【♀】斯くて匣庭は落日に消ゆ 第一話-02

男はずっと目を瞑っている。
  眠っているのではなさそうだ、と、男の対角線上、硬く冷たい寝台の脇に膝を抱えて座ったリョウは思った。
  傍らには濁った水を貯めた水甕と丸めた生成りの布がある。血を拭いたものと、男が先程まで身に着けていた貫頭衣の残骸だ。それらはもう二度と使い物にならなそうなほど血と汚れにまみれ、洗って再利用することも出来ないぼろきれと化してしまった。あとでどこか、人目につかない所に捨ててこなければならない。男はそれを許可してくれるのだろうか。恐らく無理だろう、リョウは指の先で汚れた布の端をつまんでいじくりながら口をとがらせた。汚いものを近くにおいておくのは気が滅入る。
  目深に被った頭巾の間から、そっと男を伺う。腰巻一枚の姿で目を閉じ、壁に寄りかかり立てた片膝に赤い外套を引っ掻け、そこへ肘を置いて瞑目している。腹部はリョウが巻いた、清潔な布で覆われていた。
  無骨な男だ。
  焼けた肌に無駄な肉のついていない身体。首から肩にかけて盛り上がった筋肉は彼が腕の立つ荒くれ者だと雄弁に語っていた。ざんばらの短い髪はばさばさと乱れ、乱暴に肩ほどで散っている。今は閉じている瞳のうち、右側には瞼から頬までをまっすぐに貫く傷痕があった。傷は縦に一本、頬辺りに横向きに二本、不恰好な十字を描く。そう新しいものではなさそうな傷だ。昔何かあったのだろうか、ならず者なのだからそれくらいは驚くことでもないのかもしれない。目立つ傷は顔のそれだが、手足に、剥きだした腹に、細かな傷は数えきれない。
  男を飾るのは赤い外套だけではない。節の目立つ硬そうな指にはいくつかの指輪、手首にも、太い首にも、黄金と青や赤の石をあしらったいかにも高価そうな装飾品を身に着けている。まるで富裕層の旦那のような、ただ高価であるという理由だけで嵌めているようにも見えるが、その一見趣味の悪いまとまりの悪さが、男の性格とこれまでの生活を体現しているようだった。
  瞑目したまま、男はふと手を動かし腹を抑えた。まるで空腹を訴えるかのような動きだが、さすったのは巻かれた布の上だ。恐らく傷が痛むのだろう。
  脇腹の傷は普通ならば平然としていられるわけがない深さで肉体を抉っていた。しかし男は一度も悲鳴や苦痛の声を上げなかった。唇の隙間から小さく呻くことはあったが、みっともない様子は欠片も見せずに紫の目でリョウを観察していた。妙な真似をしないか、警戒していたのだろう。取引が成立しても信頼関係などとは無縁である――リョウ自身、そんなものを構築しようとも思わない。このならず者の肉食獣からしてみれば、自分は捕食される側の存在だ。そんな間柄に、心を許す隙間があるとは思えない。
  抱えた膝と膝の間に顎を押し付け、リョウは男に聞こえないよう溜息をついた。
(……いつまでこうしてるんだろ)
  頭巾も手足の布も染めた髪もそのままだ。この鬱陶しい扮装は外出の為のものであって、普段のリョウは素顔を晒している。もともと誰とも交友がない上に石壁の内側のひきこもりなので、室内で隠布を纏う必要ないのだ。だがこの男がここにいる間は、ずっとこのままでいなければならない。
  べたつく髪、重たい頭巾、暑苦しい布、これらにじっと耐える。あの肉塊と同じ末路を辿る可能性は排除して居たい。
  分かっていても、脱いでしまいたい――押し殺した胸が苦しい。ささやかな乳房の弾力は抗議するかのように、布地を押し上げてリョウを非難する。全て解いて水を浴びたらどんなに気持ちがいいだろう。背中についた男の血も生乾いてえらく不快だ。このままではこの服まで再生不能になってしまう、早く洗わなければ。
  人々が沐浴をするのと同じ場所、時間で水浴びをすることができないリョウは、ここから少し離れた場所に秘密の水場を持っていた。何でもその水にはよくないものが棲みついているとのことで、普通の人間は立ち寄らないのだそうだ。しかし信ずる神もいなければ咎める者も居ない――そもそも信仰を教わっていないのだ――リョウにとって、その噂は人払いに好都合だった。かくしてそこはリョウ専用の、恰好の穴場となった。飲み水に困ることはないし、半身を水に浸して月明かりの下で気を休められるのはありがたい。とはいえ衣類を脱いで無防備になることはそうそうできなかったが、ぺったり張り付く濡れた着衣を絞って、冷えた身体を布でくるんで足早に帰路につく時間は、まるで夜の生き物にでもなったかのような気分になれる為、リョウの楽しみの一つでもあった。
