【♀】ヒキガネ 06-11 / LadyPanther and WhiteKitten.【R18】

了の泣き声はなかなか止まない。もういい加減止まれと思って何度もしゃくりあげるが、ひきつる喉は全く云うことを聞こうとしなかった。
 今更になって張り詰めたものが途切れ、拉致監禁の恐怖が甦って来る。雑貨屋を目前にして口を塞がれた時の息苦しさや押し付けられたナイフの冷たさ、喉を締める太い腕、首の裏を強く叩かれて失った意識――きつく縛られた手足の痛み。そんな肉体的な痛みもだが、何より生命の危険を感じたナムとのやり取りが一等恐ろしかった。必死だったけれど、ずっとずっと怯えていたのだ。
 当たり前だ。了はただの女で、あの時間は今までに体験したこともない異常だったのだから。
 硬直していた全てから解放されたと同時に、安堵が齎したのはぶり返す震えと涙だった。バクラの肩に押し付けた額から伝わる、慣れた低体温が嬉しくて一層泣ける。
 バクラは決して抱き留めたりはしないけれど、そんなことは分かっていたし望んでもいなかった。ただここに居ることを、ここに居て許されることが嬉しくてまた泣いてしまう。涙が止まる要素などどこにもなかった。どうせ雨で濡れているのだから、これ以上涙が降りかかったってどうということでもない。
 そうしてどれだけ泣いていただろう。
 バクラの手がいつの間にか、肩から零れた髪の先を弄っていることに気が付いた。
「っ……なに、してるの」
 鼻が詰まってくぐもる声で、了は問う。押し付けていた頭を離して、ソファに腰掛けるバクラに馬乗りになった姿勢のままで。
 不機嫌そうな目が、了の髪を矯めつ眇めつしている。その部分は肩ほどの長さで真っ直ぐに切り揃えられていた。
「あ、それ……」
「切られたんだろ」
 背後から襲われた時、髪を掴まれ切り取られた。何の為かは知らないけれど、二人のバクラがこの長い髪を気に入ってくれているのを知っていたから嫌だったのを覚えている。鋏で切るのとは違い、ナイフで荒っぽく切り落とされた時の音が恐ろしくもあった。
 気にくわない表情で、バクラは髪をこよりにしている。すぐまた伸びるよ、と云っても、頷きもしない。
「バクラ、」
「他は」
 ずんと沈んだ不穏な声で問われ、了は首を傾げる。すぐに、他に何かされていないかと問われていることに気が付いた。
 云うべきか。黙っていた方がいいのではないか。折角仲直りできたというのにまたバクラを怒らせたくない。何せ彼の所有欲といったら半端なものではなくて、普段は意地悪ばかりする癖に自分以外の者――盗賊王はとりあえず許されているようだが――が了に何かするのを極端に嫌うのだ。それは外部との関わりを持たせたくないというボスとしての意志もあるのだろうけれど、愛情、と感じても罪にはなるまいと常々思っている了だった。
 云うべきか。黙っていると、バクラはあっさりと察して眉間の皺を寄せた。
 一言、
「何された」
 底知れぬ声で追及するから恐ろしい。絶対怒る。云いたくない。
 けれど、そうして所有欲をまざまざと見せつけられることが嬉しくもあった。
「……連れて行かれた時に、髪切られて」
「それで」
「押えられて、脅されて、ナイフで、ちょっと」
 云いながら、そっと二の腕を抑える。攫われた時に着ていたスプリングコートはまだ脱いでおらず、その布地と下に着ていた服をも切り裂いた横一文字の傷が残っていた。あまりに鋭利で滑らかな切り口だった所為か、血は早くに止まったのだけれど、癒えるには少しばかりの時間がかかるだろう。
