【♀】ヒキガネ 06-10 / LadyPanther and WhiteKitten.
フィアットがひと気のない車道を滑る間、バクラは一言も言葉を発しなかった。
ぽつぽつと灯る街灯の灯りを何の興味もなさそうに眺める横顔は、決して了の方を向かない。後部座席の隅に小さく縮こまった了もまた、なすすべなく沈黙する。
倉庫街を後にして、了は傷だらけの盗賊王と、不機嫌な顔をしたバクラと帰路についた。
本当はいろいろなことを質問したい。ゾーク・ファミリー――バクラがボスを務めるというマフィアのこと。了を攫ったナムのこと。盗賊王の怪我のこと。
けれど溜息の一つすら零すことは躊躇われて、了は冷えた身体を狭いシートに寄せて項垂れた。
バクラは怒っているのだ。面倒事に巻き込まれた自分に対して非常に腹を立てている。
あまり外を出歩くな。てめえは大人しく家に居りゃあ良いんだ。口癖みたいなもので、いつもそう云っていた。最近は特に注意されることが増えて、それだけバクラがトラブルを感知していたことが今となってはよく知れた。
それなのに無理を云って出かけて。
ちらりと隣を伺うと、バクラは先程と変わらず頬杖をついて外を眺めていた。ものを語らせない絶対の拒絶に、心臓の辺りが痛くなる。言い訳など一切認めず許す気は無い――そんな風に言われたような気がした。
手を伸ばせば届く距離が、酷く遠い。
ハンドルを操る盗賊王だけが平素と変わりない様子で話しかけてくれる。それだけが唯一の救いだった。
◆
石畳の振動が緩まり、フィアットがフラットの前で停車する。
バクラは顔を上げる。隣で俯いていた了もまた同じ動きをし、こちらを見た時偶然目があった。戸惑いを色濃く含んだ青い瞳で、何か物言いたげな顔をする。
それを無視して、バクラはフィアットを降りた。扉だけは閉じないで置いてやったので、黙っていれば出てくるだろう。盗賊王も運転席から出、キーをチャラチャラと振り回しつつこちらを見てくる。雨と殴打の痕で酷い顔だが、表情は憎らしいほど晴れやかだ。
「じゃ、オレ様はちょっくら出て来るわ」
「え」
了がシートから降り様、不安そうな声を出す。
二人きりになりたくない、そんな思いがありありと声に出ているのが不愉快だ。そんなに一緒に居たくないのか。こちらとて、今は誰とも肩を並べたくない。
だが盗賊王は見透かしたような様子で肩を竦め、オレ様だって空気は読めンだよ、と腹の立つことを云ってきた。キーをこちらに放り投げてくるのをキャッチ。以前、了が勝手につけた趣味の悪いキーホルダーが更に苛立ちを誘う。
「了を連れて行かれたのはオレ様のミスだからな。本当ならそのやらけえ手で手厚く手当してもらいてえけど、それはまた明日ってことで」
「ど、何処に行くの? そんな怪我してるのに」
「ま、そこらへんぶらぶらと。朝には帰っから、それまでに話つけとけよ」
最後の言葉はバクラに向けて放たれた。戸惑う了と無言のバクラを置いて、盗賊王はさっさと背中を向けてしまう。ブーツが泥と水溜りを弾いて遠ざかり、そうして二人は取り残された。
ち、と、自然と舌打ちが漏れる。了がおずおずとバクラを見、それでも何か云おうと口を開く。
故意に無視し、バクラはさっさと自室へ向けて外階段を昇って行った。辛気臭い顔をした女と雨上がりの道端に立ち尽くすなどまっぴらだ。
非常に気分が悪い。湿気を吸ってまとわりつくシャツも、急に敵意を無くしたナムも戸惑う了の姿も、そして、そんな女を助ける為に車を走らせ、結局無駄足に終わったこの事実も。
何もかもが不愉快だ。さっさと眠って忘れたい。安酒でもいいからアルコールで身体を暖め、ベッドに潜ってしまいたい。
