【R18】【不壊×三志郎】とろり蕩けた其処へと落とす手管

 さらりと撫でられる、其の掌は冷たい。
 慣れた温度に驚く事も無くなった肌は、しかし別の意味で戦慄いた。
「兄ィちゃん」
 耳朶の直ぐ近くで、腰にびりりと響く甘い声。
 何時もの揶揄は影を潜め、頭の芯をくらくら揺らす、滲むような甘さがふんだんに含まれていた。撫でる動きも気持ちが悪い程優しく、だが、絶対的に、意図を込めた動きで。
 降りてくる指先。こめかみから、頬へ。
 意識が其方に向く。白い手袋に覆われた掌。大きな其れ。
 よく知った動き、其れよりもいつもよりもえらく時間を掛けて動いている。形を確かめるように、ねっとりと、ゆっくりと―――
「っ、フエ…!」
 自分の声かと疑う程、情けない声だった。だが鼓膜には薄い水の膜が張ったようで、鈍くくぐもってよく聞こえはしない。
 良かったと思う。
 しっかりと聞こえてしまっていたら、きっと、顔じゅうから火が噴出す程に恥ずかしい思いをした筈だ。自覚している―――今日の自分は、いつもよりも、おかしくなっている。
 指先の感覚が遠い。脳が半分くらい熔けてしまっている気がする。身体を動かすのが酷く億劫だ。こんな風にろくに動きもせずに只寝ていたら、ちったァ動けよと呆れた声が降ってくるのに、今日は其れが無い。
 其れが無いから、いけないのだ。其れが無いからおかしいのだ。
 時折震える位しか動かない―――反射で跳ねる箇所以外はくったりとしているというのに、小言ひとつ言わない妖が、フエが、全ての元凶だ。
 ゆっくりと、自分の意思を総動員させて、瞳を横へと移動させる。
 丁度、耳朶から唇を離す最中だったフエと、目が合った。
「どうした、兄ィちゃん」
 赤い瞳がすうと細くなる。淫靡なものをどうしても連想させる、撓る紅に、三志郎の腰がひくりと跳ねた。
 反則だ―――口出す気力も無く、しかし、そう思う。
 決まりが悪く視線をそらすと、気配でくつくつと笑う空気が喉へ触れた。それから、頬まで降りていた指先が、掌が、首筋をついと撫でて行く。
 何時からこうして、ぬるく軟く愛撫を受けているのだろう。安宿の薄っぺらい蒲団の上で、ろくに着替えもせずに疲労を発散していた時分を思い出す。そう数時間前の話では無い筈だ。
 フエはぬうと腰半分までを影から覗かせて、わざわざ小言を言う為に出てきた。寝るなら着替えるなり何なり、せめて蒲団くらいは掛けたらどうだと毎度の口調で言われたのも、覚えている。
 其れでもあーだのうーだとの気の抜けた返事しかしなかった自分に、フエは深い溜息をついて、仕方のねェ兄ィちゃんだと呟いて―――ああそうだ、其の時、頭を撫でられたのだ。
 フエがどのような意図を以って、そうしたのかは解らない。只、とても其れが心地良く、何だか酷く恥ずかしかった。只、つい、気持ち良いと唇は動いてしまった。
 其れからだ。フエが、やけに温く、触れていたのは。
「っ、いつ、まで…」
 撫でてるつもりだ、と、続きは喉に絡まった。
 眠気の波は依然、漣を繰り返しゆっくりと意識を浸食しつつある。しかしもう一方の波もまた、確実に三志郎を覆いつつあった。この手が、原因なのだ。
 夜の交わりを彷彿とさせずには居られない、此れは―――三志郎はその言葉すら知らないだろうが―――明らかな愛撫だった。
 は、と大きく吐き出した息は、恐らくフエの髪を揺らしただろう。笑う気配が近くなり、またぞろ耳朶に唇を感じた。
「撫でられンのは、飽きたかい」
「あき、た、とかじゃ、なくて…」
「じゃ、何がいい」
 ぬるりと舌先が耳孔を擽ってから、言った。瞬間、ぞくりと走る悪寒、否、快感に、三志郎の首が大きく反れる。
「何して欲しい、兄ィちゃん」
「ッあ…!」
 言葉は続けられ、撫でる掌は首筋を行き来するだけで明確な刺激を与えはしない。どうしてこんな風に触れるのだと、三志郎はおぼろげに考えたが、答えは導けなかった。そんな余裕は何処にも無い。
 じれったい。もどかしい。はやく。
 そんな切羽詰った感情がじわじわと嵩を増して、何時の間にか三志郎の唇を割っていた。
「ちゃんと、触っ…」