 了を拉致した男は、暴れた四肢を押さえつけてまずこの傷をつけたのだ。分かりやすい意思表示、これ以上暴れたらもっと痛い目に合わせるぞという明確な脅しに、了は喉を詰まらせた。耳の近くでくつくつ笑った声はひどく不気味だった。
 バクラは了が抑えた個所へ目をやって、途端に表情を険しくさせる。所有物に傷がついたことと今まで気が付かなかったことが混ざって、それはひどい不機嫌の色だった。かっと燃える憤怒に、違った意味の恐怖を感じる。
 冷たい手が無言でコートをひん剥いてくる。抵抗など許されるはずもなく、またする気もなく了はされるがままだ。湿ったスプリングコートは丸まってタイルの上に捨てられ、間近で傷を見分される――そして、
「うひゃぁっ!?」
 べろり、と、傷を舐められた。
「い、痛いよ! 折角血が止まったのに何するの!?」
「うるせえ。他は」
 不機嫌なボスは薄い舌先で傷を舐め、なおも追求を止めない。
 とても嫌な記憶を、了は辿らねばならなかった。生温い非常階段での出来事。食い込んだ腕に息を遮られた圧迫感や、背中に当たる他人の体温が気持ち悪かったことも。
『何だい、バクラの女は随分とひよっこいんだな』
 嘲る男の声。ナイフが翻り、逆手に持たれたその切っ先が了の下腹部にひたりと当たる。
 つう、と、辿り上げていく間にシャツの釦がふたつ落ちた。あと少し力を籠めれば、薄い布地など容易く割いて肌に当たる。臍、みぞおち、浅い胸の谷間まで、刃は登っていった。
『つまらない身体だねえ。生白くて肉もない。痛めつけるのも楽しくなさそうだ』
 切っても折ってもやりがいが無い。そんな恐ろしい言葉を聞いた後に、首裏に衝撃が走った。次に目覚めた時はあの倉庫に居たのだ――と、了はしぶしぶ、バクラに告げた。
 バクラが舌打ちを通し越した歯軋りをする。あの野郎犬の分際で、と、いう罵りからすると、攫った男ともバクラは知り合いなのだろうか?
 問いかけたかったのだけれど、質問は音にならなかった。バクラの手が臍の辺りに触れたのだ。
「な、」
 ざわり、と、手のひらがにじり上がる。薄いシャツ越しにバクラの温度が伝わり、了は思わず甘い息を吐いてしまった。仕方が無い、肌は覚えているのだ。こんな風に触れられる時のその意味を。
「ちょ、バクラ、あ……」
 バクラは何も云わない。無言でゆっくりと滑らせて、抉れた腹を経由して胸へ。
 釦が飛んだ隙間から直接の愛撫に変わった時、了はようやっと察した。これから何をするのか、されるのか。
 触れられると肌がぴりぴりと痛む。切っ先は浅く肌を掠めていたのかもしれない。されど今の了にとって、微かな痛みなど快感の引鉄でしかなかった。
「バクラ、っ」
「うるせえ」
 拗ねたような苛立った声だった。不穏なのに、愛おしく感じる。
 逆らう気など毛頭なくて、了はバクラの肩に手をそっと乗せた。異常な事件の名残でまだざわつく心の安定を、身体が求めている。一番安心できる場所で――欲を云えば盗賊王もいてくれたらよかったのだけれど――体温を交わしたい。日常を取り戻したくて、目を閉じた。
 冷たい手が、下着をずり上げて乳房を揉み上げる。薄い肉を苛められる感触が、何より嬉しい。
「ぁ、っ……!」
 締められた痕が残っていたのか、バクラの舌先は二の腕でなく喉へも延びた。滑らかな肌を舐め上げ、きつく吸われるのが心地いい。ちくりと痛んで、じわりと染みる。
 身体は寂しがって、貪欲にバクラを求めた。肩に乗せた手は大人しくしていられず、ぎゅっとシャツを掴む。くふ、とバクラが笑った。不機嫌は多少なりとも緩和されているようだ。
 言葉少ないバクラは、それでも指先だけは雄弁だった。他人が触れた個所に一つずつ、手と口で触れていく。所有のやり直しをするように、喉に髪に、緊縛の所為で擦過傷が出来た手首に。