されど、そうできないこともまた嫌と云う程察してしまうこの空気。
何かを訴えたがる了の視線、これを無視して眠ることは出来なさそうだと、バクラは舌を打ったのだった。
結局無言のままフラットに辿り着き、バクラは重たいコートとジャケットを歩きざまに脱ぎ捨てた。タイルの床にべしゃりと丸まるそれらを、了は拾おうか悩んだらしい。だが触れるのすら躊躇われるのか――ここまで戸惑う了を見るのは初めてだった――大人しく、バクラの後をついてくる。
ソファに一人分の距離を空けて、腰掛けた。
雨は止んだものの風が強く、窓は不穏にがたがたと揺れる。それ以外の音はしない。僅かにだが、時計の秒針が勤勉に働く音が響くくらいである。羽を休めたシーリングファンも沈黙していた。
薄暗闇――フラットを出る時に点けっぱなしだったスタンドライトの灯りだけが頼り。
心もとない橙色の中で、二人は長いこと沈黙していた。
「……あの」
耐え切れなくなった了が、遂に唇を開く。
聞けば聞くほど、苛立ちが募る声だった。何故そんなにびくびくとして、泣きだしそうな声で喋る? いつものように傍若無人にしていればいい。巻き込まれたと、酷い目に遭ったと自己主張を全開にして詰めより、怒ればいい。そうしたらウルセエ馬鹿黙れと怒鳴り散らして喧嘩して、それで済むというのに。
らしくない躊躇を見せるなど、意味が分からない。その態度が一層の不快を買っていることに、了は全く気付いていないのだ。
「あの、バクラ、ボクは」
「どこまで知った」
おどついた声を遮って、バクラは了を見ずに問いかけた。え、と、出鼻をくじかれた了が狼狽える。
「あの女、何を喋った。てめえはどこまで知ったんだと聞いたんだ」
「え、あ、別に」
「云え」
「……バクラが、マフィアだ、って……」
非常に重たい口調で了が云った時、バクラは腹の中にあった重たいものが、ばらばらに瓦解していく音を聞いた。
ずっと隠していた秘密。ゾーク・ファミリーという存在を、了は遂に知ってしまった。
長い間隠し通すことは苦労の連続だった。了は何かと勘繰るような視線を向けていたし、その都度誤魔化すのも面倒だった。
それでも貫いたのは、偏に面倒事を避けたいが為だ。口も頭も軽い了は、こちら側を知ったら確実に枷になる。何も知らない一般人、籠の中の鳥で居さえすれば何も問題はない。了自身、何か感づいては――隠し事をしているという事実だけは察していながらも、あと一歩踏み込んだ追求をしなかったのは、そんな生活に対して納得していたからだろう。
このままでよかった。このまま、互いの間に境界線を引いたままで居たかったのだ。
それをナムが暴いてしまった。
あの女、どこまでも不快な真似をしてくれる。再度打った舌打ちに、今度こそ了は肩を震わせる。
「バクラがマフィアで、あの女の人に何かして、それでバクラを呼びだす為にボクを連れて行った、って……」
「……」
「本当なの?」
本当にマフィアなの、と、問われた気がした。
時に沈黙は何よりも雄弁な肯定となる。ソファの背凭れから身を起こし、膝に肘をついて向こうを見たバクラの姿で、鈍い了も答えを察した。
ああ、知られてしまった。とうとうこれでおしまいだ。
積み上げてきたことが全て台無しになった感覚と同時に、どこかがすっきりとした気分だった。もうこそこそしなくていい。愛銃を隠したり仕事を偽ったり弁当を持たされて辟易したり、そう云うことはもうないのだ。
血腥い手を洗い、眠る了のベッドへ潜り込むことも。盗賊王と三人で遊ぶことも。狭いテーブルで夕食を囲む、そんな些細な日常も。