 語尾が掠れてしまうのは、意図的に吐いたものではないからだ。半分を眠気に、半分をもどかしさに支配された脳は、遂に羞恥心を置き去りに。ああもう、どうでもいいや―――そんな風に、思った。
 何でか知らないけれど、やけに、フエが優しいからいけない。
 そう、優しいのだ。繰り返し撫でる感触が吐息が、何より声が。聞いたことのないくらいに、甘いのだ。其れが嬉しいから気持ちが良いから、もう、どうでもいい。
 フエ、ともう一度呼んで、手を伸ばす。腕が重たい。
 フエは一度動きを止め、細めた瞳で暫し三志郎を見下ろしていたが、其の眼に其の姿が映る事は無かった。琥珀色が飴色に溶け、半ば閉じられた所為だ。
 代わりに伸ばした腕が捕えられ、指先に接吻けをひとつ。
 じわり嬉しさがこみ上げて、しかし、其処じゃないと我侭が、滲んだ唇から零れてしまう。ちがう、そこじゃない―――小さく訴えると、フエがくつりと笑った。
「じゃあ、何処がいい」
 滴るような、揶揄を顰めた、しかし其れは矢張り揶揄の込められた声でもある。然も飛び切りに甘い。フエらしくない、と、片隅でそんな事を思う。だが紛れもなく此れはフエの声で、フエの手だ。
 ならば嬉しい。いとおしい。
 込み上げて来る熱に逆らう心算など、もう何処にもなかった。触れる境界線で囁く唇が、またぞろ吐息を吹き込んでくる。
「言ってみな、兄ィちゃん。何処に、何処で、触って欲しい?」
 促す形で言葉が紡がれる。低く響く、犯す声音が敷布の上の三志郎を、じっくりと浸していく。
 思わず出た言葉は、短くて酷く雄弁だった。
「っ、ぜんぶ…」
「全部?」
「ぜんぶ、で、して、欲し…」
 明確な部位を望んで、口にしたのでは無かった。全部触れて欲しいし、全部で触れて欲しかったのだ。お前の全てが欲しいなんて、思った事は無かったけれど―――ああ、でも今はきっと、フエが全部、欲しいのだ。
 声が、瞳が、掌が、感触が、おぼろげな温度が、不確かな存在が。
 全て欲しい。全てで触れて欲しい。
 其の思いを全て言葉に出来たかどうかは、三志郎には解らなかった。そもそも、口に出来ているのかも解らない。頭が随分と重たく、くらくらして、眠気とフエにすっかり沈んでしまっていて、思考などという手の込んだ事はもう出来そうに無い。
 欲しいから、欲しいのだ。だから。
 もう一度手を伸ばすと、またしても接吻。と―――
 かしりと、指の先を、噛まれた。
「全部、か」
 温い舌の先が、左の手の、薬指の腹をぬるぬると舐める。いやらしい動きに、あ、と、高い声が上がった。
 ようやっと訪れた、解りやすい刺激。欲しくて堪らなかった一欠片が寄越される。
 夢中になって感触を追いかけていると、舌は素早く滑り、指の股の柔らかい部分を、尖らせた先で行き来した。くすぐったい―――気持ち良い。
 頭を撫でられるのとは違う、けれど、理由は同じだ。フエが触れるから、気持ち良いのだ。
 満足げに息を吐き出すと、三志郎を跨いで、フエの身体が被さった。薄い胸に黒衣が重なり、舐めていた掌は白い敷布に押し付けられる。無防備な首筋に冷たい唇が噛み付き、つ、と吸われるのが震えるほど、悦い。
「此処も?」
 今触れている、柔らかい首筋を唇で示され、頷く。
「此処も、こっちもか?」
 掌がするすると降りて、シャツの下の、脇腹から下腹部に掛けてを探る。膝で脚の間を軽く押され―――ああもうそうだ全部、
「っ、全部…!」
 思わず叫んでいた。悲鳴ではなく、此れは、嬌声と呼ばれるものだ。
 頭から爪の先まで全て、触って欲しい。好きだ好きだ好きだ―――叫ぶように言った。こんな風にされたら嬉しくておかしくなる。押し留めても溢れてくる言霊は暖かく濡れていて、フエの虚穴を満たしている事を、三志郎は少しも知らない。
 フエは少しばかり面食らったような顔をしたが、やがて満更でも無さそうな顔で、解った、と、唇に直接吹き込んだ。
「全く、随分と欲張りな兄ィちゃんだな」
「…駄目、か…?」
「いや、」
 駄目じゃねぇよ―――そう言って、飴色に映った個魔は瞳を細めて笑った。

 頭を軽く撫ぜただけ。
 たった其れだけの事で、崩れたように笑うからだ―――激しく揺さ振りながら、フエは内心で呟いた。
 手を出すつもりはなかった。本当だ。
