【R18】【不壊×三志郎】 シグナルイエロー
1. やけに明るく振舞い始めたら
2. 所在無く視線が彷徨ったら
シグナルイエロー
「―――何時からだい、兄ィちゃん」
腕の中でビク、と、面白いくらいに分かり易く、肩が揺れた。
小さな背中は何時もよりももっと狭く見え、背後から抱え込んだ所為で表情は伺えない。
だが、想像は付いた。容易に。
斜め下を向いた、琥珀に朱を混ぜた視線。
「何時から我慢してた?」
かり、と耳朶を噛んで、軽く促してやる。わッと小さく声が上がり、丸まり気味だった背が伸びた。
黒髪が揺れて頬に当たる。
幼い手が恐る恐る伸び、肩ごと攫うフエの腕、黒衣をぎゅうと掴んだ。
「……昼前、くらい、から」
「へぇ。そいつはなかなか」
よく我慢できたもんだ。
実際は何時から堪えていたのか、何と無く察しはついていたけれど。相手も気づかぬ揶揄を口にし、フエが笑った。
頑なに此方を向こうとしない、其の理由は、触れた箇所から伝わる不穏な熱の所為だろう。だからこそ人気の無い場所を選んで、抱き込んだのがつい先程。
常ならば、そのような事をされれば何かしら静止の言葉を口にして、三志郎は直ぐに振り返る筈だった。其れを押し留めて有耶無耶にしながら、時には宥め賺しながら、柔らかい唇と思考を舌先で奪うのは、嫌いではない。
だが今、其の様な抵抗は無し。逆に自ずと触れてきた、掌は何時もよりも熱かった。
「昨日のアレじゃ、足りなかったって訳か」
からかいを混ぜて、目の前の耳孔にフエの言葉が吐息ごと吹き込まれる。
途端に小さく跳ねる肩。反論は無く、即ち図星だ。
昨夜、宿代わりに一晩明かした、山道近くの小屋のような朽ちたバス停。もう使われていないのだろう、時刻表は色褪せバスはおろか人一人、車一台通る様子がない。直ぐ背後の山から虫の音が聞こえるだけの静寂、其れを控えめに濡らして、一番奥のベンチの上で忙しなく交わった記憶が、フエの脳裏に断片的に蘇った。
こんな場所でと声を殺す様が堪らなく、つい意地の悪い事を幾度か。やり過ぎて怒り半分に臍を曲げた三志郎を誤魔化す形で二度程まぐわったのだが、どうやら其れだけでは足りなかったらしい。
言葉の通り、昼前辺りから妙にそわそわとし始め、入口探しも少しばかりおざなり。説教でも垂れてやろうかと思ったが、先手を打たれて唐突に、忙しなく三志郎は喋り始めて。
こういったケースは、初めてではない。夜が近づくにつれ妙に饒舌になったり、視線を泳がせる事が、触れ合うようになってから幾度かあった。
口に出せば良いものを、何と切り出してよいのか分からないのだろう。口篭る様は見ていて悪い気はしない。
だがあまりにも弄りすぎると後々面倒な事―――過去に一度、気づけよと逆ギレされた事がある―――になるので、此度はこうして、分かり易く問いかけてやったという訳だ。
「兄ィちゃんも、嫌いじゃねぇなァ」
「っ、お、お前が……ッ!」
もう一つ揶揄を放ってやると、ようやっと三志郎が此方を向いた。
思ったとおりの表情で、思ったとおりの瞳の色で、勢い任せにフエを見上げてくる。昨夜のバス停ではないが、今回は田舎の無人駅の裏。草と虫の音しかせず、人の気配は全く無い。
其れでも時折、一時間に一本のタイミングで線路が揺れる。丁度滑り込んできた四両しかない電車の音に三志郎は口を押さえ、肩を竦めるフエを、絶妙な視線で睨みつけていた。
「…お前が、するから、あんなこと」
具体的には口に出来ない、昨夜の醜態を思い出したのか。耳までが赤く染まる。
羞恥と詰りと切望が交じり合った琥珀色。艶と呼ぶには幼すぎるが、十分に物欲しげに見える瞳だ。
