【♀】ヒキガネ 06-15/ LadyPanther and WhiteKitten.
倉庫街からイシュタール邸へ戻る間、ナムは一言も言葉を発さなかった。
雨が止み、絡まる湿気が手足に重くまとわりつく。まるで枷だ。党首として有るまじき失態を侵した者へ対する、罪人の手枷。リシドに伴われて歩く赤絨毯の柔らかさが足裏から遠のき、石の回廊を歩いている気分にすらなる。
極刑を言い渡され、処刑場へ赴く者の気持ちはこういった気分だろうか。
せめて傍らにマリクがいてくれたらと、無意識に己が影の存在を求めた。だが彼は、ナムの意思でもってこの場から遠ざけられている。どうしても一人にして欲しい、危ないことなどないからと云って――強くそう命じねば、絶対に云うことを聞かないだろうと思ったのだ。マリクは狂犬だが、落ちぶれたボスがどんな目に合うかくらいは理解している。
説得の際、彼は黙ってナムを見ていたが、結局は大人しく引き下がった。はいはい、と手を振り、背を向けたナムを見送った。
肩を掴んで、引き留めて欲しかった。
同じくらい、引き留めてほしくなかった。
両極端な望みは結局宙ぶらりんのまま、ナムの足を重くさせる。それでも立ち止まってはいけなかった。
相応しくないとしても、自分は党首なのだから――まだ。
「全てはリシドから報告を受けました」
イシズの執務室で、ナムは姉の冷静な声を聴いた。リシドが傍らで僅かに俯き、しかし何も云うべきではないこともまた理解しているが故に、沈黙だけがひとつまた、静かに積もる。
イシズは椅子ではなく窓際に立ち、雨が止んだばかりの黒い夜空を見上げていた。紅色の瞳は中空をじっと見つめている。
その目に宿る感情の名前を、ナムは見つけることができなかった。
無表情ではない。何かを思い、想い、そして心に決めている。冷徹な監視者のそれの中に、悼むような色があるように見えたのはナムの感傷の所為だろうか。
(甘ったれるな。そんなものはあり得ない)
この場は組織の為にあり、ここに立つ以上、ナムは党首でありイシズは参謀という名の目付け役である。生ぬるい情などどこにもない。あってはいけないのだ。
ナムはリシドより一歩前に進み、
「姉さん」
そう、張り詰めた声で呼んだ。
イシズはまっすぐに呼び掛けを受け止めた。
「自分のしたことを、きちんと理解していますか」
「分かってる」
「本当に、分かっていますか」
「……分かってる」
覚悟を秘めたナムは執務机へと歩み寄り、ホルスターの留め金を外した。
ごとりと音を立てて机の上へ置いたのは、党首だけが持つことを許されるリヴォルバー。背中に刻まれた刻印と同じ紋様が刻まれたグリップを、ナムは指で一度なぞった。
長い間、ずっとこの銃を抱え込んで生きてきた。
初めはただ重たく、嫌だった。疎んじていた。何度、こんなものはいらないと投げ捨てようとしたか知れない。やがて誇りが芽生え、責任が生まれ、感情は複雑に絡まった。姉への憧れが強い女への道となり、その一方で、了のような女への羨みと妬ましさを抱いた。
このリヴォルバーに相応しい党首でありたかった。
いつか重たく感じなくなるよう、誰もが認めるイシュタール・ファミリーのボスになれるよう、弛まぬ努力を繰り返してきた。水の中に息を止めて潜り続ける、そんな感覚に似ていた。
そして訪れた窒息――破綻。
細く長く、ナムは息を吐いた。
今まで止め続けてきた息を、深く、吐いた。
「ボクは、党首として有るまじき行為を犯した。この銃を持つ資格はない」
リシドが何か云いたげに口を開く。ナムはそれを手で制した。
彼の深い思いも理解している。親愛の情に近い従者の気遣いを、ナムはずっと感じていたのだ。報いられなかったことが悔やまれる。
「すまないリシド。ボクはお前に、主として何も返せなかった」