  こんなことを考えてしまうのは、ひとえに彼女の妄想力のなせる業である。
  日常から非日常へ――思いもよらぬ災難に巻き込まれ、人生の終わりが覗きかけた時にこんな風に、呑気極まりないことを考えている。これも一つの逃避だろうか。判断する基準すらない。享楽を愛するリョウの精神が、せめて気分だけでも良くなりたくて勝手に想起させているのだ。
  思い出していたら、余計に水を浴びたくなってしまった。喉まで乾いてきた。
  駄目は元々で、交渉してみようか――汚れた布を処分するのを理由に外へ出て、さっと水を浴びたい。髪は一度洗い流すと染めるのに時間がかかる、せめて一度水を浴びて、手足と胸だけ再び処理して着替えをしたい。それだけでも随分楽になるはずだ。丸めた汚れ布をそれとなく、男の目につきやすいように爪先の近くに押し出してから、リョウは口を開いた。
「あの」
  声は二人の距離を渡る。男は閉じていた目のうち片方だけ、傷のない左目だけをゆるく開いて、リョウを見た。
「何だ」
「これを、捨てに行きたいんですけど」
  これ、と云いながら、爪先を指さす。男はちらとそちらを見て、再び視線を持ち上げた。その目には明らかに、やっぱり逃げるつもりだろうと剣呑な光が浮かんでいる。リョウは慌てて両手を振った。
「逃げるんじゃなくて。ほら、さっきの人とかがもし万が一ここに来たとして、あなたが隠れてもこれを見つけられたら困るでしょう」
「どっか適当に隠しときゃいいだろうが。わざわざ外に行く必要がねえ」
「探されたら、見つかっちゃうかも……」
「燃やすか埋めるか、方法はいくらでもあるぜ」
「そうかも、しれないけど……」
  正論で返されてしまった。言い訳を思いつかず、リョウは俯く。口の中でもごもごと、言葉にならない音を転がしてしまう。
  その様子を眺めて、男はち、と鋭く舌を打った。
「うじうじ喋ってんじゃねえよ。女じゃあるめえし、なよっちい」
  だって女だもの――そう云ってしまうのはぐっとこらえた。変装は有効に作用しているらしいと察して、ほっと一息だ。
「外に出てえ理由があるんだろう、てめえ」
「……うん」
「云ってみろ」
「聞いてくれるの?」
「聞くだけはな。下らねえ理由なら外には出さねえ。わかってんのか、てめえはオレ様に生殺与奪を握られてんだぜ?」
「わかってる……わかってます、けど」
  まさか、変装が大分苦しくなってきたからいったん解いて、身体を綺麗にしたいんですとは云えない。そんなことをすればたちまち正体がばれてしまう。何と云えばこの場を切り抜けられるのだろう――沈黙し必死に頭を巡らせていると、その間にも男の不愉快そうな言葉はつらつらと続いた。
「大体、さっきから延々ツラ隠してんのはどういうことだ。人様に顔向けできねえ同業者のクチか――いや、てめえみてえな女の腐ったようなガキが、切ったはったの世界で生きていけるわけもねえか。みっともねえ傷でも背負ってんのか?」
「き、傷があるのはそっちじゃないか」
「こいつはみっともなくねえからいいんだよ。おいガキ、ツラ見せろ」
  しまった、興味を持たれてしまった――顔は泥を塗って色を偽っていない。肌の色がばれてしまう。リョウは思わず、両手で頭巾の端を掴んで深く顔を隠した。その動きがより一層、男の気を引いてしまうのも知らずに。
  頑なな様子に男はくつくつと嫌な笑い声を上げると、腹の傷に障らないようにのそりと起き上がった。
「ただ警戒だけしてんのも退屈なんだよ。おもしれえツラなら使い様も出てくるじゃねえか、三ツ目でもついてんなら殺すのは止めて見世物に売るか?」
  不穏な言葉を吐いて、男は隙のない、しかし気軽な足取りで寝台の片隅のリョウに寄ってきた。リョウは喉の奥で悲鳴を押し殺して、壁に背中を擦りつける。逃げ場所がない。
  迫る男の顔が一瞬、あの死体を捨てさせていた身なりの良い男の黒い影と重なった。取引をしたのに、痛い目にはあわせないって云ったのに売るだなんて。
  売られる――等号で結ばれるのは青白い肉塊。三ツ目なんてついていない、それよりもよほど厄介なものが、この眼窩には収まっているのに!