其れが赤色と暫し絡み、ふいと気まずげに逸らされる。合図と受け取って、フエがくつくつと音を立てて笑った。
「嫌がってるようには見えなかったがね」
「い、嫌とは言ってないじゃんか!」
「じゃ、悦かったんだな?」
にんまりと笑んで、ついと顔を近づける。答えを待たず、口唇をれろりと一舐め。
「っ…!」
日に晒され色を失ったコンクリート。其処へ背中を押し付けた、三志郎の目がきつく閉じられた。きゅ、と顎を引くのは、唇を奪われる時の癖だ。
殊更ゆっくりと舌で唇をなぞり、尖らせた先で合わせ目へお伺いを立てる。おずおずと柔らかい上下が開いたら、了承の合図。
問答は強制終了。もとより返答など言葉で頂く気は、フエには無い。そんなものは身体からたっぷりと搾り取れば良いのだ。
開かれた白い歯列に挨拶し、狭い口内を探りながら、
「服は自分で捲くっとけよ」
唇の隙間から、吹き込む形で囁く。う、と三志郎が一度唸り、其れから両手が、のろのろとアンダーシャツの裾を掴んだ。
日に焼けていない腹部が、影の前に露わになる。胸の辺りまで捲り上げると、白い手袋を模した手が、掌全体を使い撫で上げるようにして、臍から鳩尾を追い上げた。
「う、ぁ」
短い吐息が、隙間から零れて散った。瞳がより強く閉じられる気配。
薄目を開けると、目の前に少しばかり困ったかのような堪らない表情が有った。耐えているのだろう、喉と胸の辺りがひくひくと震え、尖らせた舌先で上顎を探れば、ひくんと大きく跳ね上がった。
「ん、んっ」
顎を反らせ、強く目を閉じ言われるが侭に胸と腹とを晒す、其の様と言ったら無い。外気に震える必要を見出せぬ気温の中、肌を粟立たせる理由は一つしかなかった。
触れる前に堅く形を変えている乳首の先を、フエの指先が軽く摘む。服を捲くる手に、力が込められたのが見て取れた。
「っ、あ…、フエ…っ!」
短く合わせる唇の隙間を縫って、縋るような声。
ぞくりと首の裏側に、駆け巡る感覚―――ヒトの身であれば熱と感じ取れるのであろう波に、フエは浅く息をついた。全く、此れが狙ってやっているのではないからこそ問題だ。あざとさの欠片も無く、嘘を付けない吐息は、言葉に変えられない部分を雄弁に訴えてくる。
味があるなら甘い其れ。何処もかしこも、甘い。
苦手な筈だった味覚も、三志郎の前では狂ってしまう。様が無いと皮肉に笑いながら、舌先だけを残して接吻けを解いた。
ぎこちなく、短い舌が其れを追う。尖らせた先と先を淫らに絡ませながら、摘んだ先を捏ねるようにして弄った。
「んぅ、ん、ッ」
崩れそうな膝が、ぐっと内側を向く。強く顰めた眉、しかし嫌悪は見当らない。
もどかしい箇所を擦り合わせる動きが、フエの赤い視界の端に映っていた。走り回る為に在るような元気の良い両足だが、今は腿と腿を擦らせ、一等熱い場所をどうにかしようと蠢いている。
其処へ触れてやれば、堪らない悲鳴が聞けると分かっていた。けれどあと少し、そう、匙加減を間違えるとまた臍を曲げられ面倒な事になるので、指と言葉で適度に焦らしてからの方が良い。其の方がずっと、堪らない表情を目に出来るはずだ。
そんな事を考えながら、親指と中指の腹で摘んだ乳首を、きゅうと捻って焦らす。僅かな痛みに三志郎の喉が鳴るが、其れだけではない事も知っている。
「痛、ぇよ、ぁ、ヤだ…っ」
「そんな声で言われても、説得力ってモンがねェな」
痛みに首を振る、首筋を甘く食んで囁く。浮いた汗を舐め取ると、やはり甘かった。
「此処、弄られんの嫌いじゃねぇだろ。なァ?」