 触れられる度に、脳が少しずつ蕩けていく。熱い吐息が溢れてくる。
 ずくずくと疼く下肢――はしたなく膝に擦りつけても、バクラは意地悪を云わなかった。再び喉を鳴らして笑うだけだ。
 顔が持ち上がり、三日月の形をした唇が軽く尖る。そうされて初めて、了は自身の唇が物欲しげに窄められていたことに気が付いた。言外にキスを強請って、そんな甘ったるいおねだりをして。バクラがからかわないなんて不思議だ。
 今はこういうことをしていい時なのだと、そう思うことにした。異常から日常へ戻る為に必要なこと。だからいいのだ。恥ずかしくてもいいのだ――云い聞かせて、しがみ付いてキスをした。
「んぅ……っ」
 噛み合う唇は、冷えた身体と裏腹に熱い。重なった瞬間にぞくんと全身で感じた。
 触れてしまえばもう何もかもどうでも良くて、遮二無二舌を吸いあった。なめらかに滑る舌先で挨拶をして、触れて絡めて、相手を啜る。
 上顎のおうとつを擦られて腰が疼く。下腹部の奥の方がじわりと濡れ、下着に染みる感触がした。軽く身体をなぞられ、唇を交わしただけでこんな風に濡れるだなんて信じられない。気持ち良くて眩暈まで起きる。
「ばくら、っ、バクラぁ……!」
 呼んで、キスをする。ばかみたいに繰り返す度に快感が増した。
 薄い胸から温度を吸い、ぬるくなったバクラの手のひらは次第に動きを繊細にして、一層了を堪らなくさせる。指の腹で乳首の周りを撫で、しっかり硬くなってもまだ焦らす。指の間で挟んで乳房ごと揉まれるとぞくぞくした。悲鳴を上げたいくらい気持ちがいいのに、塞がった唇ではそれができなくて苦しい。快楽の吐き出し場所が見当たらず、内側で荒れ狂って爆発しそうだ。
「ふ、ぁ、ぁッ」
「――宿主」
 吐息交じりのバクラの声。キスを止めなかったのは自分の方なのに、やっと息が出来た気分になる。
 呼び掛けに、了はなあに、と舌の足りない声で答える。バクラは何も言わず耳朶をきつく噛んだ。意味もなく呼ばれたとは思えない、バクラは何を云おうとしたのだろう――歯が食い込む痛みから何かを感じ取ろうとしたけれど、蕩けた脳では無理だった。思考など、指先の動き一つで形を無くしてしまう。
 バクラは執拗に乳房を苛め、痛々しい程硬くなった乳首にも漸く愛撫が加えられた。きゅっと抓まれ、そのままぐりぐりと転がされる。
「あっ、ぁ、やだ……っゃ、あ!」
「ヤ、じゃねえだろ。腰擦りつけておいてよ」
 だったら早く触ってほしい。下腹部から下の箇所に、バクラの手はまだ触れてはいないのだ。もっと深いところまで触れて欲しくて、身体が勝手に膝や腿に火照る場所を擦りつけてしまう。分厚いデニムの生地がもどかしい。しとど濡れた下着が張り付く感触にらしくもなく恥ずかしくなって、誤魔化す為にまたキスを強請った。バクラはふうんと鼻を鳴らして、しかし唇を寄せてはくれない。代わりに鎖骨の辺りに、きつい鬱血を貰った。
「っ、ん……!」
 ちく、ちく、と、小さな濡れた音を立てて、いくつもの赤い痕が刻まれてゆく。鎖骨から胸元へ――やがて、弄られ過ぎてひりひりし出した乳首に舌先が触れた。
「ぅあ、」
 乳房を揉み上げ、その先を慰撫され、ますます下肢が疼く。このまま終わりなく弄られ続けたらどうしようと、了は本気で泣きそうになった。気持ちいいのに一番気持ち良くなれなくて、じれったくて、それなのに幸せで、どうしたらいいか分からない。
 いっそ自分で慰めてしまおうと、了は震える手を伸ばした。笑う膝を叱咤して隙間を作り、恥も外聞もなくジーンズの釦に手を掛ける。