ナムがばらした。全て終わった。
バクラは了を見ないまま、予め用意していた言葉を吐いた。
「てめえはどっか余所にやる」
了はその意味を、すぐには理解できないようだった。首を傾げたままバクラを見ている。まるで年端もゆかぬ少女か白痴の子供のように、大きな瞳を瞬きさせて呆けていた。
その顔を横目でちらりと察してから、バクラは視線をテーブルに落とす。
「もうガキじゃねえんだ。男でも見つけて適当に暮らせ」
知られた以上、もう傍には置けない。
枷になる。邪魔なだけだ。
バクラには至上の目的がある。いずれはもっと派手に活動する時が来るだろう。巨大に膨れ上がった自身の力を誇示し、退屈な街の支配者を玉座から蹴落とす為に。
遅かれ早かれ、その時は訪れていたのだ。終わりがほんの少し近づいただけだ。
いつか了を遠ざけようと思っていた。情婦などという弱点を晒して歩くなど愚かに等しい。
――それに。
失うよりは、余程いい。
口にも心にも思いたくなかったが、根底に気持ち悪くこびりついている自身の感傷。それくらいは理解している。了を守るために身を削った過去が変容し、そして了を捨てるのだ。
バクラにとって了は空気や水そのものだ。傍にあって当然である存在。
それを排除するなら、息を止めたまま走り切るしかない。窒息して死ぬ前に目的を果たして笑えばいい。了が真実を知ったことを口にした時、バクラは呼吸すら切り捨てることを覚悟した。
了はまだ沈黙している。今のうちに遠ざける為の言葉を、バクラは舌の上に乗せた。
「始末されねえだけ有り難いと思え。本来ならこの場でてめえの頭に鉛玉ブチこんでるところなんだからよ」
「……いや」
きっぱりと了は云った。
小さく掠れた、弱々しい声だった。バクラは思わずそちらに目をやってしまう。
同時にくん、と引かれる袖。濡れたシャツを、了の白い指が引っ張っていた。
「いや」
「イヤじゃねえ。どっか行け」
「いや」
「宿主」
「いやだ!」
きん、と鼓膜を叩く絶叫。バクラは大きく目を見開いて、叫んだ了に向き直った。
橙の灯りの下、了の指が震えている。白く見えたのは生来の肌の色のせいではなく、強く握りすぎている所為だった。俯く頭から髪が流れて、肩に落ちる。不自然に切り揃えられた一房。イシュタールに切られた事実が、今更になって不愉快を生む。
「置いてかないで」
涙声ですらない、悲痛な声がぽつりと零れた。
「……バクラがマフィアだってこと、知っても、ボク驚いたりしなかったよ」
「……」
「ああ、そうだったんだ、って、すんなり納得できた。でもバクラが秘密にしたいなら、忘れるから。いつも通りにするから」
「ンな下らねえ理由じゃねえよ。どのみち邪魔になるだけだ。
てめえ分かってんのか? 今日みたいな生温いこと、普通ならまずありえねえんだぞ。本当ならてめえはとっくに倉庫で冷たくなって、その後海に沈められてんだ。死にてえのかよ」
そう、故意に脅す言葉を選んで云ってやる。掴む手を払おうと腕を引くが、それでも了は手を離さなかった。苛立ちと若干の、ほんの少しの困惑がバクラの内側にこみ上げる。
「ただの女なんざ囲ってンのがそもそもの間違いだったんだ。オレ様も目が覚めた」
「だったらボクもマフィアになる」
――沈黙。
「……はァ?」
バクラの口から漏れた、この状況に不釣り合いすぎる間抜けた声。それが橙の部屋に、どこか空しく響いた。
「何云ってんだてめえ」
「普通の人が駄目なら、ボクもお前と同じマフィアになる」
そうしたら邪魔じゃないでしょう、と、了は決意を秘めた目をして云った。
