たぶん上々時々不安
【注意!】
・同人誌「たぶん人生は上々だ。」 の後日談です。
・別に読んでなくてもなんとなく読めると思います。
・簡単に説明しますと、最終回後バクラが盗賊王の姿で帰ってきてにゃんにゃんしてる生活を送っています。
暗闇の中、目覚めて最初に視界に飛び込んできたもの。それはお前の背中が扉の向こうに消えていくというボクにとっていちばん恐ろしい光景だった。
だからこうして泣いて震えてお前を殴ってまた泣くことに文句を云わないで欲しい。知ってるでしょう、ボクの心はそんなに頑丈には出来ていないし、一度決壊したとめどない涙の奔流に堰を作るのには時間がかかる。実際はけっこう冷静になってきてるんだけれど、頭の中は割と通常営業しているんだけれど、涙腺としゃっくりだけが止まらない。分かってるってば、ボクのお肌はデリケートだから、こんなに目を擦ったら明日真っ赤に腫れて、また皆に心配をかけてしまうっていうんだろ。でもね、
「いい加減泣き止めよ、鬱陶しい」
そうやって乱暴にティッシュでボクの鼻をつまんでくるお前の方が力が強い訳だし、目だけじゃなくて鼻まで赤くなるからその心遣いは遠慮したいんだ。いや、優しくしてくれるのは嬉しいんだけどね、気持ち悪いけどさ。
「ちっと便所行くのに部屋出ただけだろうが。何ですか、オレ様は深夜に小便すんのにもてめえの許可が必要なんですかァ?」
うんうん、仰る通りだ。ホントに。
事の発端。うとうとしていたボクが見たのは、暗闇の中にぼうっと浮かび上がる扉の向こうにお前が去っていく様子だった。それは心の部屋で何度も見てきたもので、ボクにとってお前がいなくなることイコール扉の向こうに消えてしまうこと、なわけで。実際にここは心の部屋ではなく見慣れた寝室だし、狭いベッドに二人で並んで(というか肉布団にして)寝ていた日常なわけだけれど、ほら、寝ぼけると境目が分からなくなるじゃないか。そういうことだよ。
だからこうしてお前が褐色の肌と紫の瞳でもって帰ってきた今も、そういうのを見ると反射的に思い出してしまう。考えてしまう。いなくなった日のことだとかあの時感じた静かで重たい孤独とか。そして、帰ってきたお前がいつかふらっといなくなってしまうんじゃないかっていう、ボクのどうしようもない恐怖が結晶になってぶつかってくるみたいな、そんな気持ちになるんだ。だから泣いてしまう。理路整然と、ね。説明できるんだよ。ただちょっと横隔膜と喉が云うことを聞いてくれなくて、みっともない嗚咽になってしまうだけで。
「どこも行かねえよ、行くトコもねえし」
お前はそう云って溜息を吐く。薄闇の中でも分かるくらい綺麗な色をした紫の瞳を細めて、面倒くさそうに三枚目のティッシュをボクの鼻に押し付けてくる。
その目の色があんまりにもかったるそうで、それでいて小さじ一杯ぶんくらいの優しさを秘めていたものだから、ボクはまた泣いてしまった。おかしいのと気持ち悪いのと嬉しいのと、やっぱり怖いのとで。
「ひ、ひとりに、しないでよ」
冷静にして沈着なるボクの脳内とは裏腹に、働いた喉と舌が勝手にそんなことを云った。バクラはああだとかううだとか唸って、ボクの髪をぐちゃぐちゃかき混ぜてうやむやにする。そうしたら腕が勝手に胸に縋りついてしまって、あれあれ何だろうこの甘い空気。やだなもう、こういうのやっぱり慣れないよ。普通にないなーって思うし。だってボクとバクラだし。
とか思っていたら、バクラはもそもそっと動いて、居心地悪そうな顔で。
「…で、いつンなったら便所行けんだ、オレ様は」
そんな感じで、甘い雰囲気をぶち壊してくれました。 ちょっと残念だとか思っているあたり、ボクも大分、参ってるんだなあ。
うん、でもまあ、とりあえず、
「…布団が冷えるから、朝まで我慢して」
「鬼かてめえは」
うるさいなあ、いくら冷静だって何だって、やっぱり怖いものは怖いんだよ。
怖くて泣いた日くらい、朝一緒に目覚めて、一緒に扉をくぐったっていいじゃないか。もしかしたらそれがきっかけで、もう暗闇と扉とお前のセットが怖くなくなるかもしれないんだから、さ。
そう云ったらまた否定だか肯定だか分からない唸り声を上げて渋った後、お前は布団に戻ってくれるんだろう。結果が分かり切ってるから云わなくてもいいや。冷静なボクはそう判断して、心の部屋では得られなかった体温を感じながら、お願いの代わりに提案をしてみた。
「…明日の朝は、お前の好きなもの作ってあげるから」
と、この一言で契約完了。
バクラは面倒そうに後ろ頭を掻いた後、布団の中に戻ってきた。お前、帰ってきてからホント食欲旺盛だよね。
とにかく約束、したんだから。
――今夜はちゃんと、一緒に居てよね。