語尾のあたりで、フエの指先がもう少しばかり悪事を働く。堪え切れず未だ幼い手が裾を離し、あ、と声を上げて仰け反りながらも、三志郎が黒衣の背中を強く掴んだ。
「っ、ンなこと、聞くな、よッ」
えらく湿度の高い音を吐いた、戦慄く唇。
触れ擦れあわせた所為で常よりも赤い其れが苦しげに震え、指先で詰る男を言葉で詰る。
「意地、悪ぃ、お前ッ…!」
「今更何言ってんだよ」
知らなかったのかと、フエの喉がくつりと鳴った。そんな事はとっくの昔に知っていると思っていたと続けてやり、すっかり堅くなった先を此度は爪の先で小刻みに。
ひ、と短く喘ぎ、三志郎が首を振る。砕ける寸前の膝が揺れ、昼前からずっと堪えていた熱の限界を、身体は物語っていた。焼けそうなコンクリートよりももっと不穏な塊の熱に、少年の脆い理性は陥落寸前だ。
そうと分かっているからこそ、この口は揶揄を吐く。さっさと砕けてしまえという意図を込めながら、しかしこうして砕こうとする時間も愉しい。
だが、長く短くどちら付かずの天秤は、あっさりと片方に傾いた。
「フエ、あ、も、駄目、ッ」
泣き出しそうな情けない声と共に、黒衣を掴む手に、更に力がこもる。密着する上半身―――と、恐らくは意図的に押し付けられた腰が、フエの膝あたりに、強く擦り付けられた。
「ぁ、んぅ…ッ!」
内向きだった其の隙間に膝を招き入れた、三志郎の声が甘く震え上がる。
悲痛にさえ聞こえてしまう声に、フエの方が驚いた。まさか己から開くとは思わなかった―――もう少しばかり焦らさねば見られないと思っていた顔が、直ぐ近くにある。羞恥と快感とを混ぜた、堪らない其れ。
「おい、兄ィちゃん」
「ひゃッ!」
鋭く上がる悲鳴。赤く染まった耳は唇と近く、吐息が触れたのだろう。背筋で跳ね上がると押し付けた下肢も擦れ、また新しく嬌声が上がる。
びくびくと幾度も、痙攣するように押し付けられる腰。しがみつく指が痛い。
予想以上に、若い身体は餓えていたということか。読みの甘さを自嘲にもならぬ軽さで笑い、フエの手が漸く、三志郎の臍から下へ触れた。もう一度、此度は色を混ぜて呼びかけると、琥珀色が漸く此方を向いた。
衝動的に、唇を舐め上げた。ううと小さく呻き、もどかしげに腰が揺れる。
「フエ、」
言葉に出来ない部分に戸惑い、所在無く彷徨う視線に煽られる。そんな声で呼ぶなと何度言えば解るのか、誘っているつもりがないだけに効果抜群の其れにあっさりと、虚穴の内側の熾き火が爆ぜた。
珍しく素直な理由は、此れ以上耐え切れないからだろう。
ならばこの上を行く悪戯は得策ではない。以前の逆ギレを思い出し、あれはもう勘弁だと頷く。
故に緩く底無しに温く、膝から腿をズボンの上から撫で上げて。
「膝と手と、どっちが良い」
此れも意地の悪い言葉だろうか。
ちらりとそんな事を思ったが、三志郎は暫し躊躇った後、縋っていた手でフエの手首を、震えながらも強く掴んだ。
ジィ、と、金属が擦れる。ジッパーの下がる音が蝉の騒音の中で微かに響いた。
その音が酷く今更のように聞こえる。目の前の幼躯は立っているのがやっとの状態で、背中のコンクリートの熱さにも負けない程に、頬を火照らせている始末。たくし上げていたアンダーシャツの裾も、握り締めていた痕跡を残し皺だらけになっていた。
琥珀色の瞳は色を帯びて、甘く―――そう、飴色へと変化している。
ごくりと、喉が鳴るのを押し留めた。
子供相手に、と、行為に及ぶ度にいつも思う。けれど堪えられない。
年齢も性別も、妖たる自分には関係ないと既に思考を放棄している。其の心算だ。其れでもこうして、間近でアンバランスな性欲を見せ付けられると、微かに指先が怯む事もある。