袖を掴む手はまだ解けない。それどころか両手を使って、必死にバクラを掴んでいる。
青い目に浮かぶその決意の裏に滲むのは恐怖。まぎれもなく、了は怖がっていた。また恐ろしいことに巻き込まれる、死にたくない、という恐怖ではない。一人になることに、了は異常なまでに怯えていた。
彼女の性格を、バクラは嫌と云う程理解しているつもりだった。己の身の回りが穏やかでないと嫌で、好きな物に囲まれて平和に暮らしたい。争いごともトラブルも、そういった自分の世界を侵すものが大嫌い。そうと分かっているから、遠ざけることに逆らってもいずれは云うことを聞くと思っていた。バクラの傍にいれば、その平和が脅かされることは身を以て経験したのだから。
それなのに了はなおも、バクラの傍にいることを望む。
「……痛いことは嫌だ。ボクは怖いのも争うのも好きじゃない。普通がいい」
「知ってンだよそんなことは。だから望み通り、どっかにやるっつってんだろうが」
「でも、バクラたちが傍にいてくれなくなるなら、そんなのいらない」
縋る瞳がバクラを映す。橙を浴びて仄かに緑がかった、綺麗な色だった。
「二人が一緒に居ないと、そんなの意味ないんだ。ボクは自分のことしか考えてないけど、すごく自分勝手だけど、でもやだ。絶対にいやだ」
「宿主、」
「お願いだから、ボクを捨てないで。一緒に居てよ……」
そこにあるのは愛情なのだろうか。それとも強い強い、自己愛だろうか。
きっと両方だ。恋も愛も超越した依存。孤独への恐怖。
妹と父親がいなくなり、バクラが裏の仕事に身を任せている間、了はずっと留守番だった。耐えられたのは、それが本当の孤独ではないからだろう。バクラが必ず帰ってくると知っていたから、幼い少女は一人の夜を耐えきれた。
一人でも、孤独ではなかった。か細い心をつなぎとめたのは頼りない繋がり一つだけだ。
その為ならば平穏すら捨てると云う。
一度も銃を握ったことのない手、包丁程度の刃物しか知らない手で武器を持つことを、了は望んだ。可能不可能など飛び越えて、直向な願いを込めて。
「……冗談じゃねえぞ」
「っ……」
「てめえみてえな何も知らない女が、コッチの世界に入ってこられるわけがねえだろ。どっちにしろてめえは訳に立たねえんだよ。料理洗濯くらいしか能がねえんだから、黙って云うこと聞きやがれ」
手を振り払えないまま、それでもバクラは言葉を叩き付ける。みるみるうちに絶望を溜める青い瞳。泣いたら本当に余所にやる。バクラは心に決めた。
了はぎゅっと唇を噛み締め、まだ耐える。それから限界を迎えたかのように首を振って、
「意地悪しないでよ! 馬鹿!!」
と、突然訳の分からないことを叫びだした。
「だったら料理洗濯担当のマフィアでいいじゃないか!」
「そんな家政婦みてえな奴聞いたことねえよ!」
「じゃあボクが第一号になるよ! 家で二人の為にご飯つくってあげるし、仕事で汚した服とか全部綺麗にしてあげるし、疲れてるなら優しくしてあげるよ! それでいいでしょ!」
「それじゃあ今と全くかわんねえだろ!」
「そうだよ、変わんないよ! それの何が悪いの!?」
ぜえぜえと二人して息が切れる。いつの間にか了は立ち上がって、バクラに対峙していた。
それでも頑なに、手を離そうとしない。いがみ合うように睨み合っているのに手だけは繋いで、まるで滑稽だった。あと一歩で零れそうな涙はなかなか滴にならず。了の意志もまだ、折れない。
そうだ、この女はとても我儘で頑固だったのだと、バクラは改めて思い知った。