「や、やめて……」
「ヤメテじゃねえよ。見られたくねえならてめえの力でどうにかしな。大体最初っから気持ち悪ィんだよ、抵抗はしねえし逃げもしねえ、ちっとは暇つぶしに付き合え」
  嗜虐趣味の笑みが近づいてくる。ぬ、と、大きな手がリョウの頭巾に伸びた。背中に冷たい汗が伝わる。どくんどくんと、潰れた胸の内側で響く心音が爆発しそうだ。
  手が頭巾を掴む寸前、リョウの身体は勝手に動いた。
  全身の力を使って、両手を突き出す。手のひらはどんと胸を突き、そして、男の身体は僅かだが揺らいだ。女の弱い力ではならず者を突き飛ばすことはできない――しかし、思わぬ反撃に少しだけ男は怯んだ。その隙に、かつて今までにこんなに早く動いたことがないほどの速度で、リョウは飛び込むように寝台に飛び乗った。そのまま四足で石の上を這い、外へ繋がる入口へと手を伸ばす。
  手を伸ばしたのは男も同じだった。咄嗟のことに反応は遅れたものの、長い手は四つ這ったリョウの足首を強く掴む。長い裾と巻いた布越しに掴んだそれを引かれ、リョウの身体は寝台の上へ無様に倒れた。がくんと揺れ、冷たい石に頬を打ちつける。
「前言撤回だ。一応、抵抗はできるみてえだな」
「やめっ……」
「何だ、布なんぞ巻いてやがるから怪我してんのかと思ったら、ピンピンしてんじゃねえか。こっちも見せかけか?」
  小動物を甚振る声音を吐きながら、引き倒したリョウの上へ男が乗ってくる。足首の次は腕だった。ぐっと強く、初めて捕らわれた時よりも強い力で掴まれ、痛みにリョウがうめき声を上げる。感触を確かめるように二度にじられ、怪我のないことを確認された。贋物であることはもう見抜かれている――いよいよ恐ろしい展開になってきた。残った片腕で必死に頭巾を引っ張って顔を隠すその動きも、ますます男の興味をそそる。
  じたばたともがいても全くの無駄であった。うつ伏せから仰向けにひっくり返されたリョウは、張り付けられる獣のように抑え込まれ、両手首をまとめて石に押し付けられた。
  男の手が頭巾を掴む。
  ぐい、と持ち上げられた時、すさまじい勢いであの月夜の光景が脳裏を過ぎた。死んだ女の生白い肉、影となって蠢く男たちの三日月の笑い、ひしゃげた腕窪んだ眼窩咲かれた腹から覗く肋骨、そして青い青い、絶望にしてうつろなる青い瞳。
  ひゅ、と、喉が鳴った。
  意識して出せない、高い高い拒絶の悲鳴が迸る――だがそれは、ほんの一秒にも満たなかった。男の掌が、リョウの口を咄嗟に抑えたのだった。
「――ッ!!」
「でけえ声だすな! 今どういう状況か分かってんのか!?」
  顔のすぐ近くで男が、潜めつつも強い口調でリョウを叱咤した。頭巾にかかっていた手は口を覆っている。
「隠れてんだよ! 近くにあいつらが居たらどうすんだ、一発で見つかるだろうが!」
「んん、んぅう!」
「うるせえ、泣くな! 何なんだよてめえは!」
  尚も激しくリョウは暴れた。自由になる両足は上下左右めちゃくちゃに動く。男が分かった、もうしねえ、落ち着けと繰り返し怒鳴っているのに気が付くまでには時間がかかった。身体機能の全ては抗うことに向いていたので、聴覚まで遠のいていたのだった。
  寝台に、男に、叩きつけていた足を止め、リョウはひぐ、と、覆われた手の中でみっともなくしゃくりあげた。
  目の前の男は呆れた顔をしているようだった。いつの間にかあふれ出た涙の所為で、視界がぼやけてよく見えない。
  暴れ止んだのを見計らって、男は深い溜息をついた。ゆっくりと拘束を解き、その手でばりばりと頭を掻く。
「普通泣くか。この状況でよ」
「だっ…… だって、売る、とか、いたいことしないって、云っ」
「あーはいはいそうだったかもな、いいから泣き止め。ったく、本当鬱陶しい奴だぜ」
  のそりと起き上がった男が、興醒めしたといわんばかりの仕草で寝台から下りた。リョウは男の倍の時間をかけて身体を起こし、その場でぐずぐずと蹲る。止めようとしても止まらない涙を抑える為、両手を目に当てて何度も何度もしゃくりあげる。
「売らないで、いたいのいやだよ」
「売らねえよ。その必要もねえ――普通のツラじゃねえか」
  そう吐かれ、リョウは顔を覆った手を離して男を見た。
  男はこちらに背中を向け、首だけで振り返っている。その視線は、リョウの顔へとまっすぐに向いていた。
  手を見る。涙を抑えた所為で泥が落ち、生のままの白い肌がまだらに覗いている。頭が妙に涼しい。肩のあたりが重たい。
  恐る恐る、頭のてっぺんを押さえた。厚ぼったい頭巾の感触の代わりに、塗料で少しべたつく髪が触れる。そのまま流れて、耳の脇、そして肩口まで、何も覆われていない髪が続く。
  頭巾は外れて、肩にわだかまっていた。
  青い瞳と白い頬、首を晒して、リョウは男を、呆然と見上げるほかなかった。
「見、た……?」
「あン?」
「ボクの顔、みた?」
「見たっつうか、見てんな。今」
  男は意地悪く言うと、そのままのすのすと歩いて、先程と同じ窓の下へどっかりと腰を下ろした。
  リョウの頭にぐるぐると、事実が巡る。
  見られた、見られた、顔を見られた。
  だがそれにしては、男の反応はおかしすぎるのではないか。白い肌に青い瞳は、褐色の民には疎まれ石を投げられる存在なのに。いくら髪を染めているといっても、何より疎まれるのは彼らの持ちえない青い瞳だ。目を合わせると呪われる、白い肌と青い瞳は不幸を導く。だからこそリョウは頑なに色を、顔を隠して生きてきたというのに。
  何故男は嘲ったり疎んじたりしない? 意味が分からない――ひょっとして彼は異国の出身でこの風習を知らないのだろうか?