何も知らなかった、無垢な苗床に押し込めた種。成長は早く、少年らしさを失わないまま、もどかしく揺らす腰。
教えたのはこの手だ。
後悔では決して無い―――だが、想像以上に煽られている事が、少しばかり計算外。
全く、手綱を取れないにも程がある。そんな自分勝手な溜息を内心で吐きながら、フエの手が三志郎の熱脈に触れた。
「ぅあ、ぁッ!」
刹那、蝉の喧しい合唱をも裂くような声だ。喉を反らせ、縋る手がぎりりと強く背中を掴む。
「あんま引っ掻くんじゃねぇよ。妖だって痛ェもんは痛ェんだぜ」
「だ、って、あ、指、ッ」
ヒトであれば、布越しと言えどもくっきりとした爪の後が残りそうな力だった。影の身に肌はなく黒衣の向こう側は闇色。其れでも痛みは感じられる。
言葉ほど痛くもないが、つい意地悪で口に出してしまった言葉。三志郎は一瞬だけ指を引っ込めたが、フエの巧みな指先に先端を捕らわれて、再び強く掻きむしる動きに変わってしまう。
「気持ち、い、ッあ、フエ、ぇ…!」
どうしよう、と、掠れた声が困惑と羞恥と色を混ぜて零れた。
言葉が耳朶を擽る。短く繰り返される吐息はフエの耳にまで届いていた。密着した上半身、腹で擦れそうな程勃ち上がった性器を弄りながら、唇の奥で軽く歯を軋る。
どうしよう、じゃねェよ、そりゃあこっちの台詞だ―――口には出さず、呟く。
何という声で何という言葉を吐くのか。真っ直ぐな性格はこんなところにまで影響しているらしい…隠し立てず在りの侭投げられる爆撃のような言霊。そう、こんな時でさえ、三志郎の言葉は言霊に成りうるから厄介だ。
放った主の想いと真実が大きければ大きい程、強く作用する感情の具現。其れが言霊。
込められた「感情」がどんなものであるかは関係ない。強く強く思い吐き出したのが真実であれば、妖のこの身には必要以上に作用する。
言葉どおり、余程「気持ち良い」のだろう。虚穴の内側に甘く響き、暴発を誘発する、威力。
無かった筈の欲が、どろどろと渦巻くのを感じる。
「責任取れよな、兄ィちゃん」
「な、に、ッ…聞こえねぇ…!」
狭い眉間に皺を寄せ、三志郎が首を振った。
聞こえなかったのは、ひときわ近くの樹にとまった蝉の声の所為か、其れとも、下肢に絡まる手指にばかり気をとられている所為なのか―――恐らく後者だ。不慣れな動きで、腰が前後に密かに揺れている。
穿ち得る快感を、雌を相手にした行為を、三志郎は未だ知らない。当たり前だ、知っていた方が問題だ。だが雄という性別が持つ本能がそうさせる動きは明らかに、肉へと埋め引き抜く前後の揺れ。
ろくに射精も知らぬ侭、内側で得る快感を教えてしまった。無知故か無垢故か抗わないので其の侭にしているが、此れも何時か厄介を生むだろうか。まあ挿れさせてやる気など何処にも無いが。
背に壁が無ければ崩れ落ちてしまいそうな身体。薄く張った裏筋を辿ると、かくんと膝が折れた。
「お、っと」
最早声にも成らない、あまりの快感に震え上がる三志郎を、フエの片腕が軽く攫う。
「ちゃんと踏ん張っとけよ。転んでも知らねェぞ」
「無理、ッ、あし、震えて、もう、ッ」
出る、と、唇が小さく吐き出した。弄る動きから射精を促す動きに変えた、手指が追い上げる感覚に飴色が揺れる。
掌で堅く勃ち上がった性器が、一丁前に快感を主張しているのが酷く危うく感じられた。色も形も未成熟でありながら、先端から先走りと呼ぶにはもう濃い体液を滲ませた其れ―――味まで覚えてしまっているあたり、本当に如何しようも無い。