我儘で、頑固で、単純で、こうと決めたら決して曲げない。たとえそれが間違っていても周りに迷惑でも、了は自分のロジックで動く。自分の幸せを守る為に、いつだってただただ必死だった。
「……いつも通りの、何が駄目なの」
鬼気迫るほど荒ぶっていた声が、唐突にトーンダウンする。泣きそうと云うより、怒っている、に近い様子だった。
「何でそんなに嫌がるの」
「……だから、邪魔だって云ってんだろ」
「邪魔しないようにする」
「違えんだよ。てめえは何も分かってねえ」
云いたくない言葉が、形にもなっていないのに喉までせり上がってくる。感情のままに吐き出したらいけない、己の沽券に関わる決定的なその一言は絶対に口にしてはいけない。
形にしたら一巻の終わりだ。今まで秘めに秘めてきたこと――闇の稼業についているということよりもっとばらしたくない本音が表に出てしまう。
絶対に御免だ。そんな生ぬるい感情など、身を売った時に捨てたはずだ。
そんなバクラを、了は唇を噛み締めて見つめていた。あの頑固な目に涙を一杯に溜めて、挑むように。
その青色はバクラの心を透かす。覗き込まれることを拒否して顔を逸らしても駄目だ。
了はほう、と、大きな息をついて――それから、おずおずと問いかけてきた。
「……ひょっとして、心配してくれてるの?」
違う――と、云えなかった。
裏返った声が出そうで、喉に絡む厄介な感情の所為で、否定の音を紡げない。沈黙が最も雄弁な肯定になることは先に証明したとおりだった。バクラは不本意なまま、了が形にしてしまった本音を――遂に弾くことが、できなかった。
認めたくなかったのに。絶対に、そんなみっともない感情を形にしたくなどなかったのに。
黙るバクラを、了は察した。涙を溜めた目で危うい瞬きをして――それから。
遂に滴をぼろりと零して、了は笑った。
「ばか」
と、腹が立つほど嬉しそうな、切ない声でバクラを甘く詰って。
バクラが限界だったように、了もまた限界だった。一度零れた涙は留まることを忘れて、ぼろぼろぼろと大きな粒を頬に零す。伝い、バクラの膝を濡らす涙は暖かかった。雨で冷えた肌に、それは深く染みた。
「ばか、ばかだ、お前ほんとひどい」
「……うるせえ、馬鹿はてめえだ」
「心配なら、余所にやるなんて云わないでよ。ちゃんと見ててよ」
「それが面倒くせえっつってんだ。……そうやって泣くのもうぜえ」
「泣かせてるの、バクラだよ」
いつもいつも、自分を泣かせたりするのはバクラなのだ。了はそう訴える。
「バクラが泣かせて、おっきいバクラが笑わせてくれて、それがいいんだ」
泣いたら突き放すと決めていた。その前に、バクラはついに敗北してしまったことを知る。
全部が全部暴かれて、押し込めておいた下らない本音までも了に知られた。心配だなんて、そんなものが自分の中にあるだけでも気持ちが悪い。依存ならばまだ許せる。色欲ならば受け入れる。だが、それだけは許せない。
許せないのに、了は笑ったのだ。
嬉しそうに、泣き笑いで。
今まで共に過ごした中で見た、どんな笑顔よりも一番綺麗な顔で。
「――くそったれ」
吐き捨てた負け惜しみに、了はまた泣いた。顔をくしゃりと歪ませて、愛しそうにバクラを呼び、こつん、と肩に己の額を押し付けてくる。
雨の匂い。倉庫の鉄錆の匂い。微かな血の匂い。了だけは触れてはならなかった暗部の残滓が、白い身体から微かに漂う。それに混じって、了特有の甘い水のような匂いもした。
抱きしめられたがっている背中に手を回すことはしない。これ以上の醜態は御免である。
代わりにバクラは、了に察せられぬよう細く細く、目を伏せた。
無意識に強張っていた心臓を緩く慰撫する、了の泣き声が耳に心地よかった。