「そんなことは……!」
「姉さん、ボクを裁いてくれ。それが我がイシュタール家に伝わるやり方だ」
覚悟は出来てる。
出来損ないのボスの結末は、どの組織も同じだ。ロウで強く繋がるファミリーは、同じようにロウで縛られる。そう、裁かれなくてはならない。
イシズが静かに歩み寄ってくる。柔らかな絨毯に足音は立たないが、ゆっくりとした気配は空気を伝わり、執務机へ。軋む椅子の音が響く。
ナムは目を閉じなかった。断罪を受け入れる為、瞬きもせずにイシズの言葉を待った。
「ナム――いいえ。マリク・イシュタール」
はい、と、姿勢を正して、ナムは応ずる。
その名は昔、片割れに押し付けた本当の名前だった。前党首である父親が名づけたマリクという名前は、次期党首を背負うことを意味していた。幼かった彼女はその名が苦痛で仕方なく、名無しだった『もう一人の自分』にその名前を押し付けた。
そんなままごとでは背負ったものの重さも意味も変わらないと、成長してから気が付いた。しかし皮肉なことにイシュタール家、ひいては組織の中で、彼女自身が名づけたナムという呼び名は定着して今に至る。
名前など服のようなもの。本質は変わらない。そうと理解しているからこそ、イシズは本当の名前で呼んだのだろう。
「イシュタール一族の長姉たる権限において、命じます」
イシズの手が、イシュタールのリヴォルバーを握る。持ち上がる手は水平に。真っ直ぐに、ナムの心臓の位置へ。
やがて、瞳と同じ紅色に塗られた綺麗な唇が、言葉の形に開き――
「マリク・イシュタールを、イシュタール・ファミリー党首の任から、一時的に解任します」
くるり。
リヴォルバーはイシズの手の中で宙返りをし、グリップが、ナムの方へと向けられた。
「……え?」
間の抜けた、この場所にはおおよそ似つかわしくないナムの声がぽとりと絨毯へ落ちる。
イシズは表情を変えず、静かなままこちらを見つめていた。否、ほんの少しだけ、笑っていた。
「聞こえませんでしたか? もう一度云いましょうか」
「え、いや、あの、聞き間違い――」
「解任すると云ったのです。ただし、一時的に」
褐色の手はナムへ、党首の証を持てと差し出されたままだ。
意味が分からない。
見ればリシドも、面食らった顔をして二人の顔を交互に眺めていた。いつも動じない彼のこんな顔を見るのは初めてかもしれない。ちょっと愉快だ。そんな場違いな感想まで思ってしまうのは、あまりにも状況が理解不能だからだろうか。
口を開けたまま閉じられないナムへ、イシズは複雑な、それでもやはり美しい様子でもって唇を持ち上げた。
「云ったでしょう。全てリシドから報告を受けたと。
貴方が何を云い、何をしたか。巻き込んだ彼女のことも、私は知っています。すぐに分かりました。このような醜態を晒した理由も、何故、彼女に手を出したのかも」
「だったら尚更!」
「最後までお聞きなさい。
私は考えました。組織の人間として、そして――家族として」
「姉、さん……」
「この件は貴方の党首としての技量を試す為のものだった、ということは理解していますね? その点から云えば間違いなく不合格です。党首として恥ずべき行いをしたことは間違いありません。
同時に、貴方がまだあまりにも若いということ、幼い時分に施した教育の意味を、考えざるを得ませんでした」
幼い頃の徹底した教育。歳の離れたイシズは、嫌がるナムをある時はたしなめ、ある時は叱り、父親が死んだ後はその後を担う形で厳しい教育者にもなった。
イシズは呟いた。貴方の憧れを、私は利用したのです、と。
「なれば、此度の不始末は元をたどれば私の、ひいてはイシュタールの血が原因の一旦を担っていることは明白でしょう。貴方を歪ませたのは、この私です」
「それは違う、姉さんは悪くない! ボクが駄目なのはボク自身の努力不足だ、ボクはずっと、姉さんみたいになりたくて……!」
