【不壊×三志郎】指折りて、数える残照
あと、どれくらい。
話し疲れて眠った、唇は其の所為で未だ仄かに熱く。
触れた所で、移し合えぬぬくもりは只一方的な其れ。冷たい指先に柔らかさを感じることは出来ても、暖かさを宿す事は出来ない。
温度の無いこの身体を、三志郎は、
『冷たくて気持ちいや』
そう、笑って言うのだけれど。
蝉の合唱があちこちからひっきりなしに捲くし立てる森の中で。
アスファルト揺らめく地面を歩く、高温の街の中で。
昼間の熱を未だ宿す、寝苦しい夜で。
―――或いは、肉と肉を擦れさせる行為の最中で。
燃えるように熱を持つ頬にひたりと掌を押し付ければ、此方には伝わらなくとも此方から伝えることは出来る、温まぬ冷えた水の温度が三志郎を癒す。
だが、全て仮初なのだ。
忘れてはならない、忘れては居ない。
けれどふと心に置き去りにしそうになる真実を、フエは時折、自主的に拾い上げては噛み締めた。
『すげぇ綺麗なんだぜ、島から見る景色!』
瞳を閉じる前に三志郎が口にしていた、少年の生まれた島の風景。
海が山を抱く様な、そんな場所だという。緑があおあおと茂り、水は澄んで冷たく、そう、この手のようなのだと笑っていた。だから心地良いのかもしれないと、殺し文句を臆面もなく。
『お前にもそのうち、見せてやるな』
げぇむが終わったら。
お前と皆を連れて、島を案内してやるんだ―――余りにも嬉しそうに云うので、そうかい、と、其れしか返せなかった。
「終わったら…か」
小さく呟き、フエは傍らで眠る三志郎を見下ろした。
昼間に動き回った疲労を補い、健やかに眠る横顔。撃盤を強く握り締め、小さな掌には些か不相応やもしれぬ大きな誓いを胸に、三志郎は眠る。
この、妖逆門という名のげぇむ。
其れが終わった時、自分は此処にいるのだろうか。
影に深く身を沈ませて、思う。腰までが闇色に埋まり、三志郎の顔が近くなる。吐息が触れる程の距離―――触れたいとは、今宵ばかりは思わない。
目を閉じ、瞼の裏側、昏い其処へと思いを浮かべてみる。
故郷の豊かな山々を背に、浜を駆ける三志郎の後姿。傍らに、其の頭上に、少年が仲間と大切にしている妖達が共に行き、あそこが綺麗なんだ、ここが凄いんだとあちこちを指差して笑う侭に、皆満更でも無さそうな面持ちで。
其れを後ろから眺めている、自分。矢張り、悪くは無い表情で。
振り返った三志郎が、少し離れた場所にいる自分に手を招く。何時ものように、何やってんだよ早く来いよと、眩しい笑顔を見せて。
―――闇色が浮かべるにはあまりにも、其れは酷く穏やかな時間だった。
(何をやってんだ、俺は)
在り得ない事象に、心のうちで眼を細め、らしくもなく和む自分へ自嘲的な言葉を吐く。
触れてはいけない禁忌を破っている。この上何を求めるのか。
どうにでもなれと境界を越えた今も、吹っ切れないのが現状だ。否、そうでなければならない。
関係は違えたとしても、この身は個魔であり、三志郎はぷれい屋。
そうでなくとも、妖と、ヒト。
げぇむがあろうと無かろうと、生きる理の違う世界に産まれ生きている。ならば絶対的に、別離の時は訪れよう。
其の瞬間に笑っていられるようにと願った―――忘れては、ならないのだ。
けれど、何も知らない少年は、眠りの中で。
フエが今見たまやかしのような其れを、夢と名を変えて、見ているのだろうか。口元が緩み、時折何か、言葉にもならない音を零しては、小さく笑う。
其の顔を見たくなく、フエは更に深く深く、影の内側へと潜り込んだ。
望んでしまいそうだ。引き込まれて、全て忘れてしまいそうだ。
そうあってはならないと解っていても、其れでも、笑顔に、寝顔に、別れなど思いもしていない無邪気な表情を裏切る方が間違っているのだと、内側で何かが囁くようだ。
悲しませたくは無い、そうじゃ無いと言い訳を、誰にしているのだろう。沈み込みながら、思う。
少年の影は心地良く、触れたときと同じ温もりがあった。肉体から切り離しきれなかった心と身体の一部である事が窺い知れる、そんな場所だ。
其処で眼を薄く開き、何処までも深く堕ちる最中で、個魔は思った。
闇色の水面を見上げる。眩しい呼び声に引き上げられれば、再び浮かび上がるこの身。
其れも、何時か呼ばれなくなる日が来る。
そう遠くは無い、夏の終わり。
嗚呼、全て終わった時、俺は何処にいるのだろうか。