 だが、ジッパーを下げる中途でバクラの手がよって動きを止められてしまった。
「ぅ……」
 情けない顔で了はバクラを見る。余程だったのだろう、鼻で笑われた。
 意地悪にのみ特化して多弁な男は、今日に限って言葉少なだ。もうちょっと焦らしてやろうと思ったのによ、という短い呟きが辛うじて耳に届く。そうして了の手を退け、代わりにバクラが手ずから、ジッパーを下ろした。
「脱がして下さい、って、お願いする余裕もねえのかよ」
「あ……」
 期待で息が詰まる。相変わらずのじれったい動きで、白い手が了のジーンズを脱がしてゆく――こんな風にとっくりと、自身が脱がされるのを見ることは滅多にない。夢中の最中にいつの間にか剥かれていて、認識する暇もない忙しいセックスをしていたのだ。
 まじまじ体験すると気恥ずかしい。それでも了は、ずるりと脱がされた時、促されるままに片足を抜いた。はしたない有様になっている下着だけが残る。
 湿ったそこに指の腹で触れられた時、ひゃ、と、甘ったるい声を上げてしまった。
「……ここは手ェ付けられてねえだろうな」
 ちょいちょいと布越しに弄られては答えるどころではない。開いてしまっている入口を伺う動きはいつもの意地悪と奇妙な優しさが混ざり合って、変な感じだ。
「答えろよ。あの馬鹿犬にヤられたのか」
「っなに、ばかなこと、」
「どっちか聞いてんだ、云え」
 そんなこと、確認しなくたって分かるはずなのに。バクラと盗賊王以外の誰に、了が身体を許すわけがない。想像するだけで嫌悪感が走る。事実、バクラの口調にも疑いはなかった。
 恐らく彼は苛立っていて、八つ当たりをしているのだ。所有物が他人に傷をつけられて腹を立てている。
 ならば、所有されている了はどうすべきか。
 そんなことは決まっていた。考える前に手が動く。
 先程退けられた手でバクラの腿に触れ、そのまま足の間へ。いつもよりも温度を上げ、スラックスを押し上げている膨らみをそっと撫でる。バクラが軽く息をつまらせた。
「ッ……」
「確かめてよ、これで、ちゃんと」
 ボクが、他の人にされてなんかいないって。
 売女のような台詞だと分かっていても、これ以外に思いつかなかった。答えを口で求めるより、身体で知って欲しい。心も身体も、二人のバクラ以外に開くことは決してないと確かめて欲しい。
 バクラは少しばかり呆けたような、至極珍しい表情を浮かべて了を見ていた。
 大きく目が開いて何だか可愛らしい。怒られるだろうから絶対に口には出さないけれど、盗賊王とよく似ていた。長く一緒に居ると顔が似ると聞いたことがあるが、あながち嘘でもなさそうだ。いっそ自分も似てしまいたい。同じ顔で怒ったり笑ったりして、ずっと一緒にいたい。
 ねえ、と、触れた手で熱を摩る。僅かに腰を跳ねさせたバクラは、我に返ったのかいつも通りの嫌味な笑みを浮かべて、
「なら、そうさせて頂きますか」
 そう、慇懃な口調でもって云って見せた。
 了の手がバクラの熱を暴き、バクラの手が了の下着をずらす。薄い生地がぺったり張り付いてしまうほど濡れたそこを今度こそ直に触られて、今度は軽い悲鳴では済まなかった。赤黒い怒張が割れ目に触れて、吸い付く感触が更に疼きを生む。そのまま数回、ぬるぬると入口で遊ばれた。
「っふぁ、あ……!」
 切っ先が縁から肉芽まで、先端が舐めるように擦る。甘い痺れは強烈で、あと数回擦られていたらそれだけで絶頂してしまいそうだった。
 なんとか耐え、ばらばらだった忙しない呼吸を自然と合わせて、そうしてやっと雄と雌の器官が繋がる。
 くぷんと温い音を立てて、先端が門をくぐった。
「ひぁ、ああッ!」