しかしながら、屈み込んで啜ってやるのも幾らか面倒なので其れは止めた。顔を下げると表情も満足に楽しめない。
絶頂の瞬間の、僅か怯えたような声と表情、其れが欲しい。
よく見えるように、少しばかり上体をずらす。離れる間際に唇を一つ味わい、掌ひとつ分の距離を取って。
「ひ、ッ―――ぁ、あッ!!」
親指の腹で、最も敏感な部分を強く詰る。
肩に頬が付く程首を背け、絶妙な横顔を晒して、三志郎が射精した。
「は…っ、ぁ……」
数回脈打ち、白濁を吐いた性器が名残惜しげにびくびくと跳ねる。フエの手の中、白い手袋の其処へ、たっぷりと放たれる熱い飛沫。
堪えに堪えた分だけ、歳相応よりも幾許か濃い滴り。赤い目が窺う。
深呼吸も出来ぬ程に吐息を乱した、潤んだ飴色は閉じられて。腰を支えられていなければ、足元に蟠る着衣同様、地面にへたり込んでいただろう。
というか実際、座り込みたい身体は壁を擦っている。腰で保っている苦しい体制の侭、三志郎は漸く瞳を開き、フエを見上げた。
「ちょ、っと、休んで、いいか…?」
しんどい。まだ甘さの残る声がそう言う。白濁をまじまじと眺めていたフエの視線が、ちらりと三志郎に向いた。
行為で上気した頬が羞恥で更に染まる。何と見比べられていたのか、其処で漸く気が付いたらしい。
「ば、馬鹿お前、何まじまじ見てんだよ!」
「いや、これまた随分と濃いのが出てきたもんだと思ってな」
「濃ッ……!?」
あんまりといえばあんまりの言葉である。自覚済みだが。
思ったとおり、一寸硬直する身体。この直後に恐らく羞恥と怒りで何がしか―――最悪拳が飛んでくる筈だ。ならばそうなる前に、
「此れなら手間も省けンだろ。ほれ」
片脚を抱え上げ、膝裏を押しぐいと胸あたりまで押し付けて差し上げる。苦しい体勢に、う、と三志郎が呻いた。
しかしながら止めてやる気は無い。濡れた指で、晒された窪みの縁をくるりと撫でた。
「ぎゃッ!?」
「ぎゃ、じゃねェよ。自分だけ気持ち良くなってハイ終わり、ってのは随分と虫の良すぎる話じゃねぇかい?」
色気もへったくれもない悲鳴を上げた、其の声に少しばかりフエの気分が萎える。止めるには至らないが。
其れでも仕置きとばかりに爪の先分だけ捩じ込むと、飲み込むという行為に慣れ始めた身体が雄弁に反応を返してくる。違和感に顰められる眉と、息を呑む音が同時だ。
「責任取れって、俺ァちゃあんと言っておいたがね」
軽く含ませ、直ぐに抜く。代わりに中指と人差し指で入口を押し広げた。
「ッ……」
目線が逸れる。言葉の代替か、フエの背中を掴む両手に、ぐ、と、一度力が込められた。
反論しないのは納得したからだろう。こういう時は、素直な方が楽で良い。
何にせよ、昂ぶらせたのはあちらだ。さんざ言葉で煽り散らされた、まるで此方が焦らされたようなものだ。証拠と言わんばかりに、影が内側のうねりを吐き出す為に、勝手に形を変えていく。
熱を持たない仮初の肉。正確に腰の位置で性器の形状へと変わった其れへ、三志郎の吐き出した白濁をねちゃりと塗りつける。潤滑剤も何も無いのだから、濃い射精も渡りに船だ。
遠くで、遮断機の信号が音を立てているのが聞こえる。電車の接近を伝える危険信号。そんなものよりも、目の前の幼躯の方が余程危険だ。天然とは恐ろしい。
ごうと音を立てて線路が揺れる間に、内側へと素早く打ち付けた。
「ひ、ぃあ、ッ!」
三志郎の頭が、コンクリートを擦った。視界の端で帽子が乾いた土へと落下するのを微か確認。
後で拾ってやるかと場違いにしてらしくない事を考え、更に腰を進めると、近くで酷く苦しげな音を聞いた。
