細い指が自分自身の眉間を指差す。
  恐らく見ていた夢のせいだ。カラフルなマトリョーシカが増殖しながら追いかけてくるという珍妙な悪夢に魘され、追い詰められたところを獏良の鼻歌が引き上げてくれたのである。しかしながらその夢の原因を作ったのもまた獏良であるし、床で眠る苦行を強いているのもまた彼であった。
  こんにゃく事件の後、客間に並べられたスタイリッシュな自慰玩具はバクラの手によって蹴散らされたのだが、その後バクラが眠るべく客間に訪れるたびにそれらはきちんと並べなおされていた。最初は横にただ並んでいたのだが、回を重ねるごとに円陣を組んだり縦一列にチューチュートレインを描いていたりと進化していくその並びにもうなんというか、全身の力を吸い尽くされてしまって、バクラは客間のベッドを使うことを諦めた。普段眠るのに使用しているソファは再起不能になってしまっているし、そもそも怒られてこんなことになったが故に獏良の寝床にも潜り込むこともできず、哀れバクラは床で睡眠をとっているのである。
  そして本日、遅めの目覚めを迎えてみれば、毛布まで奪われている。あんまりな仕打ちにちょっと涙腺が緩みそうだ。
「オイ宿主、あのな…」
「ちょうど良かった、お前も一緒に見てよ」
  コレ。
  言葉をさえぎって、バクラは膝に広げていたらしい雑誌を目の高さに広げて見せた。
  それは雑誌ではなく分厚いカタログだった。見開きには家具の写真が並び、キャッチコピーやら価格やらがででんと載っている。ソファ特集。書かれている文字を口の中だけで読んで、バクラは目を擦った。
「眠たがってないで。新しいソファ、何色がいいかなあ?」
「買うのか?」
「だってあれもう使えないじゃないか。誰かさんのせいで」
  恨みがましさは無く、しかしあっさりとした口調で、一〇〇パーセント自分のせいにされてしまった。いや怒るまい、怒ったところでいいことなど何一つない。不機嫌にさせたらマトリョーシカが増えるかもしれない。最早バクラの中ですっかりトラウマ化しているそれらが、ぐっと唇を結ばせた。代わりに鼻から溜息を漏らすことにする。
「赤いのは部屋にあわないんだよね。長くて、なるべく高さの無いやつがいいと思うんだけど」
「そうかよ…」
「あとね、背もたれが倒れるやつだとなおいい。ないかなあそういうの」
「どれでもいいんじゃねえの、てめえのモンなんだから好きにしろや」
  好みにうるさい獏良のことだ、どうせ口を出してもやだあセンス悪ういとか言われるに決まっている。だったら二度寝してしまった方がよいと判断して、バクラは大きくあくびをした。硬いところで眠るのはこの身体ならばびくともしないが、どうにも寝た気がしない。たぶん夢のせいで。
  気が済むまで寝つくしてやる、と再び横になろうとすると、服のすそをぐいと掴まれた。
「何言ってるの、お前のでしょ」
「…は?」
「いらないの?」
  いや、いらないのとか申されましても。
  顔をあげると、適当なバクラの対応に唇を尖らせた獏良の表情があった。
  三日前にこんにゃく攻撃とマトリョーシカテロを起こした犯人は、あれからずっとちくちくとしつこく、あの日のことを責めてくる。その責め苦の間は大抵笑顔なのだが、今は頬を膨らませて不満顔だ。そう、いつもどおりの、というか三日前以前の、いわゆる普通の反応である。ということは。
「…いつもの嫌がらせはしねえのかよ」
  つまり、気が済んだということなのだろうか。
  早合点は危険である。かまをかけて低く問いかけてみると、何が?と獏良は首を傾げた。
「何わけのわかんないこと言ってるの?それよりソファだよ。これ!これよくない?」
  ばっと開いて指差して見せられたのは、前のソファよりも色の薄いオフホワイトの三シーターだった。前のワッフル生地よりも編が細かく、肌触りがよさそうだ。背もたれと肘掛けを倒してフラットタイプに変形可能。ぱっと見、前のソファよりも横幅が長い。以前は横になると足がはみ出たので、その点は全く有難い、のだが。
「カバー洗濯できるし丈夫そうだし、これなら大丈夫でしょ」
「大丈夫って、何がだ」
「ソファでセックスしても大丈夫って意味」
  ね!と、満面笑顔で獏良は言った。
  その笑顔と、昨日までの笑顔を照らし合わせてみる。一見同じ、だが多分違う笑み。仕返しに向けてではなく新しい家具を選ぶ楽しさに内側から滲むようなそれ。
  寝そべりかけた身体を起こして、バクラは獏良の頬にべたりと触れてみた。
「なあに?」
  触れられたまま、いつもの腑抜けた声で、可憐な唇は言う。
「バクラ?」
「あん? あー、何でもねえよ」
  どうやら、陰湿な嫌がらせはもう終了したらしい。
  不思議そうにその手をぺたぺた叩く獏良に、バクラもようやく、口元にいつもの皮肉な笑みを浮かべて見せた。
  ――まさしく天災。全く、嵐と宿主の不機嫌はおさまるまでただ耐えるしかないと、深く学んだ昼過ぎの出来事であった。