 雄を受け入れることに慣れてしまったそこに、抵抗など欠片も無い。内臓は挿入されることを熟知して、まるで誘い込むように収縮する。名器だとバクラは笑うが、そういう風に了の身体を作り替えたのはバクラと盗賊王である。
 二人の為に開発された身体は、どこまでも従順に挿入を受け入れる。加えて、膝の上に乗り上げている所為で、自重も相俟って結合が深い。滑らかに絡みつく肉の道にバクラは嘆息し、されどじっくり味わうように、じわじわと中を埋めていった。
「あ、ぁッ、あ――……!」
「っおい、挿れただけでイくなよ?」
 上ずった声でバクラが云う。無理だ、もう弾けてしまう。
 反り返る熱い性器が深く届いて、腹側にある過敏な箇所を掠める。ぐぬりとそこへ辿り着いた時、了は激しく仰け反り――律動も待たぬままなすすべなく絶頂した。
「ふ……ッ、ぅ、くぅ……!」
 波になって訪れる快感と共に、体験したことのない量の迸りを感じた。
 バクラを受け入れたその箇所から熱く漏れた体液が、じわり、どころではなく溢れてくる。身体中の毛穴がひっくり返ったのではないかと思う程ぞくぞくと震えて、そして長く長く、痙攣が続いた。僅かな隙間から勢いのある愛液が散り、バクラの性器の根元をもべたべたに汚してしまう。
「っは、すげェ」
 バクラが喉で笑い、ぐっと身体を寄せてくる。絶頂の原因となった箇所を思い切り抉られ、了はみっともないほど狼狽えた悲鳴を上げた。挿入だけでこんなに感じてしまうなんて。どれだけ心が、身体がバクラを求めていたのかを突きつけられた気分だ。
 だが、笑うバクラは長い絶頂から息をつけるまでの時間を与えてはくれない。はちきれんばかりの熱の先端でぐりぐりと中を攻め、快感が過ぎて暴れる了を押さえつけて激しく穿ち始める。
「!? やぁッ、ダメ、ばくらだめ今っ、そこ、しちゃ、あ!」
「冗談だろ。今やんねぇでいつやるんだよ」
 了が逃げられないようにしっかりと腰を掴む、その手は深い鉤爪のようだ。バクラの良いように動けるように、一切の自由を奪ってくる。自重で奥まで押し込んだまま小刻みに一点だけを攻める注挿。性器の張った部分が丁度肉襞に絡んで、そのまま擦られるとあり得ないくらいに気持ちいい。比喩なく、快楽で死んでしまうと思った。
「ぅくぅ……ッ、ふ、ふぁぁっあっ!」
 くちくちくち、と、途切れない短い淫音の通りの動きが繰り返し了を揺さぶる。余計な場所には一切気をやらないバクラの攻め方の意味を、余裕のない了は察することが出来なかった。最早相手の表情を伺うことすら不可能だ。開いたまま役立たずになった瞳がもう少し正常であったら、切羽詰ってなお楽しげな、凄絶なまでにいやらしいバクラの表情を見つけることが出来たというのに。
 いつものお遊びや意地悪は一切ない、了の絶頂を引き出す為の動き。そうすることでバクラも得難い快感を手に入れて呼吸を乱す。
 それは、失いそうになった半身を再び深く繋ぎ直す為の結合作業でもあった。交じり合う肉と肉が溶けて、いっそ一つになってしまったらいい。普段は避妊具を着けて過ちなど起きないように心がけているが、もうそんな気遣いなどどこ吹く風である。
「ばくら、ァ、すご、いのっなんか、ボクっ、こわ、壊れちゃう、っ!」
 縋る相手はバクラしかいない。爪を立てて背中に縋り、置いて行かれないようにするので精一杯だ。重なり合う胸と胸の間で乳房が押し潰されて、振動で硬い乳首が擦れるのも一層の快感を呼ぶ。両足でがっちりとバクラの腰を捕まえていないと、このままどこかへ飛んで行ってしまいそうだ。
「やど、ぬし」
 掠れた声でバクラが呼ぶ。答える代わりに、思い切り唇に噛みついてやった。