「その憧憬が間違いなのです。いい加減気づきなさい。貴方は私ではないのですから」
憧れの方向操作など造作も無かった。なおもイシズは云う。
ナムの先天的な才能は、先代に比べれば見劣りする。人を引き付けるカリスマはあれど、その使い方まで備わっていない。どんなに厳しく躾けてもナムの精神的な未熟さは克服されず、血を厭う姿勢は変わらなかった。
そんな時、妹の慕情を知ったイシズは思った。
ナムがイシズのようになりたいと望むなら、イシズ自身がナムの鏡になるべく立ち回ればいい。そうあることで思い通りの成長を望めるなら悪くない教育方法である。故にイシズは厳しく、完璧な存在であることを己に強いた。決して砕けぬよう、凛とした刃の如く。
「失敗でした。そんな方法は、貴方の心を削るだけで本質の成長には成り得ない」
「それでもボクは党首なんだ。教育なんて関係ない。子供じゃないんだ!」
叫ぶナムの拳は震えていた。覚悟してきたのだ。心臓を打ち貫かれる覚悟を――能無しだと罵られてもそれが当然だと。無能なボスは死に、その後は姉が継ぐ。イシュタール家は代々そうやって長く栄えてきた。
震えるナムから目を逸らし、伏せるイシズの長い睫は、憂いを含んで刹那く瞬いた。
「そうですね。後悔しても既に起きたことに変わりはありません。
ですから、私は監視者として、今の貴方は党首として至らぬと判断しました。その為の解任処分です」
「イシュタール家の当主が生きたまま解任だなんて、聞いたことがない。任が解かれるのは死んだ時だけだ。だからボクはここで死んで、そこで初めて姉さんが新党首になる。そういうものだろう!?」
「古い因習に捕らわれたが故の、此度の騒動です。いつまでもしきたりを頑なに守り、心を殺してまで受け継いでゆくのが正しいことだと、私は思いません。
或いはこのようなことがなければ、今までもこれからも、血の掟を守り続けていたかもしれません。変えたのは貴方ですよ」
絶句するナムの前で、イシズは尚も言葉を紡ぐ。
「無言の叫びが弾けたことで、私は目を覚ましました。妹をないがしろにして続く繁栄を望む家族などいないのです。
貴方がいつまでも子供で居られないように、我が一族も変化してゆかねばなりません。決めるのは土の下で眠る先人ではなく、今を生きる私達です。
だから、決めたのです。私は貴方を罰しません」
「イシズ様――」
感極まった声。振り向いたナムの視線の先で、リシドは胸を押え感銘を受けていた。
同様に目をやったイシズが淡く笑う。
「貴方にも長く心労を掛けましたね」
穏やかな労いは厚い胸を満たし、何も云えずに彼は首を振る。
ナムはまだ納得がいかなかった。そんなに生易しい判断が許されるのか。例え誰が許しても、ナム自身が自分を許せない。一般人を巻き込んで、あわや同盟組織と抗争を起こすところだったのだ。前時代的な戦争時代ではあるまいし、そんな行為があり得るのは映画の中だけである。現実のマフィアというものはもっと理知的でしかるべきだ。
妹の暗澹を、姉は正確に見抜いていた。リシドから視線を戻したイシズは、更に言葉を続けていく。
「それに、貴方は組織の力を使わず、自分の力だけで彼女を巻き込みましたね」
「……ボクはあいつを使ったから、一人っていうわけじゃない」
「何を云うのです。あの子は貴方の『力』でしょう」
巨大な力を手に入れた代わりに、その力が起こしたトラブルや責任もすべてナムが背負う。マリクは基本的には『存在しない人間』だ、故に、正の代償も負の代償もナムに降りかかる。そういうことになっている。
故にこれは、実質的にはナム一人がしでかしたことのなのだ。イシズはそう解釈したと主張する。
「貴方は一人で彼女を攫い、そして解放した。これは組織とは関係ないこと――と、私は判断しました。