 此度のげぇむは大半が肉体労働のようなもので、其の所為で三志郎がどっぷりと疲れているのは知っていた。もう面倒臭いから野宿でもいいと言う背中を叩いて宿を探させたのも、翌日に疲労を持ち越させない為だ。
 ところが、当の三志郎は夜半に宿に着くなり、伸べられた蒲団に仰向けに倒れ込み、急激に眠りへと落ちて行こうとする。きちんと休めというのに応えは間の抜けた声のみ。
 面倒臭いと思いながらも放ってはおけず。余程疲れたのだろうと、傍らにしゃがみこんで、その顔を見下ろした。
 ころり転がった帽子。黒髪が敷布へ乱れて散らばっている。随分と疲れているようだったので、つい、頭を撫でてしまった。其れだけだったのだ。
 だと云うのにこの子供が、えらく蕩けた声で、気持ち良い等と言うからいけない。
 舌の少しばかり足らない声で、恥ずかしげにそんな事を言われては、要らぬ劣情が内側で渦巻いてしまうではないか―――だが同時に、奇妙な感覚を覚えた。
 何時も三志郎の言霊に、情けなくも火を点けられる虚穴の身体。偶には逆の事をしても―――罰は当たるまい。
 如何な強力な言の葉を放つ三志郎であっても、中身は色事に疎い子供だ。最近では少しずつだが、寝台の作法というものが解って来た…というより身を以って教えてきたのだが、しかし乍らまだまだ精神も身体も、熟れては居ない。
 ならば此度は落としてやろう。三志郎が好むような、甘い手口で。
 何時もよりも酷く鈍い愛撫で焦らして、言葉を引き出す。滴る程甘い声で、呼んでやる。
 何時もならば面倒臭くて、こんな事はしないだろう。これは気紛れと―――そう、銃爪を引かせるのは、何時如何なる時も三志郎本人なのだ。
 そうして漸く、引きずり出した本音はえらく欲張りで、これがまたいけない。
 無意識の言霊に一瞬飲まれそうになりつつも、フエは余裕を見失わない侭、熱を埋め込む事に成功した。
「ぁ、ッあ、ゃ、あ…!」 
 嫌、という意思が欠片も含まれて居ない、そんな声だった。少年らしく適度に柔らかい、ゆくゆくは固く育つのであろう腰を片手で押さえ、音色を引き出す為に更に中を擦り上げる。
 敷布の上で幼躯が跳ね上がり、眉根が困惑に似せて寄せられる。声は甘い。
「何て顔してンだよ」
 其の声に負けない程の甘さを故意に含ませて、首筋をきつく吸い、フエはにいと笑って言った。
「まだ、全部じゃねェだろ」
 片手は腰、もう片手は後頭部を抱え込む形で支え、腹は重なる程上体を倒し貫いたこの体制。それでも全てではないのだ。全部欲しいと強請られたのだから、今与えられる全てをくれてやろう。
 頭へ回した手が丁度、耳に触れる。さんざ囁いて舐った所為で濡れた其処を、穿つ穴と同じように、底抜けに温く愛撫してやった。
「ひゃ、ッ!」
 思った通り、高い声を上げて三志郎の腰が跳ね上がり―――咥え込んだフエの擬似的な性器を、きゅうと強く締め付けた。喉まで出掛かる息を、何とか飲み込みやり過ごす。代わりに中の其れは硬さを増したようで、己で締め付けておきながら、三志郎は更に声を上げて震え上がった。
「だ、駄目、だって、あんま、大っきくすんな…!」
「裂けやしねぇって。慣れてンだからよ、兄ィちゃんの此処は」
 此処、と言葉の狭間で、一度緩く性器で示す。開いたっぱなしの唇がまた母音を紡いで、呼吸と同じように乱れて揺れた。
 其の唇が、ちがう、と形だけで言うので、揺さ振るのを少し緩めて、フエは倒した上体を更に倒した。よく聞こえるように、濡れた其処へ耳を近づけてから、腰で促す。
 ひ、と一度啼いてから、三志郎が、首を振って。
「お、かしくなる…ッ、から、も、俺、駄目、ん、なるッ…!」
「―――ッ…!」
 ぞくり―――と、背中に悪寒よりも強い波が押し寄せる。
 無意識に、フエの身体がぐ、と竦んだ。声は殺せただろうかと思案する一瞬―――しかし下肢が、虚穴からのうねりが何時になく激しい渦になって、其れ所ではない。
 突き動かされる。上体を押し付けた侭、激しく腰を打ちつけた。
「ぅあ、ぁ、ッ!!」
 此度は明確な悲鳴だった。仰け反った喉に、噛み付く。
「あ、ッ駄目、だって、フエ、ぁ、あッ、あ…!」
 駄目、という割に、泣きそうな顔で喘ぐ癖に、腰はきちんと応えている。其れを教えたのはフエ自身だが、余りにもいやらしすぎた。