 小刻みの抜き差しに痺れる舌を、生贄のようにバクラに差し出す。軽く噛まれ、舌先と舌先を絡ませ合う息もつけない交歓。上下の口からだらしない涎が垂れ、摩擦を助ける。
 もう死んでもいい。いっそ殺して欲しい。
 一度絶頂した敏感な身体を容赦なく苛められたら、死んだっておかしくない。バクラの上でバクラに貫かれて死ぬなら本望だった。同時に、でももっと気持ち良くなりたい、と望む強欲な自分がいる。バクラと盗賊王と了で繋がって、もっとももっともっと気持ち良くなりたい。二人を気持ち良くして気持ち良くされて、長い絶頂を永遠に味わいたい。
 そんな欲張りが、無意識に口に出ていたらしい。唇をくっつけたままバクラがとんでもねえ淫乱、と、人の悪い声で云ってきた。そうしたのはお前たちだという反論など、云う暇はない。
 どうでもいい問答をする暇があるならもっとして。もっと好き放題にしてくれていい――
「も、ァ、また、またイくっ、また出ちゃうぅっ!」
 頭の悪い悲鳴だ。明日になって覚えていたらそれこそ死にたくなるかもしれない。
 けれどこれは大事な結合なのだ。
 だってもう、本当にバクラと自分は離れられない。
 秘密を共有できた。家族で情婦で仲間。これ以上の絆なんか世界中どこを探したって見つからない。依存し合う心、重なり合う身体、心も身体も一つになる。これ以上の幸せがあるものか。
「ったく、てめえは本当、」
 揺さぶりながら、バクラが悪態をついた。呆れた口調にたっぷり滲む、愛情によく似た気配がまた喜びを生む。
 バクラは滅多に抱き返したりしない男だが、気が向いたのか、腰を咬む手を緩め、背中に手を回してきた。つうと背中の筋を辿られ、お気に入りらしい髪をくしゃり。指で掻き交ぜて遊ぶ。
「――どうしようもねえ女だ」
 無意識なのだろうか。そんな、気持ち悪いくらい温い声など出して。
 バクラの声には確かな安堵があった。失いかけた存在を再び両腕の内側に取り戻した安堵。
 無くすくらいならいっそ遠くへやるとまで云ったバクラ。
 大切なものを大切にするのがとても下手糞な、いとしい愛しい男。
 ヒトとしてとても危うくて、バランスが悪くて、いろいろと欠けている彼を、了は守ってやろうと思った。
 物理的に守られるのは了だけれど、そういう意味ではなくて――バクラの不器用さを、希少な人間らしさを、足りない部分を補って、守ってやろうと今決めた。
 母親の腹の中から一緒に居たのだ。二人で一つで、何も間違いない。マフィアだろうと、人殺しだろうと、どんなに酷い男でも、自分はバクラと共にあろう。
 眩い快楽の中でもしっかりと心に決めて、了はぎゅう、と、バクラを抱きしめた。
(ああ)
(ボクはすごく、お前のことが、すきだ)
 キスに乗せて、思いを告げる。何か察したのか、バクラはすっと目を細め――振り払わずに、珍しく目を閉じた。
 長い睫。了もまた目を閉じる。
 そうしてぴったりと繋がり合って、やがて弾ける絶頂に身を任せた。
 立てた爪で背中を掻きむしり、甘い悲鳴を上げる。外に聞こえたって構わない。自分の居場所はここだと叫ぶように、了はきつくしがみ付いてもう一度果てた。
「ぁっ、んぅ、あ、ぁあ――……ッ!」
「ッ、は……!」
 強烈な締め付けに逆らわず、バクラもまた、くぐもったうめき声を上げた。
 咥え込んだ雄が子宮口まで届きそうな熱い飛沫を叩き付けてくる。突き抜けて爆発する、恐ろしいまでの充足感。
 気を失うなんてもったいないことをしている暇はない。溢れて止まらない体液がソファに卑猥な水溜りを作っても、了もバクラも、これで終わりにする心算など毛頭なかった。