ですから、彼女がもし今回のことを誘拐事件だと警察に届ければ、貴方は個人として司法の裁きを受けます。しかし組織は全くの無関係です。これで双方の利害は釣り合うと思いますが?」
「甘すぎるよ姉さん、そんなのは……!」
「ええ、そうかもしれません。結局私は非情になり切れませんでした。
血の掟は鋼鉄ですが、私と貴方の中に流れる血族としての絆まで鋼鉄に変えることは出来ません。家族とは、そういうものです」
貴方を殺したくない、と、イシズは言外に云っているのだった。
その為の都合のいい解釈を繰り出している。甘いと本人も分かっているのだろう。微かな自虐と、それでいて、自分にはまだ家族を思う心が残っているのだと誇らしげな微笑を湛えている。
「無論、解任された貴方はイシュタール・ファミリーの一員ではありません。組織からも離れてもらいます。そのことは部下にも、他の組織にも知れましょう。
貴方は自分の手と足で、自分自身を鍛えなさい。そしていつか、党首に相応しい人間であると確信出来た時に、戻って来るのもいいでしょう。無論、そのままイシュタールの手を離れて生きても構いません」
「そんな……」
「どうしても納得いかないのなら、自由と云う追放処分を与えられたとお考えなさい。制約を無くす代わりに、組織としての力の一切を剥奪されたと、そう思えばいいでしょう。
――けれど、貴方の『力』だけは、ずっと貴方のものですよ」
即ちそれは、マリクもまたナムと同様に、組織から追放されるという事実を示していた。
「もっとも、あの子は誰が何といおうと、貴方についていってしまうでしょうけれども」
「……ボクの『力』だから?」
「それもありますが、それだけではないでしょう。分かっている癖に」
と、イシズは緩く云う。彼女にしては珍しい、茶目っ気を微量に含んだ、少女じみた笑みだった。
表情を正したイシズは、改めて、リヴォルバーのグリップをナムに差し出す。刻印が照明を受けて、きらりと反射した。
「貴方のいない間は、私が党首を務めましょう。その間、この銃は預けておきます」
「でも姉さん、これは党首の為のものだ。その、一時的な解任――っていうのになったとしても、もう党首ではないボクがこれを持つのはおかしい」
「私が普段から帯銃しないのは知っているでしょう。なれば厳重に金庫へ閉じ込められるものです。貴方が持ち、守ることとそう変わりませんよ」
「でも……」
「それとも、守り切る自信がありませんか? イシュタール・ファミリーを離れ、後ろ盾が無くなった元党首。恨みを持つ者が多く襲い掛かることは明白ですからね」
ナムは差し出されたリヴォルバーを、困惑と共に見つめた。
姉が伝えたがっていることを理解する。甘すぎる処置。党首の証を持ちづけろと云う命。その意味を。
名を変えても本質は変わらない。
同じように、言葉と書面の上で党首の座を降りても、イシュタール・ファミリーの党首はナムであるべきだとイシズは云っている。その為に、リヴォルバーを預けるのだろう。離れていても忘れないように。心に刻むように。
イシズへの憧憬から育った党首ではなく、ナムがナムのままで相応しいと思える党首にならねばならない。
試練は終わっていないのだ。
因習としきたりの外へ出て、広い世界に出ること。心を削るのではなく研磨する行為――姉という憧れの鏡は、自ら割れることを選んだ。
ナムは時間をかけて、ゆっくりと、党首の証を己の手の内に握った。
それはやはりずっしりと重く、冷たく感じられた。
(重たいと感じなくなったら)
温度が手のひらと同じくらい馴染んだら、その時に胸を張って帰ってこよう。
決意を新たに顔を上げたナムの表情から、困惑は一掃されていた。そうして最後に残るのは、まったく別の戸惑い――困惑が、その美しい紫の瞳に薄く刷かれている。