 恐らく此れが、いとおしいという感覚なのだと推測される感覚―――我ながら往生際の悪い言い回しだが―――とは別の場所で、優しく甘く落としたいという欲求とは別の場所で、死ぬ程淫らに啼かせたい堕としたいという願望が頭を擡げる。嗜虐的な趣味など持ち合わせて居ないと思っていたが、そんな声で駄目、等と言われては、妖とて一溜りも無い。
 だが其れは、刹那の願望だ。淫靡に引きずり込むのは本意ではない。
 真意を込めて、たっぷりと甘く、唇を舐めた。
「駄目ンなれよ、なァ」
 どうしても低く響くのは、刹那の願いの所為か。獰猛でありながら甘い声等、意図して出せるものではなかっただろう。
 其の声が三志郎には堪らなかったらしく、咥えた口が更にきつく締まった。互いの吐息が、唇の間で絡み合う。
「全部やるから、駄目ンなっちまえ」
「ッ…!」
 間近で絡む飴色と紅。三志郎が、遂に堪え切れずに、応えるでなく自ら腰を押し付けた。
「フエ…っ」
 泣きそうな声。
 了承の合図と受け取り、フエもまた、埋め込んだ性器を引いて、押し込んだ。
「あッ、っ、ぁ、あッ…!」
 酷く濡れた音は、内側からなのか外側からなのかも解らない。黒衣の布越しに、反った三志郎の性器が擦れるのが解る。押し付けた身体に挟まれ、腹で扱かれる感触―――幼躯が耐え切れる筈も無い。
 触れた何処もかしこも熱い。この影の身に熱は無く、また、温もりを移して仄かにでも帯びる事もないけれど、其れでも重ねている間は、熱いと感じた。
 摩擦で蕩けて、いっそもう一つになってしまえばいい。愚かにもそんな事を思ってしまう程の交わりだった。三志郎の細い両足が、フエの腰に絡みついて、更に律動を強請る。
 何時そんないやらしい仕草を覚えたものか。自分で教えておきながら、煽られている事実を誤魔化して意地悪く思う。口に出す心算も無い。
 代わりに、限界を目前にした三志郎の口唇ごと覆うようにして、唇を塞いだ。
「ン、ッう、ぅ…!」
 苦しげな呻き。其れで良い。
 口も塞いだ。身体も深く重ねて隙間無く与えて、狭い下の入り口さえも捩じ込んで埋めた。
 欲しいと言ったのだ。ならばくれてやる。全て。
 一等弱い箇所を擦り突いて、其の侭、其処へ内側のうねりを叩きつけてやった。
「―――ッ!!」
 唇の内側で、恐ろしく高い悲鳴、あられもない声が塞き止められて苦しげにもがいた。受け入れられる箇所全てを塞がれ、全て余すことなく注ぎ込まれて、瞳が見開かれる。
「ッん、ンぅ……!」
 腰に巻きつけた両足と縋りついた両腕、そして咥え込んだ内部が、フエを恐ろしい程強く締め付けた。そんなに締めンじゃねぇよまだ突かれてぇのか、と、塞いだ唇の中でフエが毒づく。
 しかし、絶頂した三志郎にそんな訴えは届きはしない。びくびくと腰が前後に揺れ、全て吐き出し切るまで、その動きは中々止まらなかった。
「ぁ…は……ッ」
 自分でも止められないのだろう、断続的に、押し付けた侭の腹に幼い精液のぬめりが染みていく。羞恥は通り越したのか、やや虚ろな瞳が、フエを捉えるでなく濡れて、橙の灯りに揺れていた。
「…満足頂けたかい?」
 問いかける声が少し掠れた。余裕―――を、保っていた筈なのに、またしても呑まれてしまった。若干悔しく思いながらも、見た事も無い程脱力した三志郎を見下ろせば、悪い気はしない。
 しがみ付いた腕は解かれず、不意に、首の後ろの其れにきゅ、と力が込められたのに気づく。察して顔を近づけると、唇がやけに物欲しげで、軽く押しつけて奪ってやった。
 朦朧とした飴色がゆっくりとフエを捕え、酷く蕩けた色合いで紅を見つめている。それから、
「…まだ、足んねぇ」
 濡れた身体を、擦り付ける。もう半ば眠ってしまっているらしい意識―――二度目は途中で眠られるかもしれないと思った。まあそんな手緩い愛撫を施す心算も無いが。
 軽く触れた唇を、舌だけでゆっくりと辿る。三志郎の下腹のあたりが、ひくんと震えた。訴える瞳が近すぎて、吸い込まれそうだ。
「…もっと、全部、ほしい」
 そんな眼で、息を乱しながら強請られて、埋めたものを引き抜く訳が無い。
「そうかい」
 飛びぬけて甘く囁いて、もう一度『駄目』にしてやろう、と、フエは其れ以外の全てを放棄した。