杭を打ち込まれた内部は相変わらず狭い。痛みと、覚え始めた其れ以外の感覚に収縮する壁がフエを容赦無く締め付ける。
「ッ息、吐けって」
己も息を吐き出しながら囁くと、三志郎は思い出したかのように一つ瞬いてから、言われたとおりに、は、と大きく吐息を零した。締め付けが緩み、一等深い場所が入口を潜るのが分かる。
後はもう惰性で飲み込まれた。性器の裏側を狙って、ゆっくりと引き、突く。
「ん、ぅッ、」
掠る性感に、敏感な反応。感度は良好。
此れも日頃の成果だと頷いてしまうのは、其れだけ身体を重ねる回数が多いからか。指折ればあっさりと両手を越える筈―――一線を越えた後はもう、留まるタイミングを忘れてしまった。
今までどうやって堪えていたのかも思い出せない。
まあいいと得意の放棄で疑問を捨て置いて、フエの片手が膝裏を押さえ直した。
「ちょ、苦し」
「あン?」
「体勢、つらい、これ…ッ」
ぐいと押し付けた所為で圧迫された、胸を苦しげに躍らせて三志郎が呻いた。
着衣を抜いた片足だけを抱え上げ、挿入を易くした心算だったが―――子供の柔らかい身体でも辛いらしい。
両手で首に縋りつき、脚を持ち上げられ結合部分を晒す姿はなかなかの眺めだ。しかし苦しげに訴えられては仕方が無い。支える残りの足も震えて砕けそうだ。
フエのもう片手が、其の震える膝裏をも攫う。
「う、っわ!?」
一気に支えを無くされ、驚いた三志郎が慌てて首により強くしがみ付いた。
「フエ、お、落ちるっ!」
「分かってンじゃねぇか。だったらちゃんと掴まっとけよ」
言いながら、フエの手が少年らしく薄い尻と腿の辺りをしっかりと抱え直した。
唇が、近くにある額に軽く押し付けられる。片脚を持ち上げられるよりは楽だろう。随分と卑猥な体勢になってしまったが、其れは其れ。
壁とフエに挟まれ、身体を浮かした不安定な格好。其の所為か強くしがみ付いてくる三志郎の、表情が窺い辛いのが難点だった。
しかし文句を垂れる程の余裕は無い。唇を一度舐めて、埋めた侭だった性棒を更に打ち付けた。
「っひ、ぃ…ッ!」
合図のような声と共に、三志郎の片脚―――片方だけ靴を落とした爪先がきゅうと丸まった。
剥がれた下半身の衣類は、持ち上げられた足に半分絡まった侭で、律動の度にゆらゆらと動く。とんでもない格好をさせられている事にももう気づけない瞳が、生理的な涙を滲ませ潤んでいた。
ああ堪らない。口の中が乾く。
長い舌で唇を舐め、吹き上げてくる欲求に逆らう術も理由も無く、フエは良く知る一点のみを強く素早く突き上げた。引いて埋める、其れだけの動作で腕の中の幼躯は震え上がり、切ない悲鳴を上げて暴れる。
応じている心算も無い無意識の、腰の動き。教えた訳でもなく覚えてしまった前後の揺れ。余程感じるのだろう、腹の間で、先程吐いたばかりの幼い性器が硬度を上げていた。
指で絡めて扱き上げてやりたい。けれど動きは止めたくない。
満足させたい願望と満足したい欲望が、渦を巻いて虚穴の内側でうねる。出口を探し暴れ回り、腰の其処から放たれようと足掻く、ヒトならば精と呼ぶ塊が重く嵩を増すのを、フエは感じた。
「あ、ぁ、フエ、っ…!」
前立腺を集中的に、小刻みに突けばそんな声で名を呼ばれて。
「気持ち、ぃ、ッ、あ、駄目、ダメ、だ、って…!」
そこ、と、忙しない呼吸の間で口にする三志郎の、指先が与える熱。満更でない感覚。
首を振る癖に、駄目と言う癖に、縋る指先と腰から訴えは感じ取れない。ぎこちなく応える下肢はもっとと雄弁に求め乱れて。く、と喉で笑う。
「慣れねェ嘘はつくもんじゃねぇぜ、兄ィちゃん」