「でもボクは――何をしたら、いいんだろう」
「ではひとつだけ、すべきことを教えましょう」
リヴォルバーを受け取った様子に満足げな笑みを浮かべていたイシズは、妹の小さな独白を耳ざとく聞き付けていた。
その口調に、組織者としての厳しさはない。家族としての思いやりに満ちた暖かい声だった。
イシズは云う。彼女にお会いなさい、と。
「何より先にすべきことだと思いませんか。彼女は一般人なのですから、明るい世界でのやり方で償いをせねばなりません。
巻き込んだことを、イシュタールとしてではなく貴方個人として、きちんと謝罪するのですよ」
それは確かに正論だった。ナム自身、胸につかえていたことである。怯えながらも決して折れなかった了の表情、ナムの目を覚まさせた言葉の強さ。どれをとっても不思議な女だった。
個人的に、彼女と話をしてみたいとさえ思う。しかし――
「そんなこと、彼女が応じてくれるかどうか分からないし」
「誠実であるならばきっと伝わりましょう。思えば貴方には、同年代の話し相手など誰一人居なかった……いいえ、作らせませんでしたね」
イシズの目に映るナムは、裏の世界を知る元党首、ではなく、友達の作り方が分からない少女のようだった。ナム本人は全く無意識だが、自信なさげに視線を斜め下に向けるところなどは子供の頃と全く変わっていない。
「……幼い頃に本当に必要だったのは、銃を扱う腕でも組織で振るう手腕でもなく、心を許せる友人だったのかもしれません。今からでも遅くないと思いますよ」
「なれる訳がないよ。ボクは彼女を脅したんだ」
「出会いが最悪なら、これ以上悪くなることもないでしょう。貴方次第です」
さあ、そろそろ休みましょう――イシズは場の空気の切り替えに、軽く手を叩いた。
尤も、ナムもイシズも呑気に休むことなどできない。イシズは新党首として、ナムは組織から全く外れた何者でもないものとして、すべきことが山ほどあった。
了へのアプローチの方法を考えねばならない。イシュタールを離れるということは今までは苦なく使っていた金銭についても影響が出よう。当面は生活できるだけの私財があるが、かまけて自堕落に生きてはいつまでたっても成長できない。それに組織を離れるならばこの邸に生活の拠点を置くことは出来ない。街にいくつか持っている小さなフラットのどれかに必要なものを移さねばならないし、さっさとマリクにも状況を説明せねば。そういえば奴は一体どこにいるのだろうか、探すのは骨が折れそうだ。
指折れば仕事は山積みだ。感傷に浸っている暇などない。
辛くないといえば嘘になる。だが、すべきことがあるというのはそれだけでも活力につながるものだ。
「じゃあ姉さん、ボクは行くよ」
「ええ。後のことは私が全て処理しておきます。新党首として」
二人、似通った微笑を浮かべて最後の挨拶をする。
しばらく会うことは出来ない。ここを出ればナムはイシュタール・ファミリーのボスではなく、ただの一人のアウトローだ。
死を覚悟した命は、想像だにしなかった結末でもって明日に向かうこととなった。
思ったよりも力強い足取りで歩くことが出来そうだった。過去への後悔より、未来への期待が勝ることなどあるものなのかと、眩い気分を隠せない。背筋を伸ばして、踵を返す。
「マリク――いえ、ナム」
不意に、イシズが静かにナムを呼びとめた。
「何? 姉さん」
「最後に一つだけ、云っておくことがあります」
振り向いた先のイシズは、姉のような、母のような優しい笑みを浮かべていた。
「組織を離れても、貴方は私たちの大切な家族です。それを忘れないで下さいね」
扉を開いたリシドが静かに一礼する。
いってらっしゃいませ、と、彼は云ってくれた。
いってきます、と言葉に出来ることはこんなも幸せなのだと、ナムは初めて知った。