雨と感傷/バク獏

たとえばボクがお前の隣に立つことを選んでいたら、
たとえばボクがお前の前に立つことを選んでいたら、
どちらかを選んでいたら、お前はボクをちゃんと見てくれただろうか。

一人、蜘蛛の巣の真ん中で笑っていたお前。
捕食される蝶じゃなく同じものになっていたら、最後まで連れて行ってくれた?
お前を害虫だとこの手で握りつぶそうとしていたら、ボクに噛み付いてくれた?
仲間にも、敵にも、ボクは何にもなれなかったね。
やどぬしさまなん呼び方で特別な関係を作っていたけれど、そんなことはないってちゃんと知っていたんだ。

ねえバクラ、雨が降ってるね。
外は雨で今夜は寒くて、何か喋っていないとくちびるが凍ってしまいそうだよ。
黙ったら終わってしまう。
ボクの心拍数が暗闇を伝って、暗いところの一番奥に消えたお前に届いてしまいそう。
絶対に知られたくないボクの本音が聞こえたら、お前はこんなボクをどう思う?

ねえバクラ、蜘蛛の巣が雨に濡れて綺麗だよ。
街灯の灯りがまぶしくて、幾筋もの光の針が巣を貫いていく。
あの巣をつくるために、蜘蛛はどれくらいの時間をかけたんだろう。
光の雨に突き刺された残骸を、皆は汚いっていうけれど、ボクはそれでも綺麗だって思ったよ。
お前は自分のやりたいことをする為に、どれくらいのものを犠牲にしたの?

いなくなった感傷に、叶わない感情に、センチメンタルって名前を付けて。
便利だね。ボクは悲しむことができる。
何かになりたかったボクは、何にもなれないまま膝を抱えてお前を呼ぶ。
ねえバクラ。
ねえ、バクラ。
ボクの味方。ボクの敵。もうひとりのボク。そのどれでもないバクラ。

ボクはお前と、ひとつでもいいから何かを共有したかったんだ。