「なんで……嫌がらないの?」
  呆然の延長線上で立ち尽くしたまま、リョウは呟くように問いかけた。
  離れてしまった距離でもなんとかその言葉を拾い上げた男は、最初、意味が分からないといった風に眉を寄せたが、やがて軽く顎を上げて、ああ、と、答えにもならない音を漏らした。
「その目ン玉と、肌の色のこと云ってんのか」
  だったら特に珍しいもんじゃねえからだよ、と、男は云った。
「その類の連中なら、もう市場に山ほど出回ってんじゃねえか。おおっぴらに売られてンのは最近見ねえが、地下じゃ定番商品だ。そこそこの値段でしか取引できねえんだよ」
「そ、そうなの……?」
「ツラが良い分底値とはいかねえだろうが、手間の方が掛かる。そんなら墓荒らしのがよっぽど稼ぎがいいぜ」
「じゃあ売るとか云ったのは……」
「そりゃてめえがあんまり隠すから、三ツ目だの鼻が二つあるだの、おもしれえ奇形か何かだと思ったからだ。白いヤツらより遥かにいい値段が付く。それなら迷わず売っただろうさ」
  知らなかった、世の中の影にはそんな値段表、恐ろしい相場が存在していたのか――男と関わり合いにならなければ一生知ることもなかった命の値段に、リョウはただただ目を見開いたまま間抜けな声を出すほかなかった。リョウの中では、白い血族は表に出ると疎まれるか金持ちに虐待されるかの二択、それしかなかったのである。男の話す世界は少女には全く未知数過ぎて、想像もできない。
  ただ、ああ、今痛い目に合うことはないんだ、それだけは理解できた。安堵に緩む涙腺がまた、大粒の涙をこぼす。だから泣くんじゃねえ、と、男は苛立った声で怒鳴りつけた。
「これだからガキは嫌ェだ、すぐ泣きやがる。泣きゃあいいと思ってやがる」
  ぶつぶつと文句を吐いて、それからおい、と呼びつける。びくりとしてリョウが顔を上げると、男はとんとんと自分の肩を指して云った。
「隠す必要がねえんだ、その鬱陶しい頭巾はもう被ンな。見てるこっちが暑苦しい」
「う、うん」
「それから、てめえの不始末はてめえでどうにかしやがれ」
「え?」
「てめえが蹴っ飛ばしたんだろうが」
  肩を指していた指が斜め下へと降りる。指し示す先には、新しい血が滲んだ手当の布があった。はっとする。思い当たるのは寝台に押さえつけられた時に遮二無二動かした自分の両足だった。あの時、図らずとも傷を蹴飛ばしてしまったのだ。見下ろした自分の膝に薄いが血の跡がついている。
  間違いない、リョウは己で手当した傷を再び開かせてしまったのである。
「手当してねぐら提供すんのが取引だったな。違えるってんならこっちも今すぐてめえをいっとう酷ぇ方法でもってなぶり殺しにしてやるが、どうだ?」
「ご、ごめんなさい」
「謝る前に動け、うすのろ」
「うん、ちょっと待って」
  リョウは急いで寝台から飛び降り、洗い置いていた布の束からいくつかを引き抜き水甕を抱えて男の前まで走って行った。数時間前に手ずから巻いた布を丁寧に剥ぎ、傷の開いたそこをそっと拭う。矢張り、男は痛みの声を上げなかった。
  傷口を注視しているリョウは気づかなかったが、男はじっと、リョウの白い顔を眺めていた。たわんだ頭巾を肩にまとわりつかせ、隠していた長い髪を揺らせて手当をする様を、紫の瞳がじっと観察する。
「おい、ガキ」
「なに?」
「外に出たがってたのは、その泥塗った手だの足だのをどうにかしたかったからか?」
  どちらかというと一度この胸を締める布を解きたいというのが大きいのだけれど、幸いにして性別はばれていないらしい。ならば隠しておこうとリョウは頷いた。
「うん、外に出る時しか隠さないから……」
「だったら、そいつが済んだら行って来い」
「え……」
「ぴいぴい鬱陶しく鳴かれるのが嫌だから云ってんだ」
  男は心底面倒そうに云う。顔を上げたリョウのすぐ鼻の先に、男の胸板と繋がる首、それからとがった顎があった。顔を上げた瞬間にそっぽを向いたので、視線は間近で絡むことはない。
  願ってもない許しだったが、同時に大層困ったことになった。
  水浴びができるなら是非もない。だが、男がその後をつけて来る可能性は決して低くない。
  リョウは男の虜囚である。逃げたら即、ナイフが背中に飛んでくるだろう。剣呑な光を宿す瞳は、リョウを信用しているとはとても思えなかった。むしろ試されているような気さえする。本当に逃げないのか、それを見極めようと、手の内で踊らせておくつもりなのではないか。