動きは決して緩めず、抱え直し抉るような角度で突き上げる。ひ、と仰け反る背中が壁から離れ、全体重が一瞬だけフエの負荷となるが、子供の身体だ、どうとういう事は無かった。
押し返す時に一等奥まで捩じ込み、静止ししてやる。
「止めても良いのかい」
こめかみでどくどくと心音。ヒトを模るが故の感覚だ。実際に存在しない血液と心臓の表面だけをなぞり、酷く堪らない気分にさせる。
本当は止めたくなど無い。けれど三志郎の、駄目、という言葉につい、悪趣味が覗いてしまった。
「駄目、なんだろ?もうしたくねェってか」
「っだ、だめ、だ、そんなの」
やだ、と唇が戯言の音色で紡ぐ。顔を見られないのが少々、いやかなり惜しい。
ああもう早く突き上げて絶頂まで辿り着いてしまいたいと言うのに。静止は最早三志郎だけの責苦ではない。止めている張本人にとっても同じだった。
甘く熱い道に圧迫されて、びくびくと濃く脈打つ性器。さっさとしてくれって云えよ動けねェだろと、自分で仕組んでおきながら舌を打つフエだ。
「止め、んなって、はやく、ッ」
「早く、何だよ。言ってみな」
喉と声を震わせる三志郎に、更に促し。黒衣へ押し付けられていた額が持ち上がり、至近距離で、切羽詰った飴色が此方を見た。あどけなさと無邪気さを残した色。物欲しさを通り越した、まるで熱病に侵されたような瞳がフエを真っ直ぐに射抜き貫いた。
ぞくりと背中が強張る感覚。込み上げる射精感をどうにか押さえ込む。
腹に力を込めて堪えている間に、第二波。赤く腫れた唇が、羞恥心を微か残しながらも、はっきりと動いた。
「フエの、で、中、きもちよく、なりたい…ッ」
―――ぶつんと、分かり易く糸が切れる音。
そうしようと思いそうした動きではなかった。獣さながらに唸る喉。
喰らいつくように、突く。
「ぅ、あッ!?」
痛みを伴う衝撃に、三志郎の声が裏返った。けれど止めない。止める気も無い。
止めるなと言われた。言われなくたって誰が止めてなどやるものかと歯を食い縛る、フエの瞳が獰猛に撓った。
過剰に炊き付けたのはお前だと、いつもならば得意の皮肉な転嫁に唇を曲げていた。此度は其の余裕も粉々だ。何て事を―――火をつけるにも程がある。
「ぁ、ちょ、待っ…!」
「聞こえねェ、よ」
「だ、って、何、なんか、いつもより、ッ」
其の先を言われると、多分持たない。耳を噛んで黙らせた。
「ぅあ…、ッあ、あ、あっ!」
仰け反る背中が幾度も擦れ、灼熱のアスファルトを上下する。熱いだろうだとか痛いだろうとか、そんな気遣いをしてやる余裕もない。三志郎の方もまた、気にする余裕など何処にも無いようだった。
言葉を持たぬ獣さながらの突き上げに、痛みと快感の両方を見出して、戸惑う暇も無く頭が真っ白になってゆく…フエの耳に届くのはそんな声だけだ。
駄目だの待てだの、野暮な言葉を吐いた唇も、今やもう母音を引き摺る悲鳴しか上げられない。もとよりじわじわと追い上げられていたうねりが、先程の言葉で決壊寸前にまで追い詰められてしまった。
相手を攻める為の揶揄がとんだ形で返ってきたものだ。苛立ちのような切羽詰った吐息を吐き出し、せめてもの仕返し―――激しく一歩的な話だと分かってはいるが―――に、フエの腰が更に小刻みに進んだ。
「や、ァ、っフエ、フエっ、出る…ッ!」
「出せ、って、いくらでも、」
不安定な体勢で、支える手が外れそうな程に三志郎の身体が揺れる。限界近い性器の先端が赤く熟れ、酷く卑猥に危うく脈打つ様―――ああ此方の方がもう限界だ。促すように狭い道が啜り上がり、痙攣するのが自分でも分かる。
