05 舌の裏の真実【!】

変化は着実に起こっている。獏良の態度が少しずつ変わってきていることを目の前の痴態で確認しながら、バクラは眼を細めた。
  自分から誘うことができない、受身の姿勢は相変わらずだ。だが声の調子に、セックスの最中の顔つきに、変化は顕著に現れる。今まで、触れる度にまず口にするのは口先だけの「嫌い」だった。それがなりを潜め、発されることが無くなった。「やめろ」も「放せ」も「気持ち悪い」も余り言わない。
  代わりに、やたら気持ち良いと訴えるようになった。初めは小さな悲鳴だったその言葉は、深く穿てばあられもない悲鳴に変わっていく。最後には、白く整った顔立ちに似合わない快感に咽せて、はしたない声を上げて腰を揺する。硬く握り締めていた左手が緩み、開きそうになってはまた握る――その繰り返しだ。
  寝所の作法を仕込んだのはバクラだが、そのような売女じみた嬌声の上げ方は教えていない。
(…ってことは)
  宿主サマも随分と、コッチ側に傾いてきてるってことだ――悪くない傾向に、バクラは笑む。
  このままずるずると引き込んで、骨の髄まで骨抜きにしてしまおう。便利で都合のいい人形はじきに完成する。何と言っても、姿かたちと手先の器用さは一級品だ。どうせ動かすなら整った見目の者の方が良いに決まっている。数えるのもばかばかしいほど大昔の自分が、美しいものを盗み続けたように。
  そして、腹の中に抱えた闇もどす黒くて心地がいい。これ以上の宿主は二度と手に入らないだろう。手放す心算など言うまでも無く、ない。
  折れそうな腰を掴んで手緩く可愛がってやりながら、そんなことを考えていた。膝の上に引き上げて、向かい合って激しく突き上げる。長い髪が上下動にあわせてうねり、闇の中に白く軌跡を残すのを、自然とバクラの眼が追った。
「ぁ、うぁ…ッ!」
  きつく眼を閉じて、快感を逃すまいと溺れる獏良の口からまた、擦れた喘ぎが零れる。
  過呼吸で苦しげに動く腹につきそうなほど、性器は反り返っていた。腰を引き寄せて密着させ、動けばそこも擦れるようにしてやる。背中に回した右手が、肌に食い込むほど爪を立てた。
  ちくりとした痛みにバクラが顔を顰める。片腕でしがみつかれるのは動きづらいのだ。さっさと両腕でしっかりと、執着丸出しでかじりついてくればいい。セックスに不慣れなせいで無駄な動きが多い上半身、とくに揺れがちな頭を支えて引き寄せながら、ひっそりと舌打ちをする。肩口に乗り上げそうなほど身体を寄せた獏良には聞こえていないだろう。
  肉のほとんどついていない尻を、一際強く揺すり上げる。背中が撓る。
「っもう、こんな、こんなの、っ」
『あン?』
「お前、っ、ずるい、こんなの…!」
  狡い?
  初めて聞く言葉だった。意図をはかりかねて、バクラが首を傾げる。
『オレ様の何が狡いってんだ?あァ、宿主サマも突っ込む側になりたいってことかい』
  言ってからすぐに、まあそう思うのも仕方が無いと納得した。らしからぬ外見で忘れがちだが獏良の性別は男なのだ、本来なら受け入れる立場ではない。
  幸い、バクラに倫理感は皆無だ、尻を貸す程度どうということはない。ただ立場を逆転させたとしても、どう考えても童貞である獏良が満足に動けるかどうかは疑問である。大人しくされるがままにされている方が気持ち良いに違いないというのに、全く我侭な宿主だ。
  そう思いながらも、希望通りにしてやろうと腰を引く。途端、激しく首を振って獏良は抗った。
「っ、違う…!」
  どうやら望みは違うらしい。何だよ、とバクラは鼻を鳴らした。面倒臭い。
  いつもならば獏良の考えていることなど手に取るようにわかるのだが、最近はどうも様子がおかしい。思考を覗き込む目が霞んでいるようで、その意図をいまいち理解できない。
  もどかしげに身体を捩り、獏良は苦労しながら身体を起こした。だらりと垂れ下がった左手がびくびくと痙攣する。
  右手がバクラの髪を掴んだ。切なげに顰めた表情は、綺麗な分だけ淫靡に見える。
  死に掛けた魚のように苦しげに唇を開閉させた後、快感に震える声で、獏良は言った。
「気持ちよすぎて、っ変に、なる…!」
『ッ…!?』
  無意識に、ごくりと喉が鳴った。
  目の前にある瞳――近距離の視線が絡む。
  どこか悔しげに濡れた眼の奥にある執着の塊が、熾き火のように揺れていた。バクラが植え付け育つことを目論んだ執着心は、思っていたよりもひどく強固に、獏良の心身に根を張っている。
  それを嘲笑って喜べば良い。解っているのに、瞳に吸い寄せられた。
  心音が上がる。首の裏側に熱を感じた。このまま引き摺り倒して思う様貪りたいという欲求が腹の内側で嵩を増す。
  刹那の沈黙。欲求を押さえつけて、バクラは口元に笑みを張り付けて見せた。
  そうかい、と軽く口にして、喉の渇きは隠し切る。
『宿主サマに喜んで頂けて、恐悦至極ってもんだぜ』
  口に出したその言葉は揶揄だ。そのつもりで吐いた。なのに舌の裏側に違和感が粘りつく。
  膨れ上がる不快感に気づかれる前に、バクラは再び、獏良の頭を引き寄せて視界を塞いだ。何か言おうとしていた口を肩に押し付けて黙らせる。とどめに腰を打ち付けてやると、髪を振り乱して獏良が悲鳴を上げた。
「ッ気持ち、い、っあ…!」
  ぶるぶると身体中を震わせて、腹に熱。吐き出した精液が快感の強さを表して、濃い。
  幾度も同じ言葉を叫ぶ声。その言葉に鳴った喉。首の後ろの熱と欲。
  ぐったりと脱力する己の宿主を抱えたまま、バクラは眉を顰めた。
(今の感覚は、何だ?)