  逃げる気などさらさらない。しかし、水浴びをしている様子を見せるわけにはいかぬ。
  胸の抑えを解いたら身体の形で性別は確実にばれるだろう。なら布を解かずに水だけ浴びて――いや、それも駄目だ。濡れた服は手足にぴったりと張り付いて、細い手首や足、なよやかな曲線を描く腰が丸見えになる。ふわりとした裾でごまかしていても、男性ではありえないまろみを帯びた腿など目にされたら一目瞭然だ。
  仕方ない、背に腹は代えられない。リョウはぐっと腹に力を入れ、飛びつきたい水浴びの許しに、ゆるゆると首を振った。
「いいです……いかなくても」
「あ?」
「拭けば済むから。慣れてるし、今度でいい……」
「……そうかよ」
  堪える意思は声に乗ってしまった。不自然に掠れた声に男は訝しげな顔をしたが、追求するのも面倒だったのか、あっさりと引いてくれた。内心ほっとして、リョウは息を吐く。
「それよりも、食べるものをどうにかしなきゃ…… あなたも、身体が弱ったら傷に障るでしょう?」
  この隙に話をそらして仕舞おう。意図して会話の流れを他の方向へと導く。
  男はこれもあっさり乗ってきた。細やかに手を動かし、太い胴に布を巻いていくリョウを呆れた顔で見やって、馬鹿にした声で云う。
「てめえ、云ってること分かってんのか? オレ様の傷が良くなった時が、てめえの死に時なんだぜ?」
「分かってるよ。ボクは死ぬのが嫌なんじゃなくて、いたいのが嫌なんだってば」
「自殺願望かよ、気色悪ィ」
「死にたいわけじゃないんだ、どうせ死ぬなら痛くないのがいいってだけ。それは最初にも話したよ」
「それも意味が分かんねえ。つかその、丁寧なのかそうじゃねえのか適当なしゃべり方もどうにかしろ」
  てめえを殺す相手に敬語もねえだろう、と、男は妙に苛々とした口調で云った。
  リョウとしては、相手を無駄に挑発しないように言葉に気を付けていたのだけれど、どうやら逆効果だったようだ。リョウはんん、と少し悩んで、
「じゃあ普通に喋るね」
「長い付き合いじゃねえんだ、好きにしろ」
「そうだね。でも、約束は守ってね、もう蹴っ飛ばしたりしないから」
「そいつも疑わしいモンだな。見た目よりてめえは凶暴だ」
  忌々しく、傷を見下ろす目はふてくされているような色を浮かべていた。蹴飛ばされたことは男の神経を逆なでたらしい。失敗だった、しかしもとはといえば男が興味半分に頭巾を剥ごうとしたことから始まったのだ、自業自得ではないか――という言葉は、さすがに苦しい胸に留めた。ああ、締め付けが強くて正直もう呼吸が苦しい。
  一度目より手際よく傷を覆い、手当を終えた頃には窓から差し込む光は橙ではなく青白い月明かりの裾を引いた夜のものに変わっていた。昼過ぎに男に捕らわれたことを考えると、沈黙も含め、随分とこのならず者と向き合っていたのだなとリョウは気が付く。
  昼の食事はごたごたですっかり忘れていた。とはいえ、そう余裕のない食料――何せ本来ならば今日、仕入れをするつもりだったのだから――ではそう良いものを口にすることができない。干した果実と煮た豆が残っていたからそれくらいだろう。差し出したら、男はそれを食べるだろうか。食事をせねばと言ったのはこちらだが、正直、そこまで空腹ではない。もともと食が細いのだ。それよりもひどく眠たい。
  考えていたら、布を留めた手をそのままに、がくん、と、頭が落ちかけた。間抜けな動きを目ざとく拾って、男が云う。
「寝てる間に刺したりしねえぞ」
「え?」
「眠ィならとっとと寝ろ。こっちは勝手にさせてもらうからよ」
  男は思考が読めるのだろうか、悩んでいたことをぴたり言い当てた紫の目は、また窓の向こうを睨んでいる。
  疑うべきか迷った。
  そんなことを云って、リョウが深い眠りについたとたんザクリ、とやるのではなかろうか。しかし疲れた身体と精神に、睡眠は黄金よりもまばゆい輝きで少女を魅了した。三大欲求のうち、睡眠欲がずばぬけて高いのである。眠ってしまえば、この具合のよくない変装の拘束も気にならなくなる。手足を拭くのは朝になってからでもいい。起きた時に男がまだ寝ているようならこっそり胸の布を解いて、巻きなおしても良いのだし――眠っても良い理由をひとつひとつ浮かべて、頷いているうちにそれはこくりこくりと漕ぐ舟に変わっていった。