耐える為に強く突く。短い爪が背中を掻いた。
「で、るッ、あ、もぉッ、イく…、フエっ…!」
えらく情けない、切羽詰った声が言う。そう、其れで良い。
先に達さないのは最後の意地だ。其の為なら多少、卑怯な事だってする。
向こうとて、堪らない声で名前を呼ぶというある意味一番卑怯な攻撃を繰り返してくれているのだ―――御礼にと、身体ごと強く重なり壁際に追い詰めて、強く抉った。
途端、竦み上がる形で中も外も酷く震え上がり、
「ひ―――…ッ!」
「……ッ!」
刹那だけ、三志郎の方が早かった。そうに決まっている。
荒い呼吸の中で、畜生と小さく吐き捨てるフエの声は、蝉にすっかり掻き消されていた。
「喉渇いた…」
「だろうな」
「あとベタベタして気持ち悪ィ」
「だろうな」
適当な相槌を放り投げる、フエは既に半分影の中。
同じコンクリートの壁の縁、ではなく、涼しさを選んで近くの木陰へと移動。流石にあられもない姿で事後を貪る事も出来ず、慌しく服を身に付け移動した場所で、ぐったりと三志郎が沈み込んでいた。其の目に少しばかり自己嫌悪。
「昨日っからこんなんばっかだ…」
「少なくとも俺の所為だけじゃあねェな」
あんだけ応えておいて、と、軽く肩を竦めて言ってやる。全く、此方の疲労も多少どころでは済んでいない。というかこうして半身なりとも身を形作っているだけでも気を使っているのだ。と手前勝手に思っていたりするが、流石に其れは口にしなかった。
しかし、切り替えされた三志郎は、噛み付いてくると思いきや反論しない。
ちらりと視線をやると、飴色の残滓を残した琥珀色とばっちり目が合った。
「…うん、まあ」
お前のせいじゃ、ないけど。
小さく呟いて、頬を掻く。羞恥に染まった肌は少しばかり赤い。
「俺が、その、我慢できなくなったんだし。付き合わせて悪かったっつーか…」
言葉が進むにつれて、視線がつうと横を向いていく。最後にごめんなと付け足され、フエの眉間に浅く渓谷が刻まれた。
全く、どうして此処で謝るか。揶揄する心算で吐いた台詞に素直を返され、此方の方が立つ瀬無し、だ。
仕方ないと、腰まで影を引き上げ、手を伸ばしぐしゃぐしゃと頭を掻き混ぜてやる。ついでに先程、ああ拾ってやらねばと言ったとおりに回収していた帽子を、些か乱暴にかぶせてやった。
わ、と驚く顔に帽子の鍔を引き下げて、視界を奪う。
奪ってから、ついでに唇も。
「…下らねェ事で謝ンなよ、兄ィちゃん」
さんざ擦れ合った所為で未だ熱い唇。辿り舐めて、驚いた顔に近距離でにやりと笑ってやった。
「こっちもやるこたやらせて貰ってんだ。お互い様って事で」
ご馳走さん。もう一つ唇を頂く。
きょとんとする三志郎の顔。唇が離れ、暫し。それから、それらが崩れるように笑った。
するりと短い腕が伸びて。先程の様に強くではないけれど、しっかと力を込めた両腕が、フエの首裏にまで回った。
「…な、もいっこワガママ言って良いか?」
「面倒臭ェヤツじゃなきゃあな」
耳元で、故意にではなく囁かれた言葉。
返事は我ながら溜息交じりだが、満更ではない。半分しか出ていない身体は其の侭に、片腕だけを回し背中に触れた。
軽くぽんと叩く。嬉しげに擦り寄ってくる反応はまるで子犬か何かのようだ。思わず笑みを含んだ溜息を吐くと、三志郎は歯を見せて笑った。
そうして引き下ろされた鍔の下から、琥珀色の瞳を少しばかり悪戯に細めて。
「喉、渇いたからさ」
ジュース買ってきて。
何処か幸せそうに言う、そんな「ワガママ」。
あまりにも屈託ない其れに当てられて、やれやれとフエの重い腰が引きあがるのも、時間の問題だった。