「じゃあ、お言葉に、あまえて……」
  先に、寝るね。
  その言葉が告げられたかどうかは分からない。リョウはなんとか頭を上げると、寝台に上がる元気すらなく、男の傍ら、床にべたりと身体を伏せた。
  おいそこで寝るのかてめえ、と呆れた声を、微かに拾った気がする。だが脳はもう眠っているのだから、朝日が睡眠から引き揚げてくれるまで、もう起き上がることはできないのだ。
  おやすみなさい。は、誰にともなく云った気がする。
  目を閉じた瞬間、意識が途切れた。夢を見る隙間のない泥のような眠りの中に、リョウの魂は転がり落ちて行った。
「……」
  そんなリョウを、男が眺める。
  窓から差し込む青い月明かりが、少女の細い首と頬をさらに白く照らしていた。男の膝の近くに小さな頭があり、横向きに、胎児のように丸まった身体が横たわる。
  覗き込まずとも、顔が見えた。睫は飾り玉でも通せそうなほど長く繊細だ。
  半開きの唇が薄い呼吸を繰り返し、覗く白い歯、赤い舌、ぽってりと膨らんだ下唇は果実のようにも見える。
  はあ、と、男は溜息をついた。
  物云いたげな、それでいて何も云いたくないような、複雑な色を混ぜた紫の視線が己の寝顔に向けられていることに、少女は気が付かない。
  ち、と、鋭い舌打ちも、聞こえなかった。
  くそ、と吐き捨てた声も、鼓膜を震わせない。

 ――どっからどう見ても、女じゃねえか――

 頭を掻き、決まり悪そうに呟いた男の声は夜の静寂に溶けて誰の耳にも届かなかった。

***

 青い瞳の少女は月の神に抱かれて、深い眠りについている。

だからこれは、彼の記憶だ。
  月の夜に目を開いたままの、彼以外の誰一人として知り得ぬ束の間の物語だ。

 盗賊が嫌うものは、そんなには多くない。
  憎いものなら巨大な塊を抱えているが、嫌う、厭う、関わりたくはないと思うものは、実は少ない。
彼が生きる為に抱え込んだ恐ろしく巨大な憎悪の念がその心を大きく占め過ぎるあまり、他の一切に関する感情を少々おざなりにしているきらいがある。尤も本人は全くの無自覚なのだけれど。
  兎にも角にも、嫌いなもの、である。
  それは、子供。
  より正確に名づけるなら、女子供。
  性別で隔てた所謂女、雌の性別を売り物にしている人間ならば嫌う理由はない。商売女の体温と豊かな乳房、熱くうねる雌の道の味は気持ちの良いものであるし、娼婦たちのさばさばとした態度や物言いは好ましいとさえ思う。身体を売って生きる女は強い。己の肉体が武器に、金になることを理解し尽くしたしたたかさを持っている。盗賊とて男だ、世話になる回数も多い。そういった店でそういった女を買うのは、正常な男の嗜好として純粋に楽しかった。
  そのように成熟してくれさえすれば、女は好ましい。だが育つ前の女は、子供は、違う。
  そう、厄介なのは子供である。
  子供はすぐに泣く。すぐに喚く。女ならば尚更だ。
  このご時世、弱いものは駆逐されるのが世の定め。生き残りたいのなら自分の力でどうにかするしかない。泣いても、喚いても、誰も助けてくれない。そのことは盗賊自身がようくようく、身を以て知っていた。
  或いは知っているからこそ、嫌悪するのやも知れぬ。
  弱い存在、脆い生き物、泣き叫べば敵に見つかるというのに本能のままに声を上げる。まるで獣だ。そして獣ならば、間抜けなそれは狩られるのが運命だ。
  そんな世界を生き延びたから、嫌うのだ。知っているから、厭うのだ。
  まるで己が過去を見せつけられているようで、心底嫌な気分になる――
  だというのに、傍らで無防備に眠るこの白い肌の持ち主は、紛うことなく子供で、しかも特別変わり者らしい――のだった。
(……畜生、予想外だ)
  ぐしゃりと頭を掻く。
  ああ、予期していないことばかりが起こる。盗むか殺すかでは済ませられない、実に面倒くさい事態だ。
  盗み入った場所で見咎められ、兵に追われたことは盗賊としての落ち度だった。避けたと思っていた長槍の穂先に脇腹を抉られ傷を負った。そんなものは最終的に捕らわれなければ良いのであって、致命傷の手前で血は止まっている。完治にそう長い時間がかかることもあるまい、全力で動いた時に傷が開かない程度まで塞がれば逃走の足枷にはならぬのだ。
  問題なのはそちらではなく、厄介極まりない子供と関わりを持ってしまったこと。
  出会い頭から変な奴だとは思っていたが、想像以上に彼――いや、男はもう知っている。彼女は厄介な存在だった。
  長い髪と細面の顔を頭巾に隠し、両手両足を隠して歩いているのを見つけた時には、格好の獲物がいたものだと喜んだ。薄暗い通りを一人で歩いているのも好都合だった。大通りに出られる前に捕え、転がり込めば、脇腹の傷の手当と当面のねぐらの確保ができる。あの年恰好で一人で歩いているのなら一人暮らしの孤児である可能性も高いだろうと予想したのも大当たりだ。そこまではいい。問題はその後だ。
  下手な興味でもって剥いだ頭巾の下の素顔は白く、大きな瞳は澄んだ青。怯えた様子で見開かれたそれが男を見、そして、折れそうな細い首は飾り気もないのに妙に綺麗で――どこからどう見ても、少女だった。外見は子供と大人の境目に見えるが、言葉や態度が幼稚だ。盗賊の目には子供にしか見えない。
  しかもややこしいことに、少女は性別を偽っていた。
  男を装う理由ならば問わずとも察せられる。白い肌の女が市場でどのように扱われているかを、町の暗部をよく知る盗賊は理解していたからだ。疎まれ方は一般人と富裕層で分かれる。前者は石を投げ疎んじ、一対多勢でもっての迫害を行う。後者は、珍しい毛色の動物を面白がる感覚で弄び、そうして最後に無惨に捨てる。どちらにせよ愉快からは程遠い結末を迎えることを少女は知っていて、そうして身体や性を隠しているのだろう。なればこそ、盗賊はそれを暴く気を無くした。
  どうせすぐに始末をする関係ならば、悪戯に秘密を暴いてしまっても何の問題もない――しかし、真実を晒せば少女は泣いただろう。組み伏せられた時点で声を上げて号泣しようとしたのだから間違いない。返す返すも、男は子供が嫌いなのだ。古傷を無遠慮な手で撫でまわされるような不快感を覚える。高い悲鳴や泣き声を聞くと寝つきが悪くなる。
  だから、暴きたくなかった。気が付かない振りをした。
  ついでに、うじうじと外に出たがる理由も、寛大なる処置で許してやった。まあこれは向こうの方が辞退したのだけれど――当然後はつけるつもりだったが。覗き趣味ではない、逃走を阻む為である。
  そんな有象無象の結果が呼んだ、現状。
  果たしてこれが最善の状況なのかどうか、盗賊にはとんと分からぬ。この盗賊の王たる自分がこのように悶々とした気分になるなど、全くもって不愉快だった。
  此方の気分など素知らぬ顔で眠る、この小娘が憎らしい。
(面だけは上等だ、糞ったれ)
  腹が立つことに、見た目はとんと極上だった。白い肌に細い首。膝のすぐ近くに長い黒髪が渦を巻いて広がり、桜色をした小さな唇が軽い呼吸に濡れ、月明かりを浴びた長く細かな睫がまろい頬に影を落としている。
  身体の成熟具合は見事に乏しい。乳房は足りないにもほどがある。尻も張っていない、抱き心地も悪そうだ。それを補って顔が良い。触れた肌の滑らかさも悪くない。全体的に、不思議と希少価値を感じる外見をした少女だと盗賊は思った。
  盗賊は金自体にあまり興味はないが、貴金属それ自体は好む。でなければ指や腕にこれ見よがしに黄金を飾ったりはしない。王なのだから、着飾るのは当たり前だ。
  そういった貴金属の、宝石のような希少価値を、少女に感じたことは否めない。
  だから手を出さないのか。ここ数日の盗賊稼業で女の肉体に久しいというのに。中身は子供でも外見だけを拾えば守備範囲にかすらないこともない、無防備な雌の身体が目の前にあるのに、組み伏せようと思えばできるのに、そうしたいと思わないこともないのに――こんなにも理由がそろった状態で、雄の欲求を抑えている事実が実に自分らしくなく、落ち着かなくて苛立たしいのだった。
(……否、そうじゃねえ、これが正しい)
  腹がふつふつ煮立つのは苛立ちの所為ではなく傷の痛みの所為だ、と、盗賊は思うことにした。
  大体、手を出したら確実に泣き叫ばれるではないか。泣かれる。絶対に泣かれる。声が響き渡れば、いくらここがひと気のない地であっても誰かの耳に留まる可能性がある。ならばいっそ縛って、口を塞いで――などと、なんと下らない。
  女が欲しいなら、傷が癒えた後、すべてを片付けてすっきりとした心持で町へ行って馴染みの娼館へ足を運べばいい。こんな痩せた小娘よりも余程肉付きの良い、成熟した女の乳房と体温がそこにある。わざわざ火種を増やすこともない。
  そんな風に言い聞かせたところで、少女がううん、と唸って、寝返りを打った。
  差し込む月光が、少女の着る貫頭衣の襟元を照らす。鎖骨がくっきりと見えるくらいに幅の広い襟では、仰向けになれば薄い胸まであとわずか、見えてしまう。いくら貧しい乳とは云えど薄ら胸の谷間くらいは覗きそうなものだが――開いた襟の隙間に見えたのは、胸を押さえつける無粋な布の色だった。
  本能的にがっかりする。同時に、何故か安堵もした。
  先程散らした思考が、勝手に舞い戻ってくる。
  貴金属のような娘。何故か感じる禁忌の二文字。
  盗賊は暫し黙り、そして舌打ちを一つしてから――己でも信じられない行為を、した。
  少女を抱え上げて、硬い寝台の上に運んだのだ。
  盗賊の盗賊たる意思が何かを喚いている。これは遠ざけたいからしているのだと云う。この小娘は厄介だ、深く関わるな、近くに置くと苛立つだけだ、だから遠くに置いたのだ。この窓の下は潜むには最適の場所なのだから自分はここを動く訳にはいかぬ、ならば娘を移動させるのが得策なのだ。あとはそう、起こさぬように動かしたのは、起きるとまたぎゃあぎゃあと煩いからだ。
  なんという情けない言い訳をしているのか! 盗賊王の名が泣く。
  調子が狂う。少女はそこにいるだけで、盗賊の精神を惑わせる。
  だからこそ、厄介。
  これだから子供は好かない――
「……傑作だぜ」
  己を自嘲して、盗賊は笑った。寝台の前に立ち尽くし、脇腹の痛みさえ遠くほど、じっと少女を見下ろす。
  不思議な女だ。
  希少価値を思わせる禁忌の娘。死にたがりの少女。命乞いすらしない生き物。
  月明かりがよく似合っていた。美しい、などという抒情的な感情などとっくに捨てた盗賊にその単語は思いつかないが、それに近い印象を持った。
  太陽を感じさせない白い肌がそうさせたのか、或いはあの青い瞳が、冴えた月光そのものを思わせるのか。
  触れたいのか触れたくないのか、よく分からない。
  滅茶苦茶に犯してしまいたい――希少価値をかき消して、子供というくびきから解放し、そうしてただの女に堕としたい気もするし、全く逆の、存在すら見えぬどこか遠くにやってしまいたい疎ましさをも感じた。
  女にしてしまえば、扱い方は心得ている。
  だが、禁忌――先程からずっと、同じ思考を繰り返している。
(糞ったれ)
  二度目の文句を心の内で吐き捨てて、盗賊はくるりと踵を返した。
  二つの思考。相反する願望。
  どちらも選ばなかった。盗賊は、その気になればどうとでもできる手を少女に伸ばさず――冷えた月明かりの下へ、足を向けた。
  頭を冷やした方がいいと思ったのだ。
  外出する道すがら、狭い調理場に置いてあった干した果実を失敬する。まずい。隣の器に盛ってあった豆煮の方は悪くない味だった。朝から何も口にしていない胃にそれを放り込み、入口を覆う布を腕で捲って、外へ。
  少女から離れると、途端に傷が痛み出す。それだけ意識が彼女ひとりに向いていたのだと、否が応にも自覚した。
  いっそこのままこの場所を離れてしまいたいと、漠然と思った。
厄介を遠ざけたい気持ちが、足を遠くへと向けさせる。邪魔をするのは傷の痛みだ。
  この傷で立ち回りを演じられる自信は、ないことはない。だがそれはその場を切り抜けるだけで、その二手三手先のことまで問題ないとは言い切れない。
  決して死ぬわけにはいかない身だ。やるべきことがある。それまでは死ねない。
  ふと足を止め、小さな石造りの家を振り返り見る。灯りのない室内は真っ暗で、少女の寝姿は見えなかった。
  盗賊は、白く細い手が巻いた、傷を覆う布を抑える。
(傷が治るまでの辛抱だ)
  始末することは決まっている。相手もそれを望んでさえいる。
  手当をさせ、ねぐらとして扱い、食べ物も全て準備させて。出来る限り有効に使ってやればいいだけだ。抗ったなら暴力を見せつければ済む。
  今までそうしてきたように、盗賊らしく、野蛮に、横暴に。
  そうであることを許されているのが盗賊の王なのだから。

 ――何も深く考えることはない。
  それでもまだ悶々とした気分は晴れず、盗賊はそのまま、冷たい夜風